赤ちゃんベイビー大地誕生日

@DojoKota

冒頭

トイレットペーパーの中に女の子がいたとする。くるくるくるくるくるくるに巻かれたトイレットペーパーの中に女の子がいるのだった。それはびっくりすることかもしれないし、それはどちらかといえば私たちにとって想定済みのことなのかもしれない。例えば、私は、くしゃくしゃに丸められたティッシュペーパーの中にある日気がついたら存在していた。生まれていた、と表現しても良いと思う。母親という生物の生殖器を通過してきたわけでもないのに、そこに、ちゃんと、私は、座り込んでいた。後から聞いた話を言おうか。「柔らかい場所に産まれくる人間が存在するんだよ」「いや、それは、人間と言えるのだろうかって思うよね」「私たちにはわからないことが多いけれどもさ」「でも、柔らかい場所が発生すると、その場所に適応した大きさの柔らかい人間が、ぽん、ぽん、と生まれてくるんだ、どこからともなくどこからともなく」「条件はいくつかあるんだと思うよ」「とてもとてもちょうどよく、柔らかい場所であること」「ただ柔らかいだけじゃなくって、包み込むような柔らかさであること」「誰にもみられていないこと」「普通の生まれ方をした人間にはみられていないこと」「すくすくと大きくなること」「まるで新幹線の速度で、大きくなること」「誰にも見つからないうちに、すくすくと大きくなること」「生まれてすぐに歩けるようにならなくちゃだめなんだよ」これは、嘘ではなくって、私自身がそうなのだった。くしゃくしゃに丸められたティッシュペーパーに私は産まれて、その中から這い出してみたら、あたりは見渡す限り「くしゃくしゃに丸められたティッシュペーパー畑」だったのだ。すごい。白い。夕焼けの下に真っ白なティッシュ畑。何千何万じゃないね。何億何十億というくしゃくしゃに丸められたティッシュペーパーがずっと、びっしり、いや、適度にふわふわした距離感を互いに保ちながら、でも、連綿と地平線まで。地平線までずっと。そして、そのくしゃくしゃに丸められたティッシュペーパーから、のそ、のそ、と私を含めた私たちが這い出して来ている、のだった。そんな情景だった。私が生まれたのは。どうして私が生まれたのだろうか。その問いに対する答えは、そこに、くしゃくしゃの柔らかいティッシュペーパーがあったからだ。ティッシュペーパー生まれの私。そんな私が今、スーパーマーケットのトイレの便座に座り込んでいる。そして、自らの肛門を清めようとしてトイレットペーパーをくるくるくるくるくるくると巻いていた。ふっと考え事をしてしまい目線が宙に彷徨って、くるくるくるくるくるくる巻いていたトイレットペーパーをタイル敷きの床に落としてしまっていた。私はどうしてあんな場所で生まれたのだろうか、ふっと考えることが、しばしばあるのだった。床に落ちていたトイレットペーパーを拾おうとした。拾う前からわかっていたのだけれども、くるくるに巻かれたトイレットペーパーもくしゃくしゃのティッシュくらいには柔らかくて、だから当然そこにだって命は宿ることが可能なのだった。小さな赤ちゃんがいた。しかし、私は驚くのだった。「あれ」と私は呟くのだった。「私の赤ちゃん」と私はなぜかつぶやいていた。私はその親指ほどのサイズの赤ちゃんを両手で抱きしめてみた。そしてよくみてみようと目の前に掲げてみた。赤ちゃんは私の額にできたニキビを乳首だと間違えたのか、たんたん、と私の額をたたこうとするのだった。試しに赤ちゃんを私の額に近づけてみると、赤ちゃんはこれでもかってくらい私のニキビにしゃぶりついた。そして「にがいよお、にがいよお、これ、すごくにがい」と言った。「ごめんね」と私は答える。「にがくないものがほしい」と赤ちゃんが言った。私はカバンの中からチョコレートのお菓子を取り出して私の口の中に入れた。私の口の中でチョコレートはどんどん溶けていった。そして私はその溶けたチョコレートを吐き出して、私は私の体中がチョコレートまみれになるようにした。なぜか不思議と、次から次へとごぽごぽと口の中からチョコレートが溢れ出すのだった。たった一枚の板チョコがどうしてそこまで質量を増量させられるのだろうか不可解であるけれど、現実は、私がどんどんチョコまみれになるのだった。「さあ舐めてごらん」というまでもなく、赤ちゃんは、私のチョコに塗れた体を舐めるのだった。私が来ていたダークブラウンのスーツも、気がつけばチョコになっているし、私がチョコレートのお菓子を取り出した手提げカバンも気がつけばチョコになっている、私が履いていたスニーカーもチョコ。私の体もどこからどこまでがチョコなのかわからない状態でありながら、体温は残っていて全身がじわじわとチョコレートとして溶けてゆく様が感じられて、びっくり、というよりも陶然とする。本来はびっくりして当然の事態に対してびっくりしないでそんなこともあるよねと揺蕩っていることを陶然というのかもしれない。そんなことを考える私はまさしく陶然としている。というのも陶然というのは、そんなこと考えなくてもいいのになあ、ということをごくごく自然にぼんやりと川の流れのように考え続ける状態でもあるからだ。私のチョコレートがどんどん溶けてゆく。それは私が小さく小さく萎んでゆくことでもあった。私は記憶がどんどん鮮明に蘇ってくるのを感じる。私が生まれた時の記憶がぐんぐんと私の中で大きくなる。くしゃくしゃのティッシュペーパーの柔らかさが私の体の皮膚感覚に蘇る。周囲にいた、私と同様生まれたばかりの赤ん坊や生まれてしばらく経ってちょっとだけ大きくなったばかりの子供の顔がどれも個性的に別々の表情で蘇る。あの時あの場にいた私たちでした会話「ここはどこだろう」「どうしてここにいるのだろう」「これはうまれたということだろうか」「うまれたはいいけれどこれからなにをどうしたらいいの」といった会話。しかし、これら蘇る記憶は記憶に過ぎなくって、私の今は、チョコレートまみれで体が半分チョコレートになった状態で生まればかりの赤ちゃんに全身を舐められているのだった。赤ちゃんは気がつけば女の子になっていた。体が、ぐんぐん大きくなっていた。「あなたは私専用のチョコレート」としっかりとした口調で、すでに10歳くらいの大きさになった女の子は言った。「それはそれでよいのかもしれないな」と私は心で思っていたことをそのまま呟いていた。「私は誰かのチョコレート」生まれた時は思いもよらなかったけれども、私は誰かのためのチョコレートになるために、生まれて来たのかもしれないな、という心の中の断言は、なぜか知らないけれど、私の中ではしっくりとした納得感があるような、ないような、ふわふわした気持ちになった。納得感、という固い形状のボールが心の中にあって、それが心の中の広い床面積の上をころころとあっちへいったりこっちへいったり転がっているイメージだった。「さあ、立って」生まれたばかりのはずのその子が言った。これは、納得感、じゃないな。毅然とした態度についつい従っちゃう従順さ。私はその子の言葉に納得しているわけじゃないのに、即座に従った。何だか私は笑っていた。その子は鏡のように笑っていた。立ち上がってわかったことがいくつかあった。其の一、私が座っていたはずの便器がぺちゃんこになるまで、破壊されていた。だから床一面陶器の破片が転がっていた。其の二、私とその子の身長はほぼ同じになっていた。よくわからないけれど、その子が大きくなった結果、私は小さくなったのだった。私は裸でチョコまみれだった。そういえば肛門を拭く前だったから、どこかの境でチョコとうんこが混じり合っているのかもしれないけれど、全身、チョコレート色だった。その子は10歳くらいの女の子になっていて、私も10歳くらいの女の子になっているのだった。懐かしい形だった。私たちは顔や形はまるで似ていないようだったけれど、背丈と、おそらく体重はぴったり一緒なくらい一緒のようだった。きっと、彼女が、ぴったり一緒になりたいなと思って、きっと、彼女が、ぴったり一緒になるように、彼女自身の急成長を調整して、今彼女のこのサイズに成長を一時停止させたのだろうと私は確信した。納得感に、従順さに、確信に、私の心は徐々に徐々に彼女に向かって意識が収斂されていくようだった。彼女は私を爪先からゆっくりと上昇するようにして、ぺろぺろと舐め始めた。いや、赤ちゃんだった時から好き勝手に私を舐めていたのだけれども、今回は、計画的な、舐め方だった。つまり、下から上へ。隈なく。私の体の表面をなぞるように。丁寧に。そんなことをされても、私はこそばゆくなどならなかった。まるで、私の体がピント張り詰めた鋼鉄のロープであり、彼女の舌がそのロープの上を走行するロープウェイのようだった。いや、違うかな。わからないや。けれども、私の感覚としては、彼女の舌は、私の体だった。私の体の表層部を自由に行き来する可動性のある私の体という感じだった。「綺麗になったよ」と彼女が言った。全てのチョコレートが舐め取られたようだった。彼女は私の肛門などまで全て舐めとったのだった。私はどこを舐められてもこそばゆくなかったから、ただぼんやりとした表情で全身が舐められ終わるのを待っていたのだった。「ありがとう」みたいな言葉を私は言った。「感謝するのはあたしの方だよ」と彼女がいう。「そうなのかな」って私は答える。言葉が変な感じに響く。喉が渇いているのだろう。夜になっていた。真っ暗になっていた。「だって、生まれたばかりのあたしを、ここまで育ててくれたのは、あなただよ」彼女は言った。私は彼女のお母さんなのだろうか。わからない気持ちが浮かんできた。あたりは真っ暗だった。それくらいになるまでずっと、私たちはここで誕生と成長のために時間を費やしていたんだ。真っ暗になるのはなぜだろうか。それは、人々が休んでいるからだ。電気は消されてトイレの中は真っ暗だ。いうまでもないことだが、私の来ていたスーツはチョコレートになって溶けてしまっていて、裸で生まれ育ったばかりの彼女は、もともと服など着ていなかった。おへそと乳首が唯一の装身具のようにぽつんぽつんとしている二人である。お互いにお互いの臍の穴を突っつきたくなる。真っ暗闇の中、私たちは何となく歩いた。裸であることを恐れるな。二人でいたら、あんまり寒くはない。スーパーマーケットは気がついたら私たちが篭っていた女子トイレの個室以外全て破壊されており、扉を開けると、荒野だった。瓦礫の、山、だった。そんな肌触りを素足に感じて、そして思い出されるのはやっぱり、「私が生まれた場所は、すごく、やわらかったけれど、今、ここは、すっごくギザギザしてるね」ってことだった。けれど、奇妙なことに、其の台詞を言ったのは、彼女の方だった。「なにこれ、すごい」と彼女は言う。「私は、ついさっきとてもとても柔らかいくるくるに巻かれたトイレットペーパーの中で生まれはずだよね。そして、チョコレートと溶け合うようにして、10歳まで大きくなった。扉を開けたら何かずっごく固い場所だ。何だこれ。何だこれ」と言うのだった。割れたアスファルトの上に、砕けたコンクリート。合わないジグソーパズルのピースを無理やりに噛み合わせたみたいに隙間と不連続さがどこまでも続いている。私たちはゆっくり歩く。というのも、地面が瓦礫でギザギザだからだ。私たちは、ゆっくりと歩く。「トイレットペーパーのことはすごく好きだよ。だってくるくるに丸めると紙と紙との間に空間ができてただでさえもともとひらひらしててグネグネしてる柔らかい紙がまるで綿のように柔らかく、なるのだから」などと彼女がいう。「あなたは、あなたはどこで生まれたの?」例えば、桃太郎は桃から生まれた。なぜ桃から生まれたかって言うと、桃の果肉は柔らかく、桃の実の中は柔らかかったからだろう。その事実を敷衍すれば、柔らかい場所があれば、柔らかい場所から赤ちゃんが生まれてしまう、ということになる。「あたしは、くしゃくしゃに丸められたティッシュから生まれたねん」私はなぜか知らんけど、何となくの勢いでちょっと訛って言ってみた。やっぱり、あれだ、あれあれ、トイレットペーパー娘対ティッシュペーパー私の対比って大事だと思うんだ。それは関東と関西みたいなもんで、なので、わたしは「なんでやねん」でええねんなってそんな感じなのだった。月の光は柔らかい、柔らかい光の中で赤ちゃんがぽつ、ぽつ、と生まれることもあるかもしれない。ぬいぐるみの柔らかい綿の中で赤ちゃんが生まれて、ぬいぐるみの柔らかい綿の中で赤ちゃんがもぞもぞと動いているかもしれない。その結果、おもちゃや全体が、もぞもぞと動いているかもしれない。「くしゃくしゃに丸められたティッシュってそんなに柔らかいんですか」「風に飛ばされるくらい柔らかいよ」なので、それは、このような情景を生む。例えば地平線までずっとくしゃくしゃに丸められたティッシュペーパーが埋め尽くしているとする。すると、そのティッシュペーパーになぜか知らないけれども命が宿る。ティッシュペーパーサイズの赤ちゃんが宿る。そして、何となく風が吹く。赤ちゃんが包み込まれたティッシュペーパーがふわふわと風に飛ばされたり、ころころと地面を転がったりする。その情景って綺麗なのかっていうと、たぶん、そんなこともなく、ただ、すごく赤ちゃんがいっぱいいるなあってだけの光景だと思う。例えば幾千億の小さな泡があたり一面に飛び交っている様は、美しいかって言うと単に壮大かつ緻密なだけで、それは美しいってやつじゃないと思う。それと同様に、赤ちゃんって別に綺麗じゃないからなって思う。例えば日本の都道府県の全てが千葉県になって千葉県の形をしていたとしたら、すごく千葉県だなって思うだけなのと同様に、ただ赤ちゃんがたくさんいて赤ちゃんが飛び交っているとしたら、ただ赤ちゃんだなって思うに違いないのだ。だから、一応この物語は、日本を舞台にしている。私と彼女とは割と黙って歩き続けて、スーパーマーケットの瓦礫を越えた。そしたら森の中にいた。そう、森の中にたった一軒スーパーマーケットが立っていたのだ。


全てが逆なのである。柔らかい中に固いものが生まれている、としたらどうだろうか。柔らかいと固いは対立する形状だけれどももしも、柔らかい中に固いものが生まれてしまうのだとしたらそれは柔らかいの外が固いもので覆われてしまうと言うことじゃないだろうか。


柔らかい赤ちゃんの星。


死なない赤ちゃん。


私が赤ちゃんになっていく。


動物たちにとってのこのスーパーマーケットって何。


動物はどこから生まれてくるの。


「犬狼猫」と言う列車。3匹の犬狼猫。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤ちゃんベイビー大地誕生日 @DojoKota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る