【短編/1話完結】黒い茨の悪役令嬢 ~もしも30代のおっさんが全然知らない乙女ゲームを模した異世界の悪役令嬢に転生したら~

茉莉多 真遊人

本編

 あ。また死んだ。何回目だっけ……。


「あぁ……またか……」


 俺……いや、私は眠たくて重いまぶたを気だるげに、ぱち……ぱち……とゆっくり開け閉めする。見覚えのある豪華なベッドの天蓋に溜め息を吐く以外なかった。


 自分の手を天蓋の方へと向けてみると、そこには透き通るように白く美しい手が見え始め、さらに腕の部分を見ると右腕だけだけど黒い茨のようなアザがある。


 私は私であって私ではない。


「私はまた? まだ? レイティア=ブラックソーンズ・オルレアニティなのね」


 私は誰に言うわけでもなく呟いて、その後、緩慢とした動きで起き上がる。


 少しずつ覚醒する意識の中で、目に映るのは白を基調とした壁と、赤ワインをこぼしたばかりのような濃い赤色の絨毯が敷き詰められた床、それとどうにも好きになれない調度品の数々だ。


 それとほぼ同時に、扉がバァンと爆発したかのような大きな音を立てて遠慮の欠片もなく開かれる。


 天真爛漫、朗らかな笑顔、夕日のような綺麗なオレンジ色の髪と瞳をしたメイドの女の子、サニィが日課である私の朝の着替えのためにやって来たのだ。


「おはようございます! レイティアお嬢様! いつもお美しい! 起き抜けでも、お疲れでも、いつでも!」


「おはよう、サニィ。今日も元気そうね。私が美しいのは当然のことよ? それはそうと、ノックをしなさいと言っているはずだけど?」


 私はいつもノックもせずに元気な声とともに現れるメイドのサニィに、それこそいつものように小言を言い放つ。


「あ、ごめんなさい!」


「いいわ。あなたに何を言っても無駄だもの。いつものただのお小言よ。あと、ごめんなさい、ではなく、すみません、ね」


 私が棘のある言い方をすると、サニィはいつも申し訳なさそうにしながらも、着替えという任務を遂行するべく中へ入ってくる。


 第一関門突破……。そう、ホッとする。


「それではお着替え失礼します!」


 私、レイティアは簡単に言えば、悪役令嬢という役割になる……らしい。正直、よく分かっていないが、何度もこのレイティアを経験しているのだから間違いはないと思う。


 私がレイティアになる前は日本に住む30代の男だった。


 レイティアのことを知ったのは年の離れた兄貴の娘、つまり、中高生になる姪がたまたまハマっているゲームの話をしてくれたからだ。


 そうじゃなければ、私は何の前知識もなくただの異世界転生とやらだったはずだ。


 待て、前言撤回。前知識はない。


 名前と黒髪で黒い瞳の美人だけど嫌な奴としか聞いてなかった。ゲーム名すら知らない。アニメやゲームを知っている方だと自負していたけれど、本当にその手の女性向けのゲームとは無縁だった。


 だが、嫌な奴なことは分かった。というより身に染みている。


 私が少しでも善良な感じのことをすると偽物と認定されて、幽閉されて衰弱死するというバッドエンドを迎えて、再び、この朝から始めるのだ。


 なんで? そんな疑われやすいの? どゆこと?


 せめて、幼少の頃に転生できれば性格矯正した展開も望めるが、お貴族様の通う学園に入って数日という状況から始まるために既に性格が固定されているようだ。多分。


 おかげで、嫌な奴として上手く演じられるようになる、もとい、偽物とされて幽閉エンド以外をまず見なくなる、までに50回以上も死んだ。


 嫌な奴で通せって、どういうこった。運命の強制力が強すぎんか?


 それで、嫌な奴で終わればいいか、と言えば、そんなわけもない。当たり前だ。嫌な奴がハッピーエンドになるわけがない。


 次に、エンディングを決める要素は私のパラメータだ。私は自分のパラメータが何となく把握できることがわかり、そのパラメータが学力、芸術、運動、流行、容姿=魅力である。


 なんか聞いたことある……かなりときめく感じのパラメータだが、ストレスと気配りがない時点で悪役令嬢らしいと言えばらしい気がする。自分で言うのもなんだが。


 問題はどのパラメータをまんべんなく上げても、容姿を極振りしても、流行を極振りしても、学力を極振りしても、芸術を極振りしても、結構微調整に微調整を重ねて、パラメータを整えても、3年後の学園卒業時に、破滅エンドにしか向かわなかったのだ。


 たとえば、私がまんべんなく上げると、ヒロインだと思われる女の子シェーディナがこの国の王子様である金髪のイケメン、アルフレッドと結ばれ、私は処刑される。


 なんでじゃい。処刑しないで放っておいてくれ……。


 あと、私が学力に極振りしても、シェーディナがある貴族の長男チャーリーと……、私が芸術に極振りしても、シェーディナが貴族とも懇意なある大商人の息子オリヴァーと……と、私のやることなすことにすべてシェーディナが物語終盤にカットインで必殺技、処刑エンドを繰り出してくるのだ。


 どういうこったい。シェーディナが悪意あり過ぎるんじゃないか?


 こちとら、多分、光の涙でレイティアやぞ。逆に、シェーディナって絶対、陰のあるでシェイディからきてんだろ。名前からして、役割逆だろ、普通。


 しかも、ルートと言うべきか、仲良くなる男の子が変われば、会話も変わるから、ちょっとでも失敗すると、また幽閉エンドを見ることになる。


 なので、結論だけ言えば、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した……というわけでネタに走ってしまったけれど、延べ100回を超えたあたりから数えなくなった。


 本当に何度失敗したやら……。


 ま、いっか。過ぎたことだし。


「それより……もうこれしかないわね……」


「どうしました?」


「独り言よ。あなたに言ってないわ」


「失礼しました!」


 そう。これしかない。私が悪役令嬢として最後の最後までほとんど自分で上げようと思わなかったパラメータ。


 運動。


 ……令嬢よ? 貴族よ? 悪役よ? 運動って何? たまにイベントで勝手に上がるけど、自分ではほとんど上げないよ?


 だが、もうこれしかない。生き残る道を探した結果、これしかなさそうなのだ。私はギャングな悪魔じゃないし、終わりのない無限ループになるような罰を前世で行っていない、はず。


 つまり、運動の極振り。最後に辿り着いたこれが正解なのだろう。


「サニィ、私は運動能力を高めるわ」


「へ? 運動ですか?」


「だから、選りすぐりのトレーナーを用意なさい。基礎体力はもちろんのこと、剣技やそのほかの技という技を学びます。クラウディとレイニィにも伝えて、私の望みを叶えなさい」


「は、はい! 滞りなく!」


 それから私の運動極振りの3年が始まった。


 悪役令嬢レイティアの最大の長所は頑張り屋であり、どの分野においても才能があってぐんぐんとパラメータが伸びる点だ。それは運動でも発揮され、メキメキと腕を上げていく。


 努力できる天才。チートじゃないか。


 でも、性格が最悪。鼻に掛ける会話が多い……というか多くしないと疑われて幽閉エンド直行。解せぬ。


 ここで学園をサボったり、成績が悪かったりするとバッドエンド直行なので、出席は必ずする。今まで幾度となく学園生活を送ってきたおかげで、パラメータと関係なくテストは満点である。


 ここ、前回もやった問題だ! とはしゃいだのは数回くらいだ。


 さらに無遅刻無欠席。目上を敬うので、先生からのウケもいい。生徒会や風紀委員的なものには所属していないけど、模範的な行動で一目置かれる存在である。


 生徒としては優良そのもの。好かれる要素あるじゃないか。


 でも、性格が最悪。鼻に掛ける会話が多い……というか多くしないと疑われて幽閉エンド直行。解せぬ。


 本当に、まあ、性格だけがなあ……。


 そんなある日。運動のパラメータを上げていると、運動のパラメータが分岐をしたのだ。


 私は歓喜した。


 学力や芸術では起きなかった変化だ。これは終わりに近付いていると確信した。


 パラメータは、ミート=命中力、パワー=攻撃力、スピード=走力、スロー=遠距離攻撃力、ディフェンス=守備力、ドッジ=回避力である。


 なんか聞いたことある……割とパワフルな感じのパラメータだが、決してスポーツではなく戦闘力である。


 ん? なんで、私、戦闘力を上げているの? 運動よね? あれぇ?


 ま、いっか。


 この時の高揚感もあって、その疑問は遠くへ投げ捨てる。エンディングが近いのだと思えば、些末なことのように思えたからだ。というか、ここまできて投げ出すわけもない。


 私は運動に3年間を費やした。


 結論。


 クリアした。


 いや、もう少し正確に言おう。


 国を、愛していた祖国をクリアにしちゃった。


 綺麗さっぱり。


 跡形もなく。


 滅亡させちゃった。


 これじゃ分からないだろうから、顛末を話そう。


 運動を上げると出てくる相手は、同盟国である隣国からの留学生であり、隣国の王子、銀髪のイケメン、リーオネルだった。


 私はリーオネルと親密度を上げて、卒業式にプロポーズを受ける。


 そこにシェーディナとこの国の王子アルフレッドが何故か登場し、その後、隣国が戦争を企てていると言い放って、リーオネルを捕えようとし、私もまた国家反逆の罪で捕らわれようとしていた。


 あぁ……今回もバッドエンドかと思った。


「レイティア! 僕が君を助ける! ぐあっ!」


「黙れ!」


 だが、今回は今までと違った。


 リーオネルは本当に私を愛してくれているのだ。今までのバッドエンドでは、シェーディナに相手を取られていた。


 だが、今回はリーオネルが心の底から私を愛してくれているのだ。


「リーオネル!」


 私は右腕が熱くなるのを感じた。疎ましく思っていた黒い茨のようなアザ、名前にもついてしまったアザが熱を帯び、黒い炎を纏い始めた。


「黒い炎……邪龍の炎か!? そのアザ、呪いを示す黒い茨ではなく、地獄の黒龍だったか! くっ……いずれにしても、この国に災いをもたらすだろう! ここで我が直々に処刑する!」


 え、ちょっと待って。このアザ、呪いって思われているの、初めて知ったんだけど。もしかして、黒い茨の呪い持ちって思われていて、私バッドエンディングだらけだったんじゃ?


 え? 呪いで性格が悪いはずとか思われていたの? 性格が良くなると、何かの異変だと思って幽閉されていたわけ?


 いや、完全に腫れものじゃない、それ?


 ま、い……いわけないでしょ、なにそれ!?


「アルフレッド、がんばって!」


 シェーディナの声援を受け、アルフレッドが腰に携えていた剣を抜き放って、私に向かって素早く振り払った。


 だが、……遅い、遅すぎる。


「手応えが……なっ!?」


「残念。アルフレッド様、それは私の残像よ?」


「ひっ」


「アルフレッド!?」


 アルフレッドが気付いた瞬間に、彼は黒い炎に焼かれて消し炭もなく消滅した。シェーディナもまた悲鳴を上げる前に同じ運命を辿った。


 運命を伴にする最期まで仲の良いカップルだ。


 ……シェーディナは逃げようと踵を返していたようにも見えるけど、たぶん、気のせいでしょ。足がもつれたに違いない。


 うん、その方が美しい。


「リーオネル、私……」


「レイティア、僕の国の紋章を覚えているかい?」


「あっ……」


 私はリーオネルの国が黒い龍を紋章にしていることを思い出す。


「レイティア、どんな姿であろうと、どんな性格であろうと、君は僕の女神だ。それは今、その右腕の黒い龍を見て、さらに確信したよ。僕と一緒になってほしい」


 リーオネルは私の黒い炎が燃え盛る右腕を手に取る。彼にはまったく黒い炎が害を与えなかった。


「炎がリーオネルを燃やさない?」


「燃やすどころか、とても温かく優しい力だ」


「でも、私、初めてで……こういう時、どういう対応すればいいか分からないの」


「笑えばいい、いや、どうか笑ってくれないか? これは僕と君の愛の力だよ、きっと。この炎が僕たちを祝福する聖なる炎なんだよ。だから、笑顔で僕の告白を受け取ってほしい」


 ……いや、待って。愛の力ってなんだ。


 邪竜の炎って言われていたけど、聖なる炎なの?


 まさか、リーオネルの国、邪教の国なんじゃ?


 ……まあ、宗教の話は面倒なので、今の私を救ってくれると言うなら、この際忘れよう。


 というか、忘れる、で思い出した……バッドエンドにならないために半ば忘れていたけど、たまに女の子っぽい反応になるけど、私、意識は30代の男のままなんだが……。


 え、このイケメンと結婚するの?


 えぇー……。


 ま、いっか。


 そんなこんなでアルフレッドを殺害したこともあり、国中で追われる羽目になった私は家族とメイドや使用人たちとともに急いで隣国へと移り住み、故郷を一人で焼き尽くした。


 万夫不当の豪傑である。


 後日、家族やメイドにアザのことを聞くと、だいたい予想が合っていて、腫れ物扱いだったけれど、我が子を殺すことができなくて、何か異変が起きない限り生かしておきたかったらしい。


 今思えば、シェーディナは頻りに私の隠していたアザを見たがっていた気がする。シェーディナにとって、私がどの場合でも上にいたから、目の上のたんこぶみたいな感じだったのかもしれない。


 だから、何か弱みを握ろうとしたのだろうか。


 ……えっと、あっちの方がよっぽど性格悪くないか?


 ま、いっか。


 全部を理解できたわけじゃないけれど、少なくとも知りたかった全てを知って、なんだか、今までの苦労も失敗もすべて報われたような気がした。


 それに私はこうして自分が幸せになるエンディングを手に入れたのだ。


 想像もしなかったエンディングだったけれども、最初は考えもしなかった選択の連続だったけれども、それでも自分が正しいと思った道と信じて進んだことで、幸せになることができて本当に良かったと思う。


……でも、もっと良い終わり方もあったのかな……。

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