後編

 詩織に「ロミジュリみたい」と言われてしまった僕は、オリジナリティを求めて、頭の中でウロウロしているだけで、何も書くことができないでいた。



 そんな時、


「一回、練習、見に来てよ!」


 詩織がそう言ってきたのだ。

 そう言えば、彼女が練習しているところを見たことがなかった。


 放課後、演劇部に練習を見に行った。見学の許可は、詩織が取ってあった。


 皆、発声練習をしている。

 その中に、一際透き通った、遠くまで通る声が聞こえる。

 詩織だった。


矢野やのから話は聞いてるよ。君……瀬尾せお匠海たくみ君だっけ、凄い作品を書いてるらしいじゃないか。」

 村田部長が、練習を見ながら、僕に言う。いかにも「演劇部」というか、台詞みたいな喋り方が、少し可笑しい。

「全然凄くないです。僕の趣味の範囲内なんで。他の誰かに読ませたことなんてないのに、矢野が勝手に読んで、続きを書けってうるさいんで」

「できてるんだったら、是非、見せてもらえないか?」

「えっ?」

「文化祭でるものがまだ決まりきってなくてね」

「文化祭で? いやいや、とんでもない!」

「今回は、オリジナルの劇をやりたいんだ」

「いや、でも……」

「まあ、考えておいてくれよ」


 そう言うと、村田部長は、皆の所へ行ってしまった。


「ほら、もっと腹から声出せ!!」

「そんなんじゃ後ろの端まで届かないぞ!!」


 詩織の綺麗な声が、より力強くなって、僕の耳に届いた。こうなるまでに、どれくらい努力したんだろうな……。いつもは、あんなに笑顔で冗談ばっか言ってるのに、人が違うみたいだ。


 僕は、この力強い声から逃げるのだろうか。

 そんな気持ちが湧き上がってくるのが、自分でわかった。



 作品を大きく書き直した。たかだか高校生の書く文章だ。とてもプロの作家に敵うわけがない。でも、誰かと同じような作品にはしたくなかった。

 必死で書いた。

 こんなに、何か「目標」を持って書いたのは初めてだった。



「できたよ」

 僕は詩織に、原稿のコピーを渡した。

 読んでいる詩織は、時にクスクス笑いながら、時に涙を浮かべながら、最後は、ポロポロと涙を流しながら、原稿を抱きしめ、僕を見上げた。

「……こんなの、読んだことない」

「それは?」

「凄く、いい。……もう、ヤバイ。もう……ほらぁ」

 そう言って、また泣く。

「よし!」

 僕は、彼女の反応に、手応えを感じた。


「部長や、他の先輩たちに見せてきてもいい?」

「うん」


 

 部長から、是非演じてみたいと言われたと、詩織が言ってくる。



「でもさ、部長がね、『瀬尾君、これ、脚本に書き直せるのかな?』って」

 部長からの挑戦状か? と思った。

「できると思う。やってみる」


 正直、脚本なんて書いたことがなかったし、書き方も知らなかった。僕は演劇について知らないことだらけだ。


 脚本に挑戦し始めた。書き方のサイトや実際の台本の写真を見たり、四苦八苦しながら進める。

 元々、新しいことにチャレンジするのは得意ではない。でも、今回は、とてもやり甲斐を感じている。いつの間にか、楽しくて仕方なくなっていた。


 数日後の放課後、

「できた……と思う」

 詩織に原稿のコピーを渡す。

「うん」

 嬉しそうに頷いて、彼女は部室へと駆けていった。



「先輩が来てほしいって」

 スマホにメッセージが届いた。


 部員はそれぞれ自己練習をしていた。詩織に連れられて部長の所へ行く。

「瀬尾君、原稿、読ませてもらったよ。」

「ありがとうございます」

「脚本は初めてだったんだね」

「はい」

「ちょっとずつ手を入れたいところもあった。もし、君が構わないなら、うちの脚本担当と一緒に仕上げてくれないか?」

「お願いします」

「原田、やってくれるな?」

「了解」

 原田と呼ばれた先輩が、軽く手を挙げた。



 僕は、遅ればせながら、演劇部に入った。僕は知らなかったが、うちの演劇部は、県内でも大きく、演者だけでなく、脚本担当や、大道具、小道具、証明、音響担当なんかも、ちゃんといたのだった。


 僕は何度も原田先輩と一緒に、話し合って書き直し、部長に確認してもらい、1本の脚本に仕上げた。



「できたよ」

 詩織が一冊の本を持ってきた。

 凄いな、これが僕が書いた台本。

 感動ものだ。


 ページをめくりながら、僕の処女作の重みを確認する。


 と、詩織がそれをとりあげた。


「あ、瀬尾君のは、まだ終わりじゃないから」


 ふふっといたずらっぽく笑うと、彼女は、台本の後ろの方を開き、ラストシーンのところに、


 ○舞台とは別の場所(他に誰もいない)


 詩織「ずっと好きだった」

 

    瀬尾は彼女にそっと口づけをする



 と書き足した。

 自分の唇に触れ、

「ここに」

 その指で、僕の唇に触れた。

「ここで、ね」

 そして、ふふっと笑うと、「またね〜」と手を振って帰ってしまった。


「えっ……?」 


 これは……?

 詩織からの告白?

 単なる冗談?


 彼女の指が触れた唇に、そっと指で触れてみた。彼女の指の感覚をまだ覚えていた。




 文化祭の日を迎えた。

 遠い宇宙まで届きそうに高く晴れた空。秋の素晴らしい一日が始まる。


 公演前から、裏ではバタバタが始まり、演者の衣装やメイクも進められていく。音響、照明、すべてリハーサル通りだ。


 いざ、本番!!


 あんなに、あんなに頑張って作った僕らの劇が、ほんの45分で終わる。

 45分。皆の全力の時間。


 公演は大成功に終わった。

 

 素晴らしい出来だった。大講堂に立ち見さえできた客席で、拍手が鳴りやまなかった。


 最後に緞帳が下りた途端、泣き出す女子たち。握手やハイタッチ、ハグ……部員たちの飾らない喜びが溢れた。


 

 僕はそっとその場を離れた

 

 体育館の裏で一人で座ると、湧き上がってくる感情が止められなくて、一人、暫く泣いた。


「はぁ……楽しかったなあ」

 空を見上げる。風が心地よく、涙を乾かしていく。



「瀬尾君〜」

 詩織が探しに来た。

「こんなとこにいたんだ。部長が探してこいって。もう、打ち上げ始まっちゃうよ?」

「ごめん。ちょっと浸ってた」

 僕は笑う。


 さっきまで強い主役の女の子を演じていた君は、ホントは、こんなに小さくて可愛い。



 ふふっ、と詩織が笑って言った。

「ねえ、まだ、終わってないシーンがあるよ」

 そして、ちょこんと僕の隣に座って、僕の顔を見た。


「ずっと好きだった」


 彼女が微笑んだ。


 僕は、人差し指で彼女の顎をあげると、親指の腹で彼女の唇に触れた。柔らかい、薄い秋桜色の綺麗な唇。

 彼女が、目を閉じる。

 僕は、壊れ物に触れるように、そっと唇を重ねた。


「うふふ」

 詩織がうつむいたまま笑う。

「すっごい嬉しい! もうやだ〜、なにこれ〜、嬉しすぎるんだけど!」

 彼女は、一人ではしゃいでいる。 


「ねえ」

 僕は尋ねる。

「今のは、脚本に書かれてあったやつだよね?」

「なにそれ〜」

 彼女は、ぷうっと拗ねた顔になった。


 ふふっと笑って、僕は彼女にもう一度キスをした。


「こっちは本気のです」


 彼女は、真っ赤になって涙ぐんだ。

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脚本 緋雪 @hiyuki0714

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