第35話 自己中な発明家

 今日は金曜日。

 想乃がパンツの件でやらかした日はもう三日前になる。水曜と木曜はめずらしく休んだ想乃だったが、久しぶりに風邪を引いてしまったのだ。

 創守は水滴ひとつ分くらいは心配していたが、今朝に想乃からバイト復活の連絡があり、その水滴は蒸発していた。




「またすごいの浮かびましたよー!」

「おー、聞かせてくれ」


 バイトの時間が始まってすぐ、想乃は新しいアイデアを発表した。休んでいた二日分のアイデアがあるわけではないが、あふれ出るエネルギーは二日分をゆうに超えていた。


 想乃はこれまで毎日のように奇想天外なアイデアを持ってきていたわけだが、二日間のブランクを経て創守に提示されたものは、メイクお助けミラーだった。


 その鏡の前に顔を向けると自動的に自分に合うメイクが鏡上に表示される。それが気に入らなければチェンジボタンを押すことで別のメイクに変更できる。

 そしてあとはスタートボタンを押すだけ。すると、完璧にメイクができるように順番が表示される。

 もちろん一番からはじめていくわけだが、メイクがはじまるとともに他の順番および表示されたメイクは消える。

 各番号のメイクが終わるごとに次のものが表示され、ユーザーは迷うことなくスムーズに進められる。各番号のメイクが終わったかどうかは鏡が判断してくれるため、濃くもならなければ薄くもならない。

 ただただ順番どおりに進めていけば、その人にとって完璧な状態にできるのだ。


 ちなみに、はじまる前は鏡上にあるメイクは濃く表示されているが、少しでも該当部分に変化があると薄く表示されるようになる。いつまでも濃いままだとちゃんとメイクができているかわからないからだ。これで失敗ともおさらばというわけだ。


 想乃はノリノリで説明したあと、ふふんと鼻を鳴らした。


「どうです? めっちゃよくないですか?」

「まぁ作れなくはないけど……ちょっと違うんだよな」


 想乃の予想に反し、創守の反応はあまりよくはなかった。


「どう違うんですか?」

「んー、そもそもこれって鏡である必要がないよね」

「えっ」

「例えばタブレットとかでもできるでしょ。てかそのほうがいいか。まぁ今はそんな便利なものがあるかは知らないけど、なくてもいずれアプリでできるようになるんじゃない?」

「あーね」

「だから今やるとしたら発明というよりはアプリ開発になっちゃうかなって。それはちょっと僕のやりたいことと違うんだよね。できなくはないけどさ」

「そっかぁ」


 想乃はアイデアが通らずで肩を落とす。

 創守はそんな想乃の姿を見てももうなんとも思わなかった。これまで何度もアイデアを持ってきてはスルーしてきたわけだが、想乃はそんな状態でも変わらずアイデアが湧き出てくるからだ。

 創守はそんな想乃の底なしの発想力を信じている。この世にいる誰よりも。


「んぐっ……ぐはぁ……」


 創守が立ち上がって伸びをしていると、想乃が唐突に疑問を投げかける。


「いきなりだけど、ツクモンって今のままでいいの?」

「はっ? どういうこと?」


 創守は意味がわからないという顔をしている。


「いやちょっと思ったんですけど、ツクモンの技術力って相当レベル高いじゃないですか」

「あ、ああまぁ、そうだな」


 突然のことに、創守は少しだけ照れる。


「ならその技術力を世に出せばいいのにって思うんです。例えば本格的な事業にするとか特許を取るとか。そうすれば発明家として有名になるわ、めちゃくちゃ大金が手に入るわでウハウハですよ」

「大金に関してはもう持ってるよ」

「あそっか、忘れてた。そういえば馬鹿みたいな金持ちでしたね」

「うん。言い方悪いけど腐るほどあるね」

「じゃあお金はいいとして、自分の発明品をもっと知ってもらいたいとか思わないんですか?」

「思わないこともないけど……」

「けど?」


 創守はここまですらすらと答えてきたが、この質問については少しだけ止まってから口を開いた。


「僕はとにかく有名になりたくない。気ままに発明しながら静かに暮らす。それが僕には合ってるんだよ」

「ふーん。ちょっともったいない気はしますよね」

「もったいない?」

「だってすごい発明したら社会に貢献できるんですよ? そんなのヒーローじゃないですか! あたしだったらバンバン出しちゃいますけど。それであがめられるんですよ。さまってね……くぅぅぅ!」

「うるさ」


 突然震えながら騒ぐ想乃。創守は両耳に指を突っ込みながら呆れ顔を向けた。


「ツクモンも崇められたって想像してみてくださいよ!」

「断る」

「うわぁ、つまんなー」


 ジト目でそう言う想乃に対して、創守はため息をついてから自分の気持ちを伝える。


「まじめな話さ、僕は社会のために発明してるわけじゃないんだよ。ただやりたいからやってるだけ。つまり、そこに他人が入り込む必要はない。僕が楽しければそれでいいんだよ」

「ふーん。めっちゃ自己中ってわけですね」

「君に言われたくない」

「はぁ? あたしのどこが自己中なんですか!」

「すべて」

「え、うざ。うざうざっ! こっちはいい意味で言ったのにさ!」

「自己中にいい意味なんてあるかよ」

「ありますよ! 自分がいちばん大事ってことです!」

「は、はぁ」

「自分を大切にできない人が、他人を大切になんてできませんからね」

「あぁ、なるほど……」

「ねぇねぇ! 今のドラマの名シーンみたいでめっちゃよくなかったですか?」

「あっ、なんかなりきってたの? 大根すぎてよくわからなかったわ」

「ふんっ! あたしの天才的な演技がわからないようじゃまだまだですよ」

「何がだよ」


 結局この日は特に新しいものが作られることはなかった。

 創守は二日間のアパシーに焦っていたのだが、明日から週末に入るということで自分がどうなってしまうのか少しだけ怖くなった。

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