第60話 記憶消失
「これが最後だ」
そんな声が頭の中で響いた。
また《ボク》に呼ばれたのか。
そう思ったがあの影は現れない。
声も聞こえない。
……いや声は聞こえてきた。
「おいハート大丈夫なのかよ!」
まだ身体の自由が効かないグレッグは這いずふように近寄ってきていた。
「ふっ、無様だな……治してやるよ。『
……ボクの身体の主導権がボクのものではなく《ボク》になっている事に気がついた。
気がついたが何もできない。俯瞰して自分の身体を見ること以外何もできない。
「え?あれ?」
戸惑いながらグレッグは立ち上がる。
身体の痛みが完全に引いて元気な姿に戻った彼は身体中を触って確かめる。
「うぉっ?!完全に治ってる?!」
「エルフの姫さん。ちょっと退いてくれるか?」
「え?なに?どういうこと?」
王妃様に抱きついているベルさんを《ボク》は剥がして何やら呪文を唱えはじめた。
「ちょっとなにを――」
「
…………。
「え?……え!?」
「っ?!ママ!!!!」
痩せ細って死にかけていた王妃さまは完全に回復した様子だ。
ベルさんを十数年、いやエルフの場合はもっとかな?良くわからないけどそれくらい成長させた姿になった。
ベルさんは喜びのあまり「ママ」って呼んでいたし、グレッグは「すげえ」と連呼することしかできなくなっている。
ボクはその光景を《ボク》越しに俯瞰して眺める。
「ちっ!時間だな……はぁ、アンタらコイツのことよろしく頼むぜ」
《ボク》はベルさんたちに一方的にそう告げる。
「……おい、ハートお前なんか変だぞ?」
グレッグは困惑する。
「ハート、いえ……貴方は、貴方が崩剣ね。」
……ベルさんは状況を理解しているらしい。
「あぁそうだ。記憶を失う前の俺だ。……久しぶりだなエルフの姫様……っと時間がねぇんだ」
「まって!時間がないってなによ!?貴方は……何を対価にお母様を治してくれたの?」
「対価は《俺》だよ。……まぁ正しく言えば《十四歳から魔法使いとして生きてきた六、七年分の記憶》ってやつだな。俺としての人格とも言える」
「記憶を……対価に?」
ベルさんに変わってグレッグが相槌を打つ。
「俺はエルフの姫様と違って圧倒的な魔力量があるからな。その程度の対価で済んだわけだ。まぁ要は才能の違いだよ」
「……才能……ははっお前何言って――」
グレッグは意味がわからない、と乾いた笑いを浮かべる。
「ありがとうございます。見ず知らずの私なんかのために記憶を……」
王妃様は涙ながらに《ボク》の手を掴んで頭を下げる。
が《ボク》はその手を払う。
「やめてくれ。俺はアンタを救えなかった。アンタ以外にも救うべき、救われるべき人が沢山いたのに……その救いを求める手に気づいていたのに……俺は――」
《ボク》はそう言って膝から崩れ落ちた。
声が震えていた。泣いているのだろう。
後悔と絶望の日々。
怨嗟と欲望、破壊と絶望。
今まで《ボク》が体験してきた苦痛が一気に押し寄せて感情が決壊するのをボクは感じた。
父さんたちのことも、アウトラを始めとした国王によって虐げられていた街や人、エルフや魔族……そして地下室の被害者たち。
そんなこと知らなかったボクと違い《ボク》はきっと知っていて、もがいて、邪魔されて……操り人形にまでされて。
それも一人で……。
「一人でずっと大変だったのね。……良く頑張ったね。私はあなたに救われたわ……私以外にもきっとそういう人はいる。救えなかった人たちのことを想って涙を流せる貴方は素敵だけど、救えた人たちのことも忘れないでね」
王妃さまのその言葉で《ボク》そのものが消えたのを感じる。もともと消え掛かっていたのが今、完全に消えた。
身体の主導権が不意に戻ったことでボクは上半身を地面に叩きつけてしまう。
「いってぇ……」
「ハート?!」
「なんだ?!大丈夫か?」
「あらあら?大丈夫?」
「……すみません。大丈夫です。その……《ボク》が一番欲しかった言葉をもらえて、嬉しかったって言ってました。いえ思ってました」
ボクは打ちつけた身体を起こして王妃様に頭を下げた。
「つまり……崩剣は消えちゃったの?」
ベルさんは少し寂しそうにそう訊ねる。
「はい。もう、なにも感じません」
「……あれが崩剣だったのか、雰囲気凄かったな」
グレッグはテンションが上がっている。
最推しの人にようやく会えたことが嬉しいのだろう。
「どういうこと?私そんなこと言ったかしら?」
「……ボクの母がよく言ってたんです。『良く頑張ったね』って。結果より過程を……褒めてくれて……」
また涙が出てきた。
ずっとずっと考えないようにしてきた、母のことを。
幼い頃に病気で亡くしたあの時から、ボクらは男家族で、泣くのなんて……カッコ悪かったから。
思い出さなければ泣かずに済むからずっと隠してきた。
……きっとその母の言葉を《ボク》は無意識に求めていたんだ。だから《ボク》は満足して――。
「これからは一人で抱え込まないでね」
ベルさんがボクを優しく抱擁してくれる。
人の温かさに触れてボクはさらに泣いてしまう。
「オレもいるからな!」
ありがとうグレッグ。
ありがとう……。
――――――
それから数日が経った。
旧国王派を完全に壊滅状態に追い込む事に成功したロイ王子派閥は当初の予定通りロイ王子を奪った玉座に座らせた。
いや、これだとロイ王がやらされてるみたいだな。
……実際は最も過激に過酷に果敢に立ち回ったのがロイ王そのものだった。
頭であるアーデハルト、その両手である勇者パーティと幾つかの国王軍を潰された旧国王派はその殆どが抵抗すらできず降伏。
そして旧国王アーデハルトはロイ様によって王都の住民の前で全てを暴かれ、その首を落とされたらしい。
……らしいというのはボクはもう王都を離れているからだ。
「名前を貸して欲しい」とロイ王直々に頼まれたから崩剣はまだ王都にいる事になっているが実際は違う。
ボクは今、アウトラの街を復興するのに忙しくしている。
「ハート!メシ食おうぜ!」
グレッグも一緒に活動してくれている。
もちろん、ベルさんもいる。
ベルさんはエルフの街を元気になった王様と王妃様に任せてここで自由に過ごしている。今朝も食料を獲りに漁師の人たちと漁に行ったくらい元気だ。
「おーい!昼メシ食わねぇのか?」
「ん!今、行くよ!!」
あれからボクは嘘みたいに頭痛が治った。
一度もその予兆すらない。本人の言うとおり《ボク》はもうアレが最後だったのだろう。
「何ぼーっとしてんだよ?」
グレッグは昨日獲れた(返り討ちにした)魔獣の肉で口元が汚れたままコチラを気にしている。
「いや、まぁ全部終わったんだなって」
「……?何を今更?」
「いやぁなんかハト?っていうんだっけ?鳥を見かけたからなんとなくそんなこと思ってさ」
「ハト……?あの小さい鳥かぁ。魔王領じゃ見たことねぇなそういや」
魔王は本人の希望通り魔王に引っ込み、人間、エルフ双方と同盟を結んだ。
「我は喧嘩売られない限り喧嘩は売らん。だから我に関わるなよ!無駄に絡むなよ!」
数日前、最後にそんな言葉を言い残して、ボクにツバを吐いて帰って行った。
そんな汚い思い出を思い返すと食事が不味くなってしまい途中で離席する。
グレッグはまだまだたくさん食べているけど午後の仕事に支障が出ないといいんだけどな……。
昼食を取る仲間たちを尻目に少し高い足場に腰掛けのんびりと時間を過ごす。
「あー!全部終わった!面倒ごとは全部終わったんだぁ!!」
激動の数日間思い出すことこれからは減るだろう。
でもそれは決して忘れるわけじゃない。
そう。
忘れるわけじゃないんだ。
「……なぁもし、時間を戻せるならどうする?」
?!
足場で青空を仰いでいたボクにそんな声がかけられた。
??
誰もいない。みえない?
どんな魔法かもわからない。
「ここだよ」
声のする方を見るとハトがいた。
「私だ。……ピジョンだ」
ロイ王の護衛のピジョン……?
ピジョンがハト?なんて安直な。
「誰もお前に教えなかったみたいだから教えてやる。興味があったら唱えてみろ。『
そう言ってハトは飛び去った。
ピジョンらしくない饒舌だったがアレが本来の彼女なのだろうか。
群れに紛れてしまい、どれのハトがピジョンなのか今はもう、わからない。
「感謝の仕方が独特だな……」
……時間を逆行させる。つまり過去に飛ぶ魔法……か。
過去に縛られて怒涛の数日を過ごしたっていうのに、今度はその過去を変えられますよって言われても……。
きっと、生きてくってことは過去と今の積み重ねと繰り返しなんだろう無視はできないし、無い事にもならない。
どう向き合うか、どう考えるか。
「……まぁそんなこと昼間っから考える事じゃないな」
頭を使ったらまた食欲が出てきたのでグレッグのところへと戻り食事を共にする。
とにかく今はここ、アウトラの街を再建する事に集中しよう。アウトラが復興すればエルフの街との交流も元のような形に戻るかもしれない。
ベルさんとボクが初めて会ったあの古い街道もキレイになったりして。
過去に戻るより未来を作ることに……。
そう思いつつも頭の中ではあの地下室で見たことや失った家族のことを考えずにはいられなかった。
過去に戻れば傷つかずに済む人や事がたくさんあるなって自然と浮かんでくる。
でも今は、もう少しだけ、この幸せな日々を過ごしていたい。ボクはそう思ってしまっていたのだった。
無自覚追放チート物語~記憶がない俺を問答無用で殺そうとしてくる勇者から逃れてエルフの姫様と出逢ったボク~ うめつきおちゃ @umetsuki_ocya
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