消えたメッセージ

りぃ

消えたメッセージ

雨が窓を打つ音が響く夜、タカシはベッドに横たわりながらスマホの画面をぼんやりと見つめていた。スクロールする指は、SNSのフィードを行きつ戻りつしているが、彼の心はどこか別の場所にあった。明日が特別な日でないことはわかっている。いつも通りの一日が過ぎ、また同じように過ぎ去っていく。なのに、心の中に漠然とした不安があった。胸の奥でくすぶるような感覚、それは、何かを忘れているという感覚だった。


「なんだっけ…?」


タカシは自問する。何かが引っかかっているのだが、その正体がつかめない。記憶の片隅に残るかすかな違和感が、タカシを落ち着かない気持ちにさせた。


そのとき、スマホが震えた。タカシは驚いて画面を確認した。新しいメッセージの通知が届いている。見知らぬ名前が表示されていた。「アヤカ」。タカシは眉をひそめた。そんな名前の知り合いがいた記憶はない。


「こんばんは、タカシ。元気?」


その一文はあまりにも自然で、唐突だった。タカシは一瞬戸惑いを覚えたが、すぐに返信を打ち始めた。


「誰ですか?知り合いですか?」


しばらくして、またメッセージが届いた。「覚えてないの?私たち、中学で同じクラスだったじゃない。」


中学時代の記憶がよみがえる。確かに「アヤカ」という名前の女子がいた。だが、タカシは彼女と親しく話したことがないどころか、クラスで目立つ存在でもなかった気がする。どうして今になって、彼女が連絡をしてきたのか。


「えっと…久しぶりだね。でも、どうして今?」


タカシが送ったメッセージに、すぐに返事が来た。「ちょっと懐かしくなっちゃって。それに、あなたに伝えたいことがあるの。」


何か胸騒ぎがした。タカシはメッセージを見つめながら、彼女が言わんとしていることを予感しつつも、まったくわからなかった。画面の中の文字は不気味に静かで、かつての教室で彼女が一人で座っていた姿が頭をよぎった。


「伝えたいこと?」


タカシはその言葉を送りながら、じわじわと湧き上がる不安感を感じていた。しかし、彼女からの返信はすぐには来なかった。タカシはスマホを握りしめ、時間が過ぎるのを待った。だが、5分、10分が経っても通知は鳴らない。焦燥感がタカシの中で増していく。


「なんだよ…」


耐えきれず、タカシは立ち上がって部屋の中を歩き回り始めた。彼女のメッセージの内容を思い出そうとするが、頭の中は混乱していた。半信半疑で、彼は意を決して「アヤカ」に電話をかけた。呼び出し音が何度も鳴るが、応答はない。もしかして、彼女がいたずらを仕掛けているのではないかという疑念が浮かび、胸の中でぐるぐると回り始める。


呼び出し音が途切れたのは、タカシが諦めかけた瞬間だった。


「もしもし、タカシ?」


アヤカの声だ。スピーカー越しに聞こえてくるその声は、どこか遠く、しかし懐かしさが混じっていた。彼は一瞬言葉を失ったが、すぐに平静を取り戻した。


「アヤカ、どうして連絡してきたの?何を伝えたかったの?」


スピーカー越しのアヤカは、少しの間、沈黙した。その静けさは、タカシの胸にじりじりとした焦りを呼び起こした。そして、彼女の声が震えながら、かすかに返ってきた。


「…本当に覚えてないんだね。タカシ、あなたに渡したあの日の手紙…見てくれた?」


その瞬間、タカシの頭に鈍い痛みが走った。手紙?そんなもの、全く記憶にない。中学時代の記憶を必死に掘り起こそうとするが、彼女が言っていることに心当たりはまったくなかった。


「手紙なんて…受け取ってないよ!」


タカシは心の中に芽生えた恐怖を押し殺しながら答えた。すると、アヤカの声が徐々に遠ざかっていくように感じられた。


「そう…なら、もういいの。今さら伝えるのは、もう遅すぎるから。」


アヤカの言葉が途切れると同時に、通話は切れた。タカシは慌てて再び電話をかけ直そうとしたが、すぐに手が止まった。スマホの画面を見つめると、通話履歴には「アヤカ」という名前が残っていない。何度確認しても、彼女からのメッセージも消えていた。まるで最初からそんな人物は存在しなかったかのように。


タカシは部屋の中を見回した。雨が窓を叩き続ける音が、妙に大きく聞こえる。彼は何かに取り憑かれたように、もう一度スマホを確認したが、やはり「アヤカ」の痕跡はどこにもない。タカシはスマホをベッドに投げ出し、自分の頭を両手で抱え込んだ。


「あの手紙って、なんだよ…」


記憶をたどろうとするが、アヤカの話す「手紙」のことはどうしても思い出せなかった。中学時代に彼女と過ごした時間さえ、ぼんやりとしている。どうしてこんなに重要なことが記憶から抜け落ちているのだろうか。タカシはその夜、何度も頭を巡らせたが、手紙の内容も、彼女の言葉の意味も、ついに思い出すことはできなかった。


翌日、タカシは学校に向かったが、アヤカのことが頭から離れなかった。授業中も彼女の顔がちらつき、黒板の文字が目に入らなかった。放課後、タカシは一人で中学時代の同級生、ナオキに連絡を取った。ナオキは昔からタカシの親友で、中学時代のこともよく覚えているはずだ。


「アヤカって覚えてる?あのクラスにいたアヤカって子。」


電話越しのナオキは、しばらく黙っていたが、ゆっくりと答えた。「ああ、アヤカね。覚えてるよ。お前、あの子のこと忘れてたのか?」


「忘れてたっていうか、全然覚えてなくてさ…なんでだろう。」


ナオキの声には、わずかな戸惑いが混じっていた。「そりゃ、アヤカは目立たなかったからな。でも、あの子、お前のこと好きだったんだよ。」


タカシは驚いて言葉を失った。アヤカが自分を好きだった?信じがたい話だったが、次のナオキの言葉が、さらに彼の心をざわつかせた。


「中学3年の終わりに、アヤカはお前に手紙を渡そうとしてたんだよ。卒業式の日に。覚えてないのか?」


タカシはその日の記憶を必死に掘り起こそうとした。卒業式の日、自分は何をしていたのか、誰と話していたのか。だが、アヤカの姿は全く思い出せない。


「覚えてない…。その手紙、結局どうなったんだ?」


ナオキは少しの間黙り込み、やがて重い口調で言った。「お前、その日、交通事故に遭っただろう?頭を打ったって聞いてたけど、もしかしてそのせいで記憶が抜け落ちてるんじゃないか?」


その瞬間、タカシの中で何かが崩れた。確かに、卒業式の帰り道、タカシは車に接触して軽い事故に遭っていた。その時のショックで、断片的に記憶が失われていたのだろうか。アヤカが自分に手紙を渡そうとした瞬間も、彼女の存在そのものも、その事故と共に消えてしまったのかもしれない。


「アヤカは、お前が事故に遭った後、誰にも何も言わずに転校したんだよ。だから、みんなお前があの子のことを忘れても、何も言わなかったんだろうな。」


タカシはスマホを握りしめながら、頭の中でアヤカの顔を必死に思い出そうとしたが、彼女の顔はぼやけていて、はっきりとしない。どうして、彼女が今になって連絡をしてきたのか。その答えを知りたい一心で、再びスマホを取り出し、アヤカの名前を検索しようとしたが、やはりどこにもその痕跡はなかった。


その夜、タカシは何度もアヤカの名前を呼び続けたが、答えは返ってこなかった。やがて、彼は眠りにつき、夢の中でかすかに彼女の声を聞いたような気がした。


「タカシ、私のこと、思い出してくれてありがとう。」


それが夢だったのか、現実だったのか、タカシにはわからなかった。ただ、目が覚めたとき、彼の心の中に残っていたのは、アヤカが再び自分の記憶から消えることはない、という確信だけだった。


翌朝、タカシは窓を開け、冷たい朝の風を浴びた。雨は止んでいた。彼は深呼吸をし、過去と向き合う覚悟を決めた。アヤカのことを決して忘れないように、彼は心に誓ったのだった。

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