ミセス
アシンメトリーな前髪が特徴的な総白髪の若い女性。
知っている人ならばこのキーワードを聞くだけで誰のことを言っているのか、分かってしまう。
実際しぐれは彼女の風貌を見ただけでふととある名前が浮かんできた。
『ミセス』
この街にまだ魔法少女がいなかった頃のこと。
しぐれもまだ小学校低学年だった時の話。
そのころは警察ですら手に負えない被害をもたらす怪人が増加し始めてきていた。
ニュースでは怪人による被害報道が朝の話題をかっさらっているような決して平和な日常とは呼べない毎日に、突如として現れた最初の魔法少女——それがミセスだった。
一切の素性を明かさずに黙々とただ怪人が現れれば魔法を駆使して対処する。——ファンサービスなど微塵もない。
魔法少女は怪人を倒すことさえできればあとは何もいらない。彼女の存在は人々にそう思わせてきた。
しかし、しぐれの脳内で彼女はミセスではないと思った。
なにせしぐれはその目で彼女の最後の任務を目の当たりにしていたからだった。
ミセスはとある怪人と対峙中に怪人の放出した斬撃によってビルが崩された。ちょうどその下には下校中の小学生たちがいた。その中で一人逃げそこなった女の子がいた。
ミセスは女の子を救うために怪人よりも女の子を救うために動いた。
ビルの下の女の子に届かないと察したのかミセスはビルに向けて無数の斬撃を飛ばし木っ端みじんにした。
無事女の子を救うことはできた。
しかしミセスの魔力はその時、すべてを使い果たしてしまった。
魔法少女にとって魔力切れとはすなわち活動停止を意味する。
しぐれはその助けられた女の子と一緒に下校をしていた一人の小学生だった。
ミセスはおそらく魔力切れを迎えてしまったことを理解したのだろう。
怪人がミセスの底力に恐怖して逃げ出したあと、ミセスは初めてファンサービスをした。
『あたしの勝ち!』と。
子供のような笑顔で。
大きな緑の瞳を潤ませながら。
それ以来、現れる魔法少女たちは怪人を打ち倒すと『あたしの勝ち!』と宣言するようになった。
しかしそれ以降ミセスは姿を現すことはなくなった。
しぐれが魔法少女と活動し始めたころにはもう彼女の存在を知らない子供たちも増えていた。
ミセスはもう普通の人になっていると思っていた。
だから——
「あなたはミセス——?」
しぐれには目の前にいる女性がミセスだとは思えなかったのだ。
そんなしぐれに対してアシンメトリーな前髪の女性は笑って言う。
「正真正銘、魔法少女ミセス。元だけどね」
「そんなわけ……だってミセスは魔力切れを起こして——」
「起こした。その通りよ。ふふ、それはあなたもでしょ?」
ミセスは意味深に笑っている。
しぐれにはその笑みの理由が分からない。
「でもさっき魔法で斬撃を……?」
「ええ、そうよ」
魔力切れを起こし、二度と魔法を使うことが出来なくなったはずのミセスがどういうわけか再び魔法を使ったというのだ。
しかしそんな言葉信じられるわけがない。
しぐれは目の前でミセスの最後を見ていたのだから。
「もしかしてどうして魔法が使えるかって聞きたいの?」
ミセスは笑う。
「ふふ、可愛いね。やっぱ若いっていいね」
「……?」
「ふふ可愛いから教えてあげるよ。
魔力切れをしてしまったのなら魔力を得ればいい。それだけのことよ」
「え……?」
「これ、使ってみない?」
そう言ってミセスは透明な緑の液体が入った瓶を取り出した。
なにやら良くない物の気配を感じる。
どういうわけかあの液体から魔力を感じるのだ。
「これを飲めば魔力を取り入れることが出来るのよ」
「は? え、いやなんで?」
「——細かいことは後で教えてあげる。飲むの飲まないの? ほら猫ちゃんこのままじゃ死んじゃうよ?」
そう呟き、ポイっと投げつけてきた。
しぐれの目の前に瓶が転がる。
「このままじゃ怪人も動き出すよ?」
見てみると怪人は腕を再生させていた。
しかし、この意味不明な液体を摂取することが体にどんな影響を起こすのか全く分からない。
——しかし。
もしも彼女がミセスだとして。
本当に魔力が得ることが出来るのなら。
猫を助けられるかもしれない。
しぐれは汗を零し、瓶に触れた。
そして蓋を開け口にそそぐ。
味はない。
意外と。
全部を飲み干すことはしなかった。
それでもしぐれの身体に何か力が湧き出るような感覚が蘇った。
全身に駆け巡る懐かしき感覚。
そうだ。
魔力が全身に回っている。
「ほら、杖だよ」
小さく綺麗な杖が投げられた。
しぐれはそれを手にして何かを唱えた。
「わぁ……本当だ」
しぐれの傷はみるみる治っていく。
意識も回復した。
これなら戦える!
しぐれは怪人にきりっとした目線を向けた。
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