懐かしき感覚の充足感
身体中に力がみなぎる。
ミセスから受け取った液体を飲んですぐに肉体に魔力が循環し始めたのを感じる。
あの液体がなんなのか、しぐれは一瞬だけ疑問に思ったのだが久しく感じてこなかった魔力が満ちている感覚に懐かしさを覚え、忘れてしまった。
治癒魔法で身体の傷を治す。
——魔法の発動には魔力の形、流れを理解し自分のエネルギーとして操る必要がある。それは血液の流れを理解するのと同等に非凡な技術である。
いくら魔法少女として活動していた過去を持つしぐれでも即座に魔法を発動させるのは簡単ではない。
魔力と切り離された生活をしばらく続けていると魔力の輪郭を忘れてしまう場合がほとんど。
しかし、しぐれは魔法を発動させた。
それは、しぐれの魔法少女に対する未練がいつまでもしぐれに魔力の感覚を捉えて離さなかったから。
今なら、怪人に手が届く。
確信に近い自信がしぐれの心の中を支配していた。
怪人は慌てたようにうねうねとうねる切り落とされた腕の断面と断面を合わせている。しばらくして腕は融合するかのように繋がった。
その間、ずっとしぐれやミセスのことを視界から一度も離すことがなかった。肩はフルフルと震え、黒い霧の放出は早まっている。
足元で倒れる気絶したままの猫を見ようともしない。
生殺与奪の権を奪われてしまった鹿のようだ。
先ほどとは違い、明らかに焦っているのが伺える。
しぐれはそんな様子の怪人に対して、微動だにしない凛とした姿勢で杖の先端を向けている。
剣士が剣を構え静かに集中力を高めているかのような落ち着き。
硬直。
互いに足を動かさず、視線の先に相手を捉える。
その様子をミセスは傍観する。
ミセスに戦闘意志はないように見えるが、不思議と隙がない。
もしも怪人がミセスに触手を伸ばし攻撃でもすればすかさずみじん切りにでもしそうだ。
ミセスの視線の先にはしぐれがいる。
先に沈黙を破ったのは怪人だった。
怪人は両手に一本の触手を無数に分岐させ、二倍三倍と数を増やししぐれに向けて弾丸のような速さで飛ばす。
一本一本が意志を持った生き物のように乱れ舞う。
同時にしぐれも動き出す。
初動、伸びてきた一本目の触手を杖で払いのけ、前進。
無数に迫りくる触手に怯むことなく、怪人の喉元に向けて走り出した。
右肩に迫る触手はひらりと後ろに身をひるがえしてかわす。
二本同時に飛んで来ようと、変幻自在に身体を操りどんどんと迫る。
怪人は触手を飛ばすことを辞めた。
攻撃が当たらないことを理解したようだ。
しかし、攻撃の手を緩めれば魔力を得たしぐれが急接近して何をされるのか分からない。
ただ単に攻撃をやめたわけではないはずだ。
しぐれはそう感じる。
怪人の触手はまるで蜘蛛の巣のように周囲に散らばり、そしてしぐれを囲った。
右も左も。
後ろも前も空にも。
触手は広がり、蚊帳のごとくしぐれを捕らえた。
そして周囲の触手を引き、だんだんと囲いを狭めていく。
このままではしぐれは触手に触れられてしまう。
しぐれは逃げ道がないのを理解し、立ち止まって一息つく。
「どうするの? レイニー」
蚊帳の外から声がした。
視野の端で見るとミセスが口角を上げてしぐれの様子を見ている。
「このままだとやばいんじゃない?」
確かにその通りである。
いくら魔力があれどあの強靭な触手に捕まってしまえば関係ない。
なにも出来ずに捻りつぶされる。
だからと言ってしぐれにはミセスのように斬撃を飛ばすことはできない。
ミセスは傍観者を徹底しているようでおそらく助けてはくれない。
あの笑みからはそんな雰囲気が読み取れる。
ではどうするか。
「……ふっ」
思わずミセスは舌なめずりをした。
彼女の目の前で触手に囚われた元魔法少女の女の子が笑ったのを見て。
しぐれは杖を両手で構える。
杖の先に意識を集中。
どんどんと迫りくる触手の囲いを気にする素振りを見せない。
すると——
杖の先にほのかな光が出現。
その瞬間、空が連動したかのように鳴った。
怪人はゆっくりと触手を近づけてはいるがどこか不安を抱えているのか落ち着きがない。
しぐれの行動を観察している。
怪人は斬撃が誰から来たものなのかを把握していない。
実際にはミセスが飛ばしたものだが、怪人はそれを理解していない。
ゆえにしぐれからも飛んでくるのではないかと注意していたのだ。
仮にしぐれがなにかをしようものなら、おそらく怪人は早い段階で対策をすることが出来ただろう。
しぐれよりも素早い触手で囲っているのだから。
しかし、しぐれの狙いは別にあった。
大きく鳴る空の騒音。
濁った曇天の雲々から一筋の光が走る。
やがて雨の降る中、閃光がほとばしる。
しぐれの杖めがけて。
杖は今、怪人の触手に覆われている。
杖に向けてほとばしった雷は直前にしぐれを囲っていた触手の蚊帳に直撃。
魂を割くような爆音を鳴らして一瞬で触手を焼き尽くす。
それだけにとどまらず、焼くだけでは収まりきらない雷のエネルギーはしぐれの杖の先端に集中されていく。
眩いほどに光る杖の先端。
その先は怪人の喉元に向けて伸ばされている。
触手が焼かれたのを本能で察した怪人は敗色感じ取り、しぐれに背を向けて逃げ出す。
しかし、その動作をするまでもなく杖の先から一筋の光線が放たれる。
怪人の胸を貫き、光線は空へ放出し還元される。
怪人の全身は電撃を帯びビリビリと光を纏いながら硬直する。
そして意識を失ったようにぱたりと倒れ込んだ。
杖の先から煙を漂う。
しぐれが杖をふっと振ると煙は消える。
しぐれの顔には久しぶりに見る充足感で満たされていた。
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