小話:プリンツ・オイゲン一代記:7

 1686年、勝利をおさめたハンガリーでは、今度は、司令官同士の小競り合いと、罵倒合戦が頻発し、オイゲンのお陰で、なんとかひもじい生活から、一時的に脱出していた、彼の連隊の騎士たちは、「早く司令官帰ってこないかな?」そんなことを願いつつ、あきれるしかなかったが、ブダで激しい戦闘の間、教皇特使として、不眠不休、「疲れを知らない説教師」と呼ばれたマルコ・ダヴィアーノの説教をもってしても、それは収まる気配もなく、やがてオイゲンが送った食料もつきはじめ、またつつましくなった、ひもじいハンガリーの軍隊へ、ようやくオイゲンが戻ると、彼は、司令官の中でも、特に、軽々しくわがままで衝動的、そんな評判であった男の下で、再び迫りくるオスマントルコと、戦うはめになっていた。


「あちゃー司令官、今度は、思いっきりハズレましたね……」

「最善を尽くそう……」


 そうして、ハンガリーのブダは、再び戦火に巻き込まれ、竜騎兵を率いていたオイゲンは負傷するも、部下たちには「イェニチェリYeniçeriには、いかなる情を、かけるべからず!」そう厳命し、果敢に奮戦していた。


 キリスト教徒であったにもかかわらず、改宗してオスマントルコの兵士となった彼ら「イェニチェリYeniçeri」は、オイゲンや、その他キリスト教徒たちにとって、許されざる存在であった。


 血で血を洗う……もはや、そんな様相にすら見える、凄まじい戦いがようやく終わり、皇帝軍の勝利のあと、生き延びたイェニチェリYeniçeriは確認できず、見つかった他のトルコ兵たちも、皆殺しにされた。これは非情な行為に思えるが、当時としては、当然の処分であった。


 ブダでの勝利のあと、皇帝軍は、勝利に勝利を重ね、オイゲン自身はドナウ川を下って、ハンガリー南部まで進撃し、初冬を迎える頃、ようやくウィーンへ帰還していた。大勝利である。


 しかしながら、それからも、オスマントルコや、時代によって、様々に変わる敵との困難な戦いは続いたが、オーストリアに従軍して以来、彼は決して敗北しなかった。


『オイゲン・フランツ・フォン・サヴォイエン=カリグナン』


 パリで、母の愛も得ずに生まれ、わずかな路銀を手に、親友とフランスを脱出し、ボランティアで、オーストリア軍へ、なんとか仕官させてもらった。


 そんな、冴えない風貌の青年は、ありとあらゆる苦難と試練を乗り越え、賄賂など決して受け取らず、清廉潔白なまま、実力で出世に出世を重ね、ついにはオーストリア軍の頂点まで上り詰め、いろいろと増えた収入をコツコツと貯め、いつしか芸術の保護者にもなり、ヴェルベデーレ宮殿も建てていた。


 彼は、今現在も独身ではあるが、先々代、先代の皇帝に引き続いて、現在の「神聖ローマ帝国皇帝」オーストリア大公、カール6世にいたるまで、三代に渡ってハプスブルク家に仕え続け、このお話では、無事に育ち、自分の後継者でもある、たったひとりの近しい血縁にある甥と、その家族に包まれるように、暖かい家庭を手に入れ、未来の希望、ハプスブルク家の次期後継者、「マリア・テレジア・ヴァルブルガ・アマーリア・クリスティーナ・フォン・エスターライヒ(改)」を教育し、育てているのである。


「若い者には、まだまだ負けんよ!」


 それが口癖の彼であったが、窓からぶら下がって降りた先には、いつも心配そうな顔で、甥のザヴォイエン公子、そして甥の妻フェリスが、騎士たちと一緒に、こっそり見守っていた。


「叔父さま、一体、いつまで、あんなことを続けるおつもりかしら……」

「…………」


 心配になって、しょっちゅうヴェルベデーレ宮殿へ通っている甥夫婦は、彼の乗る馬のあとをつけ、オイゲン公が、無事に帰ったのを確認してから、自分たちが暮らす、リヒテンシュタイン宮殿に帰って行った。


「御伽噺の王子さまには男の子」は、いつの間にか、「欧州の影の皇帝」となっていた。


 彼の戦いは、先行きの分からないままに、まだまだ続く……。そして、本編のお話の中では、なぜかまだ58歳である。


 影の皇帝は、知らぬ間に、時の女神ですら、従えていた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る