【百合は満たされると】

 西の聖女様がお亡くなりになった後、あり得ないことが起きた。大陸の東西南北にお一人ずつしかいないはずの聖女様となるべき聖少女が、何と二人も現れたのだという。

 となればどちらかが本物、もう片方は偽物の魔女であろう、邪悪な魔女は焼き殺さねばならないと聖女協会の誰もが色めき立った。そして聖女の証たる聖印を調べたところ、片方の聖少女の聖印が不完全な形をしていると判明した。聖印は咲き誇る百合の花の形をしているはずが、蕾のままだという。

 これぞ魔女の証だと聖女協会の枢機卿達はすぐさま彼女を処刑しようとしたが、真の聖少女がそれを止めた。

 いくら邪悪な魔女とて殺すのは酷い、せめて命だけは助けてやって欲しい。

 枢機卿から見習い神父の一人に至るまで、これぞ真の聖女となるべき聖少女、慈悲のお心をお持ちだと褒め称えた。そして魔女に鞭打ってから魔人共が棲まう【最果ての黒島】へ追放したのだった。


 「……それで、その、私、魔女みたいなんです」

「何の……冗談?」

「冗談なんかじゃありません!魔女なんです、私!鞭で叩かれて……!」

「待って待って、ごめんね、説明が足りなかったわ。私こそが【月の魔女】なのよ」

「え?」

「ほら、大陸って広いでしょ?【太陽の魔女】一人だけじゃ守護が追いつかなかったのよ。それであの子、己の力を東西南北の聖女達に分散させて、自分は天界に戻っちゃった。……えーと、貴女たちの言葉だと【女神ソルマリア】があの子の本当の名前」

「……ソルマリア女神様が、魔女だったのですか?」

「そうよ、あたしの実の妹だもの。もしあたしが女神として名乗るなら【女神ルナレア】と言うところかしらね」

「じゃ、じゃあどうして……」

「ほら、人間って寿命が短い上に色々と記録を改ざんするから。正義感を振りかざした自己正当化も得意だし」

「……それは、心当たりがあります」

「取りあえず貴女の背中の傷を治したら、魔王のおちびちゃんに会いに行きましょ。貴女のこれからの生活について相談しに」

「は、はい!」


 「おちびちゃんは止めろと何度言えば!ルナレア様、俺はもう一人前の魔人なのだぞ!」

「でもあたしにとってはずっと可愛くて甘えん坊のおちびちゃんよ?」

「ウガァー!俺は恐怖と混沌の魔王ダイランなのに!」

「それよりこの子、西の聖女になるはずだったのに謀られてここに追放されたのよ。可哀想だからせめて生活の保障だけでもしてくれない?」

「ルナレア様、勿論ですとも。聖女殿、貴女のお名前を伺ってもよろしいか」

「はい、ニナと申します!」

「ではニナ殿、この魔宮でご自由に暮らしなさい。だが一つだけ開けてはならない扉がある」

「あっ、どうしても開けたくなって我慢できずに開けてしまって追放されるヤツだ!」

「いや、俺の弟のリドガーは重度の引きこもりで……扉を開けようとすると中から攻撃魔法を乱射してくるのだ」

「絶対に開けたくない理由だった!」

「そういう訳だ、後は自由に出入りしてくれて構わない」

「はい、ダイラン陛下」


 「ルナレア様、おはようございます!」

「あらおはよう、ニナちゃん。朝ご飯食べていかない?」

「それがリドガー君と一緒に食べる約束でして!」

「ええっ!?あの子がまさか扉を開けたの!?500年引きこもっていたのに!?」

「何でも聖女の加護らしいです」

「そうだったわ!【幸せにしたいと思った者全てに祝福をもたらす】……それこそが聖女の本当の力なのよね」

「ところで、その……」

「ええ、最近この黒島の海岸に……よく人の死体が打ち上がることでしょう?」

「どうしてなのでしょうか。私は孤児院にいたからよく分からないんですが、それでも大陸でこんな酷い事なんて無かったはずです」

「まあ、西の聖女を追い出したから、大陸全土で何か異変が起きているのでしょうね」

「そんな……」

「本当なら聖女が一人かけた所で、こんなにすぐに異変なんて起きなかったはず。きっとどの聖女達も……【誰かを幸せにしたい】なんて思わなくなっていたのでしょうね」

「…………私、ここに来てみんなから凄くやさしくして貰えて、本当に幸せだなあって思ったんです。この幸せがみんなにも届くと良いなあ、って思っただけなんです」

「それが全てよ、ニナちゃん。【百合は満たされると花開く】ものなのよ」

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