蜜薬フレーバー

めいき~

香り売りの乙女

ーー香りは、聴こえないメロディの様なものだ。ーー




今日も、香りを調合する調香師のゆかりがエキスをスポイトでアロマの元を入れていく。一口に香りと言っても、木を加工したものもあれば花の香りを凝縮したものもある。


一般的に調香といえば、香水を思い浮かべるかもしれないが。

燻製を作る時などにも香りづけの為にチップをいれ、それを幾重にも組み合わせる。薬もそうだが、分量や材料の抽出法。産地に至るまで様々な事に拘って、最適解を探す。和竿でも同じ植物の竹を材料にしても、産地や土次第で望まぬものになってしまう事があるのだ。



幾重にも、試し確かめる。



凝縮したもの故に、きつ過ぎる事だってある。使いすぎて慣れてしまい、香りが主張し過ぎる事もある。細やかすぎて判らない差をかぎ分けなければならない故に、慣れというのは明確に敵。



手でそっと二回、自身が調香したものを扇いで香りを確かめる。



使う場所だって様々、蚊取り線香の様なものに練りこんで使う事も。石鹸の様なものに使う事も、口にするお菓子に使う事だってある。


調香師には、用途に合わせた安全性も当然問われる。



人間関係も香りの様なモノで、キツイ香りも受け入れがたい香りもある。

音は、好きな人には福音で嫌いな人には騒音でしかない。


雰囲気もそう、仕草もそう。


虚構の楽園の様に、香りは聞こえないメロディーの様なモノ。



創り出すのだ、その世界を。



そっと、スポイトで一滴のオイルをハンカチに垂らした。


それを、嗅ぐが失敗だと洗濯籠に投げ込んで。

葉を漬け込んだものもあれば、煮詰めて煮だしたものもある。


幾重にも、その香りを探す旅。


手紙に垂らし、ドレスに振りかける。


香れ、その息遣いさえ生々しく奏でる。



そうして、完成した薬瓶にラベルを貼って。

鞄には、幾重にも乾燥した藁を詰めた布袋を入れ瓶を守る。



今日、売りに行く為に詰めた瓶には「虚空に歌う夢」と書かれていた。


市場の片隅で、彼女は香水を売っていて。


今日も、鞄を抱えていつもの場所へ。


エメラルドグリーンの髪を揺らし、質素な服を着て。


香りを売るのに、店員が目立っては意味が無い。

広場から離れた、片隅で今日も執事や商人が彼女の香水を求めて並ぶ。



まるで、吟遊詩人を囲む上品な観客の様に。

彼女、アレッサは用意された木の机を拭いて。


その上に、丁寧に鞄をのせていく。


色とりどりの薬瓶が並び、アレッサが微笑めば開店だ。



街の喧噪にすら負けず、お試し用の瓶から奏でられる音楽が上質のクラシックにも勝る様に世界を変えていく。



彼女の作った音の無い音楽が、市場の喧噪と共に踊りだす。

お試し用の香水を垂らしたハンカチを置いて、そのハンカチからでもふわりと。



瞬く間に、彼女の売る香水は消えていき。完売御礼、人々は残念そうに散っていく。



そこから、彼女の本当の時間が始まる。

だって彼女は、香水を売って暮らしているが。


大の青カビチーズと肉の腸詰めの大ファンで、匂いのキツイ香草をバンバン使ってるものが大好物。今までは仕事だったから、我慢を重ねて居ただけ。


もう、誰も彼女をとめるものはいない。

仕事だからと、買い食いの肉串を見る度に歯ぎしりする事もない。



「さぁ! 私のお祭りはこれから。お上品な店員なんてやめやめ~、ここからはワイルドに食べ歩くわ!!」


その後、両手の指の全てに肉の腸詰めを串に刺したものを。挟んでチーズをたっぷりかけたものを獣のように貪る乙女があちこちに出没したという。



(おしまい)

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