第53話 ルーシー=アーサルド


「なぁアンタ、流石にカスすぎるよ」

 ボクは無意識の内にそんな言葉が口に出ていた。


「チッ!……テメーに何がわかんだよ?!記憶失ってんだろ?オレ様たちのことも覚えてねぇテメーによぉ?!」

 勇者は青スジを立てて噛み付いてくる。

 コイツはいつもずっと誰かにイラついていて疲れないのかと不思議に思う。

  

「わかんないよ。まぁアンタらとの思い出なんてロクでもないだろうから無くても困らないっていうか、消えた嬉しいくらいさ。……だけどアンタがカスだってことはわかるよ。記憶を失ったボクでも――」


「――そうだ!良いこと教えてやるよ!テメーの記憶を奪ったのはコイツとレヴィの二人が犯人だっ!剣の召喚しか魔法の使えねぇオレ様は関係ねぇ!」

 

「え?は?……嘘でしょ……?」


 アスモが勇者の告発に絶望し顔を歪める。

 魔封魔法の副次効果が彼女にはないのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 アスモは先程から一人で立つことが困難そうで建物に寄りかかっている。そんな弱った彼女を……恋人であるはずの勇者は今、裏切った。

 

「『千剣使い』勇者ルーシー。使える魔法は収納魔法のみ、だが『いかなる剣の潜在能力も全て引き出せる』特性持ち。なんだっけ?」

「はっ!よく知ってんじゃねぇか。誰から聞いた?まさかレヴィのバカが吐いたのか?」

「……いや、そういうのに詳しく仲間、いや友人がいてね」

 ボクは未だ憔悴しているグレッグのほうをあえて見ず守るように、いつでも土壁が作れるよう勇者の正面に立つ。


「友人?!お前に友人がっ!?」

 よほどツボに入ったのか、そう言って勇者は腹を抱えて笑い始めた。

「……」それを見ているアスモは裏切られた悲しみと魔封魔法の副次効果で顔を歪ませたままだ。

 

「はーっ……あー笑った、ずいぶんと面白いこと言うようになったじゃねぇか!何年もオレらの操り人形だった癖にヨォ!」

 腹部を片手で押さえて勇者は話を続ける。

 

「あぁそうだ!ものはついでだ。いいこと教えてやるよ。お前の親父や兄弟が殺された、あの事件なぁ……アレはアスモとレヴィが発案者だぜ?」

「ちょっとルーシー!何言っ……てるのよ!」


 は?


 今なんて言ったんだ、コイツは。

「ハート!ハート!」

 グレッグが必死になってボクの名前を呼んでいるのが耳に入る。

「ハート!おい!大丈夫か?!こっちを見ろ!オレを見ろ!」

 グレッグの言ってる意味はわかる。わかった上でボクは無視する。


「あの頃のテメーは余りにも強すぎたからな。オレ様たちや国王なんかは日々化け物じみていくテメーを鬱陶しく思い始めてんだよ?……そらそうだ。十八やそこいらのガキが世界最強の魔法使いだー、なんて認めたくねぇからな。わかるだろ?……そんな時レヴィとアスモが言ったんだよ。『傀儡魔法をかけて我々の自由に使える戦闘兵器にしちゃいましょう』ってな。ほんと名案だよな!?テメーからしたら良い迷惑だろうがな!」

 思わず笑ってしまう過去の失敗談でも語るかのように話し続ける勇者にボクは今、どんな顔をしているのだろう。


「あの頃の『崩剣』相手に真正面から傀儡魔法なんか掛けれねぇ。だから先ず家族を狙った。……たしかその案はアスモぉ。お前のだったよなぁ?」

「……覚えてない!……たしか、レヴィだった気がするわ……」

 勇者に話を振られたアスモは口ごもりながら答えた。その言い振りを見るに信じようとは思えない。

 

「はっ?!まぁいいさ。今更確認する方法もねぇしな。……いや、あるか……?って話が逸れたな。とにかく、国王サマに頼んで『崩剣』の名を下賜させて、その任命式パーティを開くフリをしよう。そしてそのパーティにお呼ばれされたテメーの家族を王都までの道中で殺しちゃおう。って案をどっちかが出したんだよ」

 勇者はすこぶる饒舌だ。

 ボクが……悲しくて苦しくて表情を曇らせるほどに勇者の口角は上がり、楽しそうで嬉しそうに口が回る。

 邪悪なる勇者。

 

「なんで家族を狙ったかわかるか?……あの頃のお前が今と違って荒んでたからだよ。王族の特権濫用ぶりやレヴィの人体実験。国から見捨てられ死にゆく遠方のザコ市民。そんなものをウチのパーティに入ってから見続けたお前は常に臨戦態勢で誰も信用してなかった。まぁつまり常に隙がなかったんだよ!」

 

「ルーシー……もうやめて……」

 アスモはついに建物に寄りかかるのすら辛くなったのか地面へと崩れ落ちたが勇者はソレを一瞥だけして気にも止めずコチラへと目線を戻した。

 

「……ボクの、『崩剣』の隙を作るためにボクの家族を狙ったのか?」

「あぁ最低だよな?家族が殺され、憔悴したお前に同情するフリをして睡眠魔法を掛けて眠らせたアスモ。レヴィとそのオトモダチの魔術師団のオタク共で眠ったお前に傀儡魔法を掛けたっつーのが三年前からこの間までお前に起きていたことの真相だよ。わかるか?つまり!魔法の使えないオレ様はなんも関係がねぇんだよ!」


 自分は関係ない。勇者の饒舌だって理由は最後のこの一言が目的だったのか。


「そんなわけねぇ!関係あるだろうがっ!知ってて止めなくて!解放するよう働きかけることもなくて!全部知ってるくせに利用してたテメーもソイツらと同罪だろうが!!」

 

 ボクの背後でグレッグが吠えた。

 

「ウルセェ雑魚が!黙ってろ、このカマ野郎が!」

 痛いところを突かれた勇者はグレッグに罵声を浴びせる。

 

「……ありがとう。勇者ルーシー=アーサルド」

 ボクは……ボクに起きていた事の真相を知れたことは感謝する。

 

「あん?なんだ急に……?」

「おい!ハートお前おかしいぞ!こんなやつに感謝なんかするなよ!家族の仇だぞ!」

 グレッグがボクの肩を掴み振り返らせる。

「――っ!お前……」

「大丈夫だよグレッグ、心から感謝してるわけじゃないから」

 

 ボクの顔を見てグレッグは驚き言葉を失ったようだ。ボクは今、きっとそれだけ酷い顔をしているのだろう。

「おまっ、大丈夫、じゃねぇよ!どうし――」


 グレッグはボクに何か言い掛け、声が途切れた。


「ハートォォ!!!!!」

 グレッグの絶叫が耳をつんざく。


 身体が熱い。

 地面が濡れている。

 地面?いつの間にかボクは壁に寄りかかって……。

 違う。

 横たわっている。

 濡れているのは……血だ。

 熱い……。


 ……

 …………

 斬られた……のか?


 グレッグの方を向いた隙を勇者に狙われ、斬られたということに――気がついた――のは――。


「ルーシー=アーサルドォォ!!!」

「エルフのガキが偉そうにオレ様の名前を呼んでんじゃねぇぞコラぁ!命のやり取りしてる最中に目背けたソイツと背けさせたテメーが悪りぃんだろうが!!!」

「っ!殺す!!テメーだけはゼッテー殺す!!」

「やってみろ!かわい子ちゃんがぁ!!」


 目に霞がかかりよく見えないがグレッグが勇者に襲いかかったらしい。

 グレッグが戦闘するのは魔獣との一戦以来ロクに観ていないので気になったが……ボクが今置かれている状況は……それどころではないらしい。

 出血が多すぎる。切傷が深すぎる。

 背後から不意に斬られたんだ。

 

 声が出ない。回復魔法が使えない。

 ……このままじゃボクの命が持たない。


「崩剣!!」

 聴いた声がする。

「魔王さま?!」

 グレッグが勇者と激しく斬り結びながら、そう叫んだのでボクは聴いた声が魔王だと知る。

 

「っ?!ひめさま!!こっちじゃ!!はやくはやく!!」

 魔王がだれかを――姫さま――ベルさんか。

 記憶を失ったボクにとっての――恩人の腕で死ねるなら。なんて、考えが頭をよぎる。

 死にたくない。処刑台に送られた時はそう考えていたのに――今は――。


「回復魔法の使えん我はあっちで勇者とやり合ってる少年兵の手助けをする!!崩剣のことは頼んじゃぞ!」

「わかったわ!お願いねフニちゃん。……ハート!聞こえる?私よ!」

「……ベル……さ……」

 意識が朦朧としていて現実かはわからないがなんとか声を振り絞る。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!私が巻き込んだから!私が自分のために貴方を利用したから!!」

 利用……?なにを、言っているんだ……?

 エルフの……町でのこと……?

 アウトラでの……こと?

 それとも……これは夢……?

 走馬灯……?血が止まらない。血が足りない。……頭が動かない。

 ――理解が追いつかない。


「聴こえてる?!もし聴こえてなかったとしても謝らせて!また今度ちゃんと謝るから!」

 ベルさんが何に謝っているかわからない。

 今度なんて……あるのか……。

 ……助かる見込みがないのは自分でもわかる。

 自分だから……わかる。


 「私の目的のために貴方を利用してごめんなさい。だから――だから私の持てる全てを捧げるわ」

 

 もう……なにも、ほとんど聴こえない。

 目の前が真っ白になった。

 

『あぁこれが死ぬってことなのか』

 

 命を奪って生きてきた《ボク》にもついに、ようやく、その時が来たんだ。

 

 ――ボクは目を閉じて最後の時を迎える。

 最後に見れたのが貴女でよかった。

 本心からそう思えた気がする。

 天使のような貴女の……。

 これがボクの生きていた最期の記憶。




  

 

 ――の、はずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る