第56話 大罪の王


「ベルさん!」「姫様!」「なんじゃもう起きて平気なのか?見た目よりもタフなんじゃのぅ」

 三者三様の反応で不意に起きたベルさんを迎えるがボクたちの心配をよそにベルさんは「人の頭の上で会話しないでよ……うるさくて寝てられないじゃない……」と不満げに呟いた。


「姫様!本当に大丈夫なんですか?無理はしないでくださいよ。」

「グレッグ、私は寝起きなのよ。あんまり大きな声出さないで」

「……す、すみません」

 ベルさんはボクの膝下から起き上がり大きく伸びをした。良かった……想像していたよりもずっと元気そうだ。

「この国の国王も、ロイ王子も他国の人間の王も、そのほとんどが魔法を使えないのに国を治めたり人々を導いてるのよ?私がそうなったっておかしくないでしょ?」

 ベルさんはそう言って疲れた顔に満面の笑みを浮かべる。

「魔族だったら弱いやつには従わんから上に立てんがのぅ」と魔王は笑う。


「そうかもね」と微笑むベルさんから一抹の寂しさを感じれた。……ボクよりずっと長いこと魔法を使ってきたんだ。その内面でどう思っているのかボクには想像もつかない。

 でも彼女の言った『魔法がなくても困らない世界にしてよ』という言葉はきっと本心だろう。


「ほんじゃ眠り姫さまも起きたことだし、そろそろ愚王を取っちめてやろうかのぅ?」

 ベルさんを倣って身体を伸ばしながら魔王は号令をかけたがグレッグが勇者との戦闘による疲弊からか現在もまだ立ち上がれずにいる。

 

「……すみません。オレはもう体力が。ちくしょう!オレは役立たずだっ!!」

 グレッグは自分の意思に反して動かなくなった自らの脚に喝を入れるように叩く。

  

 そんなグレッグにベルさんが近寄っていく。

「グレッグ、自分を役立たずだなんて言わないで。アナタは見習いでありながらよく頑張ってくれたわよ。帰ったらボイドに自慢しなきゃね?」

 ベルさんがグレッグの腕を取って立ち上がらせながらそう労う。

「姫様……ありがとう、ございます」

 その労いの言葉に感極まって涙と鼻水が溢れているグレッグ。

「うぇ……きたない」辛辣すぎるリアクションを見せる魔王。ボクはそんな魔王をに呆れてしまう。

 

「うーん……魔王ってやっぱ魔王だな」

「ん?なんじゃ崩剣、それは魔王差別か?」

「そんなつもりはないけど……こんな感動的な状況でわざわざチャチャ入れるなよな?」

「あぁん?うっさいのう貴様!今は目的が同じだから仕方なくこうして同行しとるが本当は我、貴様なんかと同じ空気吸いたくないんじゃからな??ん?」

 魔王はコチラに顔を近づけながらオラついてくる。

 見た目が少女だから笑えるがコレが筋骨隆々な成人男性だったらと思うとヒヤッとする。

 

「もう……そういうのを今はやめろって話してんだよ……。ん?そういやその目的ってなんなんだ?そもそもなんで魔王がオレたちの協力してくれてるんだっけ?」


 王都に来てからこっち、色々と激動な時間が多すぎてよく分かってなかった……というか聞きそびれていたかもしれない。


「フニちゃんはね、人間たちとも同盟を結びたいんだよね」

 ベルさんは年下の子供でも見るような優しい目を魔王に向ける。

 

「うむ。その通りじゃ。我はめんどくさいことが大嫌いじゃからの。なにもしたくないんじゃ。なにもしなくていい環境を作るためにしか働きたくないんじゃ!」

 握り拳をグッと力強く握った魔王は誰か空に向けて演説を行う。


 …………コイツにはなにが見えてるんだ?


「なるほど、そのために今の国王は邪魔ってわけか」

 

「そらそうじゃろ?国民を管理しやすくする為、自分に従わない貴族を弱らせる為に魔族との戦争を再開させたクズの愚王は邪魔以外の何者でもないじゃろ?」


「んん?!えっと……今の話は……?」

 なんだか初耳というか、なんとなくそんな感じなんだろうなとは思ってた部分ではあるけどここまで確信めいた言い方をするということは……。

「図書館でそれらの証拠を見つけたのよ。魔封魔法の対抗策は見つけられなかったんだけどね……」

 ベルさんは片手でごめんね?とポーズをとる。


「うわっ可愛い」


「「「ん?」」」


「いや……なんでもないっす。なんも言ってないっす」

 思わず口に出てしまい三人から詰められそうになった。危ない危ない……。


「……それにしてもアーデハルトのヤツ、ロクな人間じゃあないと思っていたけどそんなヤツだったとは思いませんでした」

 ボクは弛緩しかけた場の空気を無理矢理元に戻す。

 

「王国に住む多くの人達のためにも早くあの男を王座から降ろす必要があると思う」

 ベルさんは自然と乗ってくれたのでみんなの顔が引き締まった。

「……ヤツを下ろすと言っても場所がわからんじゃろ?普通に考えればコレだけ我らが暴れてるのを知ったヤツなら隠れているとしか思えんし」

 魔王はアゴに手を当てて思案する。

「ピジョンが街の協力者達と連携して探してくれているはずだけど……どうなったかしら」

 ベルさんは通信魔法でピジョンに連絡を取ると言って片手を耳に、もう片方の手を口元に運んだ。


「で?あの女はどうするつもりなんじゃ?」

 魔王はベルさんの邪魔にならないよう小声でボクに話しかけ、建物の影で力なく倒れ込んでいるアスモを指差した。

 ……ボクはその指の先を見るまで完全にその存在を忘れていた。

「親の仇……だろ?」

 泣き止んだグレッグが『そんなやつ許すなよ』とでも言いたげな目をコチラへ向けてくる。

「……」

 なにも言葉が出ない。

 これはレヴィの時と同じだ。


「……無抵抗の相手を……裁くのは……」

「じゃあ我が殺そう。そうじゃそうしよう。話が早いわ!さすが我じゃ!」

「なっ!?」

 魔王が腕を回して準備運動のようなことを始めたのでボクは思わず大きな声を出してしまう。

 通信魔法に集中していたベルさんがコチラを一瞥したのを感じて声のトーンを落とす。


「……それじゃあボクが殺したのと同意じゃないか」

「?違うじゃろ?殺すのは我じゃ。キサマはカカシの如くそこで立ってればよかろう?」

 罪悪感もなんの感情もない冷たい言葉。

 魔王には覚悟があるのだろう。

『他人からどう思われるかよりも自分がどうしたいか』という考えに殉ずる覚悟が。

 思考や思想に沿って生きるのは簡単じゃないというのに。


「……ゆる、して……」

 魔王の言葉にアスモが反応した。

「?キサマは敵を許して来たのか?」

 魔王はアスモにゆっくりと近づく。

「詳しくは知らんがキサマら勇者パーティは敵でないモノたちですら非道に扱っていたと聞き及んでおるぞ?さらに言えば我は魔王、魔族の王じゃ。多くの同胞たちがキサマらに殺されておる」

 ゆっくりとじっくりと圧をかける魔王は吟遊詩人の歌に出てくる『恐怖の象徴』『悪の親玉』とでも言った様相だった。


「……うぅ……」

 アスモはそんな魔王の圧に屈し、なにも言えず涙を流す。

「待ってくれ!それならボクも――」

「――じゃからキサマは嫌いなんじゃよ?」

 っ!?

 ボクの言葉に振り向いた魔王はボクが想像していた表情とまったく違った。

 

 もっと邪悪に笑っていると思っていた。

 もっと清々しい顔をしていると思っていた。


 だけど実際は……もっと深く苦しんだ人がするような悲しさを孕んだ冷たい無表情だった。


「ど、どうして……」

 そんな表情になるんだ、と聞きたいけど聞けない。

 もしかしたらその原因は『ボクの忘れた記憶』の中で『ボク』が行ったことかも知れないから……。


 ボクは過去の責任から逃げるように目を逸らす。

「や!やめっ!!あぁぁぁぁ!!」

 アスモの断末魔が建物に反響してよく響いた。

 ボクとグレッグは伏せていた顔をあげお互いの顔を見て少し安堵する。

 

「うん……。ピジョンと連絡がついたわ!アーデハルトの居場所を掴んだって!」

 通信魔法を行いながらもコチラの動向を見ていたベルさんは少しわざとらしく健気に明るく振る舞ってくれた。

「ここに居てもすることないしのぅ。さっさと行くか」

 魔王は手についた血を払って何事も無かったかのように振る舞う。その冷静さにボクは思わず冷や汗が出た。

「……なんじゃその目は?」

「いや、まぁ……ボクも同胞の仇だよなって……」

 

「キサマであってキサマでないんじゃろ?キサマは嫌いじゃが、あの時の記憶がないキサマに責任を取らせようとは思わん。……それにどうせ勝てんしのぅ。まぁもし記憶が戻ったら、場合によってはブチ殺しに行くかもしれんのぅ」

 クカカカッ!!とワザとらしく笑う魔王。

 ボクは今、記憶を失ってからの数日で最も記憶を失って良かったと思えた瞬間を迎えていた。


 そして、疲労の取れないグレッグを置いてボクと魔王とベルさんはピジョンと合流し、彼女の案内で国王アーデハルトの隠れ場所へと向かうのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る