第11話 「すき」

 再び、入鳥の寝息が聞こえるようになる。しかし、鳥取は律儀にも梵天耳かきをやめない。


 丁寧に、丁寧に。聞くものが心地良く眠っていられるように、オノマトペも駆使しながら耳かきを続ける。


「……それにしても、ミャーちゃんが、ここまでお耳が弱いなんて。新発見」


 梵天を動かしながら、1人呟く鳥取。


「自分だけに弱みを見せてくれる女の子……。そんなの、推さない方がいかしいよ」

「んふふ……。かん、な……。すき……」


 微かながらも確かな呟きを、あなたの耳が拾う。


「ミャーちゃん!? まさか起きて……は無いよね〜……。うん、知ってた」


 少し寂しそうに、しかし、どこか安心したように呟く鳥取。アナタの頭上から、優しく何かをさするような音がしてくる。一定のリズムで聞こえてくるその音から、鳥取がアナタの頭を撫でているのだと分かる。


「わたしも。ミャーちゃんのこと、好きだよ。……大好き。世界で一番推してるし、愛してる」


 アナタの頭を撫でながら、優しい口調で語りかける。


「ミャーちゃんの全部をドロドロに溶かして、わたしに溺れさせて。一生自分だけのものにしたい」


 そう訥々とつとつと語る。


「でも……ね? やっぱりわたしは、ミャーちゃんのこと、好きだから。誰よりも幸せになってほしいから。だからこんな、陰気で、卑屈で、ダメダメなわたしがミャーちゃんを独り占めするわけには、いかないよ」


 あなたを通して、気持ち良さそうに眠る幼馴染へと話しかける。


「それでもやっぱり、わたしはミャーちゃんと一緒に居たい……から。ミャーちゃんと一緒に、幸せになりたい、から。だから、頑張る……ね?」


 アナタの頭を撫でる音が止み、衣擦れの音がしばらく。続いて訪れた静けさの中には、ゆっくりと、力強く脈打つ心音が聞こえてくる。鳥取がアナタを胸に抱いたようだ。


「い、一緒にお弁当を食べるお友達も作る。人と目を見て話せるように、なる。苦手な運動も頑張って、50メートルは10秒以内とか、跳び箱は5段目跳べるようになる、とか。そうやって、ダメダメなわたしじゃなくなるように頑張る」


 言って、“誰か”や“何か”の代わりのようにアナタをぎゅっと抱きしめる鳥取。


「好き……。大好き。ミャーちゃんがいない人生なんて考えられないし、考えたくないよ……」


 安らかな寝息だけが響く、静かな部屋。アナタの耳を打つ鳥取の鼓動は、先に聞いた入鳥のものにまさるとも劣らない速さで脈を打っている。


「一生離れたくない。離したくない。ずっと好きでいて欲しい。ずっと好きで居たい。……でも、思ってるだけじゃ、ダメだから。自分から動かないと……だよね」


 そこまで言った鳥取は、胸に抱いたアナタを抱え上げる。


「ダミヘさん。わたし、頑張る……ね。ミャーちゃんに好きでいてもらえるように。それから──」


 そこで口調をねっとりとしたものに変えた鳥取が、紡ぐ言葉を紡ぐ。


「──ミャーちゃんの理性と身体を、隅々まで、ちゃーんと、ドロドロに溶かし切れるように、頑張るから。だから──」


 微笑みを交えながら、焦らすように。ゆっくりとアナタに顔を寄せた鳥取が囁いた。


「──協力して……ね♪」


 その後、しばらく何かをする擦過音が響き、やがてコトリとあなたが机に置かれる。しばらくして聞こえてくるのは、2人分の寝息だ。


 最初はバラバラだった2つの寝息。


しかし、寝言や寝返りの音を何度も経て、やがて一つに重なる。


「ふふっ! 好き、よ……。柑奈……」

「えへへ……。大好き、だよ、ミャーちゃん……」


 幸せそうな寝言と寝息が、その先もずっと、続いていた――。

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【短編】幼馴染少女2人がASMR練習に使うダミヘになったらしいので、黙って見守ることにします misaka @misakaqda

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