午前十一時半に私は「小松菜のおひたし」を作った ~追悼 田中敦子さんへ~

隅田 天美

午前十一時半に私は「小松菜のおひたし」を作った ~追悼 田中敦子さん~

 そのニュースは、あまりに唐突だった。


--田中敦子さん、死去


 一年半にも及ぶ闘病だったそうだ……



 スマートフォンから目を外すと、後輩が帰宅の道を一緒に歩いていた。


「少佐……死んじまったなぁ」


 私は空を見た。


「バトーの真似ですか?」


「半分は地だよ」


「そうですね、死んじまいましたね……」



 そこから、何がどうしてどうなったかよく覚えてない。


 気が付いたら休日で、スーパーで一週間分の食料を買っていた。


 人間とは実に心が揺れ動くもので、心が荒れていようが悲しみに暮れようが一日二十四時間三百六十五日過ぎてくれる。



 帰宅後。


 冷蔵庫に仕舞えるものをしまうと、「おや?」と思った。


 小松菜、油揚げ、釜揚げしらす、ニンジン……


『衛宮さんちの今日のごはん』で田中さんがやっていたキャスターが作っていた「小松菜のおひたし」の材料だ。



 ほぼ葛城宗一郎の若奥様状態のキャスターが主人公・衛宮士郎に和食の基礎を教わる中で出てきた料理だ。


 本当は「秋の味覚」として里芋の煮っころがしやサンマの焼き魚があるが諸事情があって無理だった。(単に「めんどくさかった」「予算がない」という理由もある)


 小松菜もお買い得価格だった。(旬は冬では?)



 私個人として田中敦子さんと言えば『魔改造の夜』である。


 NHK……というより日本を代表する機械メーカーの技術部門が己がプライドと技術力を結集してお題を解決するもので、技術の専門外の我々が見ると「……は?」なお題(「○○メートル先にある回るケーキ台のローソクの火を水で消せ」など)を真面目に、時に笑い、時に泣きながらも決められた技術者は挑戦する。


 そのナレーションをしていたのが田中さんだ。


 闘病中のはずだったが、まさに「草薙少佐」のような冷静で、かつ、同じようにプライドと技を持ってナレーションをしていた。


 必死でしがみ付いて、文字通り「草薙素子」という『攻殻機動隊』という作品の最重要パーツ主役をやっていたのだ。



 そんなことを考えながら、小松菜の根元を洗う。


 と、その時、私の中の亡霊ゴーストがささやいた。


『やばい! この量は、おひたしの素が足りない!』


 小松菜を茹でながら醤油などの量を計るということをやる。


 私の中の亡霊ゴーストは実に家庭科に特化している。



 結果、大量のおひたしが出来た。


 で、食べた。


 感想は「あ、食べられる」だった。


 

 実は、私もキャスターではないが和食が苦手だ。(洋食も中華も似たようなものだが)


 正直、醤油の入れすぎだったり茹でが甘い時がある。


 だから、驚いた。


 

 ありがとう、キャスター。


 あなたのおかげで私の中で「先に醤油を入れるより甘味を決めてから色付け程度に醤油を入れたほうがいい」ことを学んだ。



 そして、沢山の声をありがとうございました。


 沢山活躍された分、沢山休んでください。


 田中敦子さん。


 本当にありがとうございました。
































おまけ

 弟曰く「あー、『ぐんまのやぼう』の人?」

 私「『攻殻機動隊』の少佐だぜ?」

 弟「マジ?」

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