第36話 プロポーズ(?)

 退屈な週末をなんとか乗り越えた創守は、今までにないほどの無気力状態となっていた。

 家にいても何もはじまらないということで研究所に来たはいいものの、創守は朝から夕方までずっと硬いイスに座ったままぼーっと天井を見ていた。


 創守は発明ができなくともおもしろいアイデアを聞くだけで心が躍るのだが、ここ五日間はそれがなかったのだ。土日に何もないのはあたりまえのことで、今さらどうこうできるものでもないし、しようとも思わない。ただ、基本的に想乃がいる平日はどこかしらでおもしろいアイデアに触れることがあった。それなのに、水木金と何もできていないのだ。

 水木の二日間は想乃が体調を崩したから仕方ないのだが、復活した金曜に出されたアイデアはとても本調子とは言えないものだった。

 そのせいか、創守はとにかく思考が停止している。動きも最小限しかない。


 恐れていたことが現実となった今、創守はバッテリー切れのスマホのように使いものにならなくなっている。


「ダメだ……なんもやる気が起きない……」


 だんだんと視界も暗くなっている。このまま今日という一日も無駄に終わるのか。

 そんなとき。


「想乃……はっ!?」


 創守は自分の口から漏れた言葉に驚いた。頭の中に流れ込んできた想乃の映像に、思わず手が伸びていたのだ。


「僕は……僕には……あっ!?」


 ここで創守は今までの出来事を思い出した。その記憶は自分ひとりで考えたアイデアのものだった。


 最初は宝くじの高額当選者であることがバレないように考え出した錯覚グラス。

 次は研究所がバレないように取り付けた防音壁と本棚ドア。

 最後はケンカした想乃が戻ってきたときに仲直りできるように仕掛けたドッキリ。


「おいおい、まさか……」


 創守は自分が今まで何も浮かばなかった理由に気づいた。というよりも、特定の状況でしか浮かんでいないことに気がついたのだ。

 そしてその状況とは——創守自身に降りかかるピンチだった。


 高額当選がバレると命の危険がある。研究所がバレると平穏な暮らしが消え失せる。そして想乃がいなくなると発明ができなくなる。

 これらすべてが創守にとってはピンチだったのだ。


「そういうこと、なのか……」


 創守は落胆した。自分ひとりで発明ができるのはピンチのときだけ。つまり、自分に一大事が起こらなければ発明家としてやっていくことは難しい。


「だから……だからこそ僕には……」



 ——ピーンポーン。


 インターホンが鳴った。リモコンを見てみると、画面には想乃がいる。


「もうそんな時間か……開けた」

「あざまーす」


 想乃が事務所に入ってくるのと同じタイミングで創守は研究所から出た。


「あれ、もしかしてなんか作ったんですか!?」


 想乃から放たれる期待の念が、空っぽな創守に突き刺さる。


「なんもないよ」

「なーんだ……じゃあさっそくあたしのアイデア聞いてもらってもいいですか?」


 そんな創守にかまうことなく自分のアイデアを言いたくて仕方ない想乃。その嬉々ききとする姿を見て、創守は気づいた。いつもこのアイデアに救われていた。いや、想乃に救われていたのだと。


「想乃……」


 気づいたときにはすでに口から漏れていた。

 想乃は一瞬止まったが、前とは違って名前を呼ばれているのだと確信した。創守がしっかりと自分を見ていたからだ。


「な、なんでしょう?」


 創守は人に興味がなかった。だが、想乃に出会ったことで変化が起きた。

 これから先も想乃の発想力に触れていたい。そんなアイデアを生み出す想乃のことをもっと知りたい。そう思ったのだ。


「もし君がよければなんだけど、僕の発明の手助けをしてほしい」

「はっ、えっ……? そ、それってもしかして……プロポーズ?」


 いきなり訪れた予想外の展開に、想乃は浮かんだ言葉をそのままはき出した。


「いやなんでそうなる!」

「だって発明の手助けって、これから先ずっと一緒にいるみたいな感じじゃないですか!」

「た、たしかに……」

「やっぱりツクモンってあたしのこと好きだったのかー! いやぁ、困るなー」

「勘違いするな! 僕はただ、これからも発明を続けていくには君の力が必要だと思っただけだ!」

「それはもう愛の告白でしかないんですけど……」

「くそっ、脳内お花畑め……」


 創守はそう言いながらモジャモジャ頭に両手を突っ込んだ。そしてもっと言い方を考えるべきだったと後悔した。

 とそのとき。


「……条件があります」


 創守にとって意外な答えが返ってきた。ここまでからかっていたと思ったが、想乃は考えていたのだ。

 伊豆田と話したときに頭の中に思い浮かんだひとつの未来。


『創守がビジネスパートナーとしてこれから先も一緒にいる』


 それが理由だろう。


「条件? どんな?」

「まず、バイトじゃなくて正社員か契約社員みたいな感じにしてください」

「それは……そもそもここ会社じゃないし……」

「そういうことじゃないです。そんなこと言ったらバイトもおかしいですから」

「あぁ。じゃあどういうこと?」

「扱い方を変えてほしいってことです」

「扱い方……」

「今よりもお金くれます?」

「そ、それはもちろん」

「月収はどれくらい?」

「それはまぁ……周りを見ながらおいおいってことで」

「ちゃんと払えるんですかー? お金なくなったりしません?」

「そこは問題ないよ。仮に君に毎月三十万渡して四十年それが続いたとしても、約一億五千万だからね」

「えっ、あたしとそんなに長くいるつもりなんですかぁ?」

「例えばの話だろ! 間に受けんな!」

「あははー。じゃあお金のことはとりあえずいいとして、あとは助手になるわけだし、ツクモンが作ってる間に研究所に出入りしていいことにしてください」

「いやそれはちょっと……集中できないし……」

「えー、ダメなんですかー?」


 ジト目を向けてくる想乃に、創守は悩む。だが、答えはとうに決まっていた。


「絶対に邪魔しないなら、少しは許す……」

「なんですかそれー。今日は無理とか絶対言うじゃん!」

「僕は約束は守る。ただ、の部分だけは忘れないように」

「……はぁ、まぁそれでいいですよ」


 想乃は創守らしいと思いつつ、今日から助手として研究所で仕事ができるということに心が弾けそうになった。


「よし、じゃあ決まり! あたしは今日からツクモンの助手になります!」


 創守に指を差して決めポーズをする想乃。キラキラと輝くその姿は、まるでアニメから飛び出してきたヒロインのようだった。


 だが、創守には引っかかる部分があった。想乃が言った「今日から」のところだ。

 おそらく想乃は勘違いしている。そう思った創守は、ここははっきりしておかなければと息を飲んだ。


「あのさ……勘違いしてるかもしれないから言っておくけど、今からってわけじゃないからね?」

「えっ……?」

「僕が言ったのは君が高校を卒業したらの話。在学中の高校生に何十万も渡す馬鹿がこの世にいるかよ」

「そ、そんなぁぁぁ!」

「それまでは今までどおりだよ。もちろん仕事内容もね」

「きぃぃぃ! やられたぁぁぁ!」

「まあまあ、とりあえず落ち着いて。それで、今日のアイデア教えてくれる? 僕の発明品第七号になるかもしれないそのアイデアを」

「……はいはい、わかりましたぁ。教えてあげますぅ! でも、腰が抜けても知りませんからね!」


 これからふたりはいろいろなアイデアからたくさんの発明品を作っていくことだろう。それぞれが各々おのおのの喜びのために作られたこの関係は、はたしていつまで続くのか。


 まだ見ぬ未来を心待ちにしながら、今日もツクモ研究所はアイデアは欲している。

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ツクモ研究所はアイデアを欲する 平葉与雨 @hiraba_you

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