第9話『どうか何処からか与えられた情報ではなく、真っすぐに陽菜を見てあげて欲しい』

私は台本を持ちながら、ゆっくりとした聞きやすい話し方で、配信画面の向こう側へ話しかけた。


「はい。こんばんは。路地裏報道局です。本日も表では報道できない様々なニュースを紹介してゆきます」


私の声に反応していつもよりも早くコメントが流れてゆく。


まぁ事前に光佑さんがゲストで来る事を予告していたのだから、当然と言えば当然だ。


そして画面に流れていくコメントはいつもよりも大人しく見える。


「では本日のゲストを紹介します。まずはこの人、事前に予告もさせていただいた立花光佑さんです!」


「こんばんは。立花光佑です。本日はよろしくお願いいたします」


【おぉ、本当に兄さんの声だ】


【顔が見えないのは新鮮】


「そしてもう御一方。アイドル系配信者のリリアさんです」


「どうもぉ~。リリアでーす。今日はよろしくねぇ」


【うぉおおお。マジでリリアだ!】


【まさか本当にリリアが来るとは】


【真面目な話できんのか?】


【兄さんが何とか軌道修正してくれるやろ】


【兄さんへの信頼が重い!】


【いや、兄さんって誰】


【立花光佑さんの事だよ。陽菜ちゃんがお兄ちゃんって呼ぶから、俺らも兄さんって呼ぶようになってんだ】


【いきなり他のチャンネルにローカルルール持ち込むなよ】


【これだから陽菜豚は】


【あ? 喧嘩売ってんのか】


【はいはい。イキるなら自分の巣でやれよ】


いきなり荒れ始めるコメント欄だが、まぁ別に驚くようなことじゃない。想定通りだ。


それを光佑さんが大丈夫か? と心配する様に視線を向けてきたが、問題ないと頷き返した。


光佑さんは私の反応を見て、特に反応しないで成り行きを見守ってくれるようだ。


こう、視線だけで状況を確認しあうのって良いね。信頼しあってないと出来ない事だよ。


そして信頼を受けたのなら、応えなくてはね。


「はい。本日は普段よりも多くの視聴者がいらしてますので、他の方の発言が気になる等はあるかと思いますが、攻撃的な言動は控えてください。あまりにも目に余る様でしたら強制的に退出していただきます」


あくまで理知的に。他人に暴言をまき散らす様な猿共と、同じ場所でキーキー喚いては自分も同じレベルだと言うような物だ。


そしてとりあえずの落ち着きを見せたコメント欄をそのままに私は話を先に進めた。


「はい。では本日のニュースを。と言いたいところですが、事前に告知させていただいた通り、本日はニュースではなく、当番組でも紹介させていただいた夢咲陽菜さんについてです」


「よろしくお願いします」


「まずは立花さんからご意見を伺わせてください」


「はい。私としましては、確認させていただいた陽菜に関する話は、その殆どが虚偽の内容であると認識しております」


【頑張れ兄さん!】


【応援してるぞ!】


【まぁ立花さんの立場ならそう言うだろうね】


【人気商売だしな。商品に欠陥があったら隠さないとね】


【もう夢咲陽菜が時代遅れなんだって】


「皆さん、色々と意見はあると思いますが、どうか何処からか与えられた情報ではなく、真っすぐに陽菜を見てあげて欲しい」


光佑さんは真剣なまなざしで、ここには居ない……恐らくは画面の向こうにいる視聴者を見ながら、言葉を続ける。


「確かに陽菜は自分勝手な所もあります。その行いが目に余る方もいるでしょう。許せないと思う方もいるでしょう」


「そういう方まで無理にお願いをする事は出来ません。それでも目についてしまうというご意見をいただきましたら、活動場所の変更等も考えてまいります」


「どうか。排除ではなく、そこに居る事を許してはくださいませんか」


誰が見ているわけでも無いのに、深く頭を下げる光佑さんに対して好意を抱きつつも、ここにはいない夢咲陽菜に苛立ちが増える。


そしてそれは恐らく、リリアとかいう女も同じらしく、面白くなさそうに光佑さんを見た後、緩やかに口を開いた。


「リリア、よく分かんないんですけどー。夢咲陽菜を見たくない人が見なくても良い様に、見えない場所でやるって事ですよねぇ」


「そうですね」


「でもぉー、光佑さんの事は見たいけど、夢咲陽菜は見たくないって人はどうすれば良いのか、リリア、わかんないなぁ」


「え?」


光佑さんは何を言われているか分からないという様な顔だ。


正直、こんな女と同じ意見というのは気に入らないが、ここは乗る流れ。私も続いてゆく!


「そうですね。立花さんの配信は見たいが、夢咲陽菜さんの事は苦手という方も一定数いる様です。そちらの対応はどのように行うのでしょうか。立花さん。ご意見を伺いたいです」


「えっと? ちょっと状況を確認したいのですが、陽菜ではなく、私を見たい人がいる?」


「はい。そうですね」


「なぜ……?」


心底何を言われているか分からないという様な表情で、私を見つめる光佑さんに、なんと言ったら良いか考えてしまう。


いや、ここで光佑さんの魅力を全て話しても良いのだけれど、気持ち悪いな。みたいな目で見られたら生きていけないし。


しかし、どうやら優秀なコメント欄が光佑さんに色々と魅力を教えてくれているようだ。


【光佑さんの単独配信なら絶対需要あるよ!】


【チャンネル作ったら教えて欲しい。すぐ登録する!】


【『ヒナちゃんねる』潰して、光佑さんメインでやればいいじゃん】


【そうなったら夢咲陽菜要らないんですけどー】


「いや、待って、待って。俺なんて何の魅力も無いよ? そんな人が話してても面白くないでしょ」


【兄さん目当てで見てる人多いぞ】


【面白いし、人格者だしな。何か話す時も自分とは全然違った目線が新鮮なんだわ】


【まぁ陽菜ちゃんは嫌いじゃないけど、かなり好きだけど、陽菜ちゃんとだけ絡む兄さんは勿体ないとは思ってるね】


【兄さんがメインで話す回が俺は好きだな。野球関係の話も色々聞きたいし。兄さん単独回も期待してるぞ】


【立花メインになれば、呼べるゲストも増えるでしょ。何なら大野とか佐々木も呼べるだろうし】


「なんか騙されている様な気持ちだ」


【私たちが嘘言ってるって言うの!?】


「いや、疑っている訳じゃない。疑っている訳じゃないんだ。ただ、そんな風に思われているなんて信じられなくて」


「じゃーあ。光佑さんとリリアで配信しましょうよ。それで、分かるんじゃない?」


「しかし……」


「まぁ、私も夢咲陽菜さん以外の方と配信するというのも良いと思いますよ。まぁ別にリリアさんで無くても良いと思いますが」


瞬間、リリアとかいうゴミと私の視線が激しくぶつかり合い、火花を散らす。


援護射撃はするが、別に味方という訳じゃないからね。


こんな頭の緩い女と一緒に配信するなんて、あり得ないし。


「あらぁー? リリアじゃ何か不満なんですかぁー?」


「別に不満とは言ってないですよ。ただ、最初に選ぶなら慎重に選ぶべきだって言っただけです」


「そうですかぁ? ま、選ぶって言っても、貴女みたいな人は選ばないと思いますけどぉ」


嘲笑。


私を見ながら、嗤うゴミを見て、思い出すのは昔から変わらない奴らの顔だ。


私を見て馬鹿にした様に笑う。


多少容姿が優れているからなんだ。


それがそんなに偉いのか。


寝ずに勉強して、人と話すのだって吐きそうなくらい緊張するのに、出来るようになって、何でも出来る様に努力し続けた。


でもお前らは、やれ可愛くないから、美人じゃ無いからと、それだけで私の全てを否定しようとするんだ!!


お前らは!!


「少し冷静になってきました。なんだかよく分かりませんが、私にも需要があるという事ですね。なら陽菜以外の配信に参加してみるのも良いですね」


「そうでしょう? なら、まずはリリアと……」


「あー、いえ。申し訳ないのですが、最初に行うならまず木下さんが良いですね。無論木下さんが良いのなら、ですが」


「ぇ?」


「は? な、なんでっ」


「いえ。今回無理を言って番組に参加させていただきましたし。もし私に人気があるのなら、木下さんの番組に参加させていただいてお礼が出来るかなと」


何でもない事の様に笑って話す光佑さんに私は涙が溢れそうになる。


「それに木下さんの仕事は何度か拝見した事があるのですが、本当に面白い企画をいくつも提案される方なんですよ。ですから、どんな配信を企画するのか楽しみでもありますね。リリアさんの事は申し訳ないのですが、あまり存じてませんので、まずは活動を見せていただいてから。という事でお願いしたいです」


本当に、この人は。


今は本番中なのだ。必死に涙を抑えようとしている私を追い詰めて、なんてひどい人なんだろう。


でも、ただ嬉しかった。ただ、ただ。


「で、でもでも! リリアの方が可愛いでしょ?」


「リリアさんも大変魅力的ですが、木下さんだって可愛らしい方だと思いますよ。いや、可愛いというよりは格好いい方と言った方が良いかもしれませんが」


「ぐっ」


【まぁーた兄さんが口説いてる】


【こりゃ陽菜ちゃんに報告だわ】


【はいはい。陽菜豚は巣に帰れ。立花さんはもう帰らないからさ】


【いい加減兄離れして欲しいよね。いつまで甘えてんだって話】


【木下が企画立てるなら、学生時代の特集やってくれ! 大野と佐々木の話聞きたい!】


【まだ木下ってテレビ局と繋がってるんでしょ? なら兄さん含めて野球やる企画立ててくれ】


【立花さん怪我してて野球出来ないんじゃなかったっけ?】


【プロとしては難しいってだけだから、野球自体は出来るだろ】


【えぇい、この際サッカーでも良い。あの超人的な身体能力を活かして何かやってくれ!】


【野球みたいだけならアイドル野球大会の動画見て来いよ。走って打って投げて守る立花がそこにいるぞ】


【もう五万回は見たわ。それだけじゃ満足出来ねぇって言ってるんだよ】


【確かにな】


「コメントが凄い速さで流れていく……要望がいっぱいあるみたいですね。ですが、やるかどうかはまだ分からないので、決定ではありませんよ」


【えぇー!?】


【光佑! 裏切るのか!!】


「裏切るとかじゃなくて、予定の調整等もありますし。いきなりここでは決められないという話です」


「そ、そうですね。立花さんにも予定があると思いますので、追って連絡という事で」


【逃げるなよ!】


光佑さんは結局それから荒れ狂うコメントに対して、何とか意見を返しながら話を繋いでいった。


いつ頃やる等の具体的な話は決められなかったけれど、その後視聴者と共にどのような企画が良いか話す事で盛り上がりを見せていた。


そして、夢咲陽菜に関する話としては、立花さんが別々に配信を行えば、荒らしている人間も減るだろうと話す事で一程度の理解は得られたようだ。


まぁ、全てを信じた訳ではないだろうが、試してみても良いと思ったのかもしれない。




そして今回の配信としてはほぼ百点満点で終わった配信と言えるだろう。


まずは一歩だ。夢咲陽菜から光佑さんを引き離す、最初の一歩。


しかし、いつ頃光佑さんと配信しようかと考えつつ連絡を取っていたが、気が付けばヒゲが調整する様になり。


ルンルン気分で企画を考えていた所、ヒゲによって先にリリアとかいうゴミが配信する事に決まったと知らされた。


ヒゲェ!!!

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