【特注の私の棺】

 あら、ご機嫌よう、ユウナさん。

 私の事はまだ覚えていらっしゃるかしら?あら、覚えていて下さったようね。あの時ユウナさんのお好きなお花を聞いた、ええ、『家柄と金の力でアイス様の婚約者になりやがったサイテー女』のアマーリア・アレッサンドラ・アレッサンドーリ……ああ、『頭の中が空っぽのハリボテ悪役令嬢』でもありましたわね。

これでも大公家の一員としてそれなりの教育は受けてきたつもりではありましたけれども、私とて確かにまだまだ研鑽すべきところは多々抱えていますものね。


 ――いいえ、ユウナさんが投獄された理由は、私達に対する不敬罪ではありませんのよ。

 もう薄々はお気づきでしょうけれど、私達の婚約者をたぶらかして王家主催の公式の夜会で『婚約破棄』をさせたからですのよ。貴族の門閥同士の均衡を維持しつつ王家の威厳を誇示するために、王家が何年もかけて苦労してまとめた大事な婚約を一気に一瞬にたたき壊したのですもの。国家反逆罪、隣国からのスパイと見なされるのも当然ですわよ?

 しかし見事な手練手管でしたわね。ニコロもマイサンもヤンもゼーブも瞬く間に『魔香』で魅了して、ユウナさんの下僕同然にしてしまったのですもの。アイスが危ういところで私に助けを求めてくれなかったであろう未来を想像すると、今でも血の気が引きますわ。

 『乙女ゲームのヒロイン』でしたかしら。ユウナさんのスパイとしての名前を自ら白状するなんてあまりにも愚かですこと。でも、そのおかげで処理も迅速に進みましたわ。

 そうそう、アイスと私ですけれど、表向きは誰よりも不仲に見えますでしょう?ただ一緒にいるだけで会話もしない、目も合わさない、アイスに至っては愛想笑いすらしないで四六時中の無表情……ええ、私の家族にもアイスのご一族にも酷く心配されましたのよ。でも私もアイスも疑うことなく相思相愛ですの。

ユウナさんも、意外に思われたでしょう?それとも心外かしら?


 ……実はアイスは極度のあがり症ですの。特に私が傍らにいると、嬉しいのと恥ずかしいのとで言葉も喋れなくなるのですって。私と視線を合わせたら幸せのあまりに心臓が止まってしまうのですって。女神への冒涜と受け取られようとも構わない、私ほど美しくて愛しい人はこの世界の何処にも存在しないのですって。私が近くにいると歓喜のあまりに気絶しないで耐えるのに必死なのですって。私の囁きは天使のように優しくて悪魔よりも魅力的、眼差しは夜明けに輝く明星のように輝いているのですって。あれでもれっきとした侯爵家の次男坊で学業も優秀なのに……うふふ、アイスは本当に可愛いでしょう?


 これほど情熱的に、熱心に、婚約者に口説かれて悪い気なんてしませんわ。

 ただ、手紙で、ですけれども……。

 そうよ、アイスときたら毎日のように『いかに私を愛しているか』『こんな所が愛おしくてたまらない』と、恋愛小説の書き手さながらに情熱的な言葉を贈ってくるのですわ。酷い時なんて一日に七回も贈ってきて、召使いが気の毒にもすっかり疲れ果てていましたのよ。こんな有様ですから、私の部屋なんてもうアイスから贈られた愛の手紙で埋め尽くされていますの。

 そうだわ、ユウナさんはアイスがいつも薄汚れた格好をしていたのを不審に思いまして?あのみすぼらしい格好は別に侯爵家で冷遇されているからではありませんのよ。アイスは私に愛を伝えたいあまりに専用の紙に魔術を落とし込んで、情報伝達手段を開拓しようと実験を重ねていましたの。今はまだ『音』を一度しか再現できませんけれども。

 ……嫌だわ、ようやくお気づきなの、ユウナさん。貴方の企みを私に暴露したのは貴方が誰よりもまとわりついていたアイスなのよ。完全に魅了される直前に、全ての理性と力を振り絞って私に助けを求める手紙をしたためて、召使いに託して下さったの。

 その手紙は白紙だったけれども、『音』が何もかもを伝えてくれたわ。

 あの時ばかりは私の家族も届けてくれた召使いも卒倒しそうになって……だって、ただの浮気ならばいくらでも許容できたものを、ユウナさん、貴方は彼らを魅了して『婚約破棄』をさせようとしていたのですもの。

 言ったとおりに私達の婚約は全て王家がこの国の未来のために苦心惨憺してまとめ上げたもの。陛下も王太子殿下もそれは苦労なさったのよ。敵対する派閥や均衡を深慮し、それぞれに手を組ませようと、何度も当主の元へ自ら足を運ばれて……。


 それを公式の場で破棄させるよう仕向けるなんて、国家転覆と何が違いますの?


 ああ、本当にアイスのおかげで助かりましたわ!招待客全てに『最近隣国で流行っている珍劇を若い者が戯れにやるらしい』と危ういところで触れ回っていなければ、国辱でしたもの。

 陛下も殿下もとても感激なさって、アイスに一代限りの名誉爵を賜るおつもりなのですって。アイスは優秀だけれども次男坊ですから、ほら、王宮仕えを目指して努力していたでしょう?それが、これでアイスの大好きな文筆活動だけに専念できますのよ。ずっと文芸の道に進みたいと言っていましたから、そうね、しばらくは芸術と魔術の盛んな友好国に一緒に留学しても楽しそうですわ。アイスのご一族だって快諾して下さるでしょう。

 私はアイスのしたためる文や詩が大好きですの。彼が真剣に研究している後ろ姿を見つめている間なんて胸が一杯になりますわ。彼はいつだって誠実で、私と私への愛を不器用に伝えようとせっせとペンを動かしている。封蝋にはいつだって私の好きな百合の花が捺されていて……便せんを透かすと『何時であろうと君を慕う』という思慕の言葉が見えますの。


 ねえ、ユウナさん。

 貴方はこれからその可愛らしい耳目も口も鼻も一切使えないように処理されて、決して『魔香』が外に漏れないように鋼の棺桶のようなそこに閉じ込められて一生を過ごすのよ。『魔香』の研究と分析に使われて、それでが終わったら用済み。

 貴方がやろうとした事は全て無意味に終わり、ニコロ達は……いずれ病死するでしょうけれども、いいのよ、この国は平和で安泰のまま続いていくのだから。


 安心して。ユウナさん、貴方が誰よりも執着したアイスは私が誠心誠意、真心と愛をもって幸せにしますから。

 そうそう、アイスにこれが知られたら、気が早い、縁起でもないと怒るでしょうけれど、私は今、特注で私の棺を作らせているの。アイスが贈ってくれた愛と誠意と情熱のこもった手紙を内張に贅沢に使った、私だけの、私のためだけの棺を。

 いつか私が永久に眠るときには、アイスの愛と情熱と思慕の言葉に包まれて眠るのよ。

 ね、素敵でしょう?

 きっとこれこそがユウナさんが心酔して賛美していた、永遠の愛、真実の愛よ。

 だって絶対にお断りですもの、ユウナさんみたいな末路。

 あらまあ、今更暴れたところで無意味ですわよ。沈静の魔術が――もう効いたの!相も変わらずここの研究員は優秀ね。これなら手落ちするかもという心配は要らないわね。


 ――ではご機嫌よう、ユウナさん。

 このバラの花束は貴方の棺の前に供えて差し上げるわ。

 これのために、あの時、貴方の好きなお花を伺ったのですもの。

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異世界系(?)短編集 2626 @evi2016

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