Gスレイヤー

月峰 赤

第1話

 パァン。パァン。


 麻耶の狙いすました攻撃が鋭い音を響かせると、背後で武器を構える健人が感嘆の声を上げた。


「やったか!」


 喜びを含んだその声には応えず、ゆっくりと首を振る。


「いや……」


 どうやら敵を捉えるには、速さが足りなかったようだ。すでにその姿は行方をくらましており、気配だけは感じるものの、どこへ行ってしまったのか分からない。完全に見失っていた。


「くそぉ……、どこに行きやがったんだ……?」


 身を縮こませる健人が、あちこちに視線を走らせる。荒い息がこちらまで聞こえてきて、リビング全体を緊張が包み込む。


 麻耶も外敵を探そうと移動する。その動きに合わせて、健人はビクッと肩を揺らした。


「い、いたのか!?」

「あ、ううん。探してるだけ」


 ソファの上で震えている健人。

 いつもは頼りになるのに、Gが出たとなるとこの有り様だ。

 麻耶だって苦手だが、自分よりも怖がっている姿を見ると、麻耶は自分が何とかしなければという気持ちになってしまう。




 午前2時、眠っているマヤの耳に悲鳴が届いた。

 目を擦り、ベットから上半身を起こした麻耶は、健人がいなくなっていることに気が付いた。

 隣では一人娘の紗夜が静かに寝息を立てている。

 すると、バタバタと廊下を走る音が聞こえた。万が一に備えて、布団で紗夜を隠した。

 それとほぼ同時に部屋のドアが勢いよく開いた。


 パジャマ姿の健人が飛び込んで来た。

 麻耶の下に駆け寄り、ドアの外を指差す。震える瞳で「いた!いた!」と訴えかけてくる。


 それは決まって、何処かにGが出たということだった。

 体が大きく見た目もイカツイ健人は、唯一虫が苦手だ。コバエ程度でも怖がり、虫が入るからと、真夏でも窓を開けようとしない。


 そんな人がGを見て、正気でいられる訳がなかった。

 それを理解しているから、麻耶が代わりに退治をする。

 健人は申し訳ないのか、必ず一緒に付いてくる。初めは一人になりたくないだけなのかと思ったが、一応退治するつもりで来ているようだった。

 まぁ、殺虫スプレーや丸めた新聞紙を持って遠くから見ているのがほとんどだが……。


 麻耶は布団を直し、紗夜を起こさないようにゆっくりとベットを出た。


 冷蔵庫の前で動く影を見たという健人の証言を元に、麻耶は先に玄関に置いてある殺虫スプレーやスリッパ、ハエたたきを手に健人と二人でリビングに立て込もった。


 そうして10分ほどが経過し、やっと現れた姿にスリッパとハエたたきの二刀流を叩きつけた訳だが、素早い動きに追いつくのは難しかった。


 床にはゴキブリホイホイを至るところに置いていて、どこを見ても2,3個は目に入った。

 もしかしたら気づかない内に罠に掛かっているかもしれないと、恐る恐る覗き込んでみる。


「どう?」


 健人の震える声に「いない」と短く答え、「どこに行ったんだろうね」と顔を上げたそのとき、健人の立つソファの背もたれに、黒い塊が付いているのが目に入った。


 明らかに異質な存在。

 決してシミや汚れの類ではない。

 

 確かに、そこにいた。


「え、何?」


 その問いかけに、麻耶は笑った。


「何でもないよ?何でもないから……」


 笑顔のつもりでいたが、健人にはそう映らなかったようだった。

 ジリジリと近づき、スリッパを構える麻耶を見る目が絶望に染まり、麻耶の視線を辿っていく。


「絶対に動かないで」


 真剣な麻耶の声に、健人の体が硬直する。しかし動かないように意識するほど、不自然に力が入ってしまい、ソファに沈んだ足が小刻みに震えていく。


 間もなくソファに辿り着く。スリッパを顔の横まで持っていき、射程距離まで詰め寄っていく。


 ソファな前まで来る。

 頭上で健人の荒い呼吸が聞こえる。

 麻耶は息を呑んだ。

 後はそのスリッパを当てるだけ。渾身の力で、叩きつけるのみ!


 麻耶が振り被る。


 健人は目をつぶり、息を止めた。


 狙いが定まり、スリッパを振り下ろそうとしたとき、ガチャリとドアの開く音が聞こえた。


「ままー、おしっこー」


 健人は目を開け、麻耶もその声に肩を跳ねさせた。

 しかし誰よりも最初に動いたのはGだった。

 ソファから羽ばたき、宙を舞ったのだ。


「キャァ!」


 麻耶の悲鳴が上がる。反射的に目を走らせた健人の眼前を、Gが通り過ぎる。


「きぇあおおおおおん!!!」


 踏んづけられた動物のような悲鳴を上げ、ソファの上にひっくり返る健人。それを横目に、麻耶は飛んでいったGを追った。


 その先には、まだ飛来物には気づいておらず、目を擦りながら母を見る幼い娘。


 スリッパを投げようとして押し留まる。娘に当たるのではないかと危惧し、娘を守ろうと麻耶は駆け出した。


「紗夜!」


 その声に、紗夜は微笑んだ。やっと会えたと言わんばかりに歩き出す。

 その足下に落ちてきた黒い物体に気が付かず、滑り込んできたGは、小さな足に踏み潰された。


 その様子を見ていた二人は絶句した。

 健人はソファの上で転がったまま固まり、麻耶は紗夜を抱きかかえようと伸ばした手を、宙に彷徨わせていた。


「え?なにぃ…?」


 紗夜が足をずらしてその正体を覗き込む。

 麻耶はしまったと唇を噛んだ。

 こんなものを見せてしまったら、どれだけ紗夜が傷つくか、分かったものじゃない。


 麻耶は小夜の下に駆け寄り、それ以上見せないように自分の胸にしっかりと抱き締めた。


「ごめんね。嫌だったね」


 頭を撫でて落ち着かせようとするが、しかし紗夜は気にした様子もなく、欠伸をしながら母に言った。


「何か……カッコイイの踏んじゃった」


「「は?」」




 その後、Gが出たときは紗夜を呼ぶことにした二人。

 紗夜は全く恐れずに、むしろ楽しそうに退治をしている。


 怖がらず、冷静に退治する紗夜が、将来Gスレイヤーとして名を馳せるのは、また別のお話。

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Gスレイヤー 月峰 赤 @tukimine

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