ゲームの注意事項
午後6時15分、目を覚ました高杉ら3人。いつもよりやや長めにゲームの世界にいたようだ。そして起きるや否や木下が何故かメモ帳とペンを要求し、何やらURLらしきものを書き始めたが「あーごめん。やっぱり思い出せない」と頭を抱えている。ゲームの世界で何かのログイン情報を暗記して、今思い出しているらしいが、すべてを覚えていない高杉と上野には何のことやらさっぱり。その夜、木下から届いた長文のLINEでようやく理解できた高杉。そして慌ててラップトップ内のデータなどを整理。まずそこを見られることはないのだろうが、とにかく高杉は用心深い。それは幼い頃から変わっておらず、心配性と人間不信のため常に不眠症を抱えてきた。現実世界では苦労の耐えないその性格が、どうやらこのゲームの催眠術的な効果を弱めている一因のようだ。
翌日、ゲームの世界から帰還した木下がメモ帳にURLとログインID、そしてログインパスワードを書き出すことに成功した。時刻は既に午後6時半過ぎ。残念ながら木下と上野は塾通いのため帰宅。高杉は食事やら風呂やらをサクッと済ませ、さっそく前日ピカピカに掃除したラップトップを開き木下に教えてもらったURLを入力。出てきたページはクラウドストレージのようなサイトではなく、ブログサイトだった。恐る恐るログインしてみると、そこにはブログの主の氏名や生年月日、そしてゲーム攻略の糸口のほか、ゲーム内外の重要な注意事項など様々な情報が書き残されていた。まずこの非公開ブログの作者だが、52歳の男性医師で名前は中間義人、妻と息子の3人暮らし。そして彼がこのゲームを始めた経緯やその後の展開についても詳しく綴られていた。要約すると次のようなことらしい。
『それは今から9年前のこと。当時小学6年生だった一人息子の俊哉がこのゲームにのめり込み昼夜が逆転、学校にも通わなくなった。そんな息子を心配した両親がある日このゲームを隠してしまった。夕方起床してきた俊哉は激しく動揺、ゲームを再開しないと命が危ないと泣き喚くが、その意味を理解できなかった両親はゲームを返さなかった。そして俊哉は夕食も取らず部屋に戻った。しばらくしてマンションの外が騒がしいことに気づいた両親。部屋にいるはずの俊哉が倒れていたのだ。3階という低層階だったこともあり幸い命に別状はなかった俊哉だったが、大怪我のため入院。入院当日は意識もしっかりしていたが、翌日の朝早く容態が急変。それから意識不明の状態が続いた。当初は頭を打った影響と思われたが、MRI検査では脳に損傷は見られなかった。何ヶ月たっても一向に意識が戻らない俊哉。そんなある日、あの日の俊哉の言葉が耳から離れない義人は、俊哉がのめり込んでいたゲームをやってみることに。そして義人もあのゲームに囚われてしまったのだ。息子の俊哉同様、記憶を現実世界に持ち出せた義人は仕事を辞め毎日12時間近くをゲームに費やした。ゲームを始めた当初は王道である魔王を倒してのクリアを目指した義人だったが、あまりにも苛烈な戦闘を体験したことで別の方法を模索することに。そして6年の歳月をかけてついに攻略の糸口が書かれた書物をゲーム内で発見したのだ。しかし問題はこの書物が中世ラテン語で書かれていたこと。中世ラテン語はゲーム内で使用されておらず誰も分からなかった。そこで義人は現実世界で中世ラテン語を翻訳してゲームの世界に持ち込むことを思いつく。しかし現実世界の記憶をゲームの世界に持ち込める人物はゲーム内はもちろん、現実世界のダークウェブ上など至る所を探したが結局見つけられなかった。』
毎日のように更新されていたこのブログの最後の更新が去年の10月。おそらくその直後に何かしらの理由でゲーム内の中間先生が捕らえられ処刑されてしまったようだ。そして肝心の攻略の糸口が書かれた書物についてだが、中間先生は既に中世ラテン語を日本語に翻訳していた。中間先生はこの攻略法でエンディングを迎えればゲームに囚われている人々を救けられ、俊哉の意識も戻ると信じているようだ。ちなみにゲームの注意事項については以下のようなことが書かれていた。
1. ゲームを始めた(再開した)場合、24時間以内にゲームの世界に帰還すること。24時間以内に帰還できない場合はゲームオーバー。またゲームを開始(または再開)してから12時間は、例え短時間で現実に戻ったとしてもゲームを再開することはできないというルールも存在するようだ。
2. ゲーム感覚で魔族と戦闘しないこと。アニメなどでは、例え敵と兵刃を交えても主人公たちが手足を切断されるようなことはまずないが、このゲーム内の戦闘ではそれが普通に起こり得るのだという。また痛みの感じ方も現実と変わらないらしい。
3. 市場や宿屋で初めて支払いをする時に、クレジットカード情報や銀行口座情報を記入することでツケ払いが可能となる。しかし支払日に残高不足で支払いができなかった場合は即ゲームオーバーとなるため、中間先生は可能な限りゲーム内の通貨を使うことを推奨している。ちなみに通常は覚えていないクレジットカード情報などを簡単に思い出せる理由は、やはり催眠術にあるらしい。
4. ゲーム内でも犯罪行為は絶対に行わないこと。牢の中からは現実世界に戻ることができないため、軽微な犯罪でも命取りになるらしい。
5. ゲーム内では本名ではなくニックネームを使うこと。このゲームはオンラインで繋がっており個人情報が漏れた場合、現実世界で何をされるか分からないため、未成年者は特に注意が必要とのこと。
6. 知らないプレイヤーを信用しすぎないこと。プレイヤーは木下のようなアウトプッター(記憶を現実世界に持ち出せる者)と上野のようなノーマル型(記憶を現実世界に持ち出せない者)の2通り。木下のようなアウトプッターは長時間プレイする傾向にあるため高レベルの魔法を扱える者が多いのだが、一部の者はゲームの世界の崩壊を恐れ現状維持を求めているためクリアを目指す者にとっては極めて危険な存在なのだという。また魔族側にもプレイヤーがいる可能性があり、双方のアウトプッターが連携しているという噂もあるようだ。
その夜、木下からLINEが届いた。どうやら無事にログイン出来たようだ。
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