第52話 アスモ=デスルト
「グレッグ……?えっ?!うん……わかった。気をつけてね」
隔絶魔法とやらによって生成された透明な結晶に守られた『大賢者』レヴィ=アータント。
通信相手はグレッグのようだが……彼の性格上ここに居ないのはおかしいし何かあったとみて良さそうだ。
「グレッグはなんて?」ボクは通信魔法を終えたベルさんに訊ねる。
「浮遊魔法が使えないから遅れてこっちに向かっていたグレッグがココから逃げる勇者を偶然見つけたらしくて、いま尾行してるって――」
「まさか?!グレッグは一人で勇者を追っているんですか?アレは相当危険な相手ですよ?!」
勇者は人格的の問題はあれど実力的にはかなりなものだ。もしヤツに尾行がバレてしまったらグレッグは無事でいられるか……。
「今すぐにボクの探知魔法で勇者の位置を補足します。グレッグにはその場を離れるよう伝えてください!」
「っ!わかったわ。グレッグ聞こえる?グレッグ?!」
ベルさんが手首を口元に近づけて通信魔法を行う姿勢をとるがなにやら焦っている。
「これは……マズイかもしれんのぅ」
魔王はそう言って「早う行け!我もすぐ後を追う」
「はい!ボクは先に行きます!」
グレッグを呼ぶベルさんを尻目にボクは上空へと飛び探知魔法で索敵しようとするが魔王がボクのすぐ隣まで飛んできて「魔法の選択が間違っとる。こういう時は移動魔法のがええじゃろがい?」と教えてくれた。
「た、確かに……助かります」と素直に礼を言うと「『貸しイチ』じゃのぅ」と不気味に笑われた。
「『
グレッグの姿を想像し、その近くに飛ぶイメージで……。
跳んだ先で最初に目についたのは残念ながらグレッグではなく勇者だった。
「来たな化け物!防御結界も張ってねぇテメーに負けるオレ様じゃねぇってことを思い知れ!!」
移動先は王都の中でも特に高級そうな建物の中庭?のような場所だ。
ボクが周りの地形を把握しようとする隙を狙った勇者の突進剣撃が襲って来た。
ボクはいつも通りに空中へ避けて事なきを得る。
「逃げんなタコが!大人しく切られとけ!」
勇者はボクを地上から睨みつけてくる。ボクはそれを睨み返しながら魔法を唱えようとすると。
「『
全く聞き覚えのない呪文がボクを襲う。
「なっ……んだコレ……?!身体がっ……重い……?!」
浮遊魔法で飛ぶボクの身体は突如として大量のオモリがつけられたような状態になり、その重さのせいで地面へと落ちそうになる。
「よくやったアスモ!!もっとだ!もっと出力を上げろ!!」
「無茶言わないでよ!!つーかコレが限界!褒めて欲しいくらいなんですけど!」
グレッグたちによって捕まえられていたはずの勇者パーティにおける魔法使い『付与の魔女』アスモ=デスルトの姿がそこにあった。
間違いない、この魔法は彼女の攻撃だ。
アスモの声が聞こえた方向を見ると苦しそうな顔で地に伏したグレッグの姿が見えた。遠いから確認できないがココから見たところ大きな外傷のようなものは見えない。
きっとボクと同じようにこの重力魔法?とやらで抑えつけられているのだろう。
「『
「――させねぇ!」
移動魔法で重力魔法の効果範囲内からの離脱を試みようとしたボクに勇者が切り掛かかる。
重力魔法とやらの範囲内にいるとはいえ出力で勝るボクは未だ空中に浮いているにも関わらず勇者は
「『――
「クソがぁ!!」
吠える勇者。
瞬き一つのことでギリギリ移動魔法が間に合い、ボクは建物の上部へと瞬間移動できた。
……服と薄皮が切れて血が腹部を伝うのがわかる。
本当の本当に紙一重だった。
後一歩分向こう側踏み込めていたらボクの腹部はキレイに裂けていただろう。
「くそっ!ギリギリじゃねぇか……」
回復魔法で今、負った傷をすぐに治しながらボクは自らの計画性のなさと魔法の使い方の悪さを自責する。
「おらぁ!どこに逃げやがった!テメーのオンナぁほっぽって逃げてんじゃねぇぞカスが!俺が抱いちまうぞ?!あぁん!?」
どうやら勇者はグレッグを女の子と勘違いしているらしい。いや今はそんな事どうでもいいんだ。
それよりなんだったんだアレは?
勇者のヤツ、さっき間違いなく空を飛んでやがったよな……?
「オレは、漢だっ……!」
グレッグの悲痛な声が建物に反響してここまで届いた。ボクは屋根から下を見下ろす。
「なんだ……て?嘘だろ?どう見ても男じゃねぇだろ?」
心底驚いた様子の勇者。
「ふざけんな!どう見たってオンナだろうが!ワケわかんねぇ事言うなよ!それともなんだ?!エルフ様は醜い人間と違って男でも美しいですよってか?!殺すぞガキが!!」
……何か琴線に触れたのかアスモが唐突に限界いっぱいブチ切れている。
覗いていたボクも、勇者も倒れ込んでいるグレッグでさえ、その余りにも急な爆発に反応ができない。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!テメーの死に様は圧殺で確定したぞ!!」
「やめろ!アスモもまだ使い道があるんだ!殺すな!……くそっダメだ、ガンキレモードだ!ダルすぎ……」勇者はそう言ってアスモを止めることを諦めた。
マズイ……。
あの人は恋人の勇者ですら止められないほど本気でブチ切れてるというのか……。
「……クソっ!!」
グレッグとアスモの位置が近すぎる。
ボクの魔法コントロールじゃグレッグを巻き込まないなんて出来ない。
「ぐああぁぁ!!!」
「沈め!沈め!!沈め!!!地面と一体化させてペラッペラのクソブスにしてやるよ!!」
「あああぁぁぁあ!!!!」
グレッグの断末魔が響き渡る。
「なにか!何か手を思いつけ!ボクは『崩剣』なんだ!何ができることがあるはずなんだ!何か!絶対に!!」
頭をフル回転させて思考する。
思考して思考して、グレッグの叫び声を耳から追い出して、必死に考える、
「……くそおおおお!!」
それでも思いつかない。
「テメー!そこにいんのか!?アスモ!もっかいオレ様に『
勇者に位置を特定されてしまう。
が、この際そんなことは些事だ、どうでもいい!
それよりもグレッグを助け出す……方法……を……?
「うるせぇ!邪魔すんな!まずはこのエルフのガキが先だってわかれよ!コイツはツラが良く生まれた幸福もわからず無駄遣いしてる極悪人だ!私はどうしてもコイツを殺さなきゃならねぇんだよ!!」
「……うぐっ、うう…………」
「オレ様にキレんな!落ち着け!お前もわかってんだろ?!ハートを、あの化け物を討てる時にヤらねぇとやべってことは!」
「……うるさい!うるさい!うるさい!浮気ばっかしてる癖に偉そうにすんな!さっきだって私が攫われていた事にも入れ替わっていた事にも気が付かなかったくせに!!」
「今それは関係ねーだろうが!バカ!」
あぁそうか間違ってた。
魔法に慣れていないからとは言え、ボクは本当にバカだ。使う魔法の選択がいつも間違っていたんだ。
勇者たちが口論に興じているおかげで逆に冷静になれた。
「『
「がっ?!」
「ん!?おい!アスモ!どうした急に?!」
「魔封魔法、アンタならよく知ってるんじゃないのか?」
ボクは地上へと降りてグレッグのところへ向かい回復魔法をかける。
「……助かった、ごめんな……足引っ張っちまって」
体力よりも精神的に疲労しているのかグレッグは辛そうにそう言って座り込んでいる。
「テメー!いつのまにレヴィの秘術を盗みやがった!?」
「盗んだ?……真似してみたら出来たってだけだよ?」
「……だめっ!魔法が発動しない!ルーシー!助けて!!」
聴こえては来なかったが何やら口をパクパクと動かしていたアスモはそう言って縋るように勇者の方へと手を伸ばす。あの口パクは魔法が出ないか試していたのか。
グレッグにかけていた重力魔法が勝手に途切れた段階ですぐわかりそうなものなのだが。
彼女はボクとは違い魔封魔法の副次効果は薄いのか多少動いたりはできる様子だ。副次効果の麻痺は対象の魔力量とかそういうのに反応してるのかもしれない。
「ちっ!!触んなザコが!魔法の使えねぇテメーに価値なんかねぇよ!!」
……必死に助けを求めている恋人の手を払い睨みつける勇者は冷酷で残酷な『人に似た化け物』にしか見えなかった……。
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