第59話 旅の終わり
「……ロイ王子?」
声のした方へ向くとロイ王子はここまで走ってきたのか息も絶え絶えといった様子で立っていた。
それとは対照的にその横に立つ護衛のピジョンは澄ました顔で口を閉じている。
「ソイツを殺したい気持ちは確かにわかる!わかるが殺すな!」
「……なんで、ですか?!貴方が穏便に王になるためですか?それともコイツが貴方の叔父だから?!そんなの知ったこっちゃないんですよっ……!」
「違う!!ソイツが誰かは関係ない!」
……?
じゃあなんで止める?
ボクは王子を無視してアーデハルトにもう一度、手を向ける。
「ソイツが戦う意志をもっていないからだ!!」
ロイ王子の言葉を聞いてボクは無意識に手を下ろすとロイ王子は話を続けた。
「無抵抗の相手を、戦う術を持たない相手を襲うな。お前はそういうヤツじゃない」
ロイ王子は背伸びしてボクの肩を叩いた。
「成人もしてない私に言われてもむかつくだけなのは分かるが今は我慢してくれ。ヤツは国民の前で罪を全て晒してから裁く必要があるんだ」
……最初から言われていたことだ。
頭では納得している、ボクもあの地下室を見るまでは同じように考えていた。
でも、実際にあの惨状を見ると……。
「ハート!!」
先程ここへ入るのに壊した大窓の方から声が聞こえて覗きに行くとベルさんとグレッグがコチラに手を振ってる姿が見えた。
「アイツらに顔向けできなくなるところだったな」
「……はい」
ボクは暴走しかけた自分を恥じて、止めてくれたロイ王子に感謝する。
「アイツと同じにならなくて良かったな」
……ピジョンがいつの間にか直ぐ側に寄ってきてそんな事をボクだけに聞こえるよう呟いた。
「……アイツって?」
「崩剣」
ピジョンはコチラに目を向けず遠くを見る。
「……《ボク》と知り合いだったのか」
「知り合い。まぁそんなところだな。もしお前があのままアーデハルトを殺していたら遅かれ早かれ私たち新国王政権もお前をどうにかしなきゃならなくなってただろう」
「……それって――」
「ピジョン!何をしているんだ?ヤツが逃げる前に捕縛しないと!」
「はい。すぐに」
不穏な空気を残してピジョンはいつもの無表情な付き人の姿に戻り這って逃げようとするアーデハルトを縛り上げるために去っていった。
ピジョンに言われた事を反芻する。
そうだ、その通りだ。
ボクが自分の力を自分だけのために使ったら……周りにとって脅威にしかならない。
脅威は排除される。
……良かった彼らが間に合って……。
「終わったみたいだな」
壁に寄りかかり未だ辛そうなグレッグが声をかけてきた。
「一人で上がってきたの?!」
「いや、ピジョンの集めた市民……市民軍とか反乱軍とでもいうのか?わかんねぇけどそういう人らが肩貸してくれたんだよ」
「市民軍……あれ?ベルさんは?」
さっき見た時は二人でいたはずなのにその姿が見えない。
「……姫様は王妃様を市民軍の人らと探してるよ」
「……王妃様……ベルさんのお母さんか」
詳しくは知らないし聞かずにいた。
本当のベルさんの目的。
「王妃様はアーデハルトにずっと反抗してエルフへの差別を辞めさせようと闘っていたんだ。だけど何年も前に捕まって……」
あぁグレッグはそれ以上何も言わない。
言わないが理解できる。
グレッグと同時に入ってきた市民軍の連中に運ばれるアーデハルトを見てボクはまた怒りが湧いてくる。
「ひぃっ?!」
「殺気が漏れてるぞ」
ボクの目に怯えたアーデハルトを運ぶピジョンが睨みつけてくる。
「……崩剣よりは素直だな。そのままでいろよ」
そう言い残してピジョンはどこかへとアーデハルトを連行した。
……ボクにできることは全部終わったのだろう。
市民軍の人たちに慌ただしく指示を飛ばすロイ王子と目があっても何も言われないのでそう思う事にした。
「……」
「……」
グレッグと二人床に座るがなんとなく話す気が起こらず二人でぼーっと過ごした。
…………。
陽が沈んだのを月明かりがボクらを完全に包んでから気がついた。
いつの間にかロイ王子も市民軍も見えなくなっていた。
「グレッグ?」
声をかけるが寝息がするだけだ。熟睡しているらしい。……ボクも寝ていたのか?
外から大勢の気配と声がする。
中庭のような場所で焚き火を囲んでいるようだ。
祝勝でもあげているのかこの距離でも楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「ハート!」
振り返るとベルさんがいた。
月明かりで照らされた彼女は神秘的でこの世のものとは思えない美しさをしていた。
「ベルさん。その……」
王妃さまのことを聞くか悩んだ。
多分いい報告はないだろうと考えたからだ。
「……本当の目的って言ってなかったよね?」
ベルさんはコチラへ来て床に座り込み両膝を抱いた。
その小さな姿で彼女は一人、呪われた父親を救うため、攫われた母親を助け出すため闘ってきたのだろう。
その最後が……こんな悲しいもので良いはずがないんだ。
「……ふぅ。疲れちゃったね?」
ベルさんの隣に座ったボクの肩に彼女は頭を当ててきた。その声は震えていた。
「魔法が……魔法がなくても困らない世界にするにはどうしたらいいんですかね?」
ボクは少し、わざとらしく脈絡のない話をした。
ベルさんもそれには気づいているが触れず乗ってくる。
「どうなんだろうね?人間は魔法無しでも生きられるだろうけど私たちエルフや魔族は魔法に頼ってるフシが強いし。無理なんじゃないかな?」
「……」やっぱり、という言葉は飲み込む。
じゃあどうすればボクは貴女に命を救ってもらった恩返しができるのですか?
という言葉も飲み込む。
それを本人に聞くのは間違っていると思うから。
「なんか色々考えてるでしょ?」
「……いつだって考えてますよ。ボクの性分です」
頭の中でたくさん色々考えて。悩んで。
落ち込むんだ。
「簡単だよ?」
そういってベルさんは立ち上がって月の光の下でクルクルと踊るように回っている。
「……なにが、簡単なんですか?」
「『ボクが貴女を守ります。』って言って抱きしめてよ。それで問題なんて全部なくなっちゃうんだから」
ピタッと止まって真っ直ぐボクの目を見てそんな事を言った彼女の声は今も震えていた。
「あ……えっと……」
顔面が紅潮するのを感じる。
なんだそれは?!
まるで愛の告白じゃないか?!
「恥ずかしいんだけど?」
背を向けて月を眺めるベルさんはコチラを見ずにそう言った。
「……えっと、はい、すみません。その……ボクが………………なんでしたっけ?」
「怒るよ?」
まだベルさんはコチラを向かない。
ボクは立ち上がり彼女の方へ足を進める。
「ボクが貴女を守ります。ボクが貴女の魔法になります」
そう言ってボクはベルさんを後ろから抱きしめた。
「うおおおぉぉ」
耐えきれず悶えるグレッグ。
起きてたのか?!
「きゃぁぁぁ!!」
知らない痩身の女性が扉の隙間からコチラを覗いて嬌声をあげる。
誰だよ?!
「お、お母様!!」
「え?」お母様?
ベルさんの?え?
生きてたの?
「ゴホッゴホッ……」
よく見るとその女性は今にも死んでしまいそうなほど弱っていた。
「休んでないとダメじゃない!」
ベルさんはボクを振り解いて駆け寄った。
ボクもその後を追う。
「……ずっと会いたかった……一緒にいたかったから……こうやって着いてきたら、凄い光景見ちゃった……」
辛そうなのに楽しそうに笑う。
……間違いなくベルさんの母親だ。
「中級回復魔法をかけます」
ボクが王妃様の方へ手を向けるがベルさんはその手を抑えて首を振った。
「これは長年の監禁生活による衰弱だからどうしようもないの……きっと長い時間をかければ……良くなるはずだから」
今度は声の震えを隠しきれていない。
涙に月日に反射して見えてしまった。
「ボクに完全回復魔法が使えれば……」
「やめてよ……そんなつもりで私は貴方を助けたわけじゃないんだから」
「ゴホッゴホッ」
王妃様はとても辛そうだ。
「最期に娘の恋人を見れて良かった。……ベルをよろしくね……」
力なく握られたその手は体温を感じられないほど冷えていて……最期という言葉の重みを感じさせた。
「やだ!そんなこと言わないでよ!!」
ベルさんの慟哭にも似た声が反響する。
「……ぅう?!」
こんな時に……頭が……。
「うがぁぁっ?!」
「?!ハート!」
グレッグの声が聞こえた。こちらに這い寄る姿も見える。
「なんで?!どうして?!」
慌てふためくベルさんも見えた。
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