囚人からの手紙
このゲームの世界を教えてくれる貴重な存在が老神父だ。老神父の話では、このロールプレイングゲームは魔王を倒せばクリアとなる一般的なストーリー設定で、プレイヤーには勇者、僧侶、魔法使い、賢者などがいる。ノンプレイヤーキャラクターは一般市民の他に、兵士、神父などがおり、プレイヤーとは異なり魔法などはほぼ使えないようだ。一方、魔王側には魔族と呼ばれる長寿命かつ高度な魔法を使う者、モンスターと呼ばれる獣の群れなどがいる。この世界は元々圧倒的多数を占める人間が支配していたのだが、10年程前に現れた魔王と呼ばれる指導者が魔族の軍勢を率いて人間の領土への侵略を開始。7つあった王国のうち既に2つの王国が滅ぼされたという。高杉らが滞在するこの王国も魔族による激しい攻撃に何度もさらされ、今は何とか侵攻を遅らせている状態だという。
教会の部屋で目を覚ました高杉。こちらの世界では朝の4時過ぎ。現実世界と丁度12時間の差がある。夜行性のゲームオタクたちのための設計なのだろうか。木下と上野も起きてきた。ここに来て2週間ほど経つが、2人とも現実に帰った記憶が全くないという。そのため現実世界の鈴木らがあれから1週間ほどで退院することができたこと、しかし記憶障害という深刻な後遺症が残り学校にはまだ来られていないことなどは全て高杉が伝えていた。
ここへ来た当初はTシャツにジーンズ姿だった高杉も今ではここの住民と同じようにチュニックとブレーを着用。木下と上野もチュニック姿が馴染んできた。そしてこの日もいつものようにパンと野菜のスープを食べ終え3人で談笑している時だった。「お話中失礼いたします、その試合は最近の出来事でしょうか?」いつもは3人の会話に加わることのない老神父が尋ねてきたのだ。この世界でもワールドカップは気になるのか。「昨日です。あぁでも正確には今日の朝かな」などと答える高杉。老神父はいたって真剣な表情で続けた。「その試合のスコアと先制したチームを覚えていますか?」「先制はセネガルで、2対2で引き分けです」「2対2ですね。少々お待ち下さい」と何処かへ何かを確認しに部屋を離れた神父。ギャンブラーか元サッカー選手ではないかと3人で盛り上がっていたが、そうではなかった。老神父は手紙を手に戻ってきたのだ。「こちらの手紙は、ある方からお預かりしておりました。もし高杉様のような方が現れましたら、お渡しするようにとのご依頼でございます」老神父の話では、牢獄に捉えられていた囚人から託された手紙だという。「え?俺みたいな何?」あまりの急展開に話が飲み込めない高杉。木下と上野も置いてけぼりだ。「高杉様のような、現実世界の記憶をこちらの世界へ持ち込める方です」「…でも。俺なんか、珍しくもなんとも」「少なくとも私は、高杉様以外そのような方を存じ上げません」と老神父。現実世界の記憶など、ここでは大して意味を持たないと思っていた高杉だったが何か非常に重要な意味があるようだ。
老神父から受け取った手紙にはURLとIDとパスワードが書かれていた。それ以外は何も無い。どうやらネット上に何かしらの情報が隠されているようだ。「ここってネット使えるの?」と木下が素朴な疑問をぶつける。「この世界にインターネットは存在いたしません。したがって…」「でもさ、先制点がどうとか聞いてたじゃん?あれ何だったの?」と老神父の話を遮り上野も参戦。「高杉様が現実世界の記憶の話をされているのか確認するために敢えてお尋ねいたしました」どうやら高杉は作り話をしていないか見極められていたようだ。「じゃあ、どうやってこれ見るの?」と手紙に書かれたURLを指差しながら木下が再び質問。「木下様なら可能かと思われます」と老神父。どうやら木下がこの世界でURL、ID、そしてパスワードを暗記して現実世界へ戻りログイン、その情報を知った高杉がこの世界へ帰還することで老神父を含めた4人全員がその内容を知ることができるということらしい。
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