KL

栃木妖怪研究所

第1話 KL

 その恐ろしさを感じる程荒廃した廃寺をみたのは、とある地域に転勤になった時でした。

 子供の頃から神社仏閣を観る事が好きだった私は、旅行や転勤先で初めて観る神社仏閣が楽しみなのですが、一般的に御朱印帳等がある様な所より、人家もまばらな所にポツンとある小さなお社や、まるで小屋の様な観音堂等を探す方が好きなので、御朱印帳や御守りは、ほぼ縁がありません。


 でも、そう言う小さなお社には、よく見ると面白い事が時々あります。

 ある小さなお社は、本殿の正面に小さな板があり、北斗七星が描かれていたり、狛犬が、犬でも狐でもないような代わりに何かの動物になっていたり。

 おそらく研究された書物もあるのでしょうが、私はそういう物を自分で見つける事が道楽の一つなのです。

 街道沿いに、小さな小屋としか見えない建物なのに、本坪鈴や銅鑼がぶら下がっていたりすると、「お!お社発見!」というラッキーな気分で、車を停め、何か名称はあるのか?地図に出ているのか?謂れなどが見つかると、大当たりした気分になるのです。



 ある年の中秋の頃でした。仕事で県境の地域に出かけました。

 秋風が心地よく、鰯雲が空一杯に広がっておりました。左手は田畑。右手は民家が続く田舎道を車で走っておりますと、途中で民家が途切れて森林になってきました。

 道に沿って曼珠沙華が手持ち花火を上に向けた様に真っ赤に咲いておりました。

 仕事の打合せは午後から。初めての所でしたので、遅れない様に早めに出たのですが、道はほとんど対向車もなく、順調に来た為、かなり時間に余裕が出来ました。

 途中で、古民家を改築した蕎麦屋で昼も済ませたのですが、打ち合わせ迄に2時間以上時間が空いてしまいました。

 どこかで30分位時間調整をするか。と、適当な所はないかとあちこち見ておりましたら、森が切れた所に寺があるようです。

 名所らしく案内板等も出ております。ちょっとお詣りを兼ねて見学していくか。と、寺の来客用の舗装された駐車場に車を入れ、参拝を兼ねながら色々と由緒が書かれた案内板を読みながら、気持ち良い秋を満喫しておりました。

 寺の本堂迄行くと、裏側に抜ける道がある様です。本堂の右手間には閻魔堂があり、そこから樹木が続いているのですが、小道が閻魔堂の脇から伸びて直ぐに左にまがり、樹木の間を通って、山門の裏側にある道に出られる様です。

 距離も数十メートル位でしょうか。

「ちょっと行ってみるか。」と、小道に入り、寺の境内を抜けますと、私が入ってきた道と同じ位の道が通っております。

 片道一車線で、白色破線がある舗装道路です。

 道路の反対側は、また、見渡す限り田畑で、遠くに高速道路が見えます。

 道のこちら側は寺に並んで民家が並んでおります。こちら側も私が来た側と変わらずに人も車もなく、静かな秋の昼下がりです。

 

 ふと、左手を見ますと、民家が切れて短い距離の雑木林があり、その先に墓地が見えました。

 その墓地は段々畑の様に奥に行く程土地が高くなり、墓地が終わった所から数十メートル先に小さな寺の様な物が見えます。

 時間はあります。あそこまで行って帰ろうと歩きはじめました。

 民家を数件抜けて雑木林の前を通り、墓地に入って、階段状の墓地の道を歩いて、その小さな寺らしき物に近づいたのですが、墓地が終わる辺りから急激に体調が悪くなって来ました。

 

 体調というより、頭のどこかで、行くな!と言う防衛本能の様な物が働いた様で、急に前に進む事に何かの抵抗を感じ、だんだん吐き気を催して来ました。

 

 近くなった寺らしき物をみると、ぼろぼろに崩れている御堂の様でしたが、普通にある御堂よりは大きく、寺の本堂にしては小さい物でした。

 一言では言い表せない様な、嫌な気の様な物を大量に排出しているのを感じました。「これはいかん。」と、墓地で引返えそうと振り向くと、登りの時には気づかなかったのですが、墓地の途中に、古い小さな民家がありました。

 普通の民家と言うより、何かの商店の様な作りで、店の様な部分が墓の中の道に面しているのですが、何も置いてません。

 まるで廃屋の様です。引き返す時に前を通って、チラッと中を覗いたら、やはり店舗らしいのですが、店の真ん中に商品らしき物が一つだけ置いてありました。

 真っ黒い店で、その商品だけが鮮やかな緑色をしておりました。

「あ、KLのチーズ味だ。」と、チラッと見ただけで思いました。店には、全く人影もなく、KLの袋だけが、やけに現実的でした。


 何とか車に戻り、少し休むと体調も回復したので、そのまま仕事に向かいました。


 17時30分で打ち合わせは終わり、真っ暗になった帰路を運転しておりますと、どこかで道を間違えたらしく、途中から行きとは違う景色になっている事に気づきました。

 まだナビやスマホがない時代でしたので、路肩に車を停めてハザードを着け、地図帳で今来た道を追って行きますと、どうやら一本北側の道に入ってしまった様です。

 真っ暗になっているのに、左手に並ぶ民家の全てが、電気も点けずに静まり返っています。

 よく周りを見ると、今停まっている所は、どうやら昼間見た名所の寺の裏側の様です。


 すると、この先に墓地があって、KLを一つだけ売ってた店が上にある?と、見上げて見ますと、墓地が暗闇に並んでいるのが見え、あのKLの店らしき物だけ灯が着いています。


 「え?」っと車を少し前進させて、もう一度見上げますと、その商店らしき小さな家に裸電球の様な物が点灯し、老人らしき影が、その下を行ったり来たりしています。

「道を聞いてみるか。」とも思いましたが、あの廃寺に近づくのは憚られ、このまま行こうとしました。

すると、裸電球だと思った灯がその店舗から、すーっと外に出ました。

「あれ?」と見ておりましたら、そのまま、その光は廃寺の方に向かって坂を上がり、廃寺がはっきり見える様になったと思った途端に灯が消え、何も見えなくなってしまいました。

何か良くない物を見た気がして、急ぎ帰宅いたしました。


翌日も同じ場所で打ち合わせがあり、早朝から昨日の町に向かい、午前中に打ち合わせをしました。

 やがて昼になり、現地の担当者に昨日の話をしました。すると、「その話はおかしい。」と言うのです。

車から地図を持って来て、場所を説明しようとしたのですが、最初に見た名所の寺は存在しますが、その裏側は、確かに現地の担当者が言う様に山になっていて、民家も墓地もないのです。

私は昨日は何処を通ったのだろう。昼間みたKLのチーズ味はなんだったのだろうと考えても、結局何も分からないのでした。 了

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