魔神転生 魔神として異世界召喚された男の世界征服

阿部まさなり

第1話魔神転生

 工場の夜勤の帰り、男は酒を六缶パックで買って自宅に帰った。

 男の名は阿部真治。独身三十歳。高校を卒業して地元の工場に就職するも仕事が続かず、派遣社員を初めて県内を点々とする生活を送っていた。両親は高齢で定年退職、弟は正社員として良く働きそれなりの地位に登っていた。弟に比べて兄は情けないと親戚に何度も言われてきたがそんな事にも既に慣れていた。弟は結婚して子供も作ったが兄の真治は独身で女の気配すらない。真治に結婚願望が無いわけでは無いが、かといって自由を束縛されてまで結婚したいとも思わなかった。真治は自由が好きなのだ。職場と自宅の往復は退屈だ。しかし仕事の帰りに酒を買って自宅でつまみをかじりながら飲む生ビールが格別に美味く、それだけで真治は満たされていた。この生活を手放したくはない。親に孫を見せたいという気持ちもあったが弟がやってくれたのなら自分までする必要は無いだろう。弟には苦労をかけるが自分は自由にやらせてもらう。出来た弟がいて良かったと真治は思っていた。兄弟仲はそれほど悪くない。小さい頃は良くゲームで遊んでいた。弟が結婚してからはあまり会わなくなったがメールのやり取りは良くやっている。弟は子宝に恵まれて幸せそうだ。自分が出来損ないである分輝いて見える。嫉妬しなかったと言えば嘘になるが、かといって妬む程に心は小さくない。それに常識人で良く出来た弟と違い、真治は常識から逸脱した感性を持っていると自覚していた。その一つがロリコンである事だ。真治は小さな女の子が好きなのだ。と言っても例えばアニメや漫画に出てくる小さな女の子が好きなだけであり、現実の女の子を下品な目で見たことは無い。あくまで二次元限定だ。それでも真治の女の好みはやはり特殊だった。現実の良い年をした女性には目もくれない。二次元の小さな女の子ばかりを見ている。証拠に真治の自宅はアニメグッズやフィギュア、しかも所謂ロリキャラと呼ばれる者達ばかりを集めている。これでは一般人は近づくまい。真治は所謂オタクな陰キャなのだ。

 もう一つ、真治には特殊性癖がある。それは女子がおしっこを我慢した末に失禁してしまうというシチュエーションが大好物というものだ。完全な特殊性癖である。それは子供の頃からで電車の駅でトイレに籠り女性にトイレに行かせなかったりもしていた。根っからの変態である。しかし人には多様な性癖がある。真治も大人になった今では他人に迷惑をかけないように心掛けている。しかし性癖も女の好みも特殊な為、真治は常に欲求不満だった。それを解消する為に自宅ではいつもパソコンでエロ画像を検索してつまみにしているのである。


「お、このイラスト良いな。おもらしまでちゃんと描いているし女の子も小さい。近頃はAI作品が多いからちゃんと描いてくれるのは貴重だ。いいねしよう」


 生ビール五百缶を飲みながら、エロ画像を見て己を慰める真治。これが彼の仕事帰りの日常。誰にも言っていない秘めた情事であった。これで満たされるから結婚しないと言っても良い。弟のような普通の生活はもう送れないだろうと真治は思っていた。いや最初から自分には合わない生活なのだろうと思っていた。弟を光とするなら己は影だ。己は影に生きる人間なのだと。こうして仕事の帰りに、己を慰める。そういう生活で良いのである。


「……はぁ、現実にこんな子が側にいてくれたらな」


 しかしそれらは全て虚構の世界。創作上の想像の世界でしかない。結婚して子供がいて、現実に側に人間がいる弟と違い、自分の相手はパソコンの中。架空の存在だ。そう思うと真治は少し虚しさを感じざるを得ない。かといって娘が出来たとして娘にこんな事するつもりは無いのだが。せめて現実で出来た彼女にこんな架空の女の子がいてくれたら、と真治は夢想する。しかし現実にはそんな女の子はいないのである。だからこそ、これが楽しみ足り得るのだ。それを楽しむのが創作ではないか。


「巷の異世界転生――本当に起こらないかなぁ」


 昨今のライトノベルで有名なネタ、異世界転生。トラックに轢かれ、死んだと思ったら異世界に転生ないし転移していて、異世界で第二の人生を送る。流行のネタである。考えてみれば魅力的だ。見たことの無い異世界で第二の人生を送る。真治も生まれ変われたらなと何度も思っていた。しかも異世界転生なら神様から何らかの能力を付与されるのだ。楽しみで仕方がない。もっとも真治は活字が苦手なのでラノベはアニメ化やコミカライズしたものくらいしか見ていないのだが。


「もう酒が無くなった。新しいの開けるかぁ……」


 そう言って真治が席から立ち上がる。そしてビールの六缶パックを手に取る。その時だった。真治の体が眩い光に包まれる。突然の不可思議な現象に真治は混乱して頭が回らない。まるで目の前に太陽が現れたかのような状態だ。真治が恐怖で叫んだ瞬間、真治はこの世界から消えてしまった。


 やがて眩い光が消えて周囲がよく見えるようになった。飛び込んで来たのは森の中だった。肌寒い、薄暗い森の中。真治は困惑していた。さっきまで家の中だったのに何故外にいるのか。ここは何処なのだろうかと。夢かと思ったら自分の右手にビールの六缶パックが握られているのがわかった。頰をつねってみると痛かった。夢ではないらしい。


「なんなんだ、これは……」


 困惑していると背後から人がやってきて真治に抱きついた。真治はそのまま倒れてしまう。振り向いて見てみるとそこには女の子がいた。年端もゆかない少女――まだ十にも満たない幼女に見えた。しかしすぐに彼女が異質なものだとわかる。背中から歪な形の羽が一対生えている。そして身の丈程の細長い尻尾も。そして頭からは二本の角が生えていた。瞳は血のように真紅で髪の毛は赤みがかった白色でロング、腰まで伸びている。そして肌の色は薄い青色。明らかに日本人では無い、どころか人間とすら言えなかった。少女は真治の体に覆い被さり、その顔を覗き込んでにこりと笑う。とても可愛らしい笑顔。八重歯が少し見えている。まるで漫画に出てくるような完璧な姿だった。しかしその容姿は人間と言うより吸血鬼のように見える。衣服は黒のマイクロビキニパンツに乳首だけを覆ったブラ。所謂ビキニ姿だ。こんな小さな女の子がビキニを着ているなんて漫画以外で見たことが無かった。しかもこんなに寒いのに。今は夏では無かったか。そして胸はぺたんこだった。十にも満たない容姿だから当たり前かもしれない。思春期もまだ来てないと見える。


「我が君〜! 良かった、召喚成功だぁ!!」


 少女は顔を真治の胸に押し付ける。良い匂いがした。真治はあそこが大きくなるのを感じた。そして慌てて正気を取り戻し、少女を体から退かす。


「ちょ、ちょっと待て。君は誰だ? 召喚ってなんなんだ??」


 召喚という言葉にこの少女が何かしたのであろうことは窺える。しかしそんなファンタジーな事が現実で起き得るのか? しかし目の前の少女の姿、そして突然外に移動した事実がそれを承知せざるを得ない。


「何もわからないのも無理がありませんね。まず、私はサラーガと申します。百三十歳になる吸血鬼、魔族です」

「吸血鬼って……? おいおい、勘弁してくれよ。ここは異世界なのかぁ!?」

「そうです。私が異世界の魂をこの場に呼び寄せて召喚したのです」


 サラーガは掌を見せる。すると掌に光が灯った。何ともファンタジー。認められずとも、認めざるを得ない。ここは異世界で、彼女は吸血鬼で、自分は日本から召喚されたのだと。

 真治は心底驚いていた。異世界転生出来たら良いなとはおぼろげに思っていた事だがまさか本当に我が身に降りかかるとは思わなかったので困惑している。弟は? 両親は? 会社は? パソコンの検索履歴は? 自宅はどうなった? 真治は考えを巡らす。サラーガはそれを上目遣いで下から見上げていた。真治は取り敢えず立ち上がる。寒そうにしているとサラーガが建物に案内すると言って真治を連れて行った。向かった先は木材で作った簡単な建物だった。縄文時代にあるような竪穴住居と言えそうなものだ。中に入ってみると地面は掘られていないから竪穴住居では無かった。しかし風の強い外よりだいぶマシなのが助かった。サラーガは指先をかざすと火の玉が現れた。それで中央にある木の枝に火を灯し灯りとした。明るい上に暖かい。真治は火に当たって全身を揺すり始める。サラーガは迎え側にあぐらをかいて座ると語り始めた。

 サラーガ曰く、この世界は人間と魔族が争っているという。二十年前に魔王が勇者に討伐され、魔族は住む場所を追われたという。魔族の住む魔界は次々と姿を消した。魔族は今、風前の灯火なのだと。そこで魔族の吸血鬼サラーガは魔界復興の為にある儀式を行った。それが魔神召喚術。異世界の魂を生贄に捧げ、魔神としてこの地に召喚させる術だという。つまり真治は魔界復興の為に生贄となり、魔神として生まれ変わったのだ。


「異世界召喚ってわけか。つまり今の俺は人間じゃなくて魔神になったと」

「そうです。あなたの潜在能力は魔王以上。私が召喚する際、魔力の殆どを注ぎ込みました。おかげで今の私は非力ですが」


 思い返してみると今の真治はとても健やかだった。肌寒さも消えている。よく見ると肌の色は赤くなっていて頭にも角が生えている。尻尾もあった。気付いてみると自分も人間とは言えない姿となっていた。そして体内に流れるエネルギーのようなものが感じられる。それは空気中にも漂っていた。サラーガの体にも。サラーガのそれは小さかった。


「この周辺に漂う色のついた空気みたいなものはなんだ?」

「それは気です。エネルギーみたいなものです。一部の人間や魔物なら見えます。魔神のあなたなら当然です」


 以前まで見えていた景色とはまるで違っていた。そうか、これは異世界転生ならぬ異世界召喚。自分は異世界に来たのだ。そう実感すると真治はワクワクが止まらなかった。会社の事はどうでも良い。親は弟がなんとかしてくれるはず。元の世界に未練など無いのだ。この世界で新しい第二の人生を送ってやろう。思いの外、元の世界に未練が無いことに悲しくなったがそこは置いておこう。


「あの、あなた様の名前は?」

「阿部真治だ」

「真治様。このサラーガがあなたの従僕となります。あなたの手足となります。手足のように扱ってください。夜の楽しみも請け負います。なんでもやります。番になっても良い。だから魔界復興の為に尽力してください。私達を助けてください」


 サラーガがそう言って土下座を始めた。真治はサラーガを起こさせる。真治はニヤリと笑った。不思議と自信が溢れてきたのだ。


「わかった。元の世界に未練は無い。この新しい世界を我が物とするのも面白そうだ」

「それでは……!」

「ところでサラーガ。お前は俺の従僕になると言ったな。何でも言う事を聞くと。嘘じゃないな?」


 サラーガはニコリと笑う。


「嘘じゃありません! 私はあなたの従僕です。あなたのパートナーです。何でも言いつけてください。……あ、でも痛いのはやめてくださいね? でも望みとあらば従いましょう」


 サラーガが嘘をついてるとは思えない。その時、真治の心に邪心が湧いた。目の前の幼女が何でも言う事を聞く。ならばたっぷり慰め者にしてやろうじゃないか。


「お前、酒は飲めるか?」

「はい、飲めます!」

「それならまずは酒を飲もう。話はそれからだ」


 それから真治は持ってきた六缶パックを開けてサラーガと共に酒を飲み始めた。

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