ファンディスクのヒロイン(他者視点)

──特待生ベッキー視点──


 物心ついたときから、あたしは自分が転生者だということに気付いていた。これがよくあることかどうかは知らないけれど、前世で大好きだった乙女ゲームに似た世界だと知ったときは飛び跳ねて転んだことを今でも覚えている。


 あたしが転生したのは中堅商家『ヴィンス商会』の一人娘ベッキーだ。そう、あのゲームのファンディスクのヒロイン。もちろん本編に続いて隅々までやり尽くしていたのでよく知っている。


 普通ならそこで「あたしもアスター学園に入って逆ハーレムを!」ってなるんでしょうけど、あたしはまったくそうは思わなかった。なんならアスター学園に入りたくないまである。


 コンプリートまでした乙女ゲームに似た世界に転生したのに、それはなぜなのか?


 もちろん理由はある。あたしは確かにあのゲームが大好きだった。あんまりにも好きすぎて二次創作をしてしまうくらいには。そして更に、オリジナルキャラを作ってヒロインとくっつけるまでやってのけたのだ。今冷静に振り返ってみると、一体何をやっていたんだろうと思わなくもない。


 ともかく、その果てに転生してきたので、今のあたしにはアスター学園もアスターパーティも必要ないのだ。精神的にはもう卒業していると言ってもいい。


 そうなるとこの世界であたしは一体何をして生きていけばいいのか。もちろん目標はある。二次創作で生み出したオリジナルキャラがいるのか探すのだ。あのキャラは当時のあたしの性癖、じゃなくて理想を詰め込んだ存在だから、いるのならぜひ会いたい。


 ということで、あたしはゲーム無視でこの世界を生きようとした。似ている世界とは言っても同じではないのだから、ゲームの通りに生きる必要なんてないもんね。自由に生きることを決意したあたしは父親の手伝いをしつつ、やがて来たるべき日のために生活力を身に付けていった。


 ある程度大きくなるまでは思惑通りに進んだ人生だったけれど、この世界を意識して十年ほどしたある日、ついにあたしのオリジナルキャラのイアンくんを見つけた! しかも二次創作シナリオ通り父親の商会に丁稚奉公としてやって来るとは! ありがとう世界! あたしはあなたに感謝するわ!


 四つほど年下のイアンくんは貧しい親に売られてあたしの父親の商会へとやって来たんだけど、最初は不安そうにこちらを眺める目がたまらなかった。そ、そんな目で見られると今すぐに!


 飛びそうになる理性をどうにかつなぎ止めてあたしはイアンくんに優しく接する。それこそ時間が許す限り一緒にいて、可能なら手取り足取り色々と教えた。父親が渋い顔をするけど知ったことではない。今の私は逆光源氏計画を遂行している最中なんだから。


 そうして二年ほど過ぎたある日、父親からアスター学園に行くよう命じられた。理由を聞くと、貴族との伝手を作って商売に活かすためらしい。その間はイアンくんと離ればなれ。もちろん拒否した。今すぐ結婚したいのを我慢しているというのに、この上離れるなんて考えられない!


 ここであたしは父親と大喧嘩した。行く、行かないで連日言い争う。百万歩譲ってそれならイアンくんを従者にと要求すると、将来の番頭候補にそんなことをさせる余裕はないと拒否されてしまう。


 尚も散々言い争いを続けるものの、見かねた母親がここで仲裁してくれた。特待生として入学し、貴族の伝手を作ることができたのならば、イアンくんと結婚してもよいと。あたしがイアンくんに夢中だったことはお見通しだったらしい。女神から生まれてきたことを感謝しよう!


 今度は父親が母親に抗議をするが最終的には渋々認めてくれた。うちの家系は代々女系で父親も婿養子だからこそ母親の意見が通ったのだ。なるほど、だからそんな提案をしてくれたんだ。


 こうしてアスター学園に入ることになったわけだけど、少し気になることがある。それは、この世界が前世のゲームと似ているという点だ。イアンくんがいる時点で文字通り似て異なる世界だけどゲームと同じ部分もあるはず。それで何が困るのかというと、そのゲームが乙女ゲームだという点がちょっとね。下手にゲームをなぞるような生活をすると、学園内の攻略対象男性キャラとくっついてしまう可能性があるのよ。これは困る。無茶苦茶困る。


 そこであたしは、入学後半年は孤立することにした。ファンディスク本来のプレイ期間は本編の一年前に入学するので約二年半になる。けれど、あたしが父親と喧嘩しているうちに二年が過ぎたので、ゲーム的には入学直後のアスターパーティまで我慢すればいいと考えたわけ。少なくとも一学年生の春は絶対に何もしてはいけない。絶対にだ。


 こう決めてあたしはアスター学園に入学した。




 学園に入学して最初にしたことはゲームのキャラがいるかどうかの確認なんだけど、確かにいた。しかもメインキャラが全員生徒会に入っている。ゲームだと本編のヒロインは入っていないんだけど、やっぱり似ているだけで微妙に違うらしい。


 けどそれ以上に驚いたのは、悪役令嬢がまったく悪役令嬢をしていないという点だった。こっちの世界だと恋の仲人なんて呼ばれて学園内では聖人みたいに呼ばれて大人気になってる。ゲームのストーリーが完全に崩壊しているわよね、これ。


 ということは、もしかしてゲームのことをあんまり気にしなくてもいい?


 一度お茶に誘われたけど、話し方とか雰囲気とかはゲームに近いけど悪人のようには見えなかった。誘いを断ると取り巻きが随分と怒っていたけど、こっちはゲームそのままみたいね。


 他にも、本編のヒロイン二人と攻略対象男性キャラ二人が婚約しているのを知った。しかも、仲を取り持ったのが悪役令嬢らしい。これは完全にシナリオが破綻していると感じた。


 これだけゲームと違う流れになっているのならばもう気にすることもないように思えたけれど、それでもわずかに不安は残る。なので、最初のアスターパーティまでの間は当初の方針通り人との関わり合いを最小限にとどめた。




 ゲームのキャラそっくりの生徒がいるにもかかわらずゲームとは全然違う形であたしはアスターパーティ当日を迎えた。


 正直まったく気乗りしなかったけれど、現実にも強制イベントがあるのでそれはこなさないといけない。ただ、あたしはこの舞踏というのが苦手だから出たくないのよね。ゲームだとパラメーターを上げるだけでうまくなれるんだけど。


 とりあえず茶色の地味なドレスを着て一人で舞踏館に入ったけど、さすがに貴族の男女だけあってみんなきれいに着飾っているわね。なんだか自分一人が浮いているように思えたけど、孤立することを望んだんだからこれでいいかもしれない。


 曲が始まっても一人壁でじっと立っていたあたしは周りをぼんやりと見ていた。ゲームで相手がいないままこのパーティに臨んだときも同じ状態になるんだけど、実際にこうなってみると思った以上に暇だ。ゲームならいくらかテキストを読んでパーティが終了するのに。あーあ、スキップできないかな。


 もう帰ろうかと思い始めていると、一人の高身長イケメンがあたしに近づいて来た。待ってあれって王太子のメルヴィンじゃない。なんで?


「お嬢さん、先程からお一人のご様子ですね。私と一曲踊っていただけませんか?」


「え? あ、あたしは踊るのが苦手で」


「慣れない方のための舞踏もありますから大丈夫ですよ」


 周囲の人が注目し始める中、あたしは差し出された手に恐る恐る自分の手を置いた。誰も見ていないのならばまだしも、これだけ注目された中で断れる勇気はあたしにはない。


 高身長イケメンとの踊りは散々なものだった。ステップは簡単なものだったけど稽古のときと違って間違えまくる。何か話をした気がするけど全然覚えていない。これは心の準備ができていなかったからと内心で必死に言い訳をしていた。


 すっかり不機嫌になったあたしを見た王太子は踊り終わるとあたしを会場の中央から連れ出した。逃げ出すわけにもいかず、手を引かれるままについてゆく。すると、その先にいる貴族の女に気付いて目を見開いた。


「フェリシア、ここにいたんだね。探したよ」


「あの、その方は」


「今年入学してきた一学年生の特待生のベッキー嬢だよ。休憩直前の一曲で踊ったときに、一度君と会ったことがあると聞いてね。一緒に来てもらったんだ」


「それで、一緒にわたくしを断罪するために?」


「断罪? なぜ? 私は君とベッキー嬢が知り合いだと知ったからこうして連れてきただけだよ」


「え? そうなんですの?」


 ぼんやりと話を聞いていたあたしは悪役令嬢の言葉を聞いて我に返った。断罪? ゲームだと確かに今はその場面よね。でもそんな気配のない今、どうしてそんな言葉が出てくるの?


 ああなるほどとあたしは納得した。ゲームに似た世界なのに状況が全然違うのは、悪役令嬢こいつが引っかき回したからか。そしてあの断罪という言葉を使ったということは、たぶんあっちも転生者の可能性が高い。


 それならむしろ好都合だ。あたしもゲームのストーリーを進めたくないんだから、本編のヒロインと同じように悪役令嬢こいつの思惑に乗ってやろう。


 まだいくらか不機嫌な顔をしたままあたしは二人の会話に口を挟む。


「このアスターパーティは、最低一度踊れば後は立っていても構わないのですよね?」


「え、ええ。誰かに誘われてお相手して差し上げたら喜んでもらえると思いますけど」


「やっぱり、ちょっと、貴族様の舞踏ってあたしには合わないんですよね。根っからの平民みたいで」


「そうですの。でも、良い経験になるのでは?」


「確かにそれは言えてます。ああそうだ。あたし、結婚を誓った人を置いて来ているんで、卒業したら教えて一緒に踊ろうと思います」


「それは良いことだと思いますわ。ではそのためにも、もう少し踊られては?」


「考えておきます。それでは、お幸せに」


「ありがとう」


 ゲームのシナリオにとどめを刺したあたしは悪役令嬢の返礼を受けるとくるりと翻った。そして、そのまま舞踏会場の壁際に戻る。ああ、やっぱりこういうきらびやかな場所だとこういうところが落ち着くわね。


 その後、アスターパーティは何事もなく終わり、夏休みへと入る。もう後のことは何も心配していない。どの人物キャラもゲームの流れを望んでいないのならば、このまま違う世界線を進むはず。


 それよりも、久しぶりにイアンくんに会える! 稽古で学んだ舞踏を教えなきゃ! 手取り足取り密着して!


─完─

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悪役令嬢はヒロインが怖くて婚約できない 佐々木尽左 @j_sasaki

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