ホウセキ ノ アメ

一花カナウ・ただふみ

ホウセキノアメ

 遥か昔、あの山々はエメラルドに染まることがあったと聞く。新葉の若い緑色をたたえた木々が生い茂っていたからだ。凍えるような冬が去り暖かな春の訪れを知らせるように、木々が葉を揺らしていた時代があったはずだ。

 だが今は植物など生えていない。代わりにあるのは無機物の山――

 感傷に浸っていると、古びたスピーカーがカタカタと音を立てた。


『あと五分で雨が降り出します。屋外で活動中の方はシェルター及び丈夫な建物の中に避難を終えてください。繰り返します。あと五分で――』


 避難を促すアラートが室内外に鳴り響く。

 私はうんざりとしたが、命は惜しいので自慢の窓にシャッターを下ろした。だんだんとキラキラした宝石で彩られた世界が遮断されていく。


「無機物ばかりの世界よりもっと有機物で溢れた世界を見たかったな……」


 知らなければそんな気持ちは浮かびさえしなかっただろう。

 でも、誰かの記録が私を染めた。誰かの憧憬が私を穢した。

 あの山は植物が生い茂り、輝くような緑を拝めたのだと誰かが歴史として刻んだ。それは誰かには必要なものだったのだろうけれど、私は知らなくてもよかったことだ。



 シャッターを叩く音が響き始める。


 ダンダンダン……



 いつの頃の話なのかはわからない。

 かつて、この星は水に溢れた青い星だったということだけ、伝え聞く。水や氷が降るのが標準だったということが信じられない。

 空からは宝石が降るようになった。

 突如降り出したダイヤモンドの雨に人々は歓喜した。だが、それは一瞬のことで、宝石の価値は暴落し、ダイヤモンドの雨で建物は削られて困ることになった。

 降ったのはダイヤモンドだけではなかった。

 サファイアの雨はカラフルで、真っ赤なルビーの雨はごく稀に降る。ガーネットやトパーズも色に幅があって面白い。

 アクアマリンにエメラルドの雨もあり、その二つの嵐が去るとかつての世界のような美しさだと褒めるものもいた。


 知らないくせに。本物を見たことなんてないくせに。



 ぱらぱら……からんからん……



 音が静かになったのを見計らって、私はシャッターを上げた。

 キラキラした光が部屋の中に差し込む。


「わあ……」


 エメラルドが降ったらしい。遠く、向こうに見える山々もエメラルドグリーンに染まっている。少し青みが強いあたりはアクアマリンが混じっていたのかもしれない。

 目に優しい緑色。新緑の青。


「……有機物だったら、よかったのに」


 心が震える。

 涙が溢れる。

 床がことりと鳴った。


「ああ」


 視線を足下に向けると、大きなエメラルドの塊が砕けたのが見えた。


《終わり》

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ホウセキ ノ アメ 一花カナウ・ただふみ @tadafumi

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