笑いの悪魔さま

もも

笑いの悪魔さま

「はいどうも~、西にしです」

ひがしです」

「ふたり合わせてウエストイーストです。よろしくお願いします」


「東くん、僕らコンビ組んでそこそこ経つやんか」

「そやな」

「もうええ加減売れたいなと思わん?」

「そんなん、組んだ時からずっと思てるよ」

「言うて、芸歴も長なったしな」

「ほんまやなぁ。コンビ結成して何年なる?」

「今年で40周年」

「そんないってた!?」

「明日から41年目」

「大御所やん。売れてもないのに41年目突入すんの」

「だから、そろそろ本腰入れよかなと思うんよ」

「40年も中腰でやるから売れへんのやぞ」

「バイトに」

「漫才せぇよ」

「1日8時間、1週間で40時間」

「もうそれ社員やん」

「なかなかホワイトな職場やろ」

「そんなバイトばっかりしとってネタ作る時間あんの?」

「めちゃくちゃあるよ。ありまくり」

「ほんならええけど」

「休憩時間5分」

「ブラック! 労基に相談や!」

「僕、短期集中型やから。あー、今日もこの後バイトや」

「今は漫才に集中して」

「でな、売れるためのええ方法を思いついたんや」

「40年売れてない人間にどんなアイデアが降りてきたんか知らんけど、とりあえず聞いたるわ。何」

「絶対に売れる必勝法やで。どや、聞きたい?」

「相方やねんからそら聞きたいよ」

「教えて欲しかったらこの口座に5万円振り込んで」

「それ完全に詐欺師の手口やからな」

「1万円でもええよ」

「ディスカウントが早い!」

「今月苦しくて」

「週40時間バイトしてんのに苦しいとかおかしない? まぁええわ、ほんでその必勝法とやらを言うてよ」

「笑いの悪魔さまを呼び出すんや」

「笑いの悪魔さま? 笑いの神さまやったら聞いたことあるけど」

「重要なんはここからやで。100パーセント注目を集めて話題をかっさらえる方法や。聞きたいか」

「悪魔来たらそれだけで大注目やろ」

「5000円くれたら言うたる」

「1万円切ってきた。もうそれ、高校生のお小遣いの額やん」

「そうと決めたらはよ呼ぼ。善は急げやで」

「いや、悪やけどな」

「実は呼び出す魔法陣ももう仕込んでんねん」

「お前、舞台という名の神聖な板に何書いてんの」

「東くん、ちょっとここ立って」

「え、ちょ、嫌やって」

「何にもしないから」

「それ何かするヤツが絶対言うやつやん。ほんまに何もせぇへん?」

「せぇへんせぇへん。ちょっとチクッとするだけやからね~」

「予防接種する時のおかんのセリフや! 痛ッ! うわ、血ぃ出てる! 何もせぇへん言うたのに、おかんの嘘吐き!」

「その血をちょっとここに垂らして……よっしゃ、ほな悪魔呼ぼ」

「お前のプランやねんからお前の血ぃ使えよ」

「さーあの有名な呪文を唱えるで! 誰もが知ってるあの言葉やぞ、もちろんわかってるやろな」

「知ってるよ、アレやろ」

「さぁ皆さんご唱和ください! エロトカイッサイナシ~」

「エロトカイッサイナ……いや、ちゃうやん! 冒頭とリズムは何となくうてるけどちゃうし! わかってないのお前やん!」

「ナンニモシナイカラ~」

「エロトカイッサイナシの後にその言葉は絶対信用出来へん! シモなボケとかすんな。売れへん度合に拍車掛かるわ。ていうかお前、そこはエロイムエッサイムやろ!」


『ということで早速呼ばれて来た訳なんですけれども』

「スッと入ってきたけど、お前、誰!?」

『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ―ん』

「それクシャミしたら出てくる、髭くるーんてなってる大魔王な」

「悪魔さま、ようこそお越しくださいました」

「え、ほんまに召喚出来たん?」

『いかにも。私が笑いの悪魔さまだ』

「自分から笑いの悪魔さま言うてもうてるし。出だしからハードル上がってますよ」

『問題ない』

「悪魔さま、僕、売れたいんです。こいつはどうなってもいいのでぜひ悪魔さまの力で僕に笑いをお授けください」

「40年連れ添った相方を見捨てる言葉をサラッと吐くな」

『お前たちは売れたらそれでいいのか。売れることがゴールなのか』

「お仕事ドラマみたいなこと言い出した」

「悪魔さま、それはどういうことですか!?」

「カメラ回ってまーす」

『大切なのは売れた後、いかに売れ続けるかじゃないのか』

「音響さん、天啓に打たれた音、お願いします!」

「ピシャーン!!」

「ナイス効果音! て思わずノッてもうたけどこれいつまでやんの?」

『人間というのはテレビに出なくなったヤツは売れていないと考えがちだ。ならばテレビに出続ければ良いのだ』

「いやいや、簡単に言いますけどね、そんな売れっ子、一握りしかいてないんですよ」

『ではそいつらを握り潰せば良いのだな』

「ダメダメ、拳に力入れてギリギリすんのやめましょ!」

「じゃあ手始めに帯番組でMCやってるあのコンビからお願いします」

「ガチの要望やん」

「間違えた、こっちやった」

「俺かーい! 本音出たー! こいつ、やっぱり俺のこと捨てる気満々やん!」

「ほなどうせぇっちゅーねん! もう僕らには相手の不幸を願うしか、のし上がる道はないんや!」

「何言うてんねん! なんや言うても最終的には自分らの腕を磨いたらええことやないか!」

「たまにはまともなこと言うやん」

「お前は冒頭からずっとおかしいけどな」

『ではこうしたらどうだ。まずは情報番組のレポーターとして出られるよう、特訓するのだ』

「なんで情報番組?」

『取材で新しいものに触れる機会が多いことは、漫才の中に時事ネタを放り込むことに役立つぞ。更に、取材の対象物に対するコメント力が上がれば、ボケとツッコミのクオリティもアップするだろう。どうだ、情報番組のレポーター、やってみたいと思わんか、んん?』

「これぞまさに悪魔のささやき……!」

「レポーターの仕事が悪事みたいに言うな」

「悪魔さま、僕、レポーターやってみたいです!」

『よし。では食レポをやってみろ』

「食レポてアレですよね、食べたものがどういう味なのかを伝えるやつですよね」

『そうだ、目の前に食べ物があると思ってやってみろ。いくぞ。3、2、1、キュー』

「『わぁ! こちらが今SNSでバズってるチーズたっぷりふわとろオムライスですね! すごーい、チーズがたっぷりで玉子がふわとろだ! では早速いただきます……うんうん、チーズがたっぷりで玉子がふわとろですね!』」

「いや、うんうん、やないわ! 全然美味しさ伝わらんけど?」

「何でやねん、チーズたっぷりで玉子がふわとろやねんから、『チーズたっぷりで玉子がふわとろですね』のコメントがチーズたっぷりで玉子がふわとろな『チーズたっぷりふわとろオムライス』を表すベストオブ食レポやろ!」

「よう噛まんと言うたな」

「バイト先でよう注文受けんねん」

「お前んとこの店のヤツかい」

「ちなみに僕のイチオシは『チーズたっぷりふわとろオムライス』のデミグラスソースの方な」

「その情報は今いらん」

『それにしても食レポとしては下の下だな』

「ですよねー。俺もそう思います」

「お願いします悪魔さま、お手本を見せてください!」

『いいだろう。お前、ちょっとこっちに来い』

「ほら、西くん呼ばれてんで」

「悪魔さま直々にマンツーマンで見せてくれるなんてありがたいわぁ」

『そこのお前、キュー出しをしろ』

「はいはい。ほないきますよ。3、2、1、キュー!」


『本日のメニューは売れない芸人です。つるっつるに滑らせたギャグの上に載せて、早速いただきます。もぐ。ばり。ごき。ぐじゃ。ぶじゅ。イマイチ張りのない皮と脂の多い肉で美味しいとは言い難いですが、胃に響くような叫び声がいいエッセンスになっていますね。ごり。もぎゅ。ぐにゅ。がり。ぐちゅ。はい、御馳走様でした』


『どうだ、私の食レポは。おい。へたりこんでいるが舞台の上で芸人が腰を抜かしてどうする。あぁそうか、お前のような売れない芸人は見ているだけじゃわからないのか。よし、実際に体験してみるがいい。さぁもっと近くに来い』


『ナンニモシナイカラ~。ほら、三回繰り返してやったぞ。天丼だ。『いやこれ確実に何かするヤツ!』とか何とかツッコめよ。さっきからあーとかうーとか唸ってばかりじゃないか』


『相方のことは心配するな。労基に言えば労災がおりるかもしれないぞ。まぁ、お前たちに降りているのは笑いの悪魔さまだがな』


『芸人というのは板の上で死ぬのが本望なんだろう? 明日にはスポーツ新聞の芸能面にドーンと載って、お前たちコンビは世の中から100パーセント注目を集めて話題をかっさらうんじゃないか。知らんけど』


『ぐったりしてどうした。なんだ、ちっとも動かんじゃないか。怯える顔は最高の調味料だと言うのに。まぁ贅沢は言うまい、いただくとしよう。がぶ。ぷちゅ。ずりゅ。ぐに。ばき。ぶち。じゅう。ごぷ』


『あぁ不味い。口直しに肉汁たっぷりのジューシーステーキでも食いに行くか……て、そこはチーズたっぷりふわとろオムライスちゃうんかーい……て、誰もツッコむヤツがおらんじゃないか。もうええ、帰らせてもらうわ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑いの悪魔さま もも @momorita1467

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説