エリート魔術師な旦那様の最愛は「使い魔」!? 〜不遇令嬢の仮初妻から始まる溺愛生活〜

桜香えるる

エリート魔術師な旦那様の最愛は「使い魔」!?

***プロローグ***


「お母さま。この場が王宮の宴に仮託した私のお見合いの席だとは、十分すぎるほど十分に察しているつもりです。それでもあえて申し上げさせていただきますが、私はラヴィオンさまと政略結婚をしたくはありません」


 私が母におずおずとそう申し出たのは、この世界で彼――ラヴィオン・ウィンターベールさまの姿を初めて目の当たりにした、九歳のとある春の日のことであった。


「どうして? ラヴィオンくんのこと、そんなに気に入らなかったのかしら?」


 こてりと首を傾げた私の母・マリアベルは、困ったように微笑みながら、そっと私と視線を合わせて問いかける。


「いいえ!」


 対する私はぶんぶんと首を横に振り、はっきりとした口調で「違うんです、そうではなくて!」と呟いた。


「むしろ、好きです。ラヴィオンさまのことはとっても気に入りました」

「じゃあ、どうして?」

「……したくって」

「うん? なあに?」

「好きだから! 好きだからこそ私は絶対に、ラヴィオンさまと恋愛結婚がしたいと思っているのです!」


 思い切って叫んでから、一秒、二秒、三秒。

 永遠にも思われた静寂は、母のふっと吐き出した笑い声によって不意に破られたのだった。


「ふ、ふふっ! そう、そうなのね……!」

「ラヴィオンさまのことは、私が必ず落としてご覧に入れます! 婚姻自体はお母さまが思っておられる通りに、いつかきちんと結んでみせますから! だから、だからっ、どうか今だけは……っ!」


 焦って言葉を重ねる私の頭を、母は優しく撫で擦ってくれた。

 そして、私を安心させるように、穏やかな笑みを浮かべて言ってくれたのだ。


「良いわ、ルナリア。全てあなたの言う通りにしましょう」

「ほ、本当?」

「ええ。その代わり、そこまで言ったからには自分の言葉に責任を持つのよ? きちんとラヴィオンくんを落としてご覧なさいな。サマーグロウ公爵家とウィンターベール公爵家の婚姻は、政略的にも大きな意義があるものなのだからね」

「はい!」


 ……お母さま、嘘をついてごめんなさい。

 みんなに迷惑をかけないためには、今はこうするしかないと思うのです。

 それでもきっと、苦しいのは今だけ。

 時が来れば、全てうまくいくはずですから。

 いいえ、他力本願ではなくきっと私自身の力でそうしてみせますから、今は少しだけ待っていただけるとありがたいのです……。


 荒れ狂う内心を押し殺し、元気よく返事をしたときの私は、自分の未来は自分自身の力でいかようにでも切り拓けるようになるはずであると、子供らしい無邪気さで本心から信じきっていたのだ。

 だから自らの胸の中にある明るい未来への展望が蜃気楼のように儚いものであるということを、愚かにもこのときの私はまだ、欠片も知る由もなかった。


***一 無能令嬢、窮地に陥る***


「ルナリアお嬢サマ、まだお掃除が終わっていないんですかぁ?」


 我が家に仕える侍女がにいと唇の端を吊り上げながら意地悪く嗤うさまを目にしたとき、私の胸の中に去来した感情は「ああ、またか」という諦念、その一言に尽きた。

 なにせ、私はこの手の嫌がらせを毎日のように受けているのだから。

 今更ショックを受けたり、ひどく狼狽したりということもありはしない。

 こういうときは曖昧な笑みを浮かべ、ただ嵐が過ぎ去るのを待つに限るというものだ。

 大概の場合は、私の反応がなければつまらないと興味をなくし、くるりと踵を返してくれる。

 しかし今日は、どうも虫の居所が悪かったということであるらしい。


「……何を笑ってらっしゃるんですかぁ?」


 眉を吊り上げた侍女のそばにその仲間の侍女たちまでもが寄ってきて、私に不快げな声を浴びせかけてきた。

 そして――ばしゃり。

 私が掃除用に置いていた汲んだばかりの水が入った木桶を、どう考えても悪意を持って、こちら側に向かってどんと蹴倒してきたのだ。


「あらあら。ご自慢のぬばたまの御髪(おぐし)が濡れてしまいましたわねぇ」

「濡れていると、漆黒の艶めきがいっそう際立って見えますわぁ」

「むしろそれを見せつけることを狙って、御自ら水を被ったのではなくって?」


 くすくす、とこれみよがしに嗤いながら、ようやく彼女たちも気が済んだという様子でこの場を立ち去ってくれる。

 その背を見ながらほうっと小さく息を吐いた私は、結んでいた髪を一度解いて含んでしまった水を両手で絞りつつ、ちらりと周りの惨状へと視線を移したのだった。


「……あーあ。今日もまた、一からやり直しかぁ」


***


 「悪鬼」――それは人に災いをもたらす、恐ろしい異形の存在のことである。

 いつから、またどのようにしてこの世に現れたのかは、誰一人として知らない。

 ただ気付いたときには私たちの隣にいて、本能がおもむくままに人間を貪り食らうようになった。

 人間と悪鬼は何百年にもわたり、血で血を洗う苛烈な戦いを繰り広げた。

 そんな中で、やがて人間の一部に、悪鬼との戦闘に役立つ特殊な能力を発現出来る者が現れるようになった。

 それが「魔法」であり、魔法を駆使して戦う「魔術師」と呼ばれる人間の起こりであると、我がシュゼンタール王国の歴史書には記されているという。


 今この国では、王家を頂点として、四つの魔術師家門が社会の中で圧倒的な権勢を誇っている。

 「水」の魔法に優れた者が多い、スプリングフィールド公爵家。

 「火」の魔法に優れた者が多い、サマーグロウ公爵家。

 「土」の魔法に優れた者が多い、フォールブルーム公爵家。

 「風」の魔法に優れた者が多い、ウィンターベール公爵家。


 その中で私ことルナリア・サマーグロウは、四大家門の一角を占めるサマーグロウ公爵家の、しかも本家の長子としてこの世に生を受けた。

 サマーグロウ本家の令嬢を母に、そしてサマーグロウの傍流でも筆頭格の家系から本家に入婿として入った令息を父に持つ娘、それが私なのだ。

 両親ともに優れた魔術師として知られていたこともあり、当然娘も将来は優れた魔術師として覚醒するであろうと、生まれたときから大きな期待をかけられ続けていた。

 私自身だって、いつか母のような立派な魔術師になってみせるのだと、そう固く決意していた。

 しかし十歳で執り行った「使い魔召喚の儀」が、私の運命を完全に捻じ曲げてしまったのである。


 端的に言えば、私は魔術師として覚醒するために必須となる「使い魔」を、どんなに下位のものですらもこの手で召喚することが出来なかったのだ。

 魔術師は「使い魔」と呼ばれる存在を召喚したのちに、初めて魔法を使用することが出来るようになる。

 逆に言えば、使い魔がいなければ、どんなに些細な魔法であっても使うことは出来ない。

 のちにどれほど優れた魔術師として大成した人物だって、使い魔を召喚する前の幼少期には、他の一般の子どもたちと何一つ変わらない普通の人間だった。

 それが使い魔召喚を経てようやく、特別な力を持った人間へと生まれ変わることが出来るというわけなのだ。


 使い魔を得られなかった私がどうなったかと言えば、当然の帰結として、魔法を行使することが出来ずに終わった。

 魔術師家系においては得てして「魔法が使えることこそが誇りであり、一族の人間としての存在価値だ」という意識が強いため、魔法が使えない人間など人間でないとみなされがちだ。

 サマーグロウ公爵家は殊にその傾向が強く、私の立場は坂を転げ落ちるように一気に悪化してしまった。

 「無能」、「出来損ない」、「一族の恥」――そんな烙印すら押された私を、一体誰が歓迎するというのだろうか。

 一日前までは「立派な跡取り」として期待の目を向けていたはずの一族の者たちは、この件で瞬時に私に背を向けてしまった。

 それでも、母が生きていた頃はまだましだったのだ。

 どんな逆風の中でも母はいつだって味方になってくれたし、人々の悪意から全力で守ってくれようとしていたのだから。

 しかしそれからまもなくして母が早逝すると、私を擁護する者は一族の中に誰一人としていなくなってしまったのだった。


「……そして、十八歳となった今に至る、というわけね」


 呟きながら、私室……としてあてがわれている公爵邸の離れの片隅にある物置部屋へと戻った私は、濡れた衣服を脱いで手早く身支度を改めていく。

 先程の侍女たちだって私の「無能」さを当てこすって嘲笑っていたのよねと、何度目とも知れぬ嘆息を漏らしながら。

 彼女たちはやたらと私の黒一色の髪に言及していたけれど、それは魔術師として覚醒した人間は髪の一房が自分の使用できる魔法の属性にちなんだ色にがらりと変化するからなのだ。

 ちなみに、火の魔法を操る人間は「赤」。

 使い魔召喚を終えていない幼子以外、サマーグロウ公爵家では一族の誰もが一房の赤い髪を持ち、それを過剰なまでに誇りとしている傾向がある。

 そういえば、幼少期の私は母の髪に交じる鮮やかな赤の煌めきに憧れて、贈り物としていただいた舶来の真紅のリボンを髪の一房に編み込んでとよく母にねだっていたなあ。

 ……ということは、今は特に関係のない話だからこれ以上の無駄口は慎むけれど。

 とにかく見事なまでに黒一色な私の髪色を強調することで、彼女たちは私の劣等感を煽ろうとしていたように思われた。


「でも今に始まった話じゃないのだから、こんなことが繰り返されていれば嫌でも自然と免疫がつくというものなのよね。あの人たちがどれほど私の心を傷つけようとしていたところで、これ以上傷つく心なんてもうどこにも残っていないんだからお生憎様。さっ、行きましょ」


 きゅっと髪を高い位置で括った私は部屋を出てもう一度水を汲み直し、広い屋敷の廊下を本邸から離れに至るまできゅっきゅときれいに磨き上げていく。

 ありがたいことに今度は誰にも絡まれず、自分の作業に集中出来た。

 そのおかげで侍女頭が作業状況の監視に来る前に、無事に掃除を終わらせることに成功したのだった。


「いかがですか?」

「……ふん。まあ、よろしいでしょう」

「さようですか。それなら……」


 今日の業務はこれで終わりとなりますでしょうかしらね?

 そう続けようとした言葉は、しかし侍女頭の一言によってすぐに飲み込まざるを得なくなってしまった。


「ロゼットお嬢さまがお呼びです。すぐにお嬢さまのお部屋へと向かってくださいましな。ル、ナ、リ、ア、さ、ま?」

「……はい。分かり、ました」


***


 ロゼット・サマーグロウ――彼女は血縁上、私の異母妹であることに相違ない。

 初めて出会ったのは、母が亡くなってからしばらくしてからのことだ。


 傍系出身の私の父・ロックスは、本家の娘である母・マリアベルと結婚したこと、そして家督相続は男子にという前当主の遺言があったことで、サマーグロウ公爵家本家の当主の座に形式上はついていた。

 だが父の当主としての正当性を担保しているのはマリアベルの血筋である上に、本人の能力としてもすぐに当主の役割が果たせるほど優れていたわけではなかったので、実務にしろ社交活動にしろ実質的に当主の役割をこなしていたのもまたマリアベル自身だった。

 従って、その死に伴って、今一度当主について再検討する会議の場が一族の中で設けられることになったのだ。


 ……本来の一族の慣例に則るならば、当主の座は本家の血筋で継承するか、あるいは一時的に本家の血筋から外れたとしても可能な限り本家の血筋に引き戻すことが求められている。

 つまり血筋的には私が後継者候補筆頭になるのだが、「無能」の私が当主になるのが厳しいことは誰の目にも明らかだったので、存命の者の中で他に唯一本家の血を引く、母の妹の息子――私のいとこのディートリヒこそが、次期当主として最もふさわしい人物だと推挙されてもおかしくはないはずであった。

 ところが、そこで大きな問題として立ち上がってきたのが、母が悪鬼との戦闘の中で命を散らすことになったという事実。

 というのもサマーグロウ公爵家は魔法を極めて重視していて、そして魔法は悪鬼を倒すための力であるがゆえに、悪鬼に殺されるという死に方は何よりも恥ずべき汚点であると伝統的に考えられていたのだ。

 そこを突いた父は「一族に汚点を残した現・本家は、果たして本家としての正当性を有しているのか」などという主張をし始めた。


「……確かに、そのまま放置していては、父は当主の座を失うことになっていたのかもしれないけれど」


 しかも両親の関係性だってもともとあまり良くなかったことは察していたけれど、それにしても本家当主の座というものは正真正銘自分の妻だった女性をここまで貶めてでも維持したいほど魅力的なものであるのかしらと、ひどく絶望的な気分に陥ったことは記憶に新しい。

 そんなふうに私がただただ呆然としている間に、父はいつの間にか一族内の議論を「現・本家に本家たる資格はなし」ということで一つにまとめきることに成功していたようだ。

 結果として、サマーグロウの「本家」は傍系家系筆頭――つまり本家に何かがあった場合は本家を一番に継ぐ資格があるとされていた、父自身の血筋へと移り変わることになったのだった。


「その後に父がしれっと連れてきた妾が、今の父の本妻にして私の継母であるシスリー。そしてその娘が、私の異母妹・ロゼットということになるわけなのよね」


 魔術師家系においては能力の確実な次代への継承のためにも、本妻・本夫以外に愛人を持つ例は決して珍しいというわけではなかった。

 とはいえ父もまさかその例に漏れず、しかも私と数ヶ月しか誕生日の変わらない妹までいるなどとは、夢にも思ってもいなかったのだけれど。


「それでも、いるものはもはやどうしようもないわ。だから、私も腹をくくることにしたのよ」


 そうして私は父の新たな本妻として迎え入れられたシスリーと、正当なる本家当主の実娘として迎え入れられたロゼットに、初めて対面することになったわけだ。

 しかし、なるべく友好的に接しようとした私に対し、向けられたのは二対の凍るように冷たい眼差しであって。

 ……一瞬にして、鈍い私だってはっきりと理解できてしまった。

 この先一生、彼女たちが私を受け入れることなどありえないに違いないという現実を。

 その予感は的中し、すぐに私は彼女たちに召使い扱いをされるようになった。

 主が主ならば、使用人もそれに倣ってしまうものだ。

 加えて当主たる父も見て見ぬふりを決め込むとなれば、私の立場が今まで以上に落ちぶれていくのはあっという間のことであった。


「失礼いたします。……ロゼットお嬢さま」

「お姉サマぁ、遅ぉい!」


 ……ほら、こんなふうに。

 自室で椅子に座り、緩く巻いた一房の赤髪を弄びながら、氷のように冷たい視線で私を射すくめてきた令嬢こそ私の異母妹であるロゼットその人に他ならない。

 今日も今日とてまるで虫けらを見るような目で私を一瞥し、そしておもむろに椅子から立ち上がるやぞんざいに言い放った。


「あたし、十分後に出かけるわ。だから、お姉サマもそのつもりで随行の準備をしといて」

「……えっ?」

「なあに? あたしに口答えでもしようっていうの?」

「いいえ、そんなつもりは」


 「だったら黙っていなさい」と言われてしまえばもはや、私には「はい」と頭を下げる以外の選択肢など残されてなどいない。

 慌てて自室に戻り外出の支度を整えた私は、これ以上文句を言われる隙を与えないようにと、駆け足で庭を横切ってロゼットが出てくるはずの本邸のエントランス前へ先回りしようと試みることにしたのだった。


***


「あれ、ルナリア。これからどこかへ出かけるのか?」


 そうして庭に入った私は、そこでこの屋敷で唯一の、私と普通に言葉をかわしてくれる人にばったりと行き合うことになった。

 ディートリヒ・サマーグロウ――私の母の妹が産んだ一人息子で、本来であれば今頃サマーグロウ公爵家本家の当主に就任していてもおかしくなかった人物だ。

 本家の名をうちの父に乗っ取られた今では傍流扱いを受け、しかも両親が早逝しているという後ろ盾のなさも相まって、私と同様に一族の中では孤立状態に陥っている。

 とはいえ「無能」の私と違って魔法はきちんと使える状態であるために、一族の末席くらいには名を連ねることを認められ……もとい、他の魔術師たちがやりたがらない仕事を雑多に押し付けられているようだった。


「うん。ロゼットお嬢さまの外出に随行するよう命じられちゃったから、少し出かけてくるわ」


 そう言うと、彼は眉をひそめ、「お前、またロゼット(あのおんな)からこき使われているのかよ」と心底不快そうに呟いた。


「大丈夫なのか? だってあの女、今日は新しく召喚した使い魔の力を試しに行くって言っているのを聞いたぞ!? それってつまりは悪鬼がいるところに行くつもりなわけで、そんな場所に魔法の使えないお前を連れて行こうだなんてどう考えても正気の沙汰じゃあねえからな!?」


 ……うん。あれだけぞんざいに扱われた後だと、人の心の温かさというものというものがいっそう心に沁みるものなのね。


「まあ、これまでも色々あったけど、なんだかんだ結局は無事に生き残ってこられたんだから今日だってきっと大丈夫なんじゃないの? いくら嫌っていても、まさか命まで奪うつもりはないと思うし」


 あまり心配をかけないようにとへらりと笑いながらそう応じた私に対し、ディートリヒはぐっと唇を噛み締めた後に思わずと言った様子で口を開いたのだった。


「なあ。もう、こんなとこ逃げちゃわないか?」

「……うーん」


 実際のところ、そんなふうに考えたことがないわけではないし、いずれは……という気持ちもあることもまた事実なんだよね。

 母が最後まで私にくれようとしていた後継者の地位を取り戻したいとか、あるいは「無能」を排斥するサマーグロウの気風を変えたいだとか、そういう意欲や高尚な志のようなものは、昔はともかく辛酸を嘗めたこの数年を経た私の中からはすっかりと失われてしまっていたのだから。

 だからこの家にそういう意味での未練は全くないのだけれど――。


「でも、今はまだ大丈夫かな」


 というのも、私にはこの家に――というかもっとはっきり言えば「サマーグロウの娘」という地位に、まだ一つだけ心残りがあったもので。

 だってこの家から出ていってしまったら、名門家の子息である彼に再会できる可能性は今以上に低くなってしまうと思ったのだ。

 彼――私の初恋にして最愛、ラヴィオン・ウィンターベールさまその人に再びめぐりあうことが出来る可能性というものが。

 無論、九歳のあの日からあまりにも周りの状況が変わってしまったことは、誰に言われずとも十分に承知している。

 敵対意識の強い両家門の融和を推進していた互いの母が亡くなって、私自身も魔法を使えずに一族内での地位を失ってしまって。

 今や優秀な魔術師として名を馳せている彼と私とでは釣り合いようがないことくらい、私だって重々承知しているのだ。


 ……だからもう彼と結ばれたいなんて、分不相応な夢は語らないわ。

 それでも、どうかもう一度だけ。

 ただ一目で良いから彼の顔をもう一度見たいと願うことだけは、どうか許してほしいと思うの。


 それさえ叶えば心を整理して、サマーグロウ公爵家とは関係のない場所でしがない一平民として生きていってみせるから。

 彼は私がこの家から逃げて平民身分に落ちてしまえば、一生目にすることも叶わないであろう雲上人だ。

 しかしロゼットのそばに仕えていたならば、いずれ四大家門の交流会などで彼の姿をちらりと見ることくらいは出来るに違いない。

 だから、それまでの間だけの辛抱よ。

 その一心で私はいくら嘲笑の的になろうとも、ぐっと唇を噛んで今の立場にしがみついているというわけなのだった。


「ルナリアはいつだって大丈夫って言うけれど、本当に大丈夫なときもあれば本当は大丈夫じゃないときもあるからなあ……」

「今日は本当に大丈夫なときの大丈夫! だから、私のことを心配している暇があったら自分のことでも心配してなさいよ!」


 じゃあね、と手を振り私は本邸へ向かってぱたぱたと駆けていく。


「……頼むから、本当に頼むから、どうか無事に帰ってきてくれよ」


 去り行く私の背に向かってディートリヒがぼそりと呟いた言葉は、私の耳には届かず風の中に溶けて消えた。


***


「……ふうん。まあ良いわ。さっさと出発することにしましょう」

「はい、ロゼットお嬢さま」


 ……よし、ロゼットの機嫌を大きく損ねずに出発させることに成功したわよ!

 ディートリヒと別れてから数分。全速力で本邸へと向かった私が目にしたのは、どこか苛立ちを帯びたようなロゼットの冷笑であった。

 それでも変に気分を害して激昂されるよりは、ずーっとずっとましだと思うから良いとするわ!

 本邸前にはすでに馬車が停められており、ロゼットが乗り込んだことを確認して、ゆっくりとドアが閉められる。

 その様子を横目に見ながら、私自身は同行する荷馬車の片隅に、身を縮こまらせるようにして何とか腰を落ち着けた。

 当然のことながら乗り心地は良くないけれど、万が一にでもロゼットと同乗するなどということにでもなれば、それはそれで居心地が悪すぎる。

 きっと、精神的にはこちらのほうが多少は良いはずだ。

 少なくとも私自身はそう信じることで気を散らし、がたがた揺れる車内でどうしようもなくむかむかと湧き上がってくる気分の悪さに見て見ぬふりをしていたのだった。


「……で、ディートリヒの言っていた通りの展開を迎えるというわけね」


 到着した場所は、街から少し離れた位置にある森の中であった。

 馬車から降りるなり、ロゼットは自らが新たに使役したという使い魔を召喚した。

 ぶるると嘶いたそれはあまり大きくはない馬型の下位使い魔で、がしがしと蹄で地面を蹴り、傍目に見ても戦闘する気満々であるように思われる。


「つまりこの子はこれからロゼットとともに、悪鬼との戦闘に臨むことになるというわけね」


 ……そんな場所に「無能」で何の役にも立たない私をなぜわざわざ連れてきたのだろうだなんて、考えるだけ無駄なことに違いないわ。

 大方ちょっと怖い目に遭わせて身の程を理解させたいとか、そういう子どもじみた嫌がらせであるという線が濃厚なのではないだろうか。

 まあいずれにせよ私には、ロゼットに付き従い、その一挙手一投足を間近で見守ることしか出来ない。


「行くわよ」

「はい!」


 だから私は使い魔の背に乗って優雅に移動し始めたロゼットの後を、必死に小走りでついて行ったのだった。


 そうしてしばらく森の中を進んでいったロゼットは、がさりと茂みをかき分けて現れた黒い犬のような物体を目にした瞬間に使い魔の背からぴょんと飛び降りた。

 そう、あれこそが「悪鬼」。

 基本的に動物の形をしていて、どこもかしこも真っ黒で、鳥肌が立つほど禍々しい気を放っている物体である。

 今回は犬型のようだが、その形は一定というわけではない。

 子リス程度の小型なものから、熊型など人の背丈を超えるサイズの猛獣まで。

 大きさも強さもまちまちで、今回のものがそこまで大きくない犬型悪鬼なのは不幸中の幸いというところだろう。

 そんなふうに私が頭の中で考えているうちに、ロゼットは使い魔とともに火を使った攻撃を仕掛け始めていた。


「〈火炎〉!」

「ぶるるっ!」


 さすがは曲がりなりにもサマーグロウの血を引く娘というところだろうか。

 ロゼットの手のひらから放たれた炎に触れた悪鬼はすぐに苦しみ悶え始め、そして使い魔にがっと食いつかれるとまるでもとから何もなかったかのように雲散霧消してしまった。

 ロゼットと使い魔はそのまま目についた犬型悪鬼を何体か打ち倒し、「大した事ないわね」と余裕たっぷりに笑っている。


「……さあ、そろそろ良いでしょう。帰るわよ」

「はい、ロゼットお嬢さま」


 そうして満足したらしいロゼットが帰宅を宣言し、私も何事もなく終了したことにほっとしながらそれに頷いた瞬間――。


「おお、こんな鬱蒼とした森の中で麗しいお嬢さまと出会えるとはな」

「「……!?」」


 誰もいないと思っていた木々の間から何者かの低い声が突然響いてきたために、私たち姉妹はびくりと肩をはねさせるやそろそろと、音の出どころに目を向けることになったのだ。


***


「シュバルツ殿下……!」


 即座に喜色に満ちた声をあげたのは、ロゼットだった。


「……っ!」


 次いで私も相手を視認し、勢いよく頭を下げる。

 ロゼットの言葉通り、目の前にいたのは我がシュゼンタール王国の第一王子であらせられる、シュバルツ・シュゼンタール殿下だ。

 恐れ多くも王族でいらっしゃるので、普段は威張り散らしているロゼットだって最大限礼節に気を払わねばならないのはもちろんのこと、名目上は一応彼女と同じ貴族令嬢ではあっても使用人同然……いや、使用人にも及ばぬほど粗末な身なりである私はへりくだりすぎるほどへりくだらなければ機嫌を損ねてしまうのではないかと思い、深く深く頭を下げる。


「このようなところでお会いできるとは、なんと幸運なことでございましょうか。まるで、運命の糸に導かれているようですわ! あっ、申し遅れました。サマーグロウ公爵家のロゼット、殿下にご挨拶を申し上げます!」

「ああ、ロゼット嬢か。お父上にはいつも世話になっているよ。それと、正式な謁見でもないからもっと気楽に接してくれても構わない。他の者も頭を上げてくれ」

「なんと、なんと! もったいなきお言葉……っ!」


 夢見るようにぽうっと頬を染めるロゼットは、まさに恋する乙女そのものといった様子で殿下をうっとりと見つめている。

 対する私は殿下の言葉に従って頭を上げた後、ロゼットとは別の意味で彼からしばらく目が離せなくなっていた。

 というのも、「彼」は紛れもなく――。


「……私の運命を捻じ曲げた、因縁の男(ひと)」


 誰よりも敬意を持たなくてはならない人であると同時に、誰よりも恨めしい人であったのだから。


***


 実は、私がシュバルツ殿下と顔をあわせるのは、これが初めてではないのだ。

 初めて出会ったのは、王宮の宴に出席した九歳のとある春の日のこと。

 つまり王宮の宴に仮託したラヴィオンさまと私のお見合いの日のことで、ラヴィオンさまに出会うよりも先に、私はシュバルツ殿下に対面することになったのである。

 と言っても、別に会いたいと思って会ったわけではないのだけれども。


「……ラヴィオンさま、素敵だわ!」


 私はラヴィオンさまと面会する席が正式にセッティングされるよりも前に、その姿を物陰から見つめていた。

 そうして、あまりにも熱中していたのが悪かったのだろうと思う。


「あっ、申し訳ございません!」


 不意に、どんと誰かにぶつかってしまった。

 それが、他でもないシュバルツ殿下だったのだ。

 申し訳なさ以上に瞬間的に感じた「美しい王子様だな」という、その感嘆だけで終わってくれれば素敵な思い出として記憶されただけだっただろうに。


「ふうん。見ない顔だが、悪くないな。お前、僕のものになれ」

「……えっ?」


 天は、非情にも私に味方をしてくれなかった。

 殿下は、どういうわけか私に目をつけたらしかった。

 一瞬前まで秀麗だと思っていたその顔を意地悪そうに歪め、にいと口の端を吊り上げた殿下は、私のことを背後から抱きしめる。

 そして突然のことに固まる私を抱きしめたままの状態で、これまで私が取ってきた姿勢を自分も取ることで、視線の先に何を見ていたのかを正確に理解したようであった。

 その瞬間、殿下は「なるほど」と呟いて、私の耳元でそっと囁いたのだ。


「あれは、ラヴィオン・ウィンターベールだな。ウィンターベール公爵家といえば、『王家の犬』と呼ばれるほど我々への忠義心が高いことで知られる家柄だ。その三男坊である彼も当然その流れを汲んでいることだろう。実際、家柄の良さのみならず、能力的にも悪くないと小耳に挟んだことがある。しかし、もしお前が僕の命令に従わないのなら、あれの栄達ももはやこれまでと思えよ」

「えっ? そ、そんな……っ!」


 私のせいで、何も関わりのない、強いて言えば見られていただけのラヴィオンさまが被害を被ることになるというの?

 そんな理不尽なことはない……いや、敬愛すべき第一王子殿下がそのようなことをする御人ではないはずだと、叶うことならば信じたいと心の底から思った。

 しかし、相手はこの国の頂点に立つ王族なのだ。

 望んで叶えられないことなどないのかもしれない……。


「余計なことなど考えず、僕が連絡をするまで待っているが良い」

「……承知いたしました」


 それ以外に、どう答えられるというのだろうか。

 殿下の姿が見えなくなるまで、深く頭を下げ続けることで、この場をやり過ごすことしか私には出来なかった。


「……我らがお仕えする殿下は、どうにも移り気な方でございます。もしかしたらこのままお忘れになる可能性も、高いのではないかと思いますよ。それを祈られるのがよろしいでしょう」


 次いで殿下の後ろについて歩いていた護衛が、通り過ぎざまに私にしか聞こえない小声でそう囁いた声が風の中に溶けて消える。

 見ず知らずの人ではあったが育ち始めた恋心を人質にされ、踏みにじられたことを見て取って、私に同情したのかもしれなかった。


「本当に、そうであってくれたら良いのにな」


 いずれにせよ、今はあまりにも危険だ。

 だから私はひとまず、婚約話が進まないように何とか立ち回り……結局再び縁が結ばれることはないままに、今日という日を迎えることになったのだ。


***


「ロゼット嬢も、悪鬼討伐をしているところか?」


 思考の海に沈んでいた意識を引き上げたのは、シュバルツ殿下の声だった。


「ええ。新しく使役した使い魔とのコンビネーションを確認することを兼ねて、討伐をしていたのですわ」


 ロゼットは相変わらず嬉しそうに、シュバルツ殿下に答えを返している様子である。

 ……過去の嫌な記憶に引きずられすぎるのはきっと良くないわ。

 あの日だって、幸いにしてすぐに私の存在は忘れ去られたようで、結局それ以上シュバルツ殿下からの接触はなく終わったのだから。

 そうね。このまま適当に二人で会話して、ロゼットの気分が上がったまま帰途につけば、少なくとも今日は妙な言いがかりをつけられたりすることもなく安泰に過ごせそうだわ!

 無理やりポジティブな思考に切り替えて、私は二人のやり取りを静かに見守る。

 そう、ただ大人しくしていただけなのに――。


「……っ!?」


 不意に、シュバルツ殿下の視線がこちらに向いた。

 まるであの日の記憶をなぞるように、意地悪そうな光をたたえたその眼差しが。


「……悪くないな」


 どうして? ねえ、どうしてなの?

 少なくとも上辺はきれいに着飾っていたあの日とは違って、ボロボロの姿でどう考えても使用人以下にしか見えないはずなのに。


「……殿下?」


 自分から外れた殿下の視線の行く先をたどったロゼットが、数瞬遅れて私の姿をじいっと見つめた。


「お前、僕のものにならないか?」

「っ……殿下!?」


 どうして? ねえ、本当にどうしてなの?

 どうしてあの日の続きをなぞるような光景が、私の目の前に広がっているのだろうか……。


「……っ」


 シュバルツ殿下の嫌な熱を帯びた視線とロゼットの敵愾心に満ちた視線が、私の体を貫いていく。

 逃げたいのに逃げ場などない、そんな恐怖の中で、私はただ身をすくませることしかできなかった。

 次に動いたのはロゼットだった。


「殿下? あの、ご冗談はこのあたりで。我らは悪鬼討伐の途中でしたので、もしよろしければ改めてご挨拶することにしてもよろしいでしょうか?」

「……まあ、良いだろう」


 鷹揚に頷いた殿下は最後に熱っぽい一瞥を私にくれてから、その場をさっと後にしていったのだ。


「……行くわよ」


 何の感情もこもらない声で告げたロゼットは、殿下と出会う前に言っていた帰るという言葉を翻したようで、森の奥に向けて静かに歩いていく。


「はい……」


 私はそんなロゼットのあとを、無言のまま必死に追いかけていった。

 そうして、どのくらい歩いたのだろうか。

 不意に、目の前にあった茂みががさりと大きく揺れた。


「何……?」


 見れば、そこにいたのは大きな体躯の真っ黒な狼だ。

 明らかに普通ではない気を放っており、これも悪鬼の一種であることは間違いないと思う。

 とはいえ幸いにしてここには魔術師とその使い魔がいるのだから――。


「……別に、問題はないわよね?」


 しかし戦闘を開始したロゼットをちらりと横目で見遣り、続いてその使い魔へと視線を移すと、何か様子がおかしいことに気付いた。

 端的に言えば、使い魔が悪鬼の勢いに押されているように見えたのだ。

 大丈夫なのかしらと思ったのもつかの間、どういうわけかロゼットの強い視線がこちらを射すくめてくる。


「ちょっと! こっちに来なさい!」

「は、はい!?」


 これまでの生活でロゼットの指示にはとにかく素早く反応することが身に染み付いていたため、私はほとんど反射的に彼女のそばに近寄った。

 すると――どんっ。


「……えっ?」


 次の瞬間には、私は地面の上に倒れ込んでいて。

 一拍遅れて、私は自分がロゼットに突き飛ばされたことに気付いたのだった。

 しかも、よりにもよって悪鬼の面前、戦闘の最前線というとんでもない位置に押し出されてしまっているではないか。


「な、にを……?」

「親愛なるあたしの『無能』のお姉サマ、せめてこのくらいはあたしの役に立って頂戴ね?」


 にっと口の端を吊り上げたロゼットは――。


「というか、無能のくせに生意気なのよ! シュバルツ殿下にちょっと気に入られたからって良い気になるんじゃないわ! 身の程を知りなさい!!」


 ――次いで、一気に表情の抜けた顔でそれだけまくしたてると、そのまま使い魔の背に飛び乗り、その場を立ち去っていってしまったのだ。


「え……?」


 ロゼットの背が遠ざかっていくにつれ、唖然とするばかりだった私の頭もようやく多少なりとも動き始めてくれた。


「な、なんてことなの……!」


 つまり、ロゼットは私に逆恨みした結果、自分が逃げる時間を稼ぐための囮という体裁で私を殺すことにしたということ……!?

 その推測は間違っていなかったようで、悪鬼は私に狙いを定め、がばりと大きな口を開けたかと思えばがちがちと歯を鳴らし始めた。


「に、逃げなきゃ……!」


 こんなの、どう考えてもこのままぼうっとしていたらおしまいだ。

 魔術師でもない私には有効な攻撃の手段がないのだから、今取れる選択肢はとにかく逃げるの一択しかないことは誰の目にも明らかなことであった。

 しかし恐怖心から足ががくがくと震えている上に、ここは奥深い森の中だ。


「ど、どうしよう……」


 そんなふうに思うように動けない焦りにとらわれていると――。


「助けてあげようか?」


 突然、そんな声が間近から響いてきた。


「で、殿下……」


 それは、先ほど立ち去ったはずのシュバルツ殿下で、指先で何らかの魔術を発動しながらこちらに近づいてきたのだった。


「やれやれ、あのロゼットとかいう令嬢。我が寵愛を求めるあまり、敵となりうる者を容赦なく排除しようとするとはな。思いのほか可愛らしいところもある女じゃないか。それでも、僕にとってはお前の方がより好ましく感じられるのだけれどね。僕のものになってくれるのならば、今の窮地からも喜んで助けてあげようと思うけど、どうする?」


 ……どうするって、こんなタイミングでそんなことを言われても。

 そう言われてしまえば答えは、一つ以外にはありえないのではないだろうか。

 全ては、命あっての物種だから。

 生きてさえいれば、きっとまたラヴィオンさまにお目にかかれる日も来るかもしれない。

 あなたにもう一度出会うことさえ出来るのならば、この身など、どうなっても……。

 思わず殿下に向けて手を差し出しかけて、しかしすぐにはっと気付いてその手を引っ込める。

 ……でも、本当にそれで良いのだろうか?

 そんな気持ちが、私の中で急速に湧き上がってきたからだ。


 理不尽に立ち向かわないだけであるならば、まだ自分を許せたかもしれない。

 しかし好きでもない男に屈し、この身を汚されたとして、それでもなお堂々と私は愛する男の前に立てるのだろうか。

 そう考えると私は首を縦には振れそうにないなと、ふと思ってしまったのだ。

 優しいあなたは、それでも良いと言ってくれるのかもしれないけれど。

 しかし、私はあなたの前に立つなら心の底から誇りを持って立ちたいと思う。

 だから、瞬時に覚悟を決めたのだ。


「やめておきます。ご配慮をいただきまして、本当にありがとうございました」

「……存分に後悔すると良い」


 私の行動に思いきり気分を害したらしい殿下は、即座にその場から立ち去った。


「よし、やれるだけやってみよう」


 一生懸命に走り出してはみたものの――。


「うっ!」


 おそらくは木の根につまずいてしまったのであろう。

 足場の悪さも相まって、私は悪鬼とほとんど距離を取れぬままに転倒することになってしまったのだった。

 ……ああ、万事休すだわ。

 私は一歩、また一歩と近寄ってくる悪鬼の姿を、ただ呆然と見上げることしか出来ない。

 それでなくとも転倒の衝撃で、だいぶ意識が朦朧としてきている、と、いうの、に……。


「わ、私、こんな、ふうに、死ぬの、ね……」


 地面に倒れ伏し、目前に迫る悪鬼の姿を最後に、私はふつりと意識を手放してしまった。


 だから知る由もなかったのだ。

 その瞬間、その場に恐ろしく強い風が吹き抜けて、悪鬼もシュバルツ殿下も何もかも吹き飛ばしてしまっただなんて。

 そして、私の体が眩い光に包まれ、ぱっとその場から消え去ってしまっただなんてことも当然知る由もない。


 しばらくして意識を取り戻した悪鬼は、きょろきょりと周りを見回した。

 しかし攻撃対象がいなくなったことに気付くや、ここにいる義理はないわけで、くるりと身を翻すやすたすたと森の奥へと消えていった。


***【挿話】魔術師の旦那さま、上位使い魔(?)を召喚する***


「こ、これは一体、どういうことなんだ……?」


 俺は眩い光とともに目の前に現れたその人を、しばし呆然と見つめる。

 俺はただ、新たな使い魔を召喚しようとしていただけなのに。

 それなのにどうしてずっと逢いたいと思っていた人が、突然目の前に現れることになってしまったのだろうか。


「幻覚か……?」


 しかし恐る恐る伸ばした俺の指先には、彼女の肌のぬくもりがきちんと残っていることに間違いはないと思う。


「……ふう。一度冷静に振り返ってみよう」


 そう呟いた俺は、現実逃避……もとい、ここに至るまでの自分の歩みに、そっと思いを馳せることにしたのだった。


***


 俺ことラヴィオン・ウィンターベールは魔術師家門として世に名高い、ウィンターベール公爵家の本家の子息としてこの世に生を受けた。

 とはいえ、所詮俺は三男だ。

 家督継承は長子に限らない家風ではあるものの、俺自身には別に出世欲があるわけではなく、ほそぼそと平和に生きていられればそれで良いと思っていた。

 母もそんな俺の気持ちを受け入れてくれて、兄たちとの争いを強制するようなことはなかった。

 結果として目立った功績のなかった俺は親戚たちの口に話題がのぼることもなく、半分存在を忘れられたような子ども時代を過ごすこととなった。


 そんな中で母が一つの縁談を持ち込んだのは、もちろん政略的な意味もないわけではないにせよ、俺への配慮という面も大きくあったのではないかと思う。

 いっそウィンターベールの家を離れてしまったほうが、もう少し伸びやかに生きられる可能性を広げることができるのではないだろうかと。

 このとき縁談相手として名が上がった人物こそが、俺と同い年のサマーグロウ公爵家の長女・ルナリアだ。

 うちの母親とサマーグロウ公爵家の当時の奥様・マリアベルは仲が良かったため、その縁で俺を婿入りさせてはどうかという話が持ち上がったらしかった。

 とはいえ親同士で全てを決めてしまうのではなく、最終判断は子どもたち自身の相性に委ねようという結論に至ったようだ。

 だから、初顔合わせの場は王室主催の宴。

 そこで偶然という体裁で対面し、可能であれば親しく会話を交わし、その結果次第でこれからを決めることになったわけである。

 ……ということを、俺は母から直接説明されたわけではなかった。

 しかし母の態度などから自らの置かれた状況を正確に理解した俺は、相手がどんな子であれ母がせっかく結んでくれた縁である以上、なるべく好意的に接するようにしようと心に決めていた。

 そうして迎えた、宴の当日。

 母の紹介で引き合わされた少女の姿を一目見た瞬間――。


「……っ!」


 ――俺は、本能的に理解したのだった。

 彼女こそがこの俺の、運命の人に違いないと。

 もっとありふれた言い方をするならば俺は、彼女に一目惚れしてしまったのである。

 母親同士が推奨している上に、俺自身も気に入った相手なのだ。

 もはやこの縁談を断る理由などないし、話を積極的に進めてもらおう……というわけにはいかないようだと気付いたのは、それからまもなくのことであった。


「……私はラヴィオンさまと政略結婚をしたくはありません」

「…………えっ?」


 偶然見てしまったのは自身の母親・マリアベルに対し、そうルナリアが切実に訴えかけている場面であって。


「……そっか。運命だと思ったのは、俺だけだったんだ」


 その場面を見ただけの俺には、どんな脈絡で発せられた言葉なのか、正確に知ることは出来なかった。

 しかしそれでも自分との縁談を彼女が拒否したのだということだけは、明確に理解することが出来たのだった。


「そっか……。そうなのか……」


 ふらふらとする足を必死に動かしてすぐにその場から離れ、拒絶された悲しみに暮れた俺だが、しかし同時にこうも思った。

 どれだけ俺が傷つくことになろうとも、決して彼女に無理強いをさせるようなことはしたくないなと。

 だから俺はその後「今回の縁談はまとまらずに終わった」と告げられたときも、「分かりました」と甘んじて受け入れることにしたのだ。

 そしてその後は残念ながら彼女と顔をあわせる機会は持てず、さりとて忘れることも出来ぬままに九年もの歳月を過ごすことになった。


「そんな俺なのだから、あのことさえなかったならばこれまでと変わらず、今もなるべく目立たぬように生き続ける道を選択していたんじゃないかな」


 運命の転換点となったのは、つい先日のことだ。

 数年前に母を亡くしたあと俺は皇宮に職を得たのを良い機会と捉え、居心地の悪い実家を出て自分だけの小さな屋敷に居を移していた。

 そのため基本的に父とは没交渉状態だったのだが、突然呼び出されたかと思ったらいきなり縁談を持ち出されたのだ。

 その相手は兄たちの支持勢力に与していない、中立だがかなり力のある傍系家門の娘で。

 ……つまりはあわよくば俺も家督継承争いに巻き込んでやろうという魂胆が、露骨に透けて見えるような提案だった。

 俺はなんとか上手く立ち回り、その縁談を断ることに成功した。

 だが兄たちにとっては父に目をつけられ、力を与えられようとしたということそのものが、家督継承争いにおけるとてつもない脅威に見えてしまったのだろうと思う。

 それまで完全に放置していたはずの俺に接触してきては、自分の支持勢力に与するが大した力を持たない家門の令嬢をあてがおうとしてきた。

 彼らは俺を取り込むなり無力化するなりしたかったのだろうが、いずれにせよ俺にとってはただただ迷惑でしかない話である。


「ああ、もう! ウィンターベールの名が俺を、望まぬ争いの渦中に突き落とすというのならば!」


 それならばいっそ、家名など全部捨て去ってやろうか……!

 縁談攻勢に辟易した俺は、苛立ちのあまりそんなふうに一個人として生きる道を選ぶことも本気で検討したくらいだ。

 だがそれを思いとどまらせたのは長年経ってもどうしても捨てられない、俺の中に残る彼女への未練たっぷりの感情。


「……悔しいけれどウィンターベールの名が無ければ、曲がりなりにも名門・サマーグロウ公爵家の娘であるルナリアと俺とでは釣り合いようもないか」


 たとえ、嫌われているのだとしても。

 それでも彼女と結ばれる可能性を全て捨て去るような選択を、俺はどうしても取ることが出来なかった。

 ……だったらもう、ここは腹をくくるしかないのではないだろうか。

 父や兄に従属する立場に甘んじていては、今はかろうじて一時しのぎができたとしても、いつか不本意な結婚を強いられる可能性は高いのではないだろうか。

 そうなるくらいならば、いっそ……。


「いっそこの家の権力を俺自身が握ってしまうほうが、まだましなんじゃないだろうか……?」


 そうしてこの家の家長となった暁には、もう一度サマーグロウ公爵家に縁談を申し入れてみようか。

 時が経ち、大人へと成長した彼女ならば、もしかしたら考え方も変わっているかもしれないから。

 望みは薄くとも、俺は一縷の可能性にでも賭けてみたいと思う。

 ……そこまで考えると俺の中でもだいぶ覚悟が決まってきたようで、「だったらどうしたら兄たちに勝てるだろうか」ということに意識を向けることができるようになった。


「今の俺では、まず間違いなく兄たちに敵わない。だからとりあえずは地力をつけるところから始めないといけない。……そうだ! この際、高位の使い魔の召喚に挑戦してみようか?」


 使い魔というものは下位から中位、上位とレベルが上がるにつれ、召喚の成功率はどんどんと落ちていくものだ。

 俺も兄も、あるいはほとんどの魔術師たちだって、使役しているのは中位使い魔までが関の山。

 公的に上位使い魔を使役していると広く知られているのは、ただ一人、国王陛下くらいのものではないだろうか。


「まあとにかくそんなわけだから、言ってしまえばこれは駄目でもともとの案件だということだよな。だからこそ過度に期待せず、でもやるだけやってみる。そんな選択をしても悪くないんじゃないだろうか」


 失敗した場合は中位、上位と求めた使い魔のレベルが上がるほど、召喚に挑んだ魔術師の心身に反動のダメージが来ると聞いている。

 俺はこれまで無理をする必要がないと思っていたため、安全策をとって中位使い魔の召喚までに留めていた。

 だが兄たちは上位使い魔の召喚に果敢に挑んで失敗し、気を失ったままなかなか目を覚まさなかったばかりか意識を取り戻した後もしばらく寝込むことになってしまったらしいと風の噂で聞いていた。


「まあ、怖くないかと言われれば怖い気もするが、他人よりも大きな力を求めるならば相応のリスクは負って然るべきだよな」


 そうして覚悟を決めて召喚の儀に挑むことにして、見事に成功を収めることができ、そして――今に至る。


「……と、ここまでは間違いのない事実であると思う。そうなんだよ。成功した、はずなんだけれど……」


 俺は改めて自分が召喚した上位使い魔であるはずのその存在に、ぼうっと視線を巡らせる。


「……うん、やっぱり彼女だよな?」


 何度確認しても目の前に横たわっているのは、獣耳も尻尾も生えていない生粋の人間女性。

 しかも俺の心をずっと捉えて離さなかったルナリア・サマーグロウ、大人へと成長したその人であるようにしか見えなかった。

 思わずその美しさにぽうっと見惚れていたそのとき、室外で待機させていた俺の使役する使い魔が「ご主人さま?」とそっと声をかけてきた。

 ……ああ、そうだった。俺は集中するために自分の屋敷の一室に籠もっていたのだが、召喚に失敗して俺に反動が来て倒れた場合に備えて「もししばらく部屋から出てこなかったら声をかけるように」とだけは事前に頼んでいたのだった。


「すまない、今開ける」


 扉を開けると中位使い魔で、人間の女性の姿ながら猫の耳と尻尾がぴょこんと生えているラーラがこてりと首を傾げていた。


「ご主人さま、大丈夫ですか? 何かございましたか?」

「いや、問題ない。おそらくは、無事に使い魔を召喚できたんじゃないかと思う。思うんだが……」

「あらあら、まあまあ! 立派な上位使い魔さまではございませんか!」


 歯切れの悪い俺の返答にしびれを切らしたらしいラーラは、俺の横から首を突っ込んで室内を覗き込んだ。

 するとルナリアの姿を見てとるやぱちりと胸の前で手を合わせ、喜色に満ちた声をあげた。


「おめでとうございます! さすがはご主人さまです! そうしたら、何か私がお手伝いすべきことはございますか?」

「……えっ? ああ、そうだよな!」


 あまりにも予想外の事態に思考停止状態に陥っていたのだが、そうだよ、ルナリアは気を失っているんだよ!

 うだうだ考えるなんて後でいくらでもできることだ。

 今はまず、彼女の介抱に専念しよう。


「よし、とりあえずは彼女を楽な服装に着替えさせてあげてもらえるか? 寝やすいようにして、それからみんなで手厚く世話しよう」

「承知いたしました」


 この時点ではルナリアが目覚めたらきちんとサマーグロウの家に帰さなくてはなどと、回らない頭を動かして必死に考え始めていたように思う。

 冷静に考えれば現在の俺は、全く意図していなかったこととはいえ他家の――それも名門家門の令嬢を勝手に自分の家に連れてきてしまった状態であるわけで、誘拐犯と罵られても仕方ないのだった。

 だから彼女が目覚めたら状況説明なり謝罪なりをしなければならないだろうけれど、どこからどこまでをどのように話したら許してもらえるのだろうか……?

 しかしそんなことを悠長に考えていられたのは、着替えさせ終えたと廊下に出てきたラーラから衝撃的な一言を聞かされるまでのことであった。


「ご主人さま。大変申し上げにくいのですが、上位使い魔さまのお体には折檻と思しき跡がございました」

「……はっ?」


 ……一体、どういうことなのだろうか。

 だって彼女は紛うことなき名門・サマーグロウ公爵家の長女。

 誰からも愛され、尊重されて然るべき人で、折檻などという言葉とは一番縁遠い場所にいるべき女性であるはずだった。

 それなのにそんな人の体に傷がつくなんて、一体誰が何をしたというのか。


「……いや、そんな名門家の箱入り娘だからこそ、その体に傷をつけられる人間がいるとするならば、よほど近しい周囲の人間に限られるんじゃないだろうか」


 よりはっきり言えば家族をはじめとした、サマーグロウの屋敷にいる人間たちに。

 当たってほしくなかった想像だが、しかしどうやら間違ってはいなかったようだ。


「お体も細く、栄養失調気味であられるようですし……これまで、あまり良い扱いを受けてこられなかったのでしょうね」

「っ……!」


 ……なんということだろう。

 俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けて、思わずふらりとよろめいてしまった。


「俺は……俺はこれまでずっと、選択を誤っていたのだろうか?」


 思わず呟いてしまったそれは、血を吐くように切実な俺の内心の叫びにほかならない。

 ……俺自身の心が、どれだけ傷つくことになろうとも。

 それでも彼女には決して無理をさせまいと誓ったからこそ、俺は縁談が不成立に終わったという辛い現実を受け入れた上に、あの日からずっと彼女の幸せだけを願い続けて、結果として彼女の人生に干渉しない道を選んできたのだ。

 そんな俺の選択の根底にあったのは、彼女は当然のこととして実家でつつがなく生活しているのだという大前提。

 名門家門の令嬢なのだから、至極当たり前にそれに見合う最高の待遇を得ているに違いないと。

 そう信じていたからこそ俺のせいで彼女が今手にしている幸せを壊すことがあってはならないと思い、泣く泣く身を引くことにしたのだった。

 それなのに、彼女が実家で虐待されていただって?

 彼女が、幸せな人生を送れていなかっただって……?

 冗談じゃない。そんなこと、絶対にあってはならないことだ!


「かくなる上はサマーグロウ公爵家(あんないえ)になど、このまま帰すわけには……!」


 思わず唸るように呟いたところで――。


「きゃああっ!?」


 不意に室内から、驚いたような女性の声が響いてきた。


***二 無能令嬢、最愛の人と再び相まみえる***


 ……ここはどこ?

 ここは現代日本。悪鬼はおらず、魔法も存在しない代わりに、科学技術が発達した世界だ。

 ……私は誰?

 私はそんな世界に生まれ落ちた、しがない一般庶民。人並みに勉強して、就職して、そして……不慮の事故で死んだ。

 ああ、そっか。そうだったのか。私という人間って、実は――。


「異世界に転生していたのか……!」


 はっと目を覚ました私は自分自身が今の今まで重要な事実に気付いていなかったことに、かなりの衝撃を受けていた。

 どうして、忘れていたのだろうか。


「……ああ、そっか。思い出したことは自分が科学技術の発達した日本に生きていたということだけで、それ以上でもそれ以下でもないからかもしれないわね」


 冷静に考えれば例えば今の人生に活かせるような何かを思い出したというわけでもなく、これっぽっちのことを覚えていたところで特に役には立たないのだった。


「せっかく思い出したところで、こんなにも無意味だなんて……」


 じゃあ、むしろ何で思い出したのよ!?

 思わず遠い目になったところで、私はそれよりももっと今考えるべきもっと重大な事実に思い至ったのだった。


「というか、ここは……一体どこなの!?」


 思い返せばそもそも私って、あのとき悪鬼に食われて死んでいるはずの人間だったのではなかったかしら!?

 だが頬をつねれば痛みがあり、こうして思考を巡らせることも出来ているわけで、自分はまだ生きているとしか思えない。

 そして私が寝かされていた布団は清潔かつ高級そうなものであり、部屋もまた立派な調度品で満たされていた。


「状況から考えるならば誰か裕福な方が、私を助けてくれたということなのかしら? だってここ、どう考えたって、名家の一室という風情なんだもの。……いや待って? あそこに置いてある燭台に刻まれた家紋って……きゃああっ!?」


 こ、これ、私にとって、だいぶ見覚えがあるものであるような気がするわね!?

 もっとはっきり言ってしまうならばそれは、ずっと心から離れないあの人の実家を表すときに使用される家紋であるように見える。

 まさか……いや、そんな都合の良いことはないわよね!?

 思わず高い声をあげてしまい、一人で狼狽し始めたところで、不意に室外から声をかけられた。


「何かあったか? 中に入っても良いだろうか?」

「……っ!?」


 あれから、あまりにも時間が経ってしまっているのだ。

 当然、記憶の中にある声とは異なっている。

 しかしどういうわけか、私にはすぐに理解できた。


「ど、どうぞ……!」


 おずおずと返答するとすぐに、部屋のドアが静かに開かれた。

 そこから現れたのは、切れ長の目が印象的な美丈夫で。

 ……ああ、やっぱり! やっぱり、私の直感は間違っていなかったんだわ!!

 そうなのだ。そこにいたのは今まさに頭に思い描いていた、私の最愛の人にほかならなかったのだった。


***


 ああ、この日を何年待ち望んだことか……!

 苦労も理不尽も全て耐えてきたのはまさに、今日という日を迎えるため。

 このためだけに、私はサマーグロウ家の人間としての立場にしがみついてきたのだった。

 だから私は万感の思いに浸り、思わず言葉を失っていたのだが、そんなことなど知る由もない彼は私が見知らぬ環境に戸惑っていると誤解したらしい。


「あっ、怪しい者ではないからな? 俺はこの屋敷の主人であるラヴィオン・ウィンターベールだ。倒れているあなたをここに運び入れ、使用人たちとともに介抱させてもらった。目覚めて早々で悪いが、もし気分が悪いなどあれば遠慮なく教えてほしい」


 彼――ラヴィオンさまは少し早口で、必死に私に状況を説明しようとしてくれた。


「っ……! いえ、そんな! 助けてくださったとのこと、本当にありがとうございます。おかげさまで、体調に問題はございません。あっ、申し遅れましたが私はル……」


 対する私は「ルナリアでございます」と名乗りかけて、しかしそれ以上に言葉を続けることができなくなって中途半端に口を閉ざしてしまった。

 だって、気付いてしまったのだ。

 自分が今、いかにみすぼらしい見た目をしているかということに……!


 彼と再会したらああ出来たらこう出来たらなどと、これまで心の中で思い描いたことは数知れずあった。

 しかしそのどれであったとしても、彼の前に立っていたのはなるべく完璧に装った自分自身だ。

 だって、好きな人の目に映る私はなるべく綺麗であってほしいじゃないか。

 たとえ、彼と結ばれなかったとしても。

 それでも彼の記憶の中に一欠片でも残るとしたならば、それはできる限り美しい私であってほしい……。

 そう願っていたというのに、現実とはかくも無情なものであった。


 まず視線を落とせばすぐ目に入るのは、艶のない黒髪に、水仕事のせいで荒れ放題の指先だ。

 顔は化粧っ気などなく、体もここ数年の待遇ですっかり痩せぎすとなっており、ロゼットのような女性らしい柔らかな体つきとは程遠くなってしまった。

 また着替えさせてくださったようなので今は違うにしても、倒れた当時に着ていたつぎはぎまである簡素なワンピース姿だってばっちりと見られてしまったに違いない。

 これが……こんなのがルナリア・サマーグロウ(わたし)だと思われるの!?

 というかこんな身も心もボロボロの女が名門・サマーグロウ公爵家の令嬢であるルナリアだと主張したとして、誰が「はい、そうですか」とすんなりと信じられるというのよ……!?

 結果として、私の口からこぼれ落ちたのは――。


「ル……そう、私は『ルーナ』! ルーナでございます!」


 ――ルナリア(じぶん)ではない、全くの別人を装う言葉で。


「そ、そうか……」


 私の勢いに押されたのか、彼は少し驚いたように呟く。

 だが、私の名乗りを疑いはしなかったようだ。

 「ルーナ……ルーナ、か……」と噛みしめるように何度かぼそりと復唱していた。

 そんな彼の姿を懐かしさや愛おしさの綯い交ぜになった複雑な気持ちで見つめながら、しかし振り切るように一度目を閉じてから私は彼に頭を下げる。


「どうした?」

「窮地から救っていただいたばかりか介抱までしていただいて、本当に、本当にありがとうございました。しかしこれ以上ご迷惑をおかけするわけには参りませんので、起き上がれるようにもなりましたし、そろそろおいとまさせていただこうか、と……」


 なにせ、彼にとっては私など見知らぬ他人にすぎないのだ。

 幼い頃に一度会ったとはいえ、そんなものは覚えていなくて当然のこと。

 覚えていたとしても今の私とは結びつかないに違いないし、いずれにせよ彼が私をこれ以上助けなければならない義理などこれっぽっちもないわけなのだ。

 だから意識がない間に人道的に助けてもらったのはともかくとして、これから先に至るまでも彼の優しさや正義感だけに縋るのは良くないのではないかしら……?


「俺を置いて行かないでくれ……!」

「えっ?」

「あ、いや。こほん。言葉を間違えた。ルナ……ルーナさんは、ここでもう少し療養していたほうが良いと思うんだ。まだ、ちゃんと回復したわけではないんだから」

「しかし、これ以上こちらに置いていただくわけには……。そこまでしていただく資格など、私にはございませんから……」

「資格? 資格か……。つまり、ここにいるのが嫌なのではないのだよな? ここにいる理由さえあれば、しばらくは気兼ねなく過ごすことができるだろうか?」

「……? それは、まあ……」


 頷いてみせると彼はしばらく視線を彷徨わせて何事かを考えている様子だったのだが、「そうだ!」と呟くや私とまっすぐに視線を合わせたのだった。


「一つ、あなたに頼みたいことがあるんだ」


***


「……どうしましょう。今日もラヴィオンさまのお屋敷で目を覚ましてしまったわ!」


 ――死んだと思ったら最愛の人に救われていたという、信じられないような展開を迎えた、その翌日のこと。

 私はなんと、まだ彼の屋敷でお世話になっているのだった。


「いやまあ、どうしたもこうしたも、私自身でここにいることを選択したのだけれどね……!?」


 というのも、あの日、私は彼に一つの頼み事をされたもので。

 それはなんと――。


「ひとまず、しばらくは俺の妻として過ごしてみることにしないか?」

「……えっ!?」

「あっ、いや、その! あまり重く考えないでくれれば良いんだ。今提案しているのは、いわば仮初の妻になるということだから。うーん、あるいは、契約結婚とでも言ったほうが分かりやすいのかな。不都合が出てくればきちんと関係を解消してあげることを前提にして、ともに暮らしてみないかということだ」

「あ、ええ……?」


 彼もなんだか慌てていたのだが、私もいきなりの提案にすっかり混乱状態である。

 だから曖昧な返答しか返せなかった私に対し、彼はさらに早口で言葉を重ねてきたのだった。


「そう、そうなんだ。当面式をあげるようなことはしないし、しばらくはあなたの存在を他人に言いふらすことだってするつもりはないよ。だから、本当にそんなに重く考えないでほしいんだ。嫌になったら、すぐに俺に申し出てくれれば良いんだから。そうしたら、俺たちの関係は……関係はすぐに、解消してあげられる、のだから……」


 どこか苦しげにそこまで言うと、彼はふと口を閉ざした。

 そして意を決したように小さく頷くと、もう一度ゆっくりと口を開いた。


「その……俺はウィンターベール公爵家の人間だが、所詮は三男坊にすぎない。実家の屋敷には親兄弟だけでなくその伴侶や子どもたちも住んでいて、だんだんと居辛くなってしまった。だからまだ独り身ではあっても、職場への利便性を言い訳にして、自分だけの屋敷を持つことにして。でも実家とは比べるべくもない小さな屋敷であったとしても、日中働いていて屋敷をあけてばかりの俺一人だけでは、どうしても管理に手が回っていない部分もあるはずなんだ。だから妻となった人が、そんな俺の至らぬ部分を埋めてくれたなら、とてもありがたいな、と思っていて……」


 ……なるほど。それが、今回の話の裏というわけなのだろう。

 そして契約妻というのは、なるべく聞こえの良い言い回しになるように配慮してくださってはいるのだけれど、実態は本妻ではない、愛人のような関係性を結びたいということであるのかもしれないなと今更ながらに思い至った。


 父であるサマーグロウ公爵が母・マリアベルの生前からのちに後妻となるシスリーを囲っていた例からも分かるように、魔術師というものが本妻・本夫の他に愛人を持つ例は世間的に見て決して珍しいことではなかった。

 その目的で一番多いのは魔術の才を受け継ぐ後継者を確実にもうけるためだろうと思うのだが、そうでない場合だってもちろんたくさんあるはずだった。

 今回はまさに後者の一例であって、家を守る人間としての妻が欲しいってことだったのかもしれないわね……!


 ……もちろん、愛情からの申し出ではないようだと突きつけられて、全く虚しさを感じなかったわけではないけれど。

 そして「本物の妻」として遇されるわけではなさそうだという点にも何も思わなかったわけではないのだけれど、それでも彼のそばにいられるチャンスなんてそうそう得られるものではないと、すぐに心を切り替える。


「……実家ではきっと死んだものとして扱われているはずで、それはつまりもう私はサマーグロウ公爵家の令嬢としての立場を失っているに違いないということよ。魔術師でないばかりかサマーグロウ公爵家の令嬢でもないただの『ルナリア』には、彼の隣に本物の妻として立つ資格などあるはずもないわ……。つまらない見栄を張ってとっさに別人になりすましてしまったけれど、結果的には悪くなかったのかもしれないわね」


 今までサマーグロウ公爵家の屋敷の中でしか生きたことがない私には、魔力も財産も人脈も何一つありはしないのだ。

 それが、ただの平民・ルーナとして彼の隣に居場所をいただけるんだから。

 たとえ同情から一時的に与えられる座だとしても、今の私にとってこれ以上のことなんて望むべくもないじゃないか。

 だからその申し出を二つ返事で受け入れて、私はしばらくこの屋敷の女主人の役割を、ありがたく務めさせてもらうことにしたのだった。


***新たな日々へのプロローグ***


「……ご主人さま? どうかなさったのですか?」


 数日後、王宮・魔術師特務部隊の副部隊長室にて。

 大量の書類をさばきながら深々とため息を吐いた俺――この部隊の副部隊長であるラヴィオン・ウィンターベールを見かね、補佐としてそばに付き従っていた人型でキツネの耳と尻尾が生えた姿をした俺の中位使い魔・シエルが気遣わしげに声をかけてきた。

 獣耳と尻尾がへたりと垂れ下がっているさまが目に入り、心底心配してくれていることが分かった俺は「すまないな」と眉を下げる。


「いえ、それは構わないのですが。しかしあれだけ焦がれていらしたルナリアさまと一緒になられてどれほどお幸せだろうかと思っておりましたので、少々意外に感じました。もし何かご懸念点などあるのならば、実際に解決できるかはともかくとして、話を聞くことくらいならば僕にだって出来ますからね」


 ……そうだな。確かに俺は今、望外の幸福を享受している。

 ともに人生を歩む道はほとんど望めないのだろうと諦めていたルナリアを、この腕の中に迎えることが出来たのだから。


 ちなみにあの時、とっさに「契約妻」というようなまどろっこしい言い方に逃げてしまったのは、彼女の気持ちが本当の妻にと言われても首を縦に振ってくれるくらいに育っているとは到底思えなかったからだった。

 俺の屋敷にいる「資格」があることは実感してほしかったものの、しかし俺のそばにいることを義務や強制だと思ってほしくはなくて。

 いつだって、俺は彼女に何かを無理強いしたくはなかったから。

 彼女の進む道は、全て彼女自身が望んで選び取ったものであってほしいと、心の底から切望していたものだから……。

 俺との関係だって、もちろんその例外ではないのだ。

 彼女が俺のそばにいたくないと思ったなら、きちんと手放してあげられる道は残しておいて。

 しかしずっとそばにいたいと思ってもらえるように精一杯努力することが、これからの俺がなすべきことだと考えたのだった。

 とはいえ俺だって、徹頭徹尾強い心を持っていられるわけではなくて――。


「それじゃあ、遠慮なく聞くことにするけれど。なあ、なぜルナリアは俺に素性を偽ったのだと思う? ルーナだなんて、偽名を口にするなんて。信頼されていないからか? 俺が警戒されているからか?」

「……ああ、そういう話ですか」

「……?」

「いえ。それは、サマーグロウ公爵家の娘だとバレたらまずいと思われたのではないでしょうか? サマーグロウ公爵家とウィンターベール公爵家は相変わらず公的には敵対関係にありますし、目覚めたのは敵の本陣と言っても過言ではないような場所で、目の前にいたのは敵対する家の令息、まさにその人だったわけなのですから。素性がバレたらどうなるかわからないと、とっさに不安に苛まれたとしても別におかしくはないかと思います」

「……なるほど。まあ、そうだよな」

「ついでに言ってしまえば、それ以前にご主人さまだって、人のことばかりは言えないのではないでしょうか? だって、ご自身のお気持ちを偽られましたよね? ルナリアさまを本当の妻として遇したいと思われておいででしたのに、何らかのご事情でそうなさらなかったのですから、お二人ともにまだ互いのことを探っている段階ということではないのでしょうか?」

「……その通りだな。だったら、彼女にもっと安心して過ごしてもらえるように、精一杯心を尽くしていかないといけないよな。そして、俺の心ももっと伝えていかないといけない、と……」

「ええ、まさに」


 シエルが大きく頷いたところで、ぶんと振られた尻尾の風圧で、一枚の書類が机の上から飛んだ。

 おっと、と呟きながら掴んだそれは今の俺のもう一つの悩みの種で――。


「ご主人さま、それは……例の悪鬼に関する報告書ですか?」

「ああ、そうなんだ」


 実は最近、悪鬼の中に特殊なものがいるのではないかということが、国の中枢で密かに大きな懸念事項となっているのだ。

 悪鬼は全て獣の姿であるというのが、長年にわたって常識とされてきたのに。

 それなのに人型の悪鬼が存在しているのではという疑惑が、最近にわかに持ち上がってきているのだった。

 報告を上げてきたのは魔術師ではないごく普通の一般市民で、プライドの高いベテラン魔術師たちの中には「見間違いでは?」であるとか「非魔術師だから悪鬼というものが分かっていないのだ」であるとか、報告者の情報の精度を疑う声もあがった。

 しかし――。


「人型の悪鬼というものは、まず間違いなく存在するに違いない」


 俺がそう確信しているのは、決して忘れることの出来ない、過去の記憶があるからなのだった。


 ルナリアの実母である、マリアベル・サマーグロウという女性。

 実は彼女は結婚前、この魔術師特務部隊に属していた。

 しかも階級は今の俺と同じ、副部隊長という要職。

 ……決して、自分を過大評価するわけではないのだけれど。

 だが実際問題として、この職につくためには、自他ともに認める優れた魔術師であることが不可欠となっている。

 副部隊長に選ばれるほどなのだからマリアベルという人も当然のこととして、人並み外れて優秀な人であったはずだ。

 聞くところによれば、複数の中位使い魔を使役していたというし……。

 それなのに彼女は、最終的に悪鬼に殺されるに至った。

 確かに結婚後は悪鬼との戦闘の第一線から退いて、家門の仕事に専念していたと聞いているけれど。

 それでも実力ある魔術師であった人があえなく殺されてしまうだなんて、とんでもない異常事態に違いない。

 もちろんこの事件の調査は行われたのだが、そこで唯一の目撃者であった一般市民が、今回と同じようなことを証言していたのだという。

 つまり、彼女は「人型の悪鬼」と戦闘して敗北するに至ったのだ、と。

 その時もまた、平民の言うことになど信憑性はないと一笑に付されたのだそうだ。

 その後も調査はなされたが、たった一件の証言以外に手がかりは出てこず、結局は人型は見間違いで実際は何らかの獣型の悪鬼だったのだろうということで話は片付けられてしまった。


「でもそれが、本当だったとしたら?」


 かつて現れた脅威が再びこの世に現れたのだとしたら、本当にとんでもないことだ。

 しかももし以前と同じ悪鬼だとしたら、それはルナリアの母の仇ということにもなるだろう。

 別個体であればそれはそれで人型の悪鬼が複数いるということで、いずれにしても由々しき事態であることに変わりはない。


「とにかく、ルナリアに心安らかに過ごしてもらうためにも、懸念点は減らしておくに越したことはないよな。そのために、仕事をしなくては……」


 そういうわけで、本当ならばルナリアのいる屋敷になるべくいたいのだが、そんな気持ちを必死に押し殺して職務にあたっているのだった。


「そんなふうにワーカホリックに過ごしていたらまた、『王家の犬』などと口さがない者たちに言われてしまいますよ」

「好きでこうしているわけではなく、したほうが良いことやせねばならないことばかりが次から次へとうちの部隊に押し寄せてくるから、結果として王家からの命令を何でもかんでもこなす人みたいになっているだけなのだけれどな。まあ、今のところ実害はないから、言いたい者には言わせておけば良いさ。ははっ」


 諦念の入り混じったような、乾いた笑い声を思わず漏らしたところで――。


「失礼いたします、ラヴィオン副部隊長」

「どうした?」


 俺の部下としてこの魔術師特務部隊で働く魔術師の一人が、ノックのあと何やら深刻な顔つきをして副部隊長室の中に入ってきたのだった。


「申し上げます。街中で見回りをしていた隊員からの報告によりますと、シュバルツ第一王子殿下が数名の供を連れてラヴィオン副部隊長のお屋敷のほうに向かっていらっしゃるそうで。理由は不明ですが先んじてお話しておくほうがよろしいかと思い、取り急ぎご報告をさせていただきました」

「……よくやった」


 俺は即座に席を立つと手近においていた外套だけ肩に引っ掛けて、窓からぽんと身を投げ出す。


「シエル、諸々片付いたらもう一度ここに顔を出すから、戻るまでに進められるところまで書類をまとめておいてくれ。……〈疾風〉!」

「承知いたしました」


 そして必要最低限の指示だけ残すや、風魔法を自分自身にかけると、文字通り風のような速さで自分の屋敷までひとっ飛びしていったのだった。

 その甲斐あって、シュバルツ殿下たちが我が家の敷地に入ってくるよりも先に、屋敷のエントランス前で彼らを待ち受けることに成功する。


「ラヴィオンか。今日は王宮で仕事かと思ったが、早いな」

「殿下が我が家へお越しと伺いましたので、すぐにお出迎えせねばと慌ててここまで飛んできたのですよ」


 笑顔で応対する俺に、シュバルツ殿下も穏やかに「そうか」と応じる。


「それで、何か我が家に御用などございましたでしょうか? ここは私の屋敷なので、公爵家への御用でしたら、公爵邸に行っていただいたほうが話が早いかと存じますよ」

「なあに、大したことではないのだ。ただ、とある人間を探しているので、その調査への協力を仰ごうとしただけなのだからな」

「……それは、殿下が直々に動かれるほど重要なことなのですか?」

「まあ、そうとも言えるかもしれないな。なにせ、この俺を強風で木に叩きつけやがった不忠者であるかもしれないのだから。万一、容疑が固まれば不敬罪に問うかもしれない。そうでなくとも俺の心に良くも悪くも波風を立たせてくれたのだ。とりあえずは生死を確定させ、生きていれば諸々を調査し、その結果でどうするか決めようと思う。とりあえず男一人のお前の屋敷で女物の衣類などを購入した形跡があったと聞いたから、どういうことかと不思議に思って、ここまで足を運んでみたのだ」


 探るような眼差しでこちらを窺うシュバルツ殿下に、俺は何食わぬ顔で平然と答えてやる。


「それは、ご心配をおかけいたしました。しかし、大したことではないのです。私も殿下と同様に健全な年頃の男子でございまして。そういう相手ができたときにどういう行動に出るかは、殿下もお分かりくださるものと信じております。不審な女性ではありませんし、いずれ、皆様にもお目にかけましょう」

「まあ、『王家の犬』であるウィンターベール公爵令息のお前がそこまで言うのなら、そういうことにしておこうか。いずれにせよ、結果はすぐに明らかになるだろうから」


 不敵に笑う殿下の背中を、深々と頭を下げて見送る。


「……ふう」


 かくしてこの日、「王家の犬」とまで呼ばれた男は、生まれて初めて王族の意に背いたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エリート魔術師な旦那様の最愛は「使い魔」!? 〜不遇令嬢の仮初妻から始まる溺愛生活〜 桜香えるる @OukaEruru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画