無骨な男

翌日、ゲームの世界で目を覚ました高杉ら3人。中間先生が翻訳した書物には、数千の隠しアイテムの場所が書き記されていた。それを普通に探していたのでは何十年もかかりそうだが、中間先生は書物とともに手に入れていた栞を手掛かりに、ある場所のアイテムに見星をつけていた。その場所は高杉らが現在滞在しているフレン王国の隣りに位置するベール王国の萬屋だった。どうやらその萬屋は、仲間先生が手に入れた栞と引き換えに、極めて重要な隠しアイテムを授けてくれるらしい。そのことを木下と上野、そして老神父に報告した高杉。老神父によると、その王国に行くには鈴木らが命を落としたあの森以上に危険な道を通り抜けなければならないようだ。レベル1の自分たちではどう考えてもたどり着けないが、もはや自分たちはお役御免のためなんの問題もない、誰かに任せておけばすぐにでもこの世界から完全に抜け出せると思っていた高杉。しかし、そう簡単な話ではないらしい。老神父によると、中間先生は昨秋まで12人ほどの仲間と行動をともにしていたが、10月のある日、ゲーム残留派らによる謀略で中間先生を含めた4人が国家反逆罪の容疑で突然拘束され、その場にいなかった仲間たちも次々と拘束されていき、今は4人が残るのみだという。またその4人も指名手配犯として追われており、人目に付くような行動はできない状態だという。そのためノーマークの高杉らに協力してほしいという訳だ。「この世界から離れたいという思いに迷いはございませんか?」と老神父はいつになく真剣な表情で3人に尋ねた。勿論だと即答する木下と上野。高杉も黙って頷いた。「かしこまりました。それでは、皆様にお会いしていただきたい方がいらっしゃいますので、明日も同じ時刻にお越しいただけますか。確か16時でしたね」と老神父。


そして迎えた翌日。これから高杉らが会いに行くのは、例の事件で指名手配されている2人のうちの1人で、仲間先生が手に入れた書物と栞を所持しており、高杉らか滞在している教会から徒歩で約10分ほどの住宅街に潜伏しているという。ちなみに、この世界のノンプレイヤーキャラクターにモンゴロイドはおらず、モンゴロイドの指名手配犯が街を歩くのはあまりにもリスクが高すぎるため、事件以降男性は一切外出することなく生活しているらしい。


いつもは教会で食事して眠るだけの毎日だったため、高杉らが街を歩くのは初めて訪れた時以来だ。少し冷たい朝の空気が頬に触れる。夜明け前の薄明かりが東の空にわずかに差し込み始めた。時刻は朝の4時。朝市が始まる前で、活気のある昼間とは打って変わり、商店街は静まり返っている。遠くから聞こえてくるのは、鳥のさえずりと、時折通る見張りの衛兵の足音だけだ。そんな中でも「片目だけ二重」だの「髪がボサボサ」だの緊張感のない木下と上野。そんな会話を続けながらしばらく歩いてると気づかぬうちに住宅街に入っていた。どの家も似たような造りをしており、瓦屋根と木製の壁、そして小さな煙突が屋根の端に取り付けられている。そのうちの一軒の家の前で老神父の足が止まった。そして老神父があたりを気にしながら軽くドアをノックすると男性が姿を現した。その男性は木下らが想像していたオタク系ではなく、がっしりとした体格、無精髭、額に刻み込まれたシワが無骨な雰囲気を醸し出していて、まるで武道家のようだ。40歳前後だろうか。「こちらはグリーン様のご友人のアーロン様でございます。アーロン様は…」と老神父が紹介してくれた。ちなみに、グリーンとは中間先生のニックネームだ。老神父の話ではアーロンは戦場での経験が豊富で、中間先生とも戦場で知り合ったらしい。そして中間先生が最も信頼していた人物だという。「君がネオか」とアーロンが独り言のように呟いた。「ネオ…?ってなんですか?」あの映画を見ていない高杉は理解できていない。木下と上野もキョトンとしている。これが世代間ギャップか。「失礼した。名前は?」と険しい表情を崩さないアーロン。「た、いや…あの、翔太です」現実世界でニックネームをあれこれ考えてきた高杉だったが、強面のアーロンを前に緊張で頭が真っ白になってしまった。ちなみに木下は結依、上野は彩音(あやね)と名乗った。何れも本名だ。


その後、高杉はアーロンにこれまでの経緯を説明。そしてアイテム探しに話が及ぶと、アーロンがベール王国の国境付近まで護衛してくれることに。またベール王国に入ったあとのアーロンとのやり取りを考えれば、インプッターの高杉とアウトプッターがベール王国に向かうべきだとアーロンは進言した。ちなみに目的地のベール王国までは徒歩で12時間程度かかる距離だという。神父が同行すれば途中で野宿する(現実世界に戻る)ことも可能だが、睡眠中は完全に無防備となるためモンスターや魔族に襲われやすくあまり勧められないと言われた。また夜間はモンスターや魔族が活発に活動するため昼間に移動する必要があるとも言われた。すなわち現実世界では夜間にゲームをしなければならないということだ。現実世界のことを考えれば夜に12時間も続けてゲームをするのは難しいと難色を示した木下に対し、老神父は馬での移動を提案。高杉と木下が馬に乗れば5〜6時間で移動できるという。しかし馬など本当に用意出来るのか、そもそも初心者の2人が馬を操作できるのか。気になることを木下らがあれこれ質問しているうちに帰る時間になってしまった。


そして現実世界に戻った3人。時刻は午後6時20分過ぎ。木下から「月曜日と火曜日どっちがいい?」と唐突に聞かれた高杉だったが、まだ起きたばかりで頭が働かない上、何の話をしているのかまったく理解できていない。「あ、ごめん、後でLINEするから」と木下は上野と帰っていった。その夜、アーロンの話などこれまでの経緯を木下からの長文のLINEで知った高杉。そしてその後、アイテム探しをいつどこで誰がやるかやり取りする中で、木下は幼い頃に両親が離婚したため父親と二人暮らしであること、木下の父親は平日は夜勤で外出するため朝まで帰らないことを知った。それを踏まえれば、高杉が自分の部屋からバレないように抜け出せれば、確実に6時間以上は確保できるという訳だ。そのことからアイテム探しは月曜日の夜、木下の家で行うことに決まった。

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チュニックを着た少女(仮) @kondohmusashi

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