第13話 この溺愛は返却不可です


 げっそりした顔が柔らかいふかふかの顔に戻るまで。

 私はアニティムでの勤務とレッスンの禁止を命じられた。


「これは別にリルアを縛り付ける行為ではないね? ただの心配だからね」


 そう言ってシュリアス様は、自分の部屋に私を監禁している。


「リルア、監禁というと言葉選びが悪すぎるよ、これは静養といいます」

「そうですね。だけどシュリアス様はなんだかすごく楽しそうですね?」

「もちろん。看病というのは、恋愛小説のシチュエーションとしても定番だからね。気合いも入るよ」


 嬉しそうに料理を運んできて、かいがいしく私の世話をするのが楽しいらしい。

 私はちょっとした過労で、世話を焼いてもらうほどではないのだけど。


 私が充分な休養をとるために、夜会でのお披露目は延期。

 


 そして私は、アニティムを辞めることにした。


 静養生活が数日経った頃。アニータさんが、王城にきてくれたのだ。


「だいぶ元気そうになったねぇ」


 いつものようにニコニコと微笑んでからアニーダさんは本題に入った。

 

「私はいつでもリルアちゃんにアニティム戻ってきて欲しいと思ってる。お店の迷惑とかそういうことは全然気にしなくてもいいよ。

 でもね、辞める選択肢も考えたほうがいいとは思うんだぁ」

 

「身体を考えて、ということですか?」


「それはもちろんあるけど……リルアちゃんはどうしてアニティムで働きたいの?」


 アニータさんは優しく私を見つめてくれる。

 

「アニータさんやみんなが好きというのもありますけど、アニータさんが言う運命の一着を私も作りたいからです」


「それはアニティムじゃなくても出来ることじゃないかなぁ?

 リルアちゃんは元が器用だからすごく成長している。アニティムに毎日何時間もかけてこなくても、素直に王家の職人に習ってもいいと思うよ?」


「それはそうなんですけど……」


「それにね、運命の一着を作るのってアニティムにしかできないことじゃないよ。今までもアニティムで働いてくれた職人さんたちは、それぞれ自分のお店を構えたり、貴族のお抱え職人になったりした。それが私にとってはすごく嬉しかったんだぁ」


「いなくなっちゃうのにですか?」

 

「うん。私たちがドレスにかける思いは同じだからね。一つの小さな店舗には限界があるでしょう? 彼らが作ったお店でドレスへの愛が広がる、喜んでくれる人が増える。それはとっても幸せなことだよねぇ」


 胸がぎゅうとしめつけられる。

 そうか。アニータさんは愛してるからこそ手放せる人だ。

 迷惑しかかけなくて、ただの見習いだった私のことも、愛して背中を押してくれている。


「もちろんいつでも戻ってきてくれてもいいんだよぉ。無理してまで続けなくてもいいと思っているだけ。 

 職場を卒業したとしてもアニティムにはいつだって、リルアちゃんの場所があるからね。

 だけどね、リルアちゃんの新しい居場所を増やしたっていいんだよ。居場所を増やすことはあなたの道が広がるということだから」


「……アニータさん、ありがとうございます」


 別にお別れじゃないとわかっているのに、様々な思いがこみあげてきて、涙に変わる。

 初めてドレスの仕事をしたのが、アニティムで本当に良かった。


 ・・


「なんですかこれは」

「壁ドンというのを学んでみたんだ」

「ちょっと古いのでは?」


 帰ってきたシュリアス王子は私を壁に追い詰めて、壁ドンただいまを実施した。


「これの利点は、このままキスもできるということだよ」


 シュリアス王子の長い指が私の顎に添えられた。

 壁に追い詰められているので、逃げられない。

 ふむ、さすが古典的なトキメキシチュエーション。よく考えられた構造だ。


「キスは結婚してからにしてくださいと言いました」

「ふふ、結婚してくれるんだ?」

「最初から決定事項のくせに」


 文句を言えば、少年のような笑顔を見せてシュリアス様は笑った。

 

「……ひとつ、相談があります。大事な話なのでこの体勢を解いてもいいですか」

「わかった」


 私はソファに移動し、テーブルに封筒を乗せて数枚のデザイン画を出した。


「今日のアニータさんとの会話と、以前の王妃との会話、聞いていましたか?」

「もちろん聞いていた」

「……それは話が早くて助かります」


 デザイン画をテーブルに並べる私の隣に王子も座った。


「私アニティムをやめようと思います。まだ見習いの身ですが、もっと修行して……そしたら、上位貴族にも運命のドレスを作りたいと思ってるんです。


 アニティムに来てくれるご令嬢の悩みは、ずばり予算がないことでした。アニータさんはそんなご令嬢の夢を叶えるために頑張っています。 

 では、私に出来ることは何かと考えたときに……高貴な方には高貴な方の悩みがあるとわかったんです」


 テーブルの上にはリボンが五百ついたドレスのデザイン画。

 

「あのひと、可愛いものが好きなんだね。知らなかったから、驚いたよ」


 可愛いドレスに身を包んで喜んでいた王妃の姿を私も思い出す。

 王妃の理想から気づきを得て、自分がどうなっていきたいのか定まった。

  

「王妃も周りからどう見られるか、を常に悩んでいらっしゃいました。今まで通りのドレスももちろん必要ですが、それとは別に心の基地になれるような、大好きをつめこんだドレスを作ってみたいんです」


 公の場で着ることは出来ないかもしれないけど。部屋で思わず鏡を見てポーズを決めてしまうような。そのひとの大好きを詰め込んだドレスを。


「そのためにはまだまだ修行が必要なので、以前のシュリアス様のお言葉に甘えて、王家の職人に弟子入りさせていただきたいです」

「わかった。それとその王妃のドレス。僕に遠慮せず作っていいよ」

「いいのですか?」

「だって最初は失敗してもいいドレスじゃないと……身内の方がよいだろう」

「失敗前提なんですね」


 シュリアス様は笑顔をこぼすと私に向き直った。

  

「僕自身は彼女たちと関わることに抵抗がある。王妃が望むような食事を共にすることもまだ難しい。でも君には自由でいてほしい」

「ドレスのオーダーでは関わりますけど、それ以外ではあまり関わることはないと思いますけどね」

「お気遣いありがとう」


 気遣いではなく、本当に関わりたくはないんですけどね。王家との付き合いは緊張するし。


「がんばりますね!」


 私の夢が改めて走り出す。

 ドレスに出会ってたくさんの好きを知り、夢が広がった。これからの新しい挑戦も楽しみだわ! どんなことが待っているんだろう。

 

「ところで、リルアがオーダーするドレスは考えたの?」

「ああそういえば、忙しくて忘れていました」

「それは早めに作ってもらわないと困るな。リルアのウエディングドレスになるんだから」

「まだ心の準備ができていないので、そちらはゆっくり考えることにします」


 シュリアス様との関係はもうすこしゆっくり進ませていただこう。ちょっと愛しいと思ってしまったし、婚約は継続していて、この先に進めば結婚することになるんだろうけど。


「君がこれから新しい出会いがあるのが心配だね。王家の職人は男性が多いんだ。恋愛小説でも恋のライバルというのは定番なんだよ」

「どうせ見張るんでしょう、石で会話も聞いてそうだし」

「いいかな?」

「嫌といったらやめるんですか?」

「…………リルアが寛大でよかったよ」


 隣のシュリアス様が私を抱き寄せる。


「僕は離れで孤独死するしかないと思っていたんだ、今はずっとリルアが一緒にいてくれる。僕が死ぬときまで隣にいてくれると嬉しい」

「見届けられるように、健康でいることにします」



 この溺愛は返却不可らしいです。

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間違った溺愛、返却します! 川奈あさ @kakukawana

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