僕の夏休み

あかくりこ

僕の夏休み

 夏休み初日、起きたら誰もいなくなっていた。

 父さんも母さんも妹も、二階の窓から外を見ても道を歩く人も誰もいない。替わりに、頭がでかくて矮小な身体で汚らしい見た目のコビトが通りを徘徊していた。でも裸じゃなくてちゃんと服を着ている。ペイズリー柄のシャツにぶっとい金のネックレスを下げてたり、極彩色のワンピースを着てケルベロスに縄を着けて連れ回している。特に矮小なやつは麦わら帽子を被って土方シャツを着て、虫取り網を担いでいて、まるで夏休みを満喫する小学生みたいだ。

 何があったんだ。

 田舎暮らしに憧れた父さん母さんに連れられてこの村に引っ越してきたばかりだから土地勘も知人もいない僕にとっては家に籠もっているのが安全だと思うしかない状態だった。

 不思議なことに3日経っても冷蔵庫には肉から魚から卵から牛乳から葉物根菜類に至るまで虫が涌くことも無ければ腐ることも無かった。ゴミを捨てても翌朝起きてくると綺麗に片付いている。電気もガスも水道も通じている。テレビもラジオも入る。だけど電話は通じない。洗濯も脱いだ服を洗濯カゴに放り込んでおくと翌朝には洗い終わって後は干すだけの状態になっている。昔観た文化祭前日が繰り返される映画みたいだ。

 違うのは、あの映画には一緒に騒いでくれる家族や仲間たちがいたけど、この世界には僕以外の人間がいない。


 一週間から10日くらい経った頃、数匹のコビトが家の前に屯するようになった。全員着こなしに差違はあれど同じ色、同じロゴ、同じデザインのジャージ姿だ。

 そしてどいつもこいつもいやらしい薄ら笑いを浮かべているような顔で、見ているといやな気持ちが沸いてくるのを感じた。


 家の中に入り込まれたら困るな。

 庭の水やり用のホースを引っ張ってきて水をぶっかけて追い払った。


 そうしてコビトが家の前に屯してたのを追い払って3日後。うとうとしていたらガチャンというかピシッというかパリンというかガラスの割れる音が階下から聞こえた。階段を降りると廊下に例のジャージ姿のコビトが一匹いて、見つかった事に脅えているようだった。

 どこから入った。包丁をちらつかせて玄関から叩き出した。

 一階の窓を確かめると、玄関を入ってすぐの居間の窓が割られていた。鍵に一番近い角の部分を割ってそこから錠を外して入って来たようだ。

 電話帳で業者に連絡先しようと電話をかけたけどやっぱり通じない。仕方ないのでその夜からは居間に布団を敷いて寝ることにした。

 翌朝、台所で米を炊いて鮭を焼いて豆腐と菜っ葉の味噌汁を作って食べていたら、二階でミシミシ歩き回る気配がした。

 父さんの道具箱から金鎚を取り出して、足音を忍ばせて二階にあがると、昨日のコビトが妹の部屋にいた。


 だいぶ我慢してきたけど。もう、いいよな。


 コビトの頭に向かって金鎚を思い切り振り下ろした。滅多うちにして動かなくなったのを確認するとコビトを二階の窓から放り出した。それから変わらぬ日を過ごして夏休み最終日、起きると父さん母さん妹がいた。日常が戻ってきた。



 新学期、学校に登校すると、学校全体がざわついていた。聞き耳を立てると、警察、とか死んだ、とか犯人がとか物騒な単語が飛び交っている。緊急の全校集会が開かれてそこでようやく事態がはっきりした。夏休み中、学校の不良グループが不自然な死に方をした。ショッピングセンターに併設されているゲーセンで遊んでいたら、突然、何の前触れも無く屋上に設置されていた浄水タンクが天井を突き破って落ちてきて、不良グループを押しつぶした。という話だった。

 一人を除いて全員重傷。残る一人がすこぶるふるった話で、暴漢に鈍器のようなもので滅多うちにされたという。

 聞いてもなんの感情もわかなかった。

 不良グループは、僕が学期末にこの村に引っ越して来てすぐ、妹に「この辺では見ない顔だ」って絡んできて、死んだ一人に至ってはうちの妹に執着して暴行未遂に近い真似をしでかした。幸い僕が路地裏に連れ込まれる妹に気付いて警察に電話して事なきを得たけど、妹はしばらくは母方の実家で療養する事になったし、僕も妹に変なまねをしようとした不良グループが憎くてずっと鬱ぎ込んでいた。そういう意味では僕には一番殺害動機があったけれど、僕は容疑者リストから外された。事件当日の犯行時刻と目される時間帯に妹のクラスの担任が家に来て母さんと話し込んでいて、台所で朝食を摂っている僕の姿を見て、外に出ていないと証言したからだ。


 あれから十数年が立って、事件は風化したけど犯人はまだ見つかっていない。

 僕は村の連中と馴染むことなく卒業するとすぐに都会生活に舞い戻った。妹は母方の実家のある街に嫁いでいった。父さん母さんも事件の後、僕らの卒業を待って家を売り払い、今は町でアパート暮らしだ。


 思い返して、あの夏休み中、僕の意識が違う世界を通じてあいつらに復讐したのかも知れないとそう思うようになった。水を撒いて追い払ったコビトと浄水タンクに押し潰された不良グループ。水、で繋がっているし。それに、あの僕以外誰もいない世界の妹の部屋に入り込んで、僕が殴り殺したあのコビト。妹の下着を頭に被って喜んでいたんだから。



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