魔法使いの贖罪
@k325
出会い
「そんで、僕のところにやってきたと。」
「ああ、渡瀬さんに言われてな。
その言葉を聞いて、黒髪で全身黒い服装の少年はにやりと微笑んだ。
「あの渡瀬さんが寄こしてきたってことは、あんたも大阪府警の刑事なん?」
「あんたじゃない、御子柴という。今回はある魔法使いの逮捕に協力してほしくてやってきた。」
「魔法使いの逮捕って、犯人が魔法使いやからって僕の出る幕はないやろ。」
「いや、犯人の抵抗が激しくてな。捜査員の中には重体の者もいる。」
自分で言っておきながら、御子柴はなぜこの少年に協力を求めているのかわからなくなっていた。
少年の顔はまだ幼さを残しており、身長も御子柴の肩ほどしかない。
御子柴と並ぶと幼い弟のように見える。
見るからに非力で役に立つとは到底思えない。
自分の上司である渡瀬はこの少年に何を期待しているのだろうか。
その御子柴の迷いが顔に出たのを少年は見た。
「刑事さん、こいつに何ができるんやって思ったやろ。」
「いや、そんなことは…」
「隠さんくていいよ、みんな
御子柴は、少年はむしろ楽しそうだ。
御子柴の焦った様子を気にせず、少年は話を続ける。
「百聞は一見に如かず。とりあえずその魔法使いの場所を教えてえな。」
そういうと少年は、席を立ちあがるなり対面に座っていた御子柴の腕をつかんで、御子柴を立ち上がらせた。その勢いのまま話し合っていたファミレスを出た。
店に入ってから何も注文をしないまま出て行った二人は、店側からすると迷惑だったことだろう。
しかし、そんなことを気にする余裕は御子柴にはなかった。
二人がいたテーブルには全く手を付けられていない水の入ったグラスだけが残っていた。
大阪の夏は暑い。
冷房が効いたファミレスを出たとたんに町の熱気が二人を包んだ。
二人がいた店は大通りの道沿いにあり、店の前の道路は信号待ちの車が列をなしている。
「そういえば、君の名前を聞いていなかった。」
店を出て特に目的もなく付近を歩いていると御子柴が少年に話しかけた。
「名前言ってへんかったっけ?まあいいや。僕は
「大阪府警捜査一課の
「御子柴さんいくつ?」
「今年で26になる。」
「なんや年上か。じゃあ、早速事件のことについて話してもらってもええ?」
何のための年齢確認だったのか阿礼は御子柴が年上と知ってもなお変わらずタメ口で話している。
普通なら生意気だと機嫌を悪くしてしまうかもしれないが、阿礼に対しては不思議と嫌悪感などは何も感じなかった。
ちなみに阿礼も御子柴の上司の渡瀬に対しても馴れ馴れしい口調なのでまったく気にしてはいない。
「ああ、忘れるところだった。犯人の名前は鵜飼隼人、39歳。以前25歳の時に殺人の罪で捕まっている。」
「殺人の前科持ちってことか。それで?」
「1か月前に出所後、都内のバーで友人と飲んでいたところ、同じ店にいた暴力団の男といざこざがあり、争った末にその男を殺害した。鵜飼は現在逃亡中、捜査本部も鵜飼が今どこにいるか分かっているが人質がいて手を出せず監視にとどめている。」
どうやら御子柴が言うには件の魔法使いには仲間がいるそうだ。
「なんやその鵜飼だけやないんか。なるほどな、だいたい分かったわ。じゃあ、とりあえず鵜飼がいる場所はどこなん?」
「場所は大阪駅のすぐ近くにあるマンション。らしい。」
「大阪駅なんや、反対方向やん!さっさと行こ行こ!」
そういうなり阿礼は勢いよく振り返って走り出した。途中、横断歩道で信号待ちをする人にぶつかりそうになったがうまく体を捻ってかわしていた。
「ちょっと待て。」
数秒立ち止まって阿礼の背中を見つめていた御子柴だったが、我に返るとアレクセイを追いかけて走り出した。
横断歩道の信号は青になって人々は歩き始めいた。
数十分後、太陽が一番高く上がるころ御子柴と阿礼は鵜飼がいるとされるマンションの前にやってきていた。
大阪駅から徒歩10分ほどの距離にあるこの建物は明らかにほかの建物よりも新しかった。
マンションの前は人通りも多く、近くには公園もある。
その公園には大きな噴水があり、水遊びをする子供たちとそれを見守る親たちがいた。
その様子を見て思わず笑みがこぼれる御子柴だったが、阿礼は気にせず問いかけた。
「鵜飼達がいる部屋はどこや?」
「うん?406号室だ。今はマンションの周囲を…っておい待て!!」
背後から聞こえる静止の声を無視して阿礼はマンションの入口へと足を進めた。
御子柴は阿礼の肩をつかみ無理やり阿礼を引き留める。
「なんや御子柴さん?鵜飼を捕まえるんとちゃうんか?」
「それを分かっていながら、なぜマンションの方へ行こうとする!」
「なぜってそら406号室にいくためやん。」
阿礼は当たり前のように言い放つ。
阿礼の顔は「なぜそんなことを?」と思っているのが一目瞭然で、眉をしかめて不思議そうにしていた。
「さっきも言っただろう!正面から言っても鵜飼は逮捕できない。何人もの警官が返り討ちにあっている。それに人質もいる。」
「あいにく僕は警官やないんでな。まあちょっと見とき。」
肩に置かれた御子柴の手を振り払って阿礼は入口へ向かっていった。
しかし、阿礼はエントランスに入るなり足を止めた。あたりを見回して誰もいないことを確認すると、再び入口の前で立ち尽くす御子柴のもとに戻ってきた。
「なあ、早速悪いんやけど鍵開けてくれんか?」
御子柴が管理人室に掛け合ってエントランスの鍵をあけてもらい、御子柴と阿礼の二人はエレベーターを使って4階に上がると例の406号室に向かった。
前を阿礼が歩いて進んでいたが、突然阿礼が立ち止まり振り返って言った。
「別に御子柴さんは下で待っといてもらってもよかったんやで。」
「いや、一応君も一般人なんだ。もしもの時は君を守らなければならない。」
「ふーん、一般人なあ。でも、何人もやられてんねんろ?犯人の鵜飼さんに。最悪死ぬかもしれへんで。」
「覚悟の上だ。それにそれが警察官としての自分の義務でもある。」
御子柴はまっすぐ阿礼の黒い瞳を見つめていた。阿礼の身長は御子柴よりも小さいので見下ろす形になっていた。
阿礼の目の力強さに気圧されそうになったが、負けじと見つめ返した。
しばらく見つめあっていると、阿礼はふっと笑って前を向くと再び歩き出した。
「僕にはそんな器の広い生き方はできひんわ。」
そう言った阿礼の背中は先ほどよりも大きく見えたが、悲しくも見えた。
「さ、ここが406号室やな。ほな行きますか。」
「待ってくれ九生、本当に君は何をするつもりだ。」
「ピンポンすんねん。」
「ちょっとま…」
御子柴が止める時間もなく、阿礼は406号室の前にやってくるなり、部屋のインターホンを押した。
固唾をのんで様子を見守る御子柴だったがすぐに拳銃を懐から取り出せるように準備をしていた。
反対に阿礼はポケットに手を突っ込んだまま反応を待っている。
物音が聞こえた。おそらく中にいる鵜飼だろう。
しかし、ドアが開く様子は一向にない。
「鵜飼が出てくるわけがないだろう。そんな馬鹿が相手ならこんなにも苦労はしていない。」
「そうやろな、ここで出てくれたらこっちも手荒な真似せんで済んだのになー、いやー残念残念。」
御子柴には阿礼が全く悔しがっているようには見えなかった。むしろこの状況を楽しんでいるようにさえ見えた。
「しゃーない、ここは強行突破や。」
そういうと阿礼はポケットの中から鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
阿礼が鍵を捻るとガチャリという音が鳴る。
もう何度目だろうかこの目の前の少年の突然の行動に驚かされるのは。
なぜ部屋の鍵を持っている?いや仮に鍵を持っていたとしてもなぜいま開けた?
御子柴が疑問を挟む前に阿礼が笑顔で話しかけてきた。
「じゃあ、御子柴さん。今からなにがあってもこのドアは開けんといてな。」
まるで鶴の恩返しのようなことを言いながら阿礼はドアを開け部屋の中に入っていく。
「何なんだ彼は…」
阿礼の言うことに従って待つか一瞬迷った御子柴だったが、すぐに思い直しドアを開けて406号室に入っていった。
部屋に入った御子柴がまず最初に感じたのはその強烈な臭いだった。
目の前の通路にはごみ袋が放置されている。
強烈な異臭の原因はそのごみ袋であることに間違いだろう。
鵜飼も警察に包囲されているのは分かっているはずなので溜まったごみを出すこともできなかったのだと考えられる。
臭いに耐えながら周囲を警戒していると、重くそれでいて乾いた音が聞こえた。
刑事である御子柴はその音に聞き覚えがあった。
かつて自分も警察学校時代に…
「銃声?」
そう思うなり御子柴は走り出し、銃声が聞こえた部屋に駆け込んだ。
部屋に入るなり御子柴の目に入ったのは阿礼の黒く小さな背中だった。
奥の壁には赤黒い液体が飛び散っていた。
血だ。
「九生?」
阿礼は振り返らずに言った。
「やっぱり、来ちゃったんか御子柴さん。鶴の恩返しとか知らん?だから言ったやん、鶴も見られたら後戻りできひんからあんな風にいったんやで。だから…なあ。」
阿礼の足元を見ると男が倒れているのが見えた。顔は見えなかったが確認するまでもなく鵜飼だろう。
鵜飼は壁に寄りかかって足を床に投げ出し動く様子がない。
今御子柴がいる位置からは鵜飼の生死は分からない。
「聞きたいことは山ほどあるが…何がどうなっている?」
「どうなってるっておかしなこときくんやな、御子柴さん?見たまんまや殺人事件の容疑者で現在逃走中の犯人を懲らしめたところや。」
「どうやって?鵜飼は魔法使いのはずだ。簡単に確保できる相手じゃない、先ほども言ったが何人もの警官が返り討ちにあっている…」
「どっから持ってきた分らんけどピストルも持ってたしなあ。」
重い沈黙が二人の間に流れる。阿礼は少し上を向いてふぅーと大きく息を吐いた。
「なあ御子柴さん?」
「何だ?」
阿礼が再び話し出した。
「鵜飼は魔法使いで、身体能力も常人のそれとは比べ物にならんかった。本人はあんまり自覚してなかったみたいやけどな。」
阿礼が振り向き、御子柴の方を向く。
阿礼の手に拳銃が収まっているのを御子柴は見た。
拳銃をもつ右手から視線を外せずにいた。
「渡瀬さんから魔法使いのことを聞きに来たって言うてたな。そもそもみんな勘違いしとる。」
「勘違い?」
「ああ、そうや。魔法使い言うても別にそんなに特別なことやない。確かに鵜飼みたいにフィジカルがめっちゃ強くなったり、常人にはできひんことができるかもしれんけどな。」
「そうだ、その常人にはできないことが魔法で、その魔法を操るのが魔法使いだ。」
「だから、そこが勘違いやって言うてんのよ。魔法使いっていうてもな、殴られたら痛いし、刃物で腹を刺されたり銃で撃たれたりしたら死ぬ。飯は食うし、眠いときは寝る。結局根っこのところではほかの人とほとんど変わらへん。100mを10秒台で走れる人とかと本質的には似たようなもんやな。魔法は確かにすごいけど基本的にそこまで恐れることはないんや。まあ中にはぶっとんだ魔法使うやつもいるけどな。」
御子柴は阿礼の言いたいことは何となく理解できるが、やはり腑に落ちない。魔法使いが特別な存在でないとしたら。なぜ今まで何人もの警察官が返り討ちにあって鵜飼を逮捕できないのか?意識不明で重体になった者もいる。
そんな御子柴の疑問に答えるように阿礼が話を続けた。
「今まで警察が鵜飼に歯が立たんかったんは、別に鵜飼がすごかったんやない、警察が弱かったんや。魔法のあるなしやない。その精神性の違いや。」
精神性の違いと言われても御子柴にはピンとこなかった。
「鵜飼は魔法使いで、しかも殺人の前科持ちやろ。鵜飼の人殺しへのハードルは常人のそれよりもはるかに低い。刑事じゃなくても知ってるやろ一度人を殺したら、人を殺すことへのためらいがなくなるって。反対に警察官といえば人殺しの経験があるやつなんかほとんどおらん。殺したいなんて思っとるやつもおらん。鵜飼を捕まえられんかったんはその差や。」
「……」
御子柴は阿礼の話に納得した。阿礼の言うことはもっともなのかもしれない。
要は警察はためらっていたのだ。殺人犯といえども殺さずに逮捕することを目的としていた。
それに対して鵜飼はこちらを殺すことにためらいはない。
あまりに単純なその差は、とても大きいように思えた。
御子柴が何も言えずにいると、阿礼は御子柴の前に来てその手をとり、持っていた拳銃を握らせた。
「でも魔法使いは人間の皮を被った獣みたいなもんや、御子柴さんみたいな人間とは相性が悪い。自分と同じ人間やと思うと大けがするで。目には目を、餅は餅屋に、魔法使いは猛獣狩りをや、ハンムラビ法典は時代を先取りしすぎやな。はは。」
そう言って阿礼は部屋を出て行った。
一人残された御子柴はもう一人部屋に残っている鵜飼の容態を慌てて確かめる。
ぐったりとして意識はないようだが呼吸はしている。
鵜飼が生きていて安心していた御子柴の背中に声がかかる。
「そういえば御子柴さん?人質は隣の部屋におるって。」
忘れていた。御子柴は応援を呼ぶためにスマホを取り出すとスマホには何十件もの着信が来ていることに気付いた。
気を入れなおすために空いている左手で頬を叩くと、たったいまかかってきた電話に出る。
御子柴と阿礼が部屋に入るのを他の捜査員がみていたようだ。まもなく応援が部屋に到着するらしい。
しかし、御子柴の頭の中にあったのは鵜飼のことでも人質のことでもなく、阿礼のことだった。
(魔法使いは猛獣狩りにか…だとしたら九生は)
再び御子柴が動き出したのは応援の捜査員が到着してからだった。その手には拳銃が握られている。
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