伸びすぎる草

半ノ木ゆか

*伸びすぎる草*

 とある企業の実験室に、営業部の社員たちが案内された。今度売り出す製品の下見にやってきたのだ。

 植木鉢の前に立ち、製品開発部の部長が言った。

「この土に、我が社の開発した特殊な肥料が混ぜ込んであります。百聞は一見にしかず。まずはご覧いただきたい」

 そう言って、部長が粉のように細かな種を撒く。すると、またたく間に芽を出し、葉を茂らせ、可愛らしい白い花まで咲かせてしまった。営業部の社員たちはどよめいた。

「驚いた。まるで魔法みたいだ」

 開発部長が得意気に言った。

「この肥料を与えれば、植物の成長を何万倍にも早めることができるのです。これはシロイヌナズナという花ですが、他の種子を用いた実験でも同様の結果が得られました。植物にしか効かない成分を使っていますので、この肥料で育てた野菜や果物を食べても、体に害はありません」

 営業部長は、感心したように頷いた。

「この肥料を使えば、季節を気にせず、素人にも簡単に植物を育てられる。実をつけるまで何年もかかっていた果物でさえ、一日のうちに収穫できるではないか」

 彼らは早速、この肥料を世界中に売り出すことにした。幾度となく繰り返された試験でも、欠陥は見つからなった。何もかもが順調だった。しかし、発売直後、思いもよらない事態となったのである。

「これは一体どういうことだ!」

 営業部に一本の連絡が入った。耳を割るような怒声に、社員はたじろいだ。

「あんたらの作った肥料は、まるで役に立たない。果物がちっとも大きくならない上に、雑草ばかりが伸びるじゃないか!」

 同じような苦情が何件も寄せられて、営業部長も現地に赴くことになった。相手は、農業経験のない若者だった。

「リンゴを育てようと肥料を撒いたら、この有様ですよ」

 彼の農園を一目見て、営業部長は目を丸くした。雑草が人の背丈まで伸びて、搔き分けなければ前に進めないほどだったのだ。

 若者がうんざりした様子で話す。

「抜いても抜いても、ほんの数秒も経たないうちにまた生えてくるんです。これではキリがありません。どうにかして下さい」

 雑草はこんなに元気よく伸びるのに、果物が育たないとはどういうことだろう。彼は肥料の開発には携わらなかったから、原因も、対処の仕方も分らない。

 もしも品物に欠陥があったら、大問題になるだろう。せっかく沢山作ったのに、売れなければ赤字になってしまう。会社の信用も損なうはずだ。

「量が少くて、成分が実まで行き届かなかったのだと思います。肥料を更に足して、一ヶ月ほど様子を見て下さい」

 彼はてきとうな説明をして、他部署にも報告しなかった。

 後日。若者の農園には、一人の植物学者が訪れていた。困り果てた若者が、博物館に調査を依頼したのだ。

 学者はリンゴの木と、伸び放題の草とを見比べた。実をつけぬまま散ってしまった花を観察し、彼は呟いた。

「これは、受粉が上手くいかなかったようですね」

「受粉、ですか」

 学者は頷いた。

「ここに茂っているのは、ギシギシやチカラシバなど、風で受粉する風媒花ふうばいかです。このような植物は、新開発の肥料が効いて、どんどん増えてゆくはずですよ」

 揺れる草むらの中で、二人は夕空を見上げた。

「一方のリンゴは、虫媒花ちゆうばいかと言って、マメコバチなどの昆虫によって受粉します。ほかの生き物の助けがなければ実を結ばないのです。……しかし、こうも成長が早すぎると、ハチが花に触れる隙もないでしょうね」

 製品開発部は、植物の育つ仕組を利用しているだけで、生き物の暮しぶりについては何も知らなかった。営業部は、世界中の農園がめちゃくちゃになっても、何喰わぬ顔で肥料を売り続けた。いい加減な対応が世間に知れ渡ると、ほどなくして、この企業は倒産してしまった。

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