二部 元凶捜査編

元魔法少女のあなたへ 1

 あれからよく同じ夢を見る。

 吹き飛ばされる夢。


 黒い霧にまみれた触手の生えた怪人が空から特急列車並みのスピードで私目掛けて迫っている。

 それに気が付かない私の目の前には一人の女の子。

 緩やかなウェーブ感のあるショートヘア。

 内側が赤く染められている。ところどころ服も破れ血の滲んだシャツが見えている。

 

 ツンと尖った鼻に棘のある鋭い目つきで私を睨んでいる。

 人として軽蔑を含んだ瞳だ。

 けれど、その視線を受けて私は優越感に浸っていた。


 そして、ふと後ろ振り返った時に。

 怪人の狂気じみた姿を視界の端に捉えた瞬間に。

 ——いつも目が覚める。

 ガバっと布団を捲り上げ、乱れた呼吸音が静かな部屋に小さく響く。

 その繰り返し。



「うぅ、流石に太るかもしれないかなぁ……」


 日差しの強い真昼間に私は膨れたお腹をさすりながら眉を潜めた。

 満足感と共に罪悪感が身を過る。

 ラーメン屋の前にはピーク時を過ぎたというのに入り口の前には長い列が伸びていた。


 久しぶりとは言え流石にラーメン二杯は食べすぎちゃった。

 やばいやばい、絶対太った!

 リバウンド確定なんですけど……ま、いっか。久しぶりだし。


 その日は五キロ痩せたご褒美に前からずっと食べてみたかった人気ラーメン店に朝早くから並んで念願のラーメンを爆食いしていた。

 面白いことにダイエットをすると財布はぶくぶくと太っていく。


 まぁそりゃ外食しないなら溜まるよね。

 でも今日のおかげで財布も痩せてみすぼらしくなったことだし、またダイエット頑張ろうってなるからいっか。


 私はお腹をさすりさすりしながらも流れるようにスマホを手に取った。

 ——私の服は袖が手が隠れるほど長いからスマホを持つときは少し捲らなくちゃならない。

 最近はホッと一息つくときは決まって手元にスマホがある。これはもう逃れられない人間の習性なんだろう。受け入れるしかないよね。

 誰かのつぶやきを流れるように見ていく。

 どれもこれも大して興味ないことばかりだけれど、どうしてか飽きずに見ていられる。


 歩きながらスマホをスクロールしていた私。

 おや、と思って足を止める。


『魔法少女ナッツは口だけのえせ魔法少女だったよな』


 とある人のつぶやきだった。


 そのつぶやきに対して、『確かに』や『史上最年少の天才魔法少女とか言われてたけどいつの間にかいなくなったよなww』

『確か、最後に話題になったのって猫好きの触手持った怪人じゃなかったっけ?』

『盛大にぼこされたってやつねwww』


 他にも連なるように似たようなコメントがいくつか。


『期待の新人だって言われてたのになあw 結局名前負けだったよなw』

『いなくなってからほぼ二年くらい経ったよね~』

『割と頑張っていたように見えたけど……?』

『やっぱ、レイニーの代わりは無理やったねw』


 魔法少女ナッツ。

 このつぶやきの中心になっている人物。

 彼女は二年前に起きた狂暴化した触手持ちの怪人と対峙した際、本来なら勝てた戦いだったのにも関わらず油断して仕留めそこない、反撃に遭って再戦不可能となった。

 もともと史上最年少の天才魔法少女と謳われていただけあって世間からの期待も乗っていた分、その反動はでかかった。

 しかも彼女の性格がいわゆる天狗状態だったため聞く耳を持たない自己中さが目立っていたから、ネット上ではここぞとばかりに避難の嵐を受けた。

 それ以来、彼女は姿を消してしまい、事実上魔法少女としての活動を引退してしまった。

 噂では触手の怪人との戦闘で魔力が枯渇してしまったのではないか、と言われている。


 思わずはぁと小さくため息をついてしまった。


 魔法少女ナッツはあれからどうしているのだろうか。

 正解は平日の昼間に学校をさぼってラーメンをたらふく食べていた。

 私の名前は九条夏巳。高校一年の高校生。

 いわゆる——元魔法少女というやつになっていた。


 てか、二年経った今でも話題になるってマジでなんなんだよ、もう。


「腹立つ~マジで」


 だけどもいいのです。

 中学生だった魔法少女ナッツこと九条夏巳は魔法少女を引退して密かに高校生活を謳歌させてもらっています。

 あれだけ炎上していたナッツだったけども、身バレしていないおかげで私の身には何の被害もなし!

 結局のところ魔法少女っていうのは成功しようが失敗しようが関係ないのです!

 もしもこれで私が有名人だったりしたら、今事部屋から出られないままだったかも、なんてね!


 あの時の触手の怪人は運悪く雷が直撃して戦闘不能になったとかなんとか、まっ結果良ければすべて良しですよ。

 ですので私は今日も変わらずナッツのことは忘れて女子高生を十分に堪能しつくすつもりです!


 ——堪能するつもりだった。

 そう、ついさっきまでは。


 スマホをしまい、さっさと家に帰ってしまおうと考えた私だったが再び通知が鳴り光に集まる習性の虫のようにまたスマホを視線に戻した。

 その通知は私に対してのDMだった。


 このアカウントは別に活発的な活動をしているわけでもないため誰からかメッセージが来ると言うのは珍しい事で、私は少し驚いていた。

 ただその時は気分が良かったので何も考えずにそのDMを見た。

 見て、「ぷあ!」とかいう意味の分からない言葉が出てきた。


 送られてきたメッセージはこうだった。


『魔法少女ナッツの正体を知っている。バラされたくなければ今夜一一時に足土公園まで来い』


 悪質すぎる悪戯すぎるんだけど。

 流石にドンピシャで私に送られてきて笑っちゃう。

 こういうのってたまにいるよね? 不特定多数に適当に同じメッセージを送ってさぁ。

 まさか本人に送っていたとかは思わないでしょ、ふふふ。


 しかし、よくよく考えて私は少し背筋に冷たい何かが通った。


 単なる悪戯?

 いやそうとも言えないんじゃない?

 だって、足土公園。

 足土公園は私の住むマンションから徒歩五分の距離にある。単なる悪戯だったとしたらこんな親切なところを待ち合わせ場所に指定する?


 もしかしたら本当に私の正体に気が付いているのかもしれない。

 行ったほうがいい気のかぁ?

 いや、でももしかするとこいつは住んでいる地域だけ大まかに知っているだけでこれで誘い込もうとしているんじゃないの?

 あーそうだ、絶対そうだ。

 ——こっわ。ふふっ。マジでこっわ。


 ホッと胸をなでおろした。


 ここで行ってしまえば自分が魔法少女ナッツだと教えることになる。

 そもそも私がナッツだって知るすべはないでしょ?

 そこまで気にする必要はないない。

 深く考えなくてもいい。


「……びっくりしたからもう一杯ラーメン食べよっかな?」


 そう一人で冗談を言って私は帰路に向かおうとした。

 でもやっぱり周囲に視線を配った。


 すると再び通知が鳴った。


 再びDMだ。

 ん、写真が付属してある……は? え! は?


 私は蛇に巻き付かれたかのような感覚がして身震いした。

 付属された写真にはモフモフとした茶髪の長い髪でジトっとした半目の背の低い女の子がいた。

 指が見えないほど伸びた袖でお腹をさすりさすり、どことなく満足げな表情をしている。

 ——私だ。

 少し前の私。

 ラーメン食べて満足していた私。

 それが遠くから写されていた。

 心臓の音がだんだんと早まり、きゅっと掴まれたかのような気がした。


 写真が若干ブレている感じから行き交う人の群れの隙間からこっそりと撮ったということなの?


 撮ったであろう方向に振り向く。

 その場に静止して行き交う人の顔を一人一人見つめる。

 しかし当然だが誰が撮ったのかは一向に分からない。


 駄目だ、全員が怪しく見える……。


 相手は完全に私がナッツであることを特定している…?

 じゃなきゃ、こんな写真を撮らないはずだし。

 なんだろう、てか、なんで今更私が狙われるの?


 とりあえず——落ち着こう。

 そもそもこんなに多く人がいる中で一人一人にスマホを見せてもらうわけにはいかないし、判断する手段がない。

 

 ……ただ、まるで私の行動は手取り足取り見透かしていると言わんばかりだ。


 冷や汗が背中を流れた。

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元魔法少女の後日談は珈琲が飲めるようになってから。 真夜ルル @Kenyon_ch

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