第12話 それでも君だけは諦められない


 私たちは無言で歩き続けて、私の部屋に帰ってきた。


「迎えにきてくれてありがとうございます。どうかしたんですか?」

「……ごめん、リルア」


 まだ部屋の明かりもつけていないなかで、シュリアス王子は私を抱きしめた。痛いくらいだ。


「何かあったんですか? 嫌なことがありましたか?」

「ちがうよ、何もない」


 見上げると、シュリアス王子は苦しそうな顔で私を見ていた。


「リルアはいつも僕のことを心配してばかりだ」

「何かあったのなら、それは心配しますよ」

「僕は何もないんだよ。リルアこそボロボロだ、まわりに心配されるくらいに」


 作業場での会話を聞いてしまったんだろうか。

 

「私が変に張り切りすぎたんですよ、でも大丈夫です。明日から休みをもらっちゃいましたから。心配かけてすみません」 

「君を止めていいのかわからなかったんだ」

「どういう意味ですか?」

「リルアが、休憩や眠る間もほとんどなく針子の練習や、夜会のためのレッスンなどをしているのは知っていた」


 自分の部屋でやっていたこともお見通しらしい。


「本当は僕の部屋に閉じ込めて、ベッドにくくりつけてでも無理やり君のことを眠らせたかった」

「それはやりすぎですね」

「僕には加減がわからないんだ。君の職場の人みたいに適切な優しさを与えることができない」


 私はシュリアス王子の胸を少し押した。身体を離して、彼の顔を見てみれば、眉を寄せて苦しそうに私を見ている。

 

 私も、こんな顔をさせたいわけじゃなかった。



「僕の本音をいうと、君をこの離れから出したくないんだ。王家の人間と話してほしくないし、いや本当は僕以外と話しても欲しくない。職場にもいってほしくない。僕の目の見える範囲にずっといて欲しい」


 シュリアス王子は私のワンピースのポケットから何かを取り出した。


「いつもこの石を君の持ち物に忍ばせてしまっている」

「これ、なんとか石でしたっけ……」

「君のすべてを把握してしまう」


 それで私の行動がすべてお見通しだったわけか。納得する。


「僕は母のようにはならないと思っていた。それなのに、君を自分のもののように扱ってしまう。本当は君とずっとあの小部屋にいたいくらいなんだ」


「それはちょっと狭いですね。一つ聞いてもいいですか。今聞くことじゃないかもしれないんですけど」


「なに?」


「どうして私のことを好きになってくれたんですか?」


 シュリアス王子の眉間が少し和らいだ。


「リルアは僕を王子だと気づいていなかった。最初に会話したときに名乗ったんだけどね」


「すみません」

 

「僕は王族である僕が嫌だったんだ。あの離れに生まれなければ、と何度も思った。いっそのこと王家を出ればいいのに、出ることもできず飼われているだけの自分に嫌気がさしていた。


 でも君は僕を王子だと思わずに接してくれた。初めて僕は王子でない僕でいられたんだ。君との時間は僕にとって、唯一僕でいられる時間だった」


 私はドレスを見るのにただ必死だっただけなのに、あの小部屋が彼にとって安息の地になっていたことに正直驚く。

 だけど今思えば夜会で会っていた半年の間。すこしでも彼の安心できる場所を作ることができていたならよかった。


「僕が王子だとわかっても同じだよ。リルアは僕をただのシュリアスとして接してくれている。ますます君のことを好きになったよ」


「それはありがとうございます。

 それともうひとつ。私に相談した、お兄さんのことってどんな話だったのですか?」


「僕のことを長年殺したいと思っている人がいるかもしれない、僕も彼らを許せない部分があって苦しいと打ち明けた」


 そんな重い相談をされていたとは。


「それ、私はなんて返したんですか?」


 シュリアス王子は微笑むと記憶保持石を私に見せた。そういえばその場面を記録していて、何度も再生してると言っていた。

 石が淡く光り、私の呑気な声が聞こえてくる。


『え、たぶん恨んでないと思いますよ。だってもう十年経ってるんですよね。生きてますし、今。……このロイヤルブルーはサテン生地と相性がいい、素晴らしい……』


「…………こんな答えで良かったんですか? 適当過ぎません?」


「その後に『許せないことは許さなくてもいいんじゃないですか』とも言ってくれた」


「それもかなり適当ですよね。それにこれドレス見ながら適当に答えてますよ、私」


「いいよ。その適当さが僕にとって嬉しかったんだ」


 そんなことで、私のことをこんなに必死に好きでいてくれているのか……困ったな。


「僕はずっと腫れ物だったんだ。みんなに気を遣わせてしまっていて。せめて王家の恥にならないように公の場に出るようにしたけど、夜会に行くといつも気持ち悪くなってしまった。どこにも居場所がない僕に、リルアが椅子をくれたんだ」

 

「一脚増やしてくれたのは王子ですよ」

 

「それでも、僕はここにいていいんだよ、と言われているみたいだったんだ」

 

「私たち、奇跡的に噛み合っていたんですね」


 私の適当な言動が、彼の心を的確に救っていたとは。


「リルアのその適当さに僕はとても惹かれた。だけど、最近はそのリルアの良さを奪っていないか心配なんだ」


「適当な私よりも、最近の努力家の私のほうが良いのでは?」

 

「努力している君は素晴らしいと思う。そんなリルアのことももちろん好きだよ。でも無理をさせてしまってるのは僕だ。

 僕がいなければ君はあの店でやりたいことをできていたし、無茶をしなくてもすんだ」


「まあ、それはそうですね」

 

 特に通勤時間が増えたのは痛いし……あと貴族の名前覚えるのもかなりしんどい。


「無理をしているリルアを止める事も出来なかった」

「本当は私をこの部屋から出さずに休憩させたかったんですよね」

「そうだ」


 だけどそれは私を縛り付けることになると思ってこらえていた。

 私が正しく愛してほしいと言ったから。わからないなりに我慢して頑張ってくれていたらしい。……困ったな。


「私が嫌だって言ったからですよね、最初に。縛り付けようとしないでって」

 

「そうだよ。


 ……しかし婚約者にした時点で、もう権力で縛り付けている。

 ここに住まわせて、王族の一員になるための勉強などさせなければ、君はもっと自由だ。好きなことだけをしていられる。

 

 ――だから、君のことを解放しなくてはいけない。

 そう、わかっているんだ。愛しているからこそ、君を手放さないといけないと。僕はきっと君を壊してしまうから」


 シュリアス王子は気持ちを吐き出すと、もう一度私を強く抱きしめた。私の頬は彼の胸に押し付けられて、いつかのようにやっぱり苦しかった。


「だけど、ごめん。

 

 それでも僕はリルアのことだけは諦めたくないんだ。

 ずるくても、権力で縛り付けているといわれても、それでも僕はどうしても君が欲しい」


 私の耳元で、声が震えている。


 ……困ったな。勘弁してほしい。こんなの愛しいと思ってしまうよ。


「私、離してほしいなんて言ってません」

 

 彼の背中に自分の腕をまわしてみる。


「縛り付けてほしくないとは言いましたけど、離してとは言ってないです。

 君の幸せを願うなら、と勝手に身を引かれるなんて嫌です。欲しいものは手に入れてくださいよ、勝手に離さないでください」


 私の顔が、彼の胸に押し付けられていてよかった。

 こんな顔は見られたくないから。


「今回のことは私が悪かったです。ちょっと張り切りすぎただけです、これからは気を付けます。それと私は頑丈なので、壊れることもないので安心してください」


「リルア、少しだけ身体を離してもいいですか」

 

「嫌ですよ、何するつもりですか。そういうことは私の気持ちがシュリアス王子ほど育ってからにしてください」

 

「…………」


 だけど、私の両手首は簡単に捕らえられてしまった。両手は拘束されて、そのままキスを落とされる。


「欲しいものは手に入れてもいいと言ったのはリルアだ」

「……一回だけですよ」

「わかった」


 もう一回OKという意味ではなかったんですが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る