紙魚を飼う

太刀山いめ

紙魚を飼う

 ある日の午後であったか。夏の日差しの強い日だったと記憶している。私は古くから親しんだ菜根譚さいこんたんを仰向けになりながらだらし無く読んでいた。

 菜根譚は大陸の思想書で読んで字の如く菜の根を何度も噛み締めて嚥下するかの如く、何度も読み返しなさいと言う意味の題名。その時時の年齢や立場、境遇によっても目に付く文章は違ってくる。

 暴れ馬の様な若さ溢れる時分には、「友人に対しても三分の義侠心が無ければならぬ」と言うような活発な文章が頭を占める事が多いけれども、朱夏に差し掛かる時分には「年を経てからの患いは若い時分の不摂生が祟りしものなり」と言う取り返しがつかない文章が目につき、今からでも身体の整備や友人関係の整理が必要なのかなと感じたり。

 そうしてその時分その時分に合った文章を心地よく読みふけっていた。


「四十にして迷わず」

 これは孔子であったろうか。人生の半分を迎えた朱夏の私にしたら迷いが先に出て孔子の様にも成れないなと四十を迎えて思う。

 菜根譚をまた手に取った。装丁の見事な座右版。原本、直訳、現代語訳と三種の訳が載っている。学のない私にはぴったりとくる本である。


 ふと頁を開いた所に「紙魚しみ」が一匹泳いでいた。そして紙魚は優雅に泳ぐと文字を川面の苔をこ削ぐ様にコリコリと引き剥がした。

 (成る程、これが紙魚か)

 虫干し等していない三十年来の書物。そこには不思議な生態系が出来上がっていた。今更紙魚の一匹や二匹居た所で変わらないだろう。そう思い、私は「紙魚を飼う」事にした。


 生き物を飼う事は人生の彩りにもなるとはよく言ったもの。年々身体が重くなっていく自堕落な私にとって蔵書を優雅に泳ぐ紙魚は何故か輝いて思えた。

 私の人生は人に話すに値しない殺風景なものだった。何も無かった訳では無い。つまらなくも嫌な事柄が多すぎたのだ。若い時分から軽い不幸自慢となると皆私を避けるようになる。

 何故かと言うと「暗いやつ」だからである。背広を着込み一端の社会人の顔をしてもいつの間にか社に居場所がなくなり閑職に追いやられる。顧客に嫌がられた等ではない。急に邪魔者となる。肉体労働の現場では、同じ仕事量をこなしていても仲間内からは「涼しい顔」をしていると言われ仕事量を増やされもした。

「貴方は捌け口に丁度いいから…」

 学生時代の先輩からは度々そう指摘を受けた。

 そんな中で私を支えてくれたのが「菜根譚」や「寒山拾得かんざんじっとく」等の書物であった。


「都会に疲れたなら寒山に居を構えられよ」

 寒山拾得はそう勧めた。古来の大陸であったなら寒山拾得の様に山陰に隠れ住み、気儘に詩作をして過ごせもしたかもしれないが…

 マイナンバーカードで細かく管理された社会。私は息苦しく感じていた。


 寒山拾得を読む。夢破れても山河ありとはよく言ったもの。寒山は科挙かきょの試験を何度も受験するのだが幾度も落ち、頭髪や髭に白きもの混じりて夢を諦める。そう、彼の人生が波乱に満ちていようとも山河ありなのだ。世は事もなし…


 今度は寒山に己を重ね合わせる。胸がぐっと重たくなった。すると寒山拾得の書物にも紙魚が泳いでいる事に気がついた。若く溌剌はつらつとした若い紙魚。岩の苔をこ削ぐ様に文字を喰らう。

(ああ、こちらにも棲み家していたか)

 私はこの紙魚も飼うことにした。


 私が思うに、紙魚にも得手不得手がある様だ。新しい書物に泳がせてみても文字に食いつきが悪い。仕方無しに私は自分の蔵書を紙魚達に「献上」する事になった。

 カリッ、コリッ…

 小気味良い音が鼓膜を刺激する。そう、紙魚の文字をこ削ぐ音だ。

 今では押し入れの肥やしに成っていた蔵書にも紙魚達が優雅に泳いでいる。

 カリッ、コリッ…カリッ、コリッ…

 その音色を聴きながら段々文字が薄れていく書物を読むのだ。



「そんな事もあったなぁ」

 私は小料理屋で同窓生と呑んでいた。

「忘れちまったのか。お前らしくない」

 同窓生はびっくりした様に言う。

「あの事件の被害者なのに…」

「そうか。事件か…」

「一番お前が損をしたのに忘れるとは」

「まあまあ、忘れたんだから良いじゃないか。さぁ呑もう」

 私は特に思い出しもせず同窓生に冷酒を御酌する。同窓生は「悪いな」と言いながらそれを受ける。

「悪い話は置いといて。澤乃井の吟醸が温くなってしまう。さぁ」

「おう」

 とまあこんな具合の事が度々起こった。



「最近は思い悩みが減った様ですね」

 漢方内科の先生がそう言った。

「減っていますかね?」

「そう感じますよ。昔の事を水に流せる様になったかと」

「だと嬉しいのですが。ただ『忘れている』だけの様な」

「忘れる事も必要ですよ」

 先生はそう言って笑った。

「多分、生き物を飼っているから穏やかになったのかもしれません」

「それは良いことですね。一体何を?」

「魚ですね」

「そうですか、魚ですか。老後にもぴったりですね」

「はい、范蠡はんれいも老後に鯉を飼ったとか申しますし」

「老子も、飢えた者に魚を与えるか、釣り方を教えるか…とも言いますしね。良いと思いますよ?」




「もう一冊食べたのか」

 紙魚達が哲学書のセネカを食べ終わっていた。

「うーん、何と言う本だったか…セネカ…」

 思い出せない。

「まあ、読み終えた本であったし、良いか」

 最近は後ろ向きな思考をしなくなったと我ながら感じる。これが紙魚達がもたらしたものなら感謝したい位だ。


「う、痛えな…」

 最近脇腹、いや腸が引き攣るように痛む事がある。いやひんぱ◯にいたん◯いる。

「歳だしな…け◯べんもでて◯るし」

 休日にはびょ◯いんにでも◯たいこう。



 カリッ、コリッ…


 カリッ、コリッ…


 寝るにあたり紙魚達の咀嚼音が寝物語の様に静まった室内に響く。その音が心地よく睡魔を呼び込む。脇腹の痛みも眠る頃には忘れていた。


ガリッ…ゴリッ………



 新聞のお悔やみ欄にある名前が載った。

 あら◯にか◯お 45歳 葬儀は◯月◯日午後…



 どの新聞でも名前がきちんと明示された物はなく、葬儀は密葬となった。

 死因は大腸がん。ステージ4だったが本人からの病院受診がなく、死後数日経過。事件性の有無から解剖されて死因が分かった。そしてその男性の自宅からは白紙の本が多数見つかっており、不気味だと警察は漏らしたという。

 遺族は白紙の本がやはり不気味であったらしく、手垢が付くまで読み込まれたであろう「白紙の書籍」を古紙回収に出した。

 紙魚の餌と成り果てた書籍達も主人の後を追うように消えていった。

 だが大腸がんステージ4となると激痛に襲われるそうだが、男性の顔は苦痛等無かったかの様に穏やかであったと言う。




 紙魚は文字だけでは無く、本人の記憶迄も夜な夜な食べていたと思われる。

 本好きの皆様は紙魚を見付けてもくれぐれも飼わない様にお願いしたい。



終わり


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