12.迷いの夜

 意味が無い紛争に、意味が無い提案──


 この銀河皇帝の激しい言葉は、その後しばらくの間、帝国の人々の口にのぼることとなった。特に、永きにわたる紛争やいざこざによって暮らしを揺さぶられている星の人々には、ある種の溜飲を下げる言葉だった。政府や一族の長者といった者たちから与えられた戦いの意味は、口にできない疑問を孕むものであることも多かったのだ。

 何より、この言葉が全ての権威を超越した銀河皇帝の口から出たことが、人々の心を大きく揺らした。


 沈黙した二人の司令官に、アサト一世はさらに語りかけた。

「皆さんは思っているでしょう。この戦いには意味が無いのではない。私が、それを知らないだけなのだ、と」

 それはまさに、デ・キュラが心中で思っていたことだった。

「では、皆さんは知っているのでしょうか。その戦いの中で壊された暮らしの現実を。失われてしまった子供たちの未来を。そんなものは天秤にかけられないとおっしゃるかもしれません。でも……」

 空里は一歩前に出た。

 二人の司令官は思わず彼女の顔を見上げる。

「……今、目の前に立っている銀河皇帝の天秤は、そちらの方に大きく傾いているのです」


 目の前に立つ銀河皇帝は、サリグ・ルーにとってただの少女に過ぎなかった。

 だが、その意志を動かすことはとてもこの場ではできそうにない。少なくとも、考えていたよりもはるかに根性のある娘であることは間違いないようだ。

 よかろう。この突飛な和平案を首脳部に運ぶ役目は請け負うことにする。

 その前に、一つだけ言っておきたいことが心に浮かんだ。

 

「百年……どちらかの民が〈千のナイフ〉ここを去っているその百年の間に生まれた子らの中には、生涯故郷を知ることなく人生を終える者も、いる。それは仕方がないと割り切るしかないのですね」

 銀河皇帝の声は、一転して懇願の調子を帯びた。

「そこを考えて欲しいのです。子供たちが故郷を知らずに生きる百年と、その子供たちがさらに生きる千年の意味を。それでも永遠に続く戦いを選ばれるなら、私には何も言うことはありません」


 二人の最高司令官にも、あらゆる意味でそれ以上言うべきことが無かった。

 そして彼らを乗せたシャトルは、傾きかけた陽光を割って両陣営の首府へと去った。

 

 スター・コルベットの船内に戻った空里は、ブリッジの皇帝専用シートにうつ伏せにもたれかかり大きく息を吐いた。

「はあああああ!」

 妻に労いの言葉をかけようとしていたネープは、一瞬戸惑った。

「大丈夫ですか? アサト。気分が悪いようだったら奥で……」

「ううん、大丈夫。なんでもない。いやあ緊張したあ。怖かったあ……」

 ひどい姿勢でうめく空里の肩に、彼女の夫はいつものように優しく手をかけた。

「立派でしたよ。帝国の歴史に残る仕事になったでしょう」

「ホント? そう思う?」

 顔をシートに擦り付けたまま、無理矢理ネープの方を向く。

 あたし、多分すごいブスになってる……。

 うなずくネープの足元でシェンガが言った。

「最後のアレは効いたよな。自分たちの戦いに意味が無いって言われて、二人とも目を白黒させてたぜ」

 戦士という仕事柄、シェンガは二人の司令官に同情しないでもなかった。ことに、全軍の将があんなことを言われては、立つ瀬がない。だが、空里の考え方に慣れて来ていた彼には、昔なら感じていたかもしれないその言葉への抵抗感がなかった。

 これが俺の銀河皇帝なのだ。

 

 空里自身、あの言葉がなぜ出てきたのかよくわからなかった。

 ユーナシアン司令の言葉に対して反射的に言ってしまったが、一時の感情に任せて口をついたと思われたかもしれない。だが、その後に続いた天秤の話はとても自然に出てきていた。

 これは皇冠クラウンの意見ではない……はずなのだが。


「あの二人、怒ってるかなあ。そう言えば、大事な仕事を頼んだのに、あの人たちの名前も聞かなかった」

「ユーナシアンはデ・キュラ提督。ザニ・ガンはサリグ・ルー元帥です」

 ネープが教えた。

「そうなんだ。もう会わないかもだけど、覚えておく。返事を持ってくるのが違う人だったら、ちゃんと名前聞くようにしなきゃ……」

 

 空里はそのまま寝息を立て始めた。

 ミマツーは空里を寝室で休ませたかったが、起こすのもためらわれたので、預かっていた聖衣を寝汚い主君の背中に優しくかけてやった。


 やがて夜が来た。

 

 カルナク・ヒルの将兵たちは、激戦の渦にあるはずだったあたりの静けさにいいしれぬ不安を覚えていた。

 このまま戦いが続くのか、永遠の平和がやってくるのか。ほとんどの者たちには、そのどちらもが恐ろしく感じられていた。

 高台に駐まったスター・コルベットの灯りは、運命を司る神の目のように彼らを見下ろしている。そこにいるのは神ならぬ銀河皇帝という現実的権威だったが、彼らにとっては神も同様だった。

 

 その託宣を受け、果たして両首脳部はどういう決定を下すのか──


 銀河皇帝の在所から隔たること数千キロ。

 オートラス大陸の北東海岸近くに、ユーナシアンの首府、要塞都市トラガループがある。

 都市最深部に位置するユーナス連邦最高会議院では、デ・キュラ提督の到着を待たずして、永久皇帝令への対応をめぐる議論が紛糾していた。

 

 すでに長い紛争下で人口の流出が進んだ〈千のナイフ〉から全ユーナシアン市民を他の星域へ移住させることは不可能ではない。それはザニ・ガン側も同様だろう。だが、百年という限られた間とはいえ、国体として母星を離れることに強く反発する声も大きかった。

 それに拒否したところでアサト一世は何もしないと宣言しているのだ。

 皇帝令が謳う、この奇妙な形の和平に希望を見る者たちもいたが、その継続性が問題だった。

 アサト一世は、元老院の決定によって原典管理師クォートス審判にかかるはずだった。それを放棄すれば、帝位は元より帝国における全ての権利を失うはずだ。

 そして、今この惑星にいる彼女は、もはや期限内に審判の場である惑星〈無天函ファルカン〉に着くことは不可能だった。であれば、この永久皇帝令は、次代の銀河皇帝によって撤回される可能性もある。

 

 アサト一世にこの大胆な提案ができたのは、彼女が帝国の政治的なしがらみから完全に自由な存在だったからだ。次代の銀河皇帝が誰であろうと──恐らくは帝国元老院議員から選ばれようが──今度はそうはいかない。

 和平は、はかない夢として刹那的に潰える公算が高かった。

 

 デ・キュラ提督が永久皇帝令の全文を最高会議に届けた時には、議論の趨勢は拒否に傾いていた。

「そうか……」

 状況を聞いたデ・キュラは感情を見せぬままだったが、心中には小さな翳りがあった。

 あの図らずも銀河皇帝という地位に就いた少女は、物知らずだったかもしれない。愚かだったかもしれない。だが、あの総力戦に飛び込み、この永い戦いに軛を打ち込もうとした勇気は認めざるを得なかった。

 生涯をこの聖戦に捧げてきた自分に「意味が無い」と言い放ったあの顔が、拒否の返答に曇ったとしても、してやったりという気にはなれないのだ。


 待機を命じられ、あてがわれた部屋へ戻るデ・キュラと入れ違いに、一人の政務官が議場に飛び込んで来た。

「大変です! 市民が!」

 

 総力戦にあって夜間外出禁止令が敷かれていたトラガループのメインストリートは、最高会議院議事堂へ向かう市民で埋め尽くされていた。

 人々は低く唸るような旋律にのせて、銀河皇帝を讃える詠唱アンセムを口にしていた。その意図は間違いなく「永久皇帝令を受け容れよ」という主張に他ならなかった。


 一方のザニ・ガン側でも同様のことが起きていた。

 ザニ・ガン救星戦線フロントの海底本部を擁する、惑星南東のベーロス諸島。その島々を縫う海の浅瀬に、おびただしい数の甲殻人たちが身を沈め、その殻の中に閉じこもったまま動かずにいたのだ。

 〈水沈石ラグニン〉と呼ばれるその行動は、ザニ・ガン人が命を賭けて時の権力に対し政治的主張を突きつける、伝統的手段だった。

 そして、その〈水沈石ラグニン〉を率いる族長連が救星戦線フロント最高評議会に伝えて来た主張も永久皇帝令の受け容れだった。


 それは、この五千年間で初めてユーナシアンとザニ・ガンの民が見せた意見の一致だった。

 そして、両種族の為政者たちもお互い同様の迷いを抱えた。

 どうせ覆る勅令であるなら、一旦受け容れてしまっても良いのではないか?

 それによって民衆の支持が得られるなら、体制の──自分たちの政治的立場の──安定にも繋がる。最終的な結果が現状と変わらぬものとなれば、他星系の支持勢力にも引け目は無い。市民は失望するかもしれないが、アサト一世は束の間平和への夢を見せてくれた、哀れな銀河皇帝として記憶されるだろう。


 迷いの夜は明け、両勢力の首脳部は結論に達した。

 

 誰もが想像しなかった結果につながる結論に──

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2026年1月24日 20:00
2026年1月31日 20:00
2026年2月7日 20:00

十月は黄昏の銀河帝国 沙月Q @Satsuki_Q

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