第54話 ベル=ゼブール=スロベルケ


 気がつくとボクは真っ白の空間に居た。

 死んだ。という自覚がある。

 それほどの大怪我を負ったのだ。

 ここはどこだ?

 ここは

 

 上下左右の感覚も消え去るほど見事に何もない。

 その空間でボクは漂っているのか停止しているのかもわからなくなってしまう。

 今さっき来たばかりのようで、長いこと居着いたかのような安心感にも似た感覚もある。


「おい」

 

 ふと、誰かに呼ばれた。

 声のした方向へ振り返ろうとするが身体がいうことを効かない。

 戸惑っていると目の前に影が現れる。

 影は人の形へと次第に変わって色付いていく。


「なっ?…………ボク??」

 特徴的な、白髪が頭の半分を占めるその髪型は、ボクのものだ。

 

「そうだ。……まぁ正しくは『奪われた記憶』のオレだけどな?」

「……」

 ボクが失った記憶の部分がカレということか。

 ……思わず納得したが意味がわからないな。


「何度か話したよな」

 コチラの困惑を無視して《ボク》は話を続ける。

 

「……あれは話したっていうのかな?」

 頭の中の声と対面して話すのはなんだか不思議な気持ちになる。

 

「ねぇ……つまりボクは死んだってこと?」

「ん?いや、違うよ。お前は生きてる。っつーか生き返るよ」

 生き、返る……?

「なんだそれ!どういう冗談だよ!?いくらボクが魔法に疎いからってバカにするなよ!死者が生き返るなんてそんな魔法あるわけ――」

「――バカにしてねぇよ。自分で過去の自分をバカにする奴なんて、それこそソイツがバカだろ?……まぁ完全に死んだヤツを蘇生するなんてのは流石にオレでも不可能だから、そう言いたくなるのはわかるけどよ」

「……?つまりどういう話なのさ?」

 なんだろう。微妙に要点が掴めない。

 ボクはあと数年も成長するとこんな感じになるのだろうか。気をつけなくちゃいけないな……。


「中級回復魔法は知ってるよな?」

「うん。何度か使ったよ」

「アレはオレが操り人形パペット状態の時にレヴィたちが無理矢理教え込んだ魔法なんだよ。ムカつくぜ」

 そう言って『ボク』は頭を掻いてイライラした感じを出している。

「ムカついたからって頭掻くなよ。白髪が増えるぞ」

 ボクは自分自身に説教をするという奇妙な実績を解除した。

「……懐かしいなソレ。親父がよく言ってたよな。そんなのなんの関係もないのに」

『ボク』は寂しそうな顔で乾いた声で笑う。


「ん?あぁそうか、お前には懐かしくないのか」

「うん。数日前まで父さんや兄さんたちと話していた。……っていう記憶しかないからね。君は何年も経ってるんだろ?」


 十三歳までの記憶しかないボクはまだ地元ロックデールにいて、父さんも兄さんたちも生きている記憶しかなかった。

 現実は違うのに。

 

「まぁ、なんだ、悪かったな……オレが家族を助けなきゃいけなかったのに」

「詳しくは知らないけど……悪いのは王様と勇者たちなんでしょ?君が謝ることじゃないよ。君はボクなんだし」

「……あぁそうだな。オレはお前だ。でもお前はオレじゃない。前にも言ったけどオレみたいになる必要はないからな」

 オレみたいに……。

 そう言った『ボク』は荒々しくトゲトゲした目つきで遠くを見ている。誰かを睨みつけるように。


「さっき言ってた、回復魔法って?」

「……ああそうか、話が飛んじまってたな。――中級回復魔法があるなら『上級』があってもおかしくないよな?」

 ……そりゃそうか。言われるまで考えたこともなかったな。

 

「それはつまり死にかけのボクにベルさんが上級回復魔法を掛けてくれたってこと?」


 ベルさんの使える魔法にソレが入っているのかは知らないが文脈から察するに、きっとそうなのだろう。


 というボクの読みは残念ながら外れたらしい。

『ボク』は残念だな、と首を横に振る。


「エルフの姫様はまだ百年とか、いっても二百年くらいしか生きてねぇからな。上級魔法はまだ使えねぇしあの程度の魔法使いじゃ、あそこまでの致命傷は治せねぇ。腕は悪くないけど足りてねぇんだよな」

 

「……?じゃあボクを誰が助けたんだよ?!話がわかりにくいよ!」

「……あー悪い癖だな。はっ、お前はこうなるなよ」

 そう言って自嘲気味に笑う『ボク』。


「『完全回復魔法』、上位魔法のさらに上に位置する最高レベルの魔法があるんだよ。存在すら普通に生きてたら知ることねぇモンだけどな」

「……ベルさんはそれを使ったの?そもそも上位魔法の段階で無理だって話なのに??」

「そうだ。……でも、それはそれはドでけぇ対価ってやつを払ってな」


 ……対価?

「なんなんだよソレ……」


「普通に魔法使う奴らも対価払ってんだぜ?普通は使えるようになるまでの時間と魔力だな。オレ、いやオレら……まぁ要は、オレとお前はアホみたいな魔力があるからソレを普通のやつよりも大量に払って普通のやつらが長い時間かけて覚える魔法を努力なしで使ってる。ってわけだ」

「……そ、そういう理屈なの?」

 確かにボクは今までの数日間でたくさんの魔法を簡単に使っていたけど、それができる理由は《ボク》が努力して覚えていたからだと勝手に思っていた。

 

「そうだよ。中級とかになるとちょっと訓練とか必要になるんだけど……まぁ普通のヤツと違ってすぐ使えちまうんだがな。オレがさ、てゆーかお前がさ、簡単な魔法しか使ってこなかったってことに違和感を覚えななかったか?」


「……そういえばグレッグに教わった『崩剣』が得意としてる魔法ってどれも初級が多かったような……?」

 

「そう。アレは中級以上を覚えるのがめんどくせぇからなんだよ。初級なら呪文唱えるだけで無駄に練ったりとかイメージとかいらねぇし。だからオレは初級魔法しか使わなかったってわけ。実際それで問題なかったしな」

 グレッグはたしか、『崩剣は難しい魔法が使えない代わりにシンプルな魔法がめちゃくちゃ強い』って勘違いしてたのに実際はそんなくだらない理由だったとはな。

「あとまぁオレの出力で上級魔法とか使ったら二次被害とかヤバすぎて大変なことになるからってのもあるな。わかるだろ?」

 わかる。

 魔法出力のコントロールが苦手なのはボクだけじゃなかったのか。


「……そうだ、そんなことじゃなくてベルさんが払った代償の話に戻ってよ!」

 意外な話に思わず聞き入ってしまっていたが本題から逸れていた事にボクは今更気付き軌道修正する。

  

「ん?あぁそうかそういう話だったか?また飛んじまったな。エルフの姫様が払った代償は――ってもう目覚める時間だな。間に合わねぇ、代償については本人に聞けよ」


 目覚める時間?ボクが、ボクの身体が目を覚ますのか?

「たぶん、これでサヨナラだな」


『ボク』は少し寂しそうにそう言って消えてしまった。

 いや消えたのはボクの方だったかもしれない。


 

《ボク》と別れを済ませると薄らと曇った空が上空に広がっていた。雨はいつのまにか止んでいたらしい。

 

「うおお!!親友の仇だ!!!喰らえ必殺討鬼豪斬剣とうきごうざんけん!!」

「いちいちワケのわからん技名を叫ぶな!無駄に体力を消費するぞ!」

 

 グレッグと魔王の声が聞こえたので身体を起こすと二人は協力し合って勇者と激しく斬り合っていた。


「本当に生きている……のか?」

 身体は重い。頭も痛い。

 でもさっきまでいた世界と違いここはニオイも風も音もある。

 

 ボクは生きているという実感を噛み締め――?!

 「ベルさん!」

 上半身を起こしたボクの膝辺りで倒れている彼女に今になって気がついた。

「良かっ……た。うまく……いったみたい、ね」 

「ベルさん、大丈夫ですか?!聞きましたよ!なにか代償を払ってまでボクを救ってくれたって!」

 ボクはどうしたら良いのかわからず、とりあえず回復魔法をかけるがどうやら効果はなさそうでベルさんの表情は未だ辛そうなままだ。

 回復魔法は基本的に外傷にしか効果がない。つまりこの状態は。

 

「え……?聞いたって?……誰に?」

 っ!?

 自分自身と夢の中で会話したなんて言ったら頭おかしいヤツだと思われてしまいそうだ。

「……そ、それはえーと……」

 下手に濁そうとして変な感じになってしまう。

「……ごめん、もう無理……寝るね。体力が限界なの……寝たらだいじょ……う」


「ベルさん……!」

 急に事切れたベルさんの姿に焦るが直ぐに寝息が聞こえてきて安堵した。どうやら本人の言うとおり寝ただけのようだ。


「なんじゃあ?!騒がしいと思ったら崩剣が生き返っとる?!」

 勇者の剣を軽く捌きながらコチラを見た魔王が声をかけてきた。

「んー?崩剣の次は姫さまが死んだのか?」

「いえ!疲れたようで寝ているだけです!」


「うお?!ハートが生き返ってる?!」

 魔王の言葉で気がついたグレッグがボクを見て驚き、歓喜をあげる。


「おかしいだろ!なんでアレで死なねぇんだよ!!」

 勇者は魔王とグレッグに攻められて疲れた様子だ。


「崩剣!」

 魔王が勇者の攻撃を利用してコチラへ飛んできた。

「我に力を貸せ」

「……?真威解放すれば勇者一人くらい簡単に倒せるでしょ?」

「あんなもん市街地ここで使ったら周りの建物がみんなブッ壊れてしまうぞい?我はもう『魔族』が人間市民の敵になる時代は嫌なんじゃ」

 た、たしかに……。

 魔王は魔王でちゃんと色々考えてくれているんだな。ボクと違って。


「協力ってなにをすれば?ボクにも参戦しろってことか?だとしたら言われるまでも無くそのつもりだけど?」


「キサマはそのまま姫さまを膝枕してイチャついてろ。さっきまで死にかけてた者に助太刀してもらうほど我らは弱くないわ。」

 ?!

 

 イチャついてなんかない!……と言いたかったが……確かに側から見たらそう見えるか。と寝息をたてるベルさんを見て思い直したボクは「じゃあ、どうすれば?」と冷静を装って魔王に訊ねる。

  

「ヤツの隙を作りたい。我に変身魔法をかけろ」

「変身魔法?いったい誰に化けるって言うんだよ?」

 意外な魔法を頼まれたボクは困惑するがその表情を見て魔王はイタズラそうにニヤッと笑った。


「あのエルフの少年兵に化けさせろ」

 

 

 

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