小話:プリンツ・オイゲン一代記:6

 1684年の夏、ハンガリーで、オスマントルコを撃破したにも関わらず、オイゲンたちは、とんでもない苦難の道を歩んでいた。

 これまでの両者の戦争でハンガリーは荒廃し、オイゲンたちボロボロの疲れ切った残存部隊は、冬のまともな宿営地すら用意はできなかった。


「なんでも御馳走! ワインが今日もおいしい!」

「泥水でふやけていないし、泥もついてないじゃないか! それならこれは御馳走!」


 彼らは、エステルハージ侯爵家が、無償で提供しているワイン樽に入っている美味しいワイン、それと、カッチカチのちょっぴりだけのパンをひたしたのを前に、毎日そんなことを言って、自分たちの折れそうな心を、必死でごまかしながら、日々を送っていた。たまにある、エステルハージ侯爵や、ハンガリー貴族たちが、なんとかかんとか調達している、自分たちの食料から、ひねり出して分けてくれる、そんな差し入れだけが、心の支えであった。


 やがて、プリンツ・コンティも、案の定、所業がばれてしまい、再びフランスへ帰国させられる。


 そんな中、竜騎兵の指揮官に昇進していたオイゲンも、「用事があるから、ウィーンに一旦帰ってこい」と命令を受けたので、ハンガリーを離れることになっていた。


「でも、ウィーンに家、ないんだよね、てきとうな宿屋でも探すか……」


 オイゲンは、「宿代は足りるかな?」そんなことを心配していた。彼は、収入以上の金を、自分の連隊につぎ込んでいたので、いつも金欠、そしてであった。


 幸い、スペイン大使館が、「ウィーンにいる間は、いつでもうちに泊まって下さいよ! もちろん、3食お食事も、ご用意いたしますよ!」そんなことを言ってくれたのではあるが、そんなに、いつもいつも、いつまでも、お世話になっている訳にはいかない。


 それに、なんとかハンガリーに残った自分の部隊に、なにか、「おいしいしい物を、早く沢山届けてやりたい」と、心から強く思っていた。国庫は常に空なので、アテにはできなかった。


「どうしたものか……金、金、世の中は何をするにも金がいる……うん? そういえば……を思いついた!」


 彼は、ウィーンでの用事が済んでから、イタリア、つまり父の出身であり、自分のいまの肩書である、「サヴォイエン=カリグナン」サヴォイエンつながりで、サヴォイエン本家の大公である、「ヴィクトル・アマデウス」から、金をことを思いついていたのである。大公にとっては、いいことでもなんでもなかった。


***


【時代はマリア・テレジアが六歳の頃に戻る】


「いっつも、いっつも金欠で、申し訳なかったわね。今度臨時給付金出すわね、恥ずかしい……」

「いやいや、いまはもう、懐かしい思い出話! 最近は、基本給がぐんと上がっておりますから、お気遣い無用です! それに、本家の大公が、実に気前のよい人物で、金貨がつまった箱を沢山、その上、修道院2件からの収入を、独身の間は永久保証にしてくれまして! 連隊にはすぐにそれで、食料を山積みにさせた、大規模な輜重隊しちょうたいを送りました! それではまた次回!」

「それは良かったわ……またね……」


 オイゲン公が消えてから、マリア・テレジアは、父のカール6世といい、兄弟そろって経済オンチだったのか……と呆れていたが、それにしても、サヴォイエン本家の大公は、まさかここまで、オイゲン公が「独身を貫く」とは、思っていなかったんじゃない? 眉をよせて、そんなことを考えていた。


 彼女の夢の中では、ボロボロの兵士たちが、届いた沢山の御馳走を、うれしそうに、ほおばっていた。


 なお、このとき、実はオイゲン公は、オランピア・マンチーニと、再会を果たしていたが、当然のことながら、両者の間に横たわる深い溝は、埋まらなかったのである。

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