日曜日

 古びた駅のホームに、パンツスーツ姿で佇む女性が一人。

「みらいさん」

「車掌さん。こんにちは」

 女性を呼び止めたのは彼女と同じ年頃の男性。制服をきっちり着こなした車掌だった。

「どうでしたか、一週間の休暇旅行は」

 車掌は女性に親しげに声をかける。

「といってもまた仕事みたいなことをしていたようですね」

 眉尻を下げてみらいと呼んだ女性を見る。

「いやはやみらいさんの仕事熱心には頭が下がる」

 そう言う車掌に、みらいは目を伏せて首を横に振る。

「いいえ、完全なる私用です。それにいつかやらないといけないことなんです。そうしないと今の私はないんですから」

「はあ、そうですか」

 真面目に言うみらいに車掌は曖昧に頷いた。そして、

「あ、それで次の乗客なんですがね」

 気を取り直したように右手に持っていたバインダーを差し出す。

 みらいはそっと受け取って挟まれた紙を見た。

「自殺した男子高校生ですか」

「ええ」

 車掌は神妙に頷く。

「可哀想な話ですな。この辺りの時代の若者はどうも死にたがりのようだ」

 みらいは賛同の意も反対の意も示さない。ただ唇を軽く噛んで資料を読んでいる。


「それにしても」

 と頭をかく車掌に目を上げる。

「この彼の境遇はどうも私に似ているように思えましてね。よくよく思い返してみればそんなことがあったようななかったような気もするのです。……もしかしたら私も、『時をかけるカウンセラー』に救われた一人なのかもしれませんなぁ」

 眉尻を下げて笑う車掌。その顔には確かに、かつてこの電車の常連だった男子高校生の面影があるような気がする。


「さあ。ま、とりあえず行ってみます」

 みらいはそう言うと、ぱたんとバインダーを閉じて車掌の手に返した。

「ええ、行ってらっしゃい。お気をつけて」

 車掌は受け取ったバインダーを脇に挟み、時代遅れな電車に乗り込むみらいを見送る。

 そして自らも運転席に入ってマイクを持つ。


『こちらみらいヶ丘駅発ぅ、快速急行かこ川行きでございまぁす』

 車掌はこのちょっと割れた音が好きなのだった。

『お乗りの方はぁ足元にお気をつけくださぁい』


 四両編成の二号車、扉を入ってすぐ右手の席にみらいは座っている。

 ぼうっと放送を聞きながら前を見ると暮れなずむ秋空が目に入った。

「綺麗……」

 誰もいない車内で思わず呟く。

「時をかけるカウンセラー、か」

 息を吐き、ぴんと伸ばしていた背を緩める。

「ずいぶん、遠くまで来ちゃったものだな」

 昔は作家を目指してたのに――。


 抜けるような青空は温かな橙色にじわじわと飲まれ、反対側からは濃い夜の帳が迫ってくる。

 トンネルが全てを覆い隠した。

 自然と背が伸びる。このトンネルは過去に繋がっているのだ。

 黒くなった窓に映る自分の顔を見ながら昔の自分の顔を見たときの感情を思い出す。


 やがてトンネルを抜け、快速急行かこ川行きはどこにも停まらずに時の狭間を駆け抜けていく。

『まもなくぅ、2024年9月12日ぃ。お降りの方はぁ足元にお気をつけくださいぃ』

 そのアナウンスを聞いて、彼女は背を起こし鞄の持ち手を握りしめた。

 がちゃこん、と扉が開く。

 腰を上げ、鞄を持ち忘れ物がないか振り返って確認してから、彼女は足を踏み出す。

 こつ、こつ、こつ。

 至って静かに電車とホームとの隙間を越え、今はなきかこ川駅に降り立った。

 懐かしい空気を肺いっぱいに吸い込み体中に巡らせて、吐く。

 背後で電車が走り去る。


 廃線になったローカル線を利用して航時機タイムマシーンが造られてから十年になる。

 ローカル線の常連だった彼女は残りの人生もその線に乗って過ごすことを決めたのだった。


「さあ、行きますか」

 マンガの主人公のように頬を叩き、新たに到着した電車の扉をくぐる。


『各駅停車みらいヶ丘行き――』


 窓の向こうには無数の明かりが夢の灯のようにきらめいていた。


〈終〉

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各駅停車みらい行き 藤堂こゆ @Koyu_tomato

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