きっと些細な告白の一幕

トレケーズキ【書き溜め中】

恋は急転直下

 とある男子高校生が宣言した。


「俺、村岡に告白するわ」


 その男──────中島なかじまは、部活帰りのファミレスで、力強い表情で確かにそう言った。

 そのテーブル中の視線が彼に集まった。その言葉を聞いた友人達からは、驚きの声があがる。


「マジ⁉︎ えらく突然じゃねぇか」


 その一人であり、中島の向かいに座っていたむろは、思わず顔を上げ、頓狂とんきょうな声色で大きく目を見開く。

 慌ててオレンジジュースに刺さっているストローから離した口元には、いかに室が驚いているかを伝えるかのように、小さなしずくが垂れていた。


「そもそも村岡が好きだという話だって知ったのは最近だしなぁ……」


 もう一人、中島の隣に座っていた平尾ひらおは、マドラーでカフェラテを延々とかき混ぜながら、風格のあるバリトンボイスを震わせた。

 中島は熱々で運ばれてきたミラノ風ドリアをスプーンで一口すくう。


「そんで明日の部活終わりに言おうと思ってる」

「マジでえらく突然じゃねぇか……」

「でも、女バレのエースと男バレの元レギュラーの組み合わせってのは良いかもな」

「うーん"元"の肩書きが余計すぎる‼︎」


 中島が想いを寄せている村岡は、女子バレー部の主力として活躍している女子だった。

 運動能力やバレーボールのセンスから連想される通りの綺麗なスタイルをしており、顔も整っている。更には明朗快活な性格で親しみやすくもあるため、今までで好意を抱いている人や告白した人の話が聞こえてきたのも、一度や二度ではない。ファミレスにいるこの男子バレー部の面々にとっては、隣で活動している彼女とよく接するのもあるため、中島が好きになるのも無理はない話だ。

 とは言え中島も、部内での実力はそれなり、見た目だって平均以上と判断しても問題ない風貌だ。そして何より学力優秀で面倒見が良い。過去には数学を教えてやった相手に好意を持たれていたなんて話もある。

 つまるところ、この2人なら釣り合うと言って差し支えない。平尾の言葉から、そう思っているという事が伝わってくる。


「まあ夏休みも近いしな。中島もプールデートしたくなる時期だもんね」

「言ってないんだよなぁそんな事」

「そんじゃ、ゲン担ぎに俺のオレンジジュースやるよ」

「いらないねぇ‼︎ 自分で取ってくるわ‼︎ ってかいつからお前の口づけジュースが縁起物になったの⁉︎」


 室の絡みに、迷惑にならない程度の声量でツッコミを入れる中島。

 それを目を細めて笑っていた平尾が、軽くカフェラテを喉に流し込む。


「取り敢えず、俺は応援するよ。こんな事言ってるけど、室だってそうだろうし」

「まぁ一応な」

「一応って何だよ一応って」


 溜息混じりに再びツッコミながら、中島は徐に腰を上げる。片手にコップを握りながら、足の先をドリンクバーの方に向けた状態で、席の方へ振り向いた。


「とにかく、明日の部活終わりにどこかに呼び出すよ。一応おまいらも見守っててほしい」


 その言葉に、テーブルに腰掛ける面々は揃って首を縦に振る。

 中島は満足そうに口角を上げると、ドリンクバーの方に向かっていった。



 そして、翌日。

 部活が終わり、その時が来た。


 中島は呼び出しに成功し、村岡と2人きりの状態に持ち込んだ。と言っても、ファミレスでの面子がそう離れていない場所から物陰で見守っているのだが。

 漫画でありがちな、草むらの向こうなんかに隠れるやり方では、動いた際に植物に触れて物音が聴こえる可能性があるし、やぶを通して2人を眺める事もできない。

 隠れたのは車の向こう。草むらよりも距離が近く、更に窓を通じて覗く事もできるからだ。中島と村岡のいる位置からは逆光にあたるので、窓の向こうから気付かれる可能性も低い。

 持ち主が来ないかという心配もあったが、壁にした年季を感じさせるパジェロは、この時間はまだ練習をしている野球部の顧問のだというのが分かっていた。


「さぁ、ここからどうするかだな……」


 室はその場にいる者にしか聴こえない声量まで落とし、そう呟いた。顎に手を当ててにやけ顔で見つめるその様子からは、この状況を楽しんでいるのが分かる。

 平尾は黙っていた。視線を2人に向ける事はしなかった。別にその瞬間を見つめたくないとかではなく、ひたすら聴覚に神経を注いでいる様子だ。

 さて、肝心の中島はというと、らしくなく硬さが見られる。

 顔は僅かに強張こわばっており、握っている拳に力がこもっているのは、きっと誰が見ても明らかに分かるだろう。

 彼の心情はパジェロを通して伝染し、この場一帯に緊張が走る。

 ここから先を誰かが手伝ってやる事はできない。まぁ告白の仕方が変だからと振られる人はそうそういないだろうが、ここから先の展開は全て中島に依存しているのだ。

 ふと、校舎の壁に寄り掛かる。まるで、不安も、緊張も、全てを背中から預けるように。

 一方で村岡も、黙って呼び出し相手の言葉を待っていた。流石にどういう状況かを察しているのか、向こうを急かすような無粋な真似には出ていない。

 やがて彼女も徐に壁に背中を向け、隣り合うように寄り掛かった。

 沈黙の中、体の前で9の字型に腕を組み、神妙な面持ちで俯いている。

 夕暮れの太陽が2人の影を伸ばす。蝉の鳴き声も収まってきている。夜が近づいても部活終わりの身体を汗ばませる暑さの中、この空間は止まっていた。


「くそっ……じれってーな……俺ちょっと」

「やめろ」


 痺れを切らした室を、さながらかかる馬をなだめる騎手のように、半分本気のトーンで制止する平尾。

 いくら見守ってほしいと中島が思っていても、ここで乱入してしまえばあやふやになり、ここまでの展開が全て水泡に帰す可能性だってある。

 だが、事実数十秒にも達する時間の中、場の状況は滞っていた。


「頑張れ、あとちょっとだ……‼︎」


 祈るように両手を合わせながら、平尾はささやく。それだけでも、彼が本気で中島を応援しているのが分かる。

 そして、その願いは、少しのラグを伴いながらも向こうに伝わった。


「ええい単刀直入に言わせてもらう‼︎」


 中島はクワッと顔を上げると、隣に寄り掛かる村岡をしっかりと見る。

 村岡も、突然の言葉に少し肩を震わせながら、僅かに呆気に取られたように目線を合わせる。

 車の陰に隠れていた組も、揃って注目がいく。2人に背を向けていた平尾も、車を挟んでもハッキリと聴こえてくる声に思わず振り向いた。



「好きなんだ……俺と付き合って……くれないか」



 遂に、中島は想いを伝えた。


 沈黙を打ち破り、勇気を出して彼は告白した。

 その姿に、室は思わず拳を握る。平尾は変わらず、祈るような表情で車越しに2人を見る。


 そして──────



「うん。宜しくね」



 村岡から微笑みが生まれた。

 告白を受け入れる返事に、中島は一瞬固まる。

 だが、その縛りが解けると、彼は飛び起きるように背中を壁から離した。


「ほ、本当か……⁉︎」

「うん。断る理由もないし……好きだと言ってくれたのが、嬉しかった」


 そう言って村岡は、夕陽を一杯に受け、整った顔に一番似合う笑顔を見せた。

 見守っていたサイドからは、室が再度拳を強く握り、白い歯を見せる。平尾は緊張感漂う空間から解放され、まさに安堵した感じで、気の抜けるような息を吐いている。

 様子こそ違えど、2人の胸の内は一致していた。


 かくして、中島の告白大作戦は成功したのだ。

 結ばれた2人は、暫しの間の雑談を交わす。

 パジェロの陰にいる面々は、2人に姿を見せる事なく、緊張の味から甘くなった空気を味わっている。

 並んで壁に寄り掛かっていた中島と村岡だったが、ふと村岡が背中を起こした。


「一応帰る所を待たせてるからさ、今日はもう行かせてもらうね」

「あぁ、うん。本当にありがとうな」

「ううん。これからも宜しくね」

「あぁ‼︎」


 別れの挨拶を済ませると、村岡は一緒に帰る女バレの部員の方へと向かっていった。

 その背中が見えなくなるまで、中島は動く事なく見届けていたのだった。


 去っていく一つの影が見えなくなると、中島は車の方を振り向き、見守っていた面々と合流する。


「いやぁ良かった‼︎ 本当に良かった‼︎」

「我々の手助けはいらなかったようだな」

「いや乱入されたら尚更言いにくくなってたわ」


 祝福の雰囲気の中、3人は同じように満面の笑顔が弾ける。重要な大会に勝利した時のような、心からの喜びが、そこに垣間見えた。


「でも、本当に見守ってくれて頼もしかったよ……ありがとう。室、平尾、も」


 そう言って、こちらに笑顔を向けてくる。

 だけど、その感謝と喜びのこもった表情に、心からの笑みを返す事は出来ない。作り笑顔しか出来なかった。



 村岡の事は、僕の方が先に好きだったのに。

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