第55話 怠惰の魔王フニゴルス


「グレッグに化ける?!」

 ボクは魔王の言葉に疑問を抱く。

 そもそも激しい肉弾戦を行っているのになぜ変身魔法が必要なのだ。ほかに選択肢がいくつもあるように思えてならない。

 魔王はボクに魔法の選択が下手だと言ったが自分こそ下手なんじゃないか?とすら思ってしまう。

 

「――我の言うとおりにすれば問題ないんじゃから黙って言うとおりにせんかい」

 自信満々といった面持ちの魔王に押し通されてボクは頷くことしかできなかった。ここまで強気なら何かしらの勝算があるのだろう。

 

「もう掛けていいの?」

「まだじゃ。その前に仕込みをする。我が一番いいタイミングで声をかけるから、そしたら魔法を唱えてくれ」

「仕込みって?」

 

 ボクの疑問に答えず魔王はまた勇者のところへと向かった。グレッグは一人であの勇者を相手に何度かやり過ごしていたようだが見るからに疲弊している。

 

 ……こうして外から見ていると勇者の強さっていうのが近接戦の素人のボクでもよくわかる。

 グレッグも決して弱くはないのだろうが勇者の攻撃を捌くので手一杯。対して勇者は絶えずコチラの状況を確認しながら戦っていた。


 グレッグと勇者の斬り合いに横入りした魔王は先程までと違いわざとらしく大仰に身体を動かしているように見える。踊るような挑発するようなその戦い方は優雅さすら感じられる。


「魔王さま!なんなんですかそれは!無駄な動きが多いっすよ!さっきまでオレに言ってたダメなところ全部自分でやってますよ!」

「うるさい!これも作戦の内じゃ!」

「バタバタバタバタずんじゃねぇよ!テメーは育ちの悪いガキかコラ!ナメてんな?!テメーオレさまをナメてんだろ!!」

 

 細かいステップで攻撃よりもウロチョロすることに特化した不思議な戦い方に勇者は苛立ちを隠せずにいる。

 

「単調!単調!血筋だけで勇者を名乗ってる程度じゃこんなもんか?!我の攻撃を凌ぐだけでは勝てんぞ?ん?!崩剣が参戦するのがよほど怖いみたいじゃのぉぉ?!」

「う、うるせぇ!ナメんじゃねぇ!!」

 

 勇者の放った横薙ぎの大振りが魔王の小さな身体を弾き飛ばした。かのように見えたが魔王は準備していたのか完璧な着地をとる。

 自分から飛んで威力を減衰させた?あの速さの攻撃に果たしてそんなこと可能なのか?

 ボクは肉弾戦について明るくないので理解が及ばず呆気に取られる。

 

「『初級風魔法ウィンド』――今じゃ崩剣!」

「『変身魔法メタモルフォーゼ』」


 唐突に魔王から合図をされたので反射的に魔法を唱えた。

「ゴホッゴホッ!土埃がすごいな……」

 ボクに合図する直前、魔王が唱えた風魔法が……いやさっきからずっとバタバタと変な戦い方をしていたせいで地面が荒れて土埃が…………ってもしかしてこの状況は意図的に作られた?


「はっはー!どこにいるかわからんじゃろう!?」

 ただ風魔法を起こしただけではここまで土埃は立たなかったはずだ。


 今日はのだから。


 あの変な戦い方は表面の湿った土を弾いて乾いた部分を露出するためだったのか?魔王を買い被っている気もするが目の前で起きてる事柄から逆算すると……そうなる気がする。

 

「くそっ目がっ!!」

 勇者は目に土が入ったのか目を擦っている。

「今だっ!」ボクはその隙をグレッグと魔王に伝えるが二人は攻めない。

 

 ジリジリとゆっくり動き、振って沸いた勇者の隙を決して攻めずに土埃の中、同じ見た目になった二人は場所を入れ替える。


 どうして今、攻めないんだ……?

 ド素人のボクはそう思うが、きっと実際に戦っている彼らにしかわからない領域のナニカがあるのだろう。焦ったいが我慢する。

 ボクはいつの間にか拳を強く握りしめて応援していた。


「……んだよ。今、攻めてくるチャンスをくれてやったのにヨォ?おお??!つーかなんでテメェ増えてやがる!?変身魔法か?!」

 

 勇者は目を擦るのをやめて見えた景色に驚きを隠すことなく喚き、そしてすぐにその答えに辿り着いた。

 

「……はんっ!どっちが魔王かわからねぇ程度でオレ様に勝てると思うのか?ナメんなよ!」


 勇者は大声で二人を威圧するが二人は一言も発さない。喋り方の癖でバレるのを避けているようだ。

 徹底している。先程まで訳のわからない技名を叫んでいたグレッグとは人が変わったみたいだな。

 ……もしかしたらグレッグにはもう余力がないのかも知れない。

 

 しかし、そこからの戦闘は意外なことに一瞬だった。


 本物がどちらかわからないが、片方のグレッグが勇者へ強く斬りかかり、もう一方のグレッグがサポートをするように前衛のグレッグの斜め後ろから適宜剣戟をいれる。

 というのを交互に入れ替わりながら繰り返す。

 

 コチラから見る分には、ただそれだけなのに、それらが恐ろしく簡単に勇者の防御を潜り抜けてその身体へと届いていた。

 あの勇者なら簡単に捌けそうなのにサポート役の攻撃はほとんど弾かれず勇者を襲い、襲い、襲い、気がついたら勇者は大量の出血で膝をつき苦しんでいた。


「「終わりだ!」」

 二人のグレッグが膝をついた勇者に最後の一撃を同時に放った。

「……死ねよ……ゴミどもがっ……次あったら……ぜってぇ……こ……」

 大量の切り傷と出血。

 彼はもう助からないだろう。

 遠目で見ているだけのボクでもわかる。

 

 そんな状態でも勇者は……最後の最期まで彼らしくあった。

 息絶えるその瞬間まで口汚く世界を呪うような目つきで……。

  

「くそっ!まじ強かった!ギリギリだっ!崩剣におんぶに抱っこって言ったヤツ誰だよ!はぁはぁ……くそっー!全然弱くなかったじゃねぇか!!帰ったら修行だぁ!強くなりてぇ!」

 片方のグレッグが地面に尻餅をついて天を仰ぐ。

 あっちが本物だな。

 

 もう片方のグレッグがボクの方へ向かってくる。コチラが魔王だろう。まだまだ体力に余裕がみえる。

 

「とりあえず終わったな」

「ん?そうじゃの。あとは愚王のみじゃな。変身魔法、解除してもらえるかの?」

 愚王アーデハルトやつが最後に残っているんだ。

 ボクは魔王にかけた変身魔法を解除すると疑問に思ったことを聞いてみた。


「なぁ魔王、なんで変身魔法だったんだ?」

「ん?肉弾戦なんてお前はやらんじゃろ?言ってもわからんやつに説明するのは面倒いから嫌じゃ!」

 と、まぁこんな感じで全く取り合ってくれないが想定済みなので辛くない。

 ……辛くなんてないんだ。


「オレにだったら教えてもらえますか?」

 グレッグが魔王に教えを乞う。

 魔王はその真摯な目をした真剣な表情に気圧されて嫌そうな顔をしため息ながら説明を始めた。

 

「はぁ……要は力と速さが微妙に違うからじゃ。あの勇者とやらは想像と想定が天才的なタイプの剣士じゃったからの。普通に勝つよりちょっと突飛な方が刺さると考えたまでじゃ……これで満足かのう?」

 もっとわかりやすく説明してくれると思ったがなんとも抽象的というか投げやりな説明だったがグレッグはなぜか理解したらしく倒れ込んだまま目を輝かせている。


 魔王はボクの膝下で眠るベルさんを優しい顔で覗いたあとボクに「……起きたら死ぬほど感謝しとくんじゃぞ」と言った。

 なにやら訳知り顔の魔王にボクは訊ねる。


「完全回復魔法とやらの『対価』って何かわかる?」

 

「『対価』?そんなもん完全回復魔法に限らず、魔法そのものに払う対価と同じに決まっとるじゃろ?……はぁ、天才サマのキサマにはわからんか?……対価と言ったら普通は命か寿命か未来じゃろ?」

「「はあ?!」」

 はからずしもグレッグと同時に同じリアクションをしてしまった。

「ど、ど、ど……」

「おち!おちつけ!おちっけ!」

「落ち着かんか、二人とも。キサマらアホ二人が動転したところで事態は好転せんのじゃ!」

 

 よりにもよって少女にしか見えない魔王にボクらは窘められてしまう。年齢的にはボクも同世代なのだが身体は二十歳近いボクは恥ずかしくなる……。

 グレッグに関して言えば長命種だから百歳は超えていたはず……ボクより恥ずかしいだろうな。


「命だの寿命だのって言われて落ち着けないよ……」

「そうだよ!姫さまの存在がオレたちエルフにとってどんだけ大事な存在だと……」

「今すぐにどうとかはないじゃろ?見たところ寝てるだけのようじゃし、少なくとも命ってパターンはなさそうじゃ」


 命を代償にしたわけではないのなら……。

「残りは、寿命か未来……未来?」

 寿命はわかるが未来ってなんのことだ?

 将来?この先のこと?

「……あの、魔王様、未来ってなんのことか賢くないオレにもわかるように簡単に説明してもらえないですか?」

「ん?わかりにくかったかのぅ?……そらそうか。すまんすまん。未来っていうのはつまり『』のことじゃ!」


「……んん??」

「は?!」

 今度はグレッグと揃わなかった。

 揃わなかったが二人してお互いの顔と魔王の顔を交互に見る。


「凡愚どもは察しが悪いのう。『魔法が使える未来』を捧げたんじゃろ?『崩剣の命』の対価じゃ、それくらい払わんと無理じゃろう。だから貴様はこの先ずっと姫さまに感謝し続けるんじゃぞ」


 なんだコイツ。

 何を言ってる?

「ウソだろ?……姫様が魔法を使えなくなったってことかよ?!」

 グレッグは地べたに膝をついた。

 ボクは膝下で眠るベルさんを見て頭を下げる。

 申し訳なさで胸がいっぱいになり、言葉が出ない。

 後悔も反省もこれからずっとしたところで……きっとどうにもできないんだ。

 ボクなんかの為にベルさんは魔法を使えなくなったのだとしたら……そう考えると目頭が熱くなっていのを感じる。 

 


「……じゃあさ、魔法がなくても困らない世界にしてよ」


 いつの間にか目を覚ましたベルさんがボクの髪を下から撫でながらそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る