第58話 ハート=エンゼルファー


 隠れ家の入り口に仕掛けられた罠魔法とやらは一度発動するとその効果を失うようでボクが恐る恐る近づいても何も作動しなかった。

 

 上級魔法は絶大な効果と威力を持っている分、多発できるモノではない。と言っていた魔王の言葉はどうやら当たっていたらしい。

 ……とはいえ警戒するに越したことはない。


 隠れ家の中は外観と同様に豪華で、隠れ家というよりは何処ぞの貴族が直近まで使っていたような、なにやら気品すら感じる造りだ。

 ボクは中に入り、目を閉じて探知魔法を使用する。

 

 ……建物の外で身体を休めている魔王以外の気配が見つからない。

 本当にここにいるのか?

 

 ……いやベルさんがボクらに嘘をつく必要はない。

 とにかく、なんでもいい。痕跡や手がかりを見つけるためにボクは探索を始めた。


「……これは?」

 ある部屋の扉を開けてすぐ、ボクは驚き一人事を呟いてしまう。その部屋には胸像が所狭しと並んでいたのだ。かつて、この屋敷に住んでいた貴族のご先祖様なのだろうか。それにしては多すぎて気味が悪い。

 

「これを動かすと隠し扉が開くとか……」

 

 小さな頃に誰かから聞いたお伽話でそんな仕掛けがあったのを思い出し……自分で笑ってしまう。そんな単純なものがあるはずないだろ――。

 と思いつつも興味本位でいくつか動かしてみる。

 


 カチッ。


 なにかが作動した音がした。

 ボクは瞬時に入り口で起きた事態を思い出す。

 罠魔法の作動音だとしたらすぐボクを激しい衝撃波が襲うはずだ。


 …………身構えていたが何も起こらない。

 少し恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じた。

「……良かった」

 

「罠魔法を喰らったら自身に『傀儡魔法パペット』を使って無理矢理動かして逃げてこい」と魔王に言われていたが、この建物内であんな衝撃波を受けたら何処かに頭をぶつけて気絶してしまうかもしれない。そうしたら回復魔法も傀儡魔法も使えず大変な事になるのが目に見えている。

 だから最大限の注意を払う必要があると肝に銘じていたのに好奇心を抑えきれなかった。


「それにしても今の音は何の音だったんだ?」

 辺りを見渡すが特に何かが作動したとかでもなさそうだ。


 ……いやそれは違う。


 さっきまで感じなかった風を感じる。

 何処かの窓か扉が開いたのかもしれない。

 

 ボクは風の流れを追いかけると直ぐにそこへと辿り着いた。


 書室のような本棚のたくさんある部屋から地下への階段。

 本棚の裏に隠し扉。

 お伽話すぎて逆に違和感すら湧いてこない。


 隠し扉の向こうにあった階段を降り最中、嫌なにおいが漂ってきて気分が悪くなる。

 

 腐臭。

 

 ニオイそのものよりも隠された地下室からそのニオイが漂う事に不快感を覚え、階段を降りる足が自然と重くなる。

 前に進まなくては……。

 そう自分を奮い立たせるが不快感と嫌悪感が身体の反応を鈍らせる。

 

 死体から発するガスのせいか酸素が薄く頭が痛くなる。

 昔、ロックデール炭鉱で事故が起きて何日も閉じ込められ亡くなった人がいた。別の炭鉱窟から入った父さんたちは嫌なニオイを嗅ぎ取って探したらその閉じられた場所へたどり着いたと言っていた。

 そしてそのニオイが死んだ人の発するガスと腐った肉体の混ざったものだとも言っていた。


 いやな話だったけど……今は聞いといて良かったと思う。

 覚悟が決まったからだ。


 階段を降りる覚悟が。


 …………。

 残念ながら想像通り、地下室はボクの生きてきた中で見たことがないほど悲惨な、地獄の再現でも試みたのかと思いたくなる惨状だった。

 

 これはきっと今に始まったモノじゃない。

 

 何年もかけて行われてきた形跡と最近のものとが入り混じっている。

 壁や床には血の跡が隠す気もなく大量についている。

 髪の毛や歯や爪であろうものも大して掃除されていない。

 

 被害者はエルフに限ったものではないようだが……大半は若く、見目美しく、耳が長い。

 見たことのない高級そうな透明なナニカに閉じ込められた彼女たちの目がボクに語りかけてくるようで恐ろしくなり目を逸らす。

 要らなくなったのかわからないが、彼女たちの四肢は無造作に捨てられて、……まるで胸像を作るために殺されたような……。


 頭痛が酷い。

「どうしてこんな事を……」

 わからない。

 わかりたくもない。


 ボクは逃げるように奥へ進むと風の通り道になっているか多少ニオイが薄れた。

 風の来る方向に向かうと、またも本棚があった。

 本棚の後方から風が入ってきている。ボクはそれを無理矢理横へ力を入れると簡単に動いて横穴が現れた。


「……行くしかない」

 愚王アーデハルト。

 この地下室の所業がヤツのものか、ヤツの知らないものなのかはわからない。わからないが……ヤツに責任がないとは思えない。

 ボクは足早にその洞穴を進んでいった。


 ……いくらか進むと遠くに光が見えた。

 その光は横穴の出口を塞ぐ板から溢れていたらしい。

「…………」

「…………」

 なにやら話し声が聞こえる。

 ボクは洞穴の中で耳を澄ませて、その話を聞く。


の入り口に仕掛けた罠魔法が発動したらしいぞ!」

「本当か?!かかったのは崩剣のヤローか?!」

 二人とも若そうな声だ。

 

「いや!どうや掛かったのは崩剣ではないらしい」

「え?じゃあ誰が?」

「なんでも新しい魔王が引っかかったそうだ」

「なんだって?それじゃ意味がないじゃないか!」

 あれはボクを狙って仕掛けた?……ボクがあの隠れ家にたどり着くと読まれていたのか。

 

「……そうなんだが、国王様はお喜びらしいぜ」

「え?なんでだよ?」

「新しい魔王は若い少女だからな。コレクションが増えるってことだろ?」

「ちっ!また例の癖か、まったく気持ち悪い。生首なんて集めて何が楽しいのか……」


 っ!

 やっぱり、あの地下室はアーデハルトの……。

 

「おい!誰かに聞かれたらどうするんだ!」

「わ、わるい……で?俺らはどうすればいいんだ?」

「さぁな?指示がないからわからんが、とりあえずそこの穴は爆発魔法で塞いでおいたほうが良くないか?もしこの穴を崩剣が見つけて通ってきたら大変な事になる」

「たしかにな。よし、何人か呼ぶか。俺らだけじゃ爆破魔法は――」


「『初級風魔法エアロ』」

「ぐわあっ!?」「どぅわっ?!!」


 爆破魔法とやらが使われたら大変な事になるので洞穴を塞いでいた板ごと吹き飛ばす。

 その勢いで弾き飛ばされた兵士たちは気絶したらしく動かなくなったが……。

 

「?!なんの音だ!!」

「裏庭の方だ!急げ!」

 

 どこの所属かわからないが今の音に反応して多くの兵士が集まってきた。

 ちょうどいい。

 嫌なものを見て気分が悪かったからな……八つ当たりさせてもらおう。


 ――――――


「ば……けも……の……」

 向かってきた最後の一人がそう言って倒れた。

「よく言われます」

 化け物……か。そらはこの数日でどれだけの回数言われただろう。

 洞穴を抜けた先は裏庭と呼ばれた場所に建ててあった蔵で、少し遠くに王城が見えた。

  

 まぁその蔵も洞穴もボクの魔法で跡形もなくなってしまったが。

 

 コレだけ騒いで大量の援軍がやってきたのに今はもうこれだけ静かなのだ。きっとここを守っていた兵士は全て片付いたのだろう。

 ……多分みんな生きてはいる……はずだ。


 落ち着いて探知魔法を唱えるとここで倒れている兵士たち以外に王城の内部からも人の気配が感じ取れた。

 その中でも最も多くの気配が固まった場所へとボクは空を飛んで移動する。

「「なっ?!」」

 窓の外にボクを見つけた王城内の人間たちはみな恐怖に顔を歪ませるが、それを無視し一直線にボクは飛ぶ。

 狙うは国王ただ一人だけ。


 


「アーデハルト。最後に言いたいことはあるか?」

 風魔法で窓を破り、入った先にいたアーデハルトに訊ねる。

『国王直属護衛隊』とか名乗って色んな魔法を唱えてきたヤツらを風刃で文字通り真っ二つにしたことで国王アーデハルトは自らの敗北と死を悟ったようだ。

「や、やめろ!……し、死にたくない」

「……生け捕りにしろって言われてる」

 ボクは頑張って感情を抑える。

 が、生け捕りというボクの言葉で助かると勘違いしたのかアーデハルトは目に生気を取り戻した。

 その目の輝きがボクを苛立たせる。

 

「……地下室を見た。お前は生きてちゃいけない人間だ」

「地下室?あぁ、素晴らしかったろう?エルフってヤツは見た目だけは美しいからな。フフッ!気に入ったやつがあればくれてやろうか?」

「っ?!ふざけるな!」



「ぐわぁ!?」

 アーデハルトが突如、吹き飛び壁に打ち付けられる。


 なんだ今のは?

 ボクが魔法を無意識に使った?

 そんな訳ない。

 じゃあ誰かが遠方から?

 そんな気配もない。

 ……あるとすればボクの感情の昂りで魔力が暴走したとか?……そんなことあるのか?


「ひ、ひぃぃぃ」

 壁に打ち付けられどこかを痛めたのか無様に這いつくばって逃げようとするアーデハルトにボクは手を向ける。

「もういいよ――」


「――いいことあるか!!」

 

 そんな声がボクの背後から聞こえた。

 


 


 

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