第46話 これは愛の物語

「この家と他人にならせてください」

「え?」

 

 ビールを飲もうとしていたお父さんは口を付けた瞬間に目を丸くしてコップを置いた。ご飯を作っていたお母さんもその言葉に驚いて火を止めた。

 圭吾は家に帰ってきてからまっすぐに台所に来た。そして制服のまま私も横に座らせて話し始めた。


「母さんが不倫して家を出たことを知りました。気をつかって頂いて申し訳ないです。でもそれはもう大丈夫です。ただ、その結果、俺はこの家にお世話になることになり、今は家族同然の扱いをしてもらってます」

「あ……ああ、そうだな。やっぱりスポーツ選手は身体が資本だし」

「でも俺、この家と家族になるときは、美穂と結婚した時にしたいんです」

「げふっ!! 圭吾?!」


 私はお母さんから渡されたお茶を飲もうとしてたけど、リアルに吹き出して机が濡れた。結婚?! 突然なんの話なの?!

 お母さんは「まあまあ」と言いながらティッシュ箱を私に投げつけた。ちょっと扱いが酷い! そして椅子に座り、


「他人ってどういうこと?」

「現時点で全部お願いしてしまってるのが、心苦しいです。俺、今日からあっちでちゃんと寝ます。あっちで寝たり、こっちで寝たり、好きに移動させてもらって本当によくして貰ってるんですけど、境界線が曖昧すぎて」

「まあそうね。現時点で洗濯物はすべて一緒になってるわね」

「すいません、俺、寮の末長とか見てると、練習終わってからちゃんと洗濯して掃除もしてるんです。ここを出て寮に入ることも考えたんですけど、ここまで家が近くにある人は入れないことだけは知ってて。だから俺、家でひとりでちゃんとします」

「偉い。そうね、美穂が好きなのね」

「そうです。以前とは別次元に美穂のことが好きで、もう何もしないとか無理です」


 その言葉にお父さんが顔を上げる。


「美穂に色々したい……と」

「そうです。したいです。だから表の家にすむ、他人にならせてください。美穂の本当の彼氏になりたいから」

「色々……美穂にする彼氏になるのか……」

「したいです」

「するなよ」


 お父さんは真顔で圭吾を見る。

 圭吾はふるふると首を振り、


「いえ、やっぱり無理でした。今日手を繋いだら、もうずっと繋ぎたい気持ちがすごいです」

「手を繋いだのか? 恋人みたいに」


 こうしたのか?! と自分の手を圭吾の目の前で神さまに祈るみたいに組む。

 私はお父さんの背中を叩き、


「お父さん、何言ってるのもう!」

「何もしない彼氏はどこに行ったんだ」

「無理でした。今も繋ぎたいです。言葉じゃ足りない、大切だって触れて伝えたい。びっくりするくらいイチャイチャしたいです、すげー我慢してます」

「父親を前に、何を言ってるんだ、君は。そんなのは高校を出てから……いや大人になってから……いや結婚してからで十分だ。指一本触れないんじゃなかったのか」


 お母さんは横でケラケラ笑いながら、


「お父さん、古いわよ~~」

「何言ってるんだ! いや圭吾くんなら大丈夫……いや、何もしない彼氏はどこに行ったんだ!」


 お父さんが突然圭吾に文句を言い始めて笑ってしまう。今までびっくりするくらい同じ空間にずっといたのに、本当に家族として圭吾を扱っていたのだと知る。

 そして圭吾とお父さんとお母さんはしっかりとルールを決め始めた。

 お母さんはおかずを適度に圭吾の家の冷蔵庫に入れる。圭吾は自分で白米を炊く所から始める。洗濯は別にして、お風呂も交換しない。深夜のサッカータイムは、お父さんが圭吾の家に行く。

 圭吾はお母さんに頭を下げて、


「すいません。ここまで栄養バランスが素晴らしい料理、自分では作れなくて。でも練習します、簡単なものから」

「今圭吾くんがしなきゃいけないのは、サッカーよ。寮の子だって料理なんてしてないでしょう。だから全部冷蔵庫にいれておくわ。ご飯が炊けて損はないから、それはして。でもお皿は自分で洗いなさい。タッパーも洗って持ってくるのよ。自分の家を寮だと思えば良い」

「はい」

「何か作るなら、美穂が一緒に教えれば良いわ。お料理デートなんて素敵じゃない?」

「男の家に女の子が出入りするのは良く無いな。ここで作って、持って行けは良い」


 つい昨日まで自由に出入りしてたのに?! 圭吾が私に「色々したい」と言ってからお父さんの目の色が変わって面白すぎる。でもこれが普通の男女の距離感だ……とは私も分かっている。

 それにさっきカフェで抱き寄せられて、予想以上にドキドキした心を、もう誤魔化せない。

 私はきっと圭吾が好きなんだ。

 幼馴染みを辞めて他人を目指すからこそ、そう思える。

 圭吾はさっそく「すいません、家で食べます、ありがとうございます」と食事をタッパーに入れてもらって私の家を出た。

 部屋から見ていたら、すごく長い間ドッタンバッタン音がしてたから、掃除していたのだろう。

 気になるし助けたいけど、この距離感が普通のこと。

 そして次の朝も圭吾は、お母さんが夜のうちに準備して冷蔵庫に入れておいた魚やお肉を食べて、ちゃんとご飯は自分で炊いたようだ。お母さん曰く「まあ全部ここから」と笑顔を見せた。

 お母さんが付いててくれるなら大丈夫だろうと思うのと同時に、当分一緒にこっちでご飯を食べられないことを、もう淋しく思ってしまった。私のほうが慣れないといけない。




「……香月さん、ですよね?」

「はい。里奈の死に不審なことが無かったことが分かり、島崎家で仕事するのを辞めました」


 桃のお母さん……里奈さんの車が沈む海に、私たちは旅行にきた。

 プランの全てを千颯さんと香月さんが立ててくれて、家の前に車が迎えにきて、至れり尽くせり。楽しい旅行の始まりだー! と思ったら香月さんがシンプルなTシャツの短パン姿で驚いてしまった。

 どうやら本当に里奈さんの事にしか興味がなかったようで、島崎家で仕事するのを辞めていた。

 でも桃の隣の部屋に住み、何も変わらない生活をしているのだと言った。

 桃は「疲れたんでしょう。少ししたらきっと私たちを助けてくれる」と静かに言った。

 結局里奈さんはどうしようもなく愛されていて、そのまま死にたかった里奈さんの願いを香月さんは知った。


「ここね」


 下道をひたすら走って二時間。上を高速道路が走る海沿いの道に車を止めた。

 里奈さんは上を走る高速道路から、ノーブレーキで海に落ちた。上から見るとかなり高い崖で、波の飛沫が見える。

 ダイバーの人たちが頑張ってくれたけど、車を揚げることは不可能だったようだ。

 ずっと海を見ている桃の手を私は握った。桃はずっと海を見ていた。

 その表情はどこか優しくて、どうしようもなく淋しそうで、それでいて静かで。

 私が手を握ると、桃は私を優しく抱き寄せて頭にキスをした。そして、


「……連れてきてくれてありがとう」


 と波音と同じくらい静かに言った。

 私は桃にグイグイしがみ付いて、流れる涙を見えないようにした。

 だって桃が泣いてないのに、私が泣くのは、涙の泥棒だ。

 桃は何度も私の涙を指先で拭いて、頭を撫でてくれた。

 気がつくと、千颯さんも横にきていた。私は千颯さんの服を引っ張り、


「ねえ。千颯さんって、昔……金魚を捕まえた時も、コインランドリーで会った時も歌ってなかった?」

「ああ、昔は結構歌が好きだったから。確かに最近は歌ってないね」

「聞きたいな、久しぶりに。ここで歌ったら里奈さんにも聞こえるんじゃないかな。千颯さんの声すごくキレイだったから」


 私がそう言うと、横に立っていた桃が、


「確かに千颯の声ってお母さんに似てる。高くて低いのよね。お母さんとたまに歌ってたわよね」

「そうだね。懐かしいな」


 そう言って千颯さんは軽く歌い始めた。

 全然知らない曲だったけど、それは波と踊るように軽くて、それでいて何度も語りかけるような声で。

 海は来た時は激しく波打っていたのに、千颯さんが歌うとそれを喜ぶように、受け入れているように、共に歌うように静かになっていった。

 私は里奈さんのために持って来たお庭の花束の花を、ひとつ、ひとつ、海に投げていれた。

 それを見ていた桃も千颯さんも、歌いながら一本一本、ゆっくり投げていれた。

 海はそれをただ飲み込んで、再会を喜ぶように消していく。

 海の向こうに夕方が迎えに来て、世界の境界線が消えて千颯さんの歌声と、静かな海だけが残った。私たちは手を繋いで、それをずっと見ていた。


 海を後にしてチェックインしたのは、貴族なの?! と叫びたくなるような豪華ホテルで、露天風呂からは海とまん丸の月が見えて最高に気持ちが良くて、お魚は今まで食べたことがないくらいコリコリしていて最高だった。何度も侵入を試みる千颯さんを追い出し、ふたりでくっ付いて眠った。

 甘くて優しくて、遠くに聞こえる波音を聞きながら、どうしようもなく深く眠った。



「ちゃんと寝る時は部屋に行くから、もうちょっと同じ部屋で遊びたかったのに」

「桃とくっ付いてダラダラしたかったんです。桃も私も部屋にある露天風呂に何度も入ってたから、服もちゃんと着てなかったし」

「美穂ちゃんの浴衣姿、もっと見たかったのに」

「千颯さんは最近目がエッチでダメです」


 帰りの車の中で私は桃の腕にしがみ付いて睨んだ。

 桃は私の頭を優しく撫でて引き寄せて髪の毛にキスをして、


「やめなさい千颯、美穂は欲を丸出しにするとダメなのよ。こうして可愛がれば甘えてくれるんだから」

「えへへ~~。桃大好き。やっぱり桃が好き。桃といるほうが……楽だな……」


 私はため息をついた。

 実は圭吾と家を分けてから、圭吾が「ちゃんと男の子」になってしまってちょっと怖い。

 今まで一緒にご飯を食べて家で遊んでただけなのに、それが無くなったら斜め前に住む私の事を好きな男子高校生になってしまった。前は普通に同じ家に帰ってきていたのに、それがないと、誘わないと一緒に行動できないのも、どうしたら良いのか分からなくなってしまった。

 桃はふふんと笑い私の腰を引き寄せて、


「幼馴染みというアドバンテージを自ら捨てる男。やはりバカ」

「圭吾だから何をしてくるわけでもないって分かってるのに、一気に距離感が出来て、よく分からなくなってきちゃった……」


 今まで幼馴染みとしての付き合いがあったから、その距離感でいたいのに、突然男と女と言われても分からない。

 正直何もしない彼氏と何もされない彼女の距離感が一番良かった気がしてしまう。

 千颯さんは私の左側で、


「美穂ちゃんそもそも恋愛が苦手そうだから強引に来られるとキツいんだな。だったら俺と桃は圭吾くんが自滅するのを仕事しながら待つか。次の選択授業は、ホテル源川を引っ張り出せそうだ」

「ニコさんの作るワンピース、本当に良かったわ。あの人やっぱり才能ある。でも利益ラインの確保が難しいわね」


 ふたりは延々とこれからの三喜屋について話し始めた。

 私は全然分からないけど、ふたりは一緒にいるほうが強く輝く。

 私がそう言うと桃は微笑んで


「この旅行で生まれ変わった気がする。あの海にもうひとりの自分がずっと待ってて、やっと話を出来た気がするの。ずっと待ってたのにって怒られた気がする。私にはここに美穂と千颯の三人で来るのが必要だったのね。来る勇気を持てた時点で、お母さんはやっと死んだの。私が変わらないと、死は変わらなかった。美穂、私と一緒にいて、私を変えてくれてありがとう。やっと私は本来の私になった」


 と抱き寄せてくれた。

 そんなこと言って貰えて、すごく嬉しい。

 ふたりが話しているのを聞いていると眠くなってきて、私は桃の肩を借りて眠った。

 そしてマンションに到着、車から降りると圭吾が待っていた。

 何時に帰るとか言ってなかったのに……いつからここにいたんだろう。

 桃と千颯さんは私の肩を叩いて、マンション内に帰って行った。私は圭吾の前に立つ。

 圭吾は頭をかきながら、


「うす。おかえり」

「……いつから待ってたの?」

「三時間くらい」

「え~~~!? なんでそんなに」

「だってそのまま、また帰ってこない気がして」


 さっき車のなかで愚痴っていたことを見透かされてる気がして俯く。

 圭吾は私の荷物を自転車に乗せて歩き始めた。

 カラカラと夏の夜に自転車の車輪が回る音がする。

 家を離してから妙によそよそしくて、実は部活が終わっても一緒に帰ってない。

 そもそも適当に幼馴染みしていた時も適当にタイミングがあったら一緒に帰っていただけで、別に待ち合わせしてないのだ。

 でも家を分けたことにより「約束」が必要になった。今まで約束をしてこなかった私たちにそれは結構ハードルが高く、あまり一緒に居られてない。圭吾は頭をかきながら、


「……美穂と話せて無くて、ガチで淋しい。こんなの、俺が望んでたことじゃない」

「だって……なんか怖くて」

「美穂は、俺が怖いんじゃない。俺が別の人間になった気がして怖いんだ」

「そう、かも、知れない」

「俺は何も変わってない。今も前も、美穂が世界で一番好きな、美穂が怖がることはなにひとつしない、美穂をスゲー好きなただの男だ」

「!! 今までそんなこと言わなかったのに、そんなこと言われるのが無理なの!」

「言えなかっただけで、そう思ってた。でも何もして無かっただろ。ずっとそう思ってた。でも情けなかったのは間違いない。でも……何も変わってない。美穂が離れるのが、マジでキツい。話したい。近くに居たい。美穂が好きなんだ」


 もう顔が熱くて熱くて火が出そうで、そこにしゃがみ込んでしまう。

 圭吾のストレートすぎる言葉は、私から思考を奪う。

 圭吾は自転車を止めて、私の横に膝を丸めて座った。


「……こういうのがイヤなら、言わないようにする」

「嬉しいけど恥ずかしいの、慣れてないの、圭吾なのに甘いのやめて!!」

「どうすりゃ良いんだよ」


 そう言って圭吾は手を柔らかく握って立たせた。

 そして私の手を握りながら、


「朝、一緒に部活に行きたい」

「……早すぎて無理。部活はじまる2時間前に行くとか理解不能」

「じゃあ一緒に帰りたい」

「部活終わったあと2時間走るの待ってるのイヤ。……じゃあ水曜日。水曜日はいつも部活早く終わるでしょ。だから……一緒に出かけたり、その日は圭吾の日にする……のはどう? その日だけは走ってるの、見ててもいい……」

「ありがとう、そうしてくれるとすげー嬉しい。抱きしめたい。抱きしめてもいい?」

「……いいけど」


 圭吾は私の手を引っ張って優しく抱き寄せてきた。

 圭吾の石けんの香りと、しっかりとした身体。でも抱き寄せている腕は優しくて私を安心させた。

 圭吾は染み出すように、


「……好きだ。すげー好き。……くっそ……もっと何とかしたい……」

「!! なんかヤダ。もう変なこと言うの禁止」

「抱きつくよりもっと好きなのに、伝えたいのに上手に出来ない」

「もう帰ろう! はい自転車こいで!」

「わかんねー」

 

 圭吾は意味不明なことを言いながら私を後ろに乗せて自転車で走り始めた。

 私は圭吾のお腹にグッと身体ごとしがみ付いて、背中に頭をスリッ……と寄せた。

 未来は分からないけど、たぶん特別。それは分かってるから、もう少し向き合ってみる。

 ゆっくり私たちだけのペースで。




 時が経ち、私たちは高校三年生になった。

 私は授業で色々学び、料理の面白さを知った。

 そしてヨーロッパの強豪チームの料理は、世界の料理を取り入れた複合食だと知って、もっと知りたくなった。

 だから大阪の世界の料理や歴史を学べる大学に進学を決めた。

 高二のタイミングでそれを圭吾に話した。だから大学四年間離れたいと。

 そしたらなんと圭吾は「じゃあ俺は高三の選手権で絶対国立行って、大阪のサッカーがツエー所に推薦でいくわ」と普通についてくることを宣言した。

 高二の選手権は選手として出場したものの県大会決勝で敗北していた。

 圭吾は「絶対勝つ。高校は美穂が来てくれたから、大学は俺が着いて行く」と宣言した。

 そして高三の選手権では県大会で優勝、全国高校サッカー選手権大会に出場するも初戦敗退、国立競技場のグラウンドに立つ夢は叶わなかったけど、見事に戦った。

 その結果大阪のサッカーで有名な大学からスカウトが来て、競技成績証明書で入れてしまって驚いた。

 有言実行にも程がある。でも当初考えていたより強い大学に入れたので活躍の場所を広げることになりそうだ。

 桃は千颯さんと同じ大学に行くことを決めた。桃は経営者、千颯さんは政治の道に進むみたい。

 工場跡地を巡る戦いは本格的に熱を帯びてきて「必ず取るわ」という桃はメチャクチャカッコ良い。

 そして今、高校の卒業式が終わって、私は圭吾に手を引っ張られて歩いている。


「……ねえ、圭吾。みんな打ち上げに行くって言ってるよ?」

「高校卒業したら、俺の家でしたいことがあるんだ。それが終わったら行こう」

「え? 何?」


 圭吾は私の手をグイグイ引っ張って自分の家に入った。

 圭吾が居なくなるこのタイミングで、家を売ろうと圭吾のお父さんは思ってたらしいけど、圭吾がFCカレッソに必ず戻るから持っててくれ……とお願いしたようだ。結果、琴子ちゃんが美容師の勉強をしながら一人暮らしするらしい。良かった家が無くならなくて。

 圭吾は、玄関のドアと鍵を閉めた。

 そして私を玄関に立たせて、


「抱きしめて良い?」

「……ん」


 私が言うと圭吾はゆっくりと抱きしめてきた。

 本当に付き合いはじめてから二年。何度も私たちは抱きしめ合ってきた。

 最初は戸惑いながら、困りながら。でもやがて私は圭吾を信用していった。

 圭吾は宣言通り、私が嫌がることをひとつもしなかった。何かするときは、いつだって私に聞いた。

 圭吾は私を抱きしめたまま、


「高校卒業したら、この家の中で、美穂にはじめてのキスをするって決めてたんだ」

「!!」


 はじめて唇を触れさせてきたのは掌の甲に。そして頭に、そして頬に。

 する前に確認してからおずおずと、圭吾は私に唇で触れてきた。

 でも頑なに唇にキスしなかった。

 高三の引退試合のあととか、良い雰囲気になったからされると思ったのにされなくて拍子抜けした。

 私が嫌がると思ってるのかな……と思っていたけれど。

 圭吾は私の頬を両手で包んだ。どうしようもなく真っ直ぐに圭吾は私を見た。

 そして、


「美穂、ずっと一緒にいて」

「……!! もお、こんな近くでそんなこと言わなくて良い」

「俺、毎日ジョギングして美穂のマンション行くから。走れる距離にしてくれてありがとう」

「私も練習とか見たいから。それは楽しみなんだ」

「良かった。俺……美穂の近くに居たい。それは譲れない」

「……もお、分かったから、分かったよ」


 私がそう言って圭吾の制服をツン……と引っ張ると、圭吾はコツンと私のオデコに、じぶんのオデコを当てて、


「……好き」

「……私も、圭吾が、好きだよ」

「マジで嬉しい。キスしても良い?」

「……良いよ」


 圭吾は私の言葉に触れるように私の唇に、優しくキスをした。

 そして一度離して、私を見て、


「……もっとして良い?」

「……良いよ。ずっと……なんでしないんだろって思ってたもん」

「くっそ……どれだけ我慢したと思ってんだよ、もうマジで無理」


 そう言って圭吾は再び私の唇にキスをした。

 そして強く身体を抱きしめる。キスをしては顔を離して「まだしても良い?」と聞いてくるのが、もうあまりに圭吾で、私は途中からロマンチックがぶっ壊れて笑ってしまった。

 圭吾は私を抱き寄せて真剣な表情で、


「笑ってると、もっとすごいことするけど」

「……打ち上げ、行かないの?」

「もっとすごいことするぞ」

「……どんな?」


 圭吾は自分のネクタイを緩めて、私の手を引っ張って家の中に連れ込んだ。

 どうしようもなく距離感が分からない所から始まった私たちの恋は、結局どうしようもなく甘く始まった。

 きっとこれからも私たちの距離感のままで。






終わり


★や、感想をお待ちしております。

また何か書きます。

 

 

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