第57話 人類の崩剣


『王国魔法兵団』『魔術師団』『王都護衛隊ガーディアンズ』これらはあくまで、この国の守護者であり国王の私物ではない、一般市民が憧れる存在の名前だったとボクは記憶していた。

 しかし今、残念な事にボクの記憶は現実に則していなかった。もしかしたらボクが田舎者だから知らなかっただけでずっと勘違いしていた可能性もあるが……とにかくボクらの前に立ちはだかる彼らは正義なんてものとはかけ離れているのだ。

 

「邪魔じゃあ邪魔じゃあ!我の邪魔をするなら容赦せんぞぉ!!」

 魔王は王の元へと向かうボクらの前に立ちはだかる者たちを軒並み吹き飛ばしていく。

 

 魔法を使えなくなってしまったベルさんと勇者との一戦で疲労困憊になっているグレッグが後から安全にやって来れるようにしているのはわかるが、なにぶん派手すぎる。

 騒ぎを聞きつけた増援に次ぐ増援で一向に目的地に辿り着けない。

「一般人共はみんな避難済みなんじゃろ?この辺は民家っぽいのも少ないし、チマチマやるのも飽きてきた、そろそろ真威解放してやろうかのぅ」

「いやいや民家しゃなくても建物とか壊したら今後の同盟関係に影響するかもよ?ロイ王子……いや、ロイ王がどう考えてるかは知らないけどさ」

「……そうじゃのぅ。アレは見た目と違って中々に食えない男じゃからのぅ」

 見た目とって意味じゃ魔王も同じようなもんだけどな。と言いたくなるが一応黙っておく。

 ……魔王もロイ王も十代前半にしか見えないのに魔族の王、人間の王にそれぞれ就任するってなると『新しい時代』が本当にくる気がするな。

 その『新しい時代』が誰にとっても生きやすいものだといいんだが。


「えっ白黒頭?!」「これが崩剣?!」

 国王アーデハルトを討ち倒し玉座から下ろすため、その隠れ家へと向かっていたボクらの前に多くの敵性団体が現れていた。

 最初は飛んで行こうとしたが対空魔法とやらが四方八方から放たれて魔王がキレた。その結果こうして目的地まで地上を走る羽目になった。

 その道中、曲がり角を曲がったところでこの二人と不意に出会った。

 ボクらと敵対するそれらと同様のナニカだと思ってボクは迎撃態勢を、魔王に至っては先制攻撃を仕掛けようとするが、それをすんでのところで制止した。


 なぜならその二人が膝をついて戦う意志を見せなかったから、そしてその二人の耳が人間のそれと違い細長く尖っていたからだろう。


「……エルフ?」

「で、間違いないな。なんで王都にエルフがおるんじゃ?」

 現国王アーデハルトによってエルフはこの国から居場所を奪われたはずだ。こんな時にこんなところで偶然会うのはおかしい。

 ボクは一度解いた警戒をすぐに戻した。

 ボクらの訝しむ視線に気付いたのかエルフの二人組は「せ、説明します!」と言った。

 魔王がコチラに視線を送ったのを感じたので「話だけ聞いてみよう」と伝えると魔王は「まぁそうなるわな」と警戒態勢を解除した。


 

「王都にはエルフを奴隷にしてる貴族がいる。二人はそこから逃げ出した奴隷。ピジョンと前から繋がっていて色んな情報が入ってる。他にも奴隷にされてるエルフがいるので解放してほしい。って感じでいいですか?」

「はい……だいたい」「そうです……」

 二人は栄養の足りない生活を続けされられていたのか痩せ細っていて会話をすることすら辛そうだった。奴隷として扱われていたというのは恐らく本当のことなのだろう。

「んー……愚王を叩いてからでも良さそうじゃの?」

「あっ……」

 魔王の冷たくも冷静な提案に納得してしまう。

「そ、そんな……みんな今も辛い思いをしているのに!」エルフの一人が魔王に縋るがもう一人のエルフがそれを止めた。

「……それが終わったら……お願いできますか?」

 断腸の思いで仲間を止めたのだろう。言葉の節々から悔しさが溢れている。

「もちろんじゃ。あの愚王を逃したら立て直されて同じことの繰り返しになる可能性があるから今は少し我慢してくれ」

「約束します。必ず助けに行きます。だから今少しだけ……」

 魔王は力強く、ボクは申し訳なさそうに約束を交わす。

「「お願いします」」

 二人は揃って頭をさげた。

 それを見届けることなくボクらは走り出す。

「急ぐ理由ができたのぅ」

「うん。……ボクは飛ぶよ」

「我もそうするかのぅ」

 ボクらは王都市街地を飛んで駆ける。

「いたぞ!」「撃ち落とせ!!」「放てぇぇえ」

 ボクらを撃ち落とすべく対空魔法があちらこちらから襲ってくる。

「防御魔法さえ使えればのぅ……」

「あーそれボク使えるっぽいんだけど?」

「あ?!じゃあさっさと使わんかい!」

「いや使いたいんだけど呪文がわからないんだよ!」

「……そんなわけっ!……そうか忘れとるのか。」

 呆れたような表情の魔王。

 ボクらは空中で縦横無尽に動き回り魔法を回避していく。

「使えるとしたら初級防御魔法シールド中級防御魔法プロテクションのどっちがじゃろうな。初級なら自分だけで――」

「『初級防御魔法シールド』と『中級防御魔法プロテクション』か――」

 と呟いた瞬間、透明な膜が身体の外周と周りの空間に広がったのを感じた。

「……はぁ、両方並行して使えるとはのぅ……流石の我も考えておらんかったわ」


 金属がぶつかり合うような音が辺りに響き渡る。

 地上からコチラを目掛けて放たれた魔法をこの薄い膜が弾いているのだろう。

「防御魔法……便利すぎる」

「ちっ!また強くなったという事じゃな」

 魔王は嫌そうな表情を隠す事なくコチラへ向ける。


「……今は仲間だろ?喜んでくれよ」

「『今だけは』じゃがな」

「はいはい。とにかくコレで――」

「――わーっとる。さっさと行くぞ」


 ボクらは地上からの攻撃を完全に無効化して真っ直ぐに目的地へと飛ぶ。

 対空魔法を避ける必要のなくなったボクたちがそこへ辿り着くまでに時間はさほどかからなかった。



 ――――


 隠れ家、と呼ぶには余りにも豪奢な建物がボクらに伝えられた目的地だった。

「隠れる気ないじゃろコレは」

 魔王の言葉にボクは頷く。

「で?どうする?生きて捕えろって言われとるんじゃろ?いきなり建物ごとぶっ飛ばすのはダメじゃろ?」

「その発想はそもそもなかったよ。勉強になるね」


 魔王の物騒な提案を却下しボクは隠れ家の外観を確認する。

「……なにかわかったんかのぅ?」

 地上に降りて玄関の前で待機していた魔王が「どうせなんもわからんじゃろ」と言いたげな面持ちでコチラに笑いかける。バカにしてるなコレは。


「……思ったよりも小さい」

「はんっ?!そんなもん空から見ただけでわかるじゃろがい」

「……人の気配がしない」

「はぁ……それもすぐわかったじゃろ?」

 魔王はそう言ってさっさと扉を開けて隠れ家に入っていこうとした――。


 バン!!

 と、大きな音がしたと同時に魔王がナニカによって弾き飛ばされる。

「ぐっ?!ぐえ!ぐはっ!」

 ゴロンゴロンと転がりながら魔王は苦しそうな声を漏らし……止まった。

「お、おい!大丈夫か?!回復魔法は必要か?」

「……ぐぅ……。た、頼む……」

 珍しくしおらしい魔王。

 転がった時ぶつけたのか、衝撃による怪我なのかわからないが魔王は大きくダメージを負ったらしい。

「罠?……なにも見えなかったけど?」

 すぐさま回復魔法をかけたボクは魔王に訊ねる。

 

罠魔法トラップと呼ばれる上級魔法じゃろ……。傷は治っても身体に力が入らん……」

「?解呪魔法もかけるか?」

「……いやそういうモンでもない。我も勉強不足というか座学から逃げてたから上手く説明出来んが、罠魔法の効果は数時間続くはずじゃ……我はここまでじゃな…………」


 いつも自信満々でその態度どおり強かった魔王が弱々しくそう言った。

「……一度ベルさんたちのところへ撤退するか?」

「身体は動かんが魔法は使える。ここに置いてかれてもどうにかなるじゃろ。……たぶん。じゃからキサマは先に行け!」

 ヤツらを許すな、そして逃すな。

 魔王のそんな思いを受けてボクは単身、アーデハルトの隠れ家へ挑む覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

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