第10話『そういうトラブルを含めて面白いのが『ヒナちゃんねる』という事で』
激動の一ヶ月だった。
路地裏報道局さんの配信に出演し、陽菜の誹謗中傷をする人への対策を考えていったのだが、何故か俺が色々な配信に出る事になってしまったのだ。
その結果、陽菜との配信に出る暇がなく、結局この一ヶ月は陽菜が一人で配信をしていた。
陽菜がアイドルとしてこれからも活動していく為に、綾と俺が協力すると約束したのに、このザマである。
確かにこの一ヶ月は誹謗中傷もかなり減ったが、それでも陽菜を放置しても良い理由にはならないだろう。
「という訳で久しぶりの『ヒナちゃんねる』なのだけれど」
「ぷー」
「すっかり拗ねちゃってるな。陽菜」
【おかえり兄さん】
【まぁ今回の件はしょうがねぇよ】
【兄さんは人が良すぎるんだよなぁ】
【でもそれで陽菜ちゃんを放置してちゃ駄目だろ】
「面目次第もない」
「私、一人で配信して、寂しかったなぁー」
「う」
「お兄ちゃんは他で楽しそうに配信しててさ」
「ぐ」
「一人で寂しかったなぁー!」
「ごめんな。陽菜」
【でも、これでアンチも多少減ったし良いのでは?】
【別に減ってないだろ。アンチ君は元気に他の配信者を誹謗中傷してるぞ。主に兄さんと共演した女性配信者にな】
【いったいアンチは何者なんだ(棒】
【兄さんのガチ恋勢ヤバすぎだろ】
【おい、呼ぶな。出てくるだろ。せっかくうまく分散したんだから、このままにしておけ】
俺は陽菜と視聴者に頭を下げながら、どうすればこの良くない状況を変えられるか考えていた。
一緒に配信した人だって、別に変な人では無かったのに、途中からコメントが急に荒れ始めた事もあった。
そして、今視聴者さんのコメントを見ていて、気づいたのだが、やはりというべきか原因は俺なのだろう。
「そう考えると、俺がこうして配信に出るのを止めれば解決するんじゃないのか?」
「駄目!! それは、駄目!! 絶対に駄目!!」
「お、おぅ」
【兄さん。それは悪手なんよ】
【攻撃目標を失ったアンチ共があらゆる場所で暴れ始める未来しか見えねぇ】
【無差別に暴れまわる悪夢が始まるぞ】
「お兄ちゃんが配信出るのやめるなら、私もやめるからね!」
【はい】
【もう終わりだわ】
【兄さんは陽菜ちゃんファンから日々の癒しを奪おうっていうの!?】
【鬼! 悪魔!! 天王寺!!】
【なんでや。天王寺関係ないやろ】
「分かった。分かったから」
俺は腕を掴みながら、荒ぶる陽菜をなだめつつ、コメント欄にも落ち着くようにと言う。
どうにもしがたい状況だった。
結局俺個人では多くの人が集まる力には逆らえないという事なのだろうなと思う。
「それにさ。私は別に、私の事嫌いな人なんて、どうでも良いよ? だって興味ないもん」
「そうなのか?」
「うん。だってどうせ直接言えなくて、陰でコソコソ文句を言う事しか出来ない人でしょ? そんなのお台所に出る虫みたいなモンじゃん。見たら気持ち悪いかもしれないけど、生活してたら出てきちゃうんだから、しょうがないよ」
【おっと?】
【やっぱり陽菜ちゃんはこうじゃないとな! 天上天下唯我独尊!】
【陽菜ちゃんは釈迦だった……?】
【アンチを虫扱いとは、流石です】
【虫だけに、無視ってか!】
【(審議中)】
【-死刑-】
【ゆるして】
「例えばさ、ヒナちゃんって人気アイドルでしょ? あ。ごめん。大人気アイドルでしょ?」
「まぁそうだね」
【この迷いのない返答よ】
【でもまぁ陽菜ちゃんが大人気アイドルなのは事実だし】
【チャンネル登録者数を見ろよ。もう少しで一千万人だぞ】
「だからさ。ヒナちゃんを好きな人っていっぱいいるの。両手でも持ちきれないくらい」
陽菜は両手を広げながら、その数を示すが、生憎と分かったのは陽菜の可愛らしさだけだった。
しかし俺はなるほどと頷きながら陽菜の話を聞く。
「なら、いっぱいいるファンのみんなを大切にする方が、アイドルとしては大事だって思うんだよね。どうせ世界中全部の人がヒナちゃんを好きにはならないんだしさ」
「そっか。陽菜がそれで良いなら、俺もあまり気にしない様にしよう」
「そ。お兄ちゃんが大事なのは、お兄ちゃんが大大大大好きなアイドルの私を大切にする事なんだからね?」
「分かってる。気を付けるよ」
【離れろ!!!】
【見苦しい!!】
【自称人気者の勘違い女!!】
【二人がくっついて、イチャイチャし始めてから、コメントが荒れ始めてきたな】
【まぁいつもの光景や】
【台所で料理作ってたからね。仕方ないね】
「陽菜。少し離れようか」
「おにいちゃーん? 言ったでしょ。私は私の幸せが一番大事なの。文句言いたい人には言わせておこう?」
陽菜は俺に抱き着きながら、笑う。
子供の頃から変わらない無邪気な笑顔で。
そんな陽菜の行動にコメント欄はまた激しく流れてゆくが、もう俺にはどうにも出来ない事だった。
そして溜息を一つ吐きながら、両手を伸ばし、抱っこして欲しいという陽菜の要望に応えて、そのまま抱き上げるのだった。
あれから。
陽菜は以前よりも遠慮なく振る舞う様になり、陽菜の事を好きになれない人が陽菜を傷つけるような事を言っていたが、宣言した通り、陽菜は何も気にしていない様だった。
それどころか、最近はそういう人たちをからかう様な言動すら見せている。
「今日も私の事が嫌いな人、元気だねぇ」
【黙れブス!】
【お前は口を開くな】
【もう何か慣れてきたわ】
【これが正常なまであるからな】
「でもなぁ。こんなに酷い事ばっかり言われちゃうと、私、悲しいな。傷ついちゃったな」
【まーた、心にもない事言ってるよ】
【煽ってるだけなんだよなぁ】
「あーあ。傷ついちゃって悲しいから、今日は後輩の天王寺君を呼んだけど、出てきてもらう元気、無くなっちゃった」
陽菜がそう言った瞬間、コメントの勢いが加速する。
そんな加速し、大混乱という言葉が似あう様なコメント欄を見ながら陽菜はおかしそうに、お腹を抱えて笑うのだった
「陽菜。あんまり意地悪するんじゃない」
「はぁーい。まぁ待っててもらってる天王寺君にも悪いしねー。ま、別にこのまま帰ってもらっても良いけど」
「そういう訳にもいかないだろう? 颯真君。準備はいいかい?」
「はい!! 光佑さん!!」
元気よく返事をし、何故か陽菜と俺の間ではなく、陽菜から離れた俺の横に座る颯真君。
俺はそんな謎の行動に、疑問符を浮かべながら颯真君と陽菜を見るが、二人は特に違和感を感じてはいないようだった。
仕方ないので、陽菜の方に少しずれてスペースを開ける。
「はい。天王寺颯真です。光佑さんに呼ばれてきました。夢咲陽菜さんは一応知り合いですね。特に好きでは無いです」
「は? じゃあなんでここに来たの?」
「そんなの僕の大恩人である光佑さんに呼ばれたら、例え世界の反対側だって行くからに決まってるだろ」
「ふぅーん。ま、私はお兄ちゃんの為なら地獄だって行くけどね!」
「そもそも光佑さんが地獄に行くっていう状況が考えられないけどね。まぁ。夢咲が地獄行きになって、それに巻き込まれたっていうのなら分かるけど、ね」
「お兄ちゃん!! なに! この生意気なクソガキ!!」
「光佑さん! なんでこんな性悪女と活動してるんですか! またマネージャーに戻ってきてくださいよ!!」
「お兄ちゃんはマネージャーなんてやらないよ!!」
「こんな所で、お前と話しているよりは有意義だ!!」
いつもの様に言い争いを始める二人。
何だかんだ好き勝手言い合える仲というのは貴重である。
俺はそんな二人を穏やかに眺めながら、事の成り行きを見守った。
【いきなり争いが始まってて笑うんだが】
【なんでお二人はここで争ってるんです?】
「天王寺君がどーしても『ヒナちゃんねる』に出たいって言ってたから、仕方なく! 呼んであげたんだよ!」
「夢咲がどうしても出て欲しいって言うから、来てあげたんですよ!!」
「嘘ばっかり!!」
「そっちだろ!!」
【もう何が真実か分からんな】
【兄さん! 兄さんなら分かるんじゃないか!?】
「いや、俺は陽菜に頼まれて颯真君を呼んだだけだね」
【なら、陽菜ちゃんが呼んだって事じゃん?】
「違うんだって! 天王寺君から出たいって連絡が来たの!! だからお兄ちゃんに頼んだの!!」
何が何やら分からない状況に混乱していると、二人の言い争いは加速し、事態は急速に進んでいく。
「分かった! じゃあ勝負で決めようよ! 私が勝ったら、僕が間違ってました。陽菜様のいう事が全部正しいですって言って、土下座ね!」
「ハン! じゃあ僕が勝ったら、光佑さんは僕のマネージャーに戻るって事で」
「ちょっと! 釣り合わないでしょ!!」
「超絶人気俳優の土下座は安くないんだよ!!」
「お兄ちゃんの意思を無視して、マネージャーやらせようなんて、図々しいって言ってるの!!」
「光佑さんはマネージャーを別に嫌がってなかったのに、どっかの誰かが無理やり連れて行ったんだろ!!」
「何よ!!」
「光佑さん!!」
「は、はい!」
「光佑さんは僕と夢咲、どっちと仕事がしたいんですか!?」
「いや、それは」
「私だよね!? お兄ちゃん! あぁ、当然だよ。陽菜。って言って!!」
「強要するな!!」
「お兄ちゃん!!」
「光佑さん!!」
【アンチ、荒らし対策で出張する必要は無くなったのに、別の理由で出張多くなりそうやな兄さん】
【まぁ、兄さんは優柔不断だからな】
【そういうトラブルを含めて面白いのが『ヒナちゃんねる』という事で】
「帰れ!!」
「僕はゲストだぞ!?」
【画面が荒れていくのに反して、コメントは落ち着いていくな】
【アンチも人間の言葉は失ってるが、兄さんの心配ばかりしてて、批判を忘れとるな】
【つまり兄さんが危険地帯に居れば、世界は平和って事かぁ】
【その考えだと、いずれ世界VS兄さんを守り隊になりそうだから、やめー】
【ま。今後の事は分からんが、今はこの修羅場を楽しむだけよ】
「二人とも、落ち着いて」
「お兄ちゃんはどっちの味方なの!?」
「この勘違い自己中我儘アイドルに言ってやってください。さぁ! 光佑さん!!」
俺は二人に迫られ、両手を上げながら降参したが、事態が良くなる事は無かった。
ただし、この日の視聴者数は過去最大を超え、さらに二人に迫られている間にチャンネル登録者数が一千万人を超えた事で、ニュースになってしまった。
これを喜んでいいのか。悲しんでいいのか。俺には何とも判断が難しいのだった。
ただ、確かなことはこれからも、騒がしくも充実した日々は続いていくのだろうという事だけだ。
願いの物語シリーズ【ヒナちゃんねる】 とーふ @to-hu_kanata
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