第92話 木箱の中で

 俺達はそれからすぐに準備をして、敵が襲撃してきそうな村に向かう。


 村に近づくまではそれぞれが馬で進み、近くになったら馬車に載せられた木箱に入って隠れる予定だ。

 そこに行くまでの道中はニジェールと様々な話をする。

 といっても基本的にはギドマン家の政務についてなどだ。


「あ、そ、それで、ボクはこのままじゃ安心できないと思って……街道の警備等も増やしました……」

「ほう、結果はどうだったんだ?」

「はい……新しく雇ったり……したので、コストは上がりましたが……以前よりも安全に使える……ということで、取引量はそれなりに増えました」

「やるじゃないか」

「た、たまたまです」


 ニジェールは謙遜をするようにうつむいて首を横に振る。

 ただ、その顔は赤くなっているのはうれしいからか恥ずかしいからか。


 彼はこれまでギドマン家の政務についてしっかりと答えてくれた。

 当主が病で倒れているのに、ほぼ完璧に引き継いでいると言っていいだろう。

 だからこそ……彼を敵に回すようなことをしたくはない。


「いや、グレイル家の次期当主として俺も心強い。俺が引き継ぐのは当分先だが、その際はよろしく頼む」

「あ……いえ、そ、それはもちろん……ですが、ボクなんかが……ユマ様の力になれるかどうか……」


 ニジェールはそう言って馬の背を見つめる。


「どういうことだ? これだけの領地を見事に治めているじゃないか」

「……ただ治めているだけです……。ユマ様のように、うまいこと戦いに勝つことが出来ません。クルーラー伯爵家への協力や、まして……カゴリア騎士団を打ち破ることなんて……ボクにはできません。その援護にだっていけなかったのに……」

「そのことを気にしていたのか?」

「そ、それは……当然です。なんのための同盟なのでしょう。ボ、ボクも……ユマ様のお力になりたいんです。でも……ユマ様のようにすごいことなんて出来ませんから……」

「ニジェール殿……」


 ニジェールは視線を落として馬の背中を凝視し、俺の方どころか誰の顔も見れないようだ。


 ただ、俺としては力になってくれると言ってくれている彼のことはとても感謝している。

 力になれなかったのだって、他の敵も動いていたから仕方ない。


「だから……今回は……父上にも安心して欲しいのと……グレイル家の方々にボク達もやれるんだ……見せつけるんだ……という思いでやっていたんですが……やっぱりうまく行かなくて……」

「当然だろうな」

「! そ、そう……ですよね。ボクなんかが……うまくやれるわけ……」

「そこが間違いだ」

「ど、どこが……でしょうか」


 彼はそう答えるが、頭は決して上げない。


 俺は彼にしっかりと答える。


「俺だって……ずっとうまくやれた訳じゃない。バメラルの村が襲われて被害を出してしまったし、住民全員がさらわれることもあった」

「……」

「だが、それで腐らず、自分にできることを続けた。それだけだ」

「はい……」

「ニジェール殿、そう思う気持ちはとても大事だ。その思いは忘れずに努力しろ。俺から言えるのはそれだけだ。ただ、どうしても自分に合わないと思ったのであれば、人の手を借りてもいいだろう」

「人の手……ですか」

「そうだ。俺だって自分だけでやっている訳ではない。シュウやアーシャ、シエラに……多くの者達に助けられている。一人で全てこなせると思う等傲慢だ」


 ユマは最強で、最高の性能を誇っていた。

 最強に育て上げても、死ぬルートがいくつも残っていた。

 たとえどれだけ優秀でも、一人でできることなどたかが知れている。


 極論になるが、別々の場所で戦争が同時に起きた時に俺が一人だけいても、俺が勝てるのはその戦場だけ。

 それ以外の場所の誰も守れない。


 だから自分に出来ないこと、手が回せないことは人に任せる。

 それはしなければならない。


 ニジェールはゆっくりと顔を上げて、俺をチラチラとだけれど見てくる。


「そう……ですね。そうですよね。ユマ様でも……そうなのですね」

「ああ、もちろん、より強く、素晴らしくなりたい。その気持ちは素晴らしい。これからも共に領土を守っていこう」

「はい! ありがとうございます!」


 彼はそう言ってしっかりと俺の目を見つめ返す。


 そんなことを話していると、前の方で斥候が帰ってくる。


「そろそろ到着します!」

「よし! それでは馬車に乗るぞ!」

「は!」


 それから、俺達は馬車の中にある木箱に入っていく。

 中に入るメンバーは精鋭ということで、俺、ニジェール、シエラ、俺の所から2人の計5人。

 後は御者や下働きにふんしたルーク達3人、戦うメンバーは全員で8人という少数精鋭だ。

 危機感なさすぎると言われるかもしれないが、最悪シエラに飛んでもらって逃げる選択肢もある。


 ということで、俺達は木箱の中に入ろうとしたのだけれど、ニジェール殿が入れないことが判明した。


「す、すみません……」

「いや……いい。それならニジェール殿の装備を木箱に入れて、一人は歩いていけばいいか」

「ありがとうございます……」

「そう思うならもっとも敵を倒してみせてくれ」

「は、はい……」


 彼はそう言いながら装備を脱ぎ、木箱に入れていく。


 俺はそれを見ながら、誰に歩いてもらうか考えていると、シエラが近づいてきた。


「どうした?」

「いい案あるわよ」

「何? どうするんだ?」

「えい」

「なに?」


 俺はどうしようか考えていたこともあって、シエラに押されてそのまま木箱の中に座り込んでしまう。


「じゃ、ちょっと詰めて」

「は? それ、なん……」


 俺が何か言う前にシエラが俺の隣に入り込み、近くの兵士に合図をした。


「閉めていいわよー!」

「いや、ちょ」

「ダーリン。ちょっと黙ってて」

「そんな……あ……」


 兵士は俺が言わないからか本当に木箱のフタを閉める。


 木箱自体はそれなりに大きいが、俺とシエラの2人が入っていると窮屈きゅうくつで動くに動けない。

 視界は暗く、耳に届くのはシエラの息遣いと外でガタガタと他の兵士達が準備する音だけ。


 それから準備ができたのか、馬車が動き出す。


「シエラ」

「なーに?」

「さっき魔法で俺の声を聞こえなくしていたか?」

「あら? バレちゃった?」

「やっぱりか……」


 シエラがそんなことを……と思うけれど、彼女ならやりかねない。


 というか、今は俺が木箱の底に座っているとする。


 シエラは俺の上に覆いかぶさるように入ってきているのだ。

 息遣いどころか息が顔に当たってやばい。

 そもそも、彼女の身体が色々と当たってやばい。


 アーシャなら当たらな……いや、なんでもない。


「ふふ、ドキドキするわね?」

「なんでこんな無茶を……」

「だってダーリンずっと話してたし……あたしと話してくれたっていいじゃない?」

「だからってこれは……」

「身体でお話するー?」

「動けないだろ」

「がんばればなんとか……ひゃ!」


 彼女は動こうとしたけれど、俺の足に彼女のどこかが当たったのか叫ぶ。


「エッチ」

「動いてないぞ……」

「そういうのはもっと優しくしてよね?」

「動いてないのにどうやってやるんだ」

「まぁ……でもやっぱり最初はベッドがいいか……木箱はちょっと攻めすぎよね」

「話しを聞いてくれるか? 俺と話したいんじゃなかったのか?」

「ダーリンは最初はどこがいい?」

「いや……普通にベッドでいいんじゃないのか?」

「やっぱそうよね。潜伏先では暇だろうからそろそろやっちゃおう?」


 シエラがそう言って、なんだか顔を近づけてくる気がする。

 というか、顔に当たる吐息が近づいている気がする。


「潜伏の意味を分かってくれ。うるさくしたら意味がないだろうが」

「我慢する」

「そういう問題じゃない……最近シエラは何をしていたんだ?」


 俺はこのままではいけないと思い話題を変える。


「最近? そうねぇ……ダーリンにも……アーシャにも負けないように魔法の練習よ」

「アーシャにも?」

「ええ、あの子も色々と頑張ってたわよ。魔法の練習に、兵を指揮するのも色々と聞いたりして、すごく頑張ってたんだから。あたしだって負けてられないわ」

「そうか。ありがとう」


 俺はそう言って、思わず彼女の頭があるであろうあたりに手を伸ばす。

 そして、そのまま当たった彼女の頭を撫でる。


「ちょっと……子供じゃないんだけど?」

「嫌か?」

「……続けて」


 そんなことをしたり、何気ない会話をしていると、あっという間に村に到着した。


「シエラ。ここからはしゃべるな」

「わかったわ」


 お互い無言になり、ただじっと目的の場所に到着するのを待つ。


「……」

「……」


 でも、何もしゃべらずにいるこの時間はなんだかこれはこれで……。


「よーし! 到着だ!」


 御者がそう言って到着したことを教えてくれる。

 そして、そのまま載っていた下働きにふんした兵士が口を開く。


「それじゃあ持ち上げるぞーせーの!」

「!」

「!?」


 木箱が持ち上げられ、じっと固まっていた態勢が崩れる。


「ふぎゅ」


 具体的に言うとシエラが俺の方に突っ込んできた。

 なので、俺は慌てて彼女を受け止める。


 耳元で彼女の息遣いが聞こえる。


「ありがと」


 耳がゾクゾクして、身体は彼女が熱いからかなんだか息苦しい。


 このままでは……。


「開けますね」


 そうして木箱が開いた途端、新鮮な空気が入ってくる。


「ふぅ……ルーク。助か……どうした?」

「いえ、敵襲があるまで開けない方が良かったですか?」

「ルーク。後で稽古だ」

「すみませんでした!」


 身体が大きくて入れなかったルークにそう言って、木箱のフタを取り去る。


「もうちょっと時間があったら行けたのに」


 シエラはそう言うけれど、顔を赤くしながらそそくさと木箱から出た。


 家の中で静かに敵が来るのを待つ。

 時間がかかるかもしれないし、そもそも来ない可能性もある。

 長丁場になるかもしれないと思っていたが、戦いに出れる準備をして半日ほどで村の外が騒がしくなった。


「シエラ。魔法で村の音をここまで取ってくれるか?」

「ええ、任せて」


 彼女は魔法を使い、音をここまで拾ってくれた。


「敵だ! 敵襲だ! 逃げろ! 家にこもれ!」

「さっそくかかってくれるとは……行くぞ」

「はい!」

「久しぶりに腕が鳴るわ」


 俺達はすぐに家から飛び出した。

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