第8話『私は夢咲陽菜という女が嫌いだ』
私は夢咲陽菜という女が嫌いだ。
頭が足りないくせに、多少容姿が目立つというだけで、神にでもなったかの様に傲慢なあの女が私は嫌いだ。
自分が世界の中心であるかの様に振舞って、周りへの迷惑を何も考えない。
本当に自分勝手で、気に入らない。
だから今日もあの女の城を壊す為に、あの女が嫌いな奴の求める真実をネットに流してやるのだ。
『夢咲陽菜の真実! アイドルの素顔!! 複数の男性アイドルに媚びを売る人気アイドル!!』
記事を複数のアカウントで拡散し、あたかも人気の記事である様に工作すると、記事にコメントが付き始め、信者とアンチの激しい争いが始まった。
【やっぱりね。そんな事だろうと思ったよ】
【適当な記事載せやがって、陽菜ちゃんがこんな事するわけないだろ!】
【はいはい。夢咲陽菜信者はこんな所に来てないで、神様の所へ行けば良いんじゃないの?】
【アンチこそ、嫌なら見なきゃいいだろ! いちいち記事作って関わってんじゃねぇよ!】
【どうせ、陽菜ちゃんの人気に嫉妬したブスが記事作って、盛り上げてんだろ】
【はぁ? 夢咲陽菜の方がブスじゃん】
【百年に一度の美少女って言われてんだけど? ブスアンチはそんな事も知らないの?】
【性格の話してんだよ。クソキモオタ信者!】
溜息が出るほどに愚かな光景だ。
本当に、愚かしい。人を見た目でしか判断出来ない。低能で、惨めで、愚かな奴ら。
あの女がテレビから消え、配信者なんてやって、未だ惨めにアイドルなんて物にしがみ付いているのは、こういう程度の低い人間が多いからなんだなと思い知らされる。
しかし、いつかあの女が大した人間ではないと愚民どもも気づく日が来るだろう。
私は溜息と共に、戦い続ける事を決意し、また情報収集に走るのだった。
そんな時、私は自身のチャンネルに何やらメッセージが届いている事に気づいた。
「メッセージ。また捨てアカのアンチか。めんどくさ」
ため息を吐きながら、メッセージを開くと、どうやら捨てアカでは無いらしい。
普通に動いている呟きアプリのアカウントからのメッセージの様だ。
「こ、これ!? 本当に?」
私はそのアカウント名を見ながら、驚愕に目を見開き画面に近づいて見た。
しかし、何度目を擦っても、その名前は変わらない。
立花光佑さん。
かつてあのいけ好かないクソガキ、天王寺颯真のマネージャーをやっていた時に、何度かお話させていただいた方だ。
礼儀正しくて、馬鹿みたいに夢咲陽菜を持ち上げている頭の足りない奴らとは違って、ちゃんと本質を見てくれる人。
優しくて、私みたいな暗い女にも、手を貸してくれる人。
人の良い所をちゃんと見つけて、それを基準に人を見てくれる人。
どうして私に連絡を取ってきたんだろうか。
もしかして、私の事を気づいたのかな。
だって、前にまた話をしましょうって言ってたもんね。だから探してたのかもしれない。
急にテレビ局辞めちゃったから、それで。ってこと!?
何か直前に呟いているかもしれないと思って、彼の呟きを追ってみると、ソレを見つけて一気に気分が落ちた。
【最近陽菜のよくない噂が流れているみたいだから、何とか出来ないか考えてみる】
なるほどね。
あぁ、貴方は変わってないんですね。
あの女が妹さんの友人だというだけで、心を砕いて、気にかけている。
本当に優しい人。泣きたくなるくらいに。
きっとあなたはどんな奴が相手でも、それが親しき相手なら親身に心を砕いて接するのだろう。
いや、そうじゃない。
だって有名じゃないか。
光佑さんは見知らぬ女の子の為にその身を犠牲にしたし、そのあと、あの女の子に非難が集まった時だって、彼女を責めないで欲しいと訴えたじゃないか。
いつだってあの人は苦しんでいる人の味方なのだ。
でも、だからこそ、それを利用して、あの人の優しさに寄生している害虫が、夢咲陽菜が憎く思える。
なんであんな女の為に、彼が傷つかなくてはいけないんだ。なんであの女だけ。
ずっと満たされてきた癖に。優遇されてきた癖に。
私は怒りで沸騰しそうな頭を何とか冷静に保つべく、目を閉じて、頭の中で思考を回した。
送られてきているメッセージは大体想像が出来る。おそらくは記事について確認したいとか。可能なら修正して欲しいとかだろう。
ならば、どうする? 冷静になって考えてみれば、これはチャンスだ。
あの女がいない場所で、光佑さんと話をする事が出来る。
上手く話が進めば、引き離す事も出来るだろう。
考えろ。考えろ。考えろ。
……そうか。
私は稲妻の様に舞い降りた名案を実行に移すべく、一応メッセージの内容を確認し、消えない様に保存してから返信を書き始めた。
失礼のない文章を作る為に四時間くらい掛かってしまったが、最善は尽くしたと思う。
光佑さんからメッセージが届いた日から一ヵ月後。
私は高鳴る心臓の音を何とか抑えながら、スタジオで人が来るのを待っていた。
無論緊張しているのは私だけではないだろう。
配信のための準備をしているスタッフだって、同じ様に緊張しているはずだ。
ガラスの向こう側に居る彼女たちは何度も椅子を立ったり座ったり繰り返しているし、必要ないだろうに水を何度も飲んでいる人もいる。
私だって、手元にある台本を何度も読み直しているのは、ミスしない様にという気持ちもあるが、それ以上に緊張し過ぎて落ち着かないからだ。
早く来て欲しい。が、まだ心の準備が出来ていないから、来ないで欲しい。
複雑な気持ちだ。
そして緊張がまさに限界に達し、おかしくなりそうな瞬間に、突如として彼は舞い降りた。
『申し訳ない。遅れましたか』
『い、いえいえ! むしろ早いくらいですよ』
『そうですか? 皆さん、もう準備が終わっているようですが』
『それは、その、本番で失敗出来ないという思いが強くてですね。自然と足が向かってしまったというか』
『あぁ。そうなんですね! 素晴らしいプロの精神だ。是非、見習わせてください』
音響さんが言い訳の為に訳の分からない動きをしながら、なぜか光佑さんの前に差し出した手を光佑さんは握り、満面の笑みで彼女の精神を焼き尽くした。
彼女はもう今日一日天国から降りてくる事は無いだろう。まぁ仕事は間違いなくこなすだろうし、良いけれど。少し羨ましい。
『うっす。立花。お前が来るとは思わなかったぞ』
『そうですか?』
『あぁ。お前は何があっても夢咲陽菜の側に立つ奴だと思ってたからな』
『だからですよ。松尾さん』
『アン?』
『だからこそ、陽菜の事を好きになれない人の意見も聞きたいと思ったんです。それもまた陽菜の為になる』
『かぁー! 真面目だねぇ!』
『そうでも無いですよ。俺だって自分勝手な時がありますよ』
『へっ、そんなのがあるなら見てみたいもんだ』
ガラスの向こうに居るヒゲオヤジの言葉に内心で激しく頷きながら、ちょっと自分勝手で悪い光佑さんを想像する。
(おい。麻耶。俺のいう事が、聞けねぇのか?)
うっっっっっ。
駄目だ。これはやばい。
普段のギャップも含めて、怪しげな魅力が!!
「木下さん?」
「はっ!? な、なんでしょうか!?」
「集中している所に話しかけちゃって、申し訳ない。本日はよろしくお願いいたします」
「あ、ああ! こちらこそ! よろしくお願いします! 木下麻耶です!!」
「はい。丁寧にありがとうございます。立花光佑です。以前何度かお会いした事がありますよね?」
「そ、そうですね! はい! お久しぶりです!」
「はい。お久しぶりです。元気そうで良かったです」
「た、立花さんも、お元気そうで、何よりでした!」
「そういえば、本日は後もう一人いらっしゃると聞いていたのですが」
「あー。そうですね。ゲストにリリアという名前のアイドルが来ますが、まだ来ていない様です」
「そうですか。事故に巻き込まれていなければ良いですが」
「えぇ、そうですね」
テーブルを挟んで私の正面に座った光佑さんに、笑みを向けながらそう答えたが、実際の所、別に来なくても良いと思っている。
あのヒゲオヤジが、入れた方がお前らにも都合がよくなるとか何とか言って、無理やりねじ込んだからこそ、今回呼んでいるが。
本当なら、私と光佑さんの二人で話がしたかったのだ。
でも、まぁ遅れてくるならしょうがない。このまま抜きで始めるか……。
『おはようございまぁーす』
光佑さんの登場で緊張がほぐれ、和やかな空気が流れていた現場が一瞬で凍り付いた。
理由は簡単だ。光佑さんと同じ入り口から、ゴミ溜めから聞こえてくる様な甘ったるい声が聞こえたからだ。
吐き気がする。
『おぉ~待ってたよ! リリアちゃーん』
『お待たせしましたぁー。ごめんなさい。リリア。遅れちゃいましたか?』
『いや全然余裕さ!』
ガラスの向こうでヒゲオヤジが、ニヤニヤと気色の悪い顔でリリアとかいうゴミアイドルを迎え入れる。
何が余裕だ。時間ギリギリだろ!
大した奴でもない癖に、遅れて来て、少しは申し訳なさそうな顔をしろ!!
そして大した謝罪もせず、挨拶もろくにせず、ゴミはこちら側に入ってくると、光佑さんを見つけ、目を輝かせた。
嫌な予感がする。
「あぁー! 立花さん! 立花光佑さんですよね!?」
「え、あぁ。はい。そうです。はじめまして。リリアさん。でしょうか」
「はい。リリアはリリアっていいます。リリアの事知っててくれたんですねぇ? もしかしてチャンネルも見ててくれたりするんですかぁ?」
「あー。いやお恥ずかしながら、不勉強でして。名前もさきほど木下さんからお聞きしたばかりなんですよ」
「あ。そうなんですねぇ。うーん。残念だなぁ。リリア頑張って配信してるのに、あんまり有名になれないんですよねぇ」
「そうなんですね。なら、私にも何か出来る事がありましたら、協力しますよ」
「わぁ! 嬉しいですぅ」
『コラァ! 立花! リリアちゃんを口説くな!! 本番前だぞ!』
「ごめんなさい。松尾さん」
『ったく!』
私は見た。
気持ちの悪い動きをしながら光佑さんに迫っていたゴミが、ヒゲオヤジの声で一瞬怒りに満ちた表情になった事を。
そして光佑さんの見ていない所で、ヒゲオヤジを睨みつけた事を。
所詮アイドルなんて言っても、こんなもんだ。汚い女。媚を売って、金を集める守銭奴だ。
「じゃあ、リリアさんも座ってください。本番の準備をしましょうか」
「はぁーい。じゃあリリア。光佑さんの横に座るぅ」
「は?」
「リリアさんの席は用意されてますよ」
「でもでもでもー。リリア。あんまり頭良くないから、台本の漢字とか読めなくて困っちゃうかもー。光佑さんの横なら教えてもらえるでしょー?」
「あー。そういう事ですか。なら」
「でしたら私が教えますよ!! リリアさん!!」
「えぇ~。でも木下さんって司会で私たちはゲストなんですよねぇ? なら、邪魔しちゃ悪いなって、ね? 光佑さんもそう思いますよね!」
「うーん。確かに」
「あ。でもぉ。光佑さんがリリアと一緒だと嫌なら、リリア、一人の席に行きますねぇ」
「まぁ別に嫌という事は無いので、じゃあ、一緒にやりましょうか」
「わぁ。嬉しいですぅ」
キレそう。
ヒゲは本気で、これが居る事で私たちに有利になるって思ってたのか?
ただ自分が呼びたいから呼んだだけじゃないのか?
今すぐ椅子を投げつけても許されそうなくらい、苛立つ女だ。
『じゃ、こっちは準備できたし。そっちも問題なければ本番始めようか。リリアちゃーん? ダイジョーブ?』
「はぁーい」
『よし。立花。木下。いけるな?』
「はい」
「……問題ありません」
何とか怒りだしそうな感情を抑え込んで、私は目の前の番組に集中した。
『じゃあ本番スタート』
ヒゲの声と共に始まった番組に、私は全神経を集中させながら……挑む。
全ては光佑さんを救い出す、その為に!!
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