朝陽へ向かって
向日葵 海
第1話
高1の夏が始まった。「今年の夏は、最高気温が45度を超えてしまう可能性があるので、不要不急の外出は控えて下さい。」と気象予報士の綺麗なお姉さんが言っている。その天気予報をぼーっと見ていた松原葉月は、暑いのが大の苦手であった。夏休みといえば、授業、課題、部活などの日々の疲れを癒せる、数少ない長期休みだ。それなのに始まって早々、父と母は喧嘩をして、私の最高な気分をぶち壊しにしてくる。できることなら、大声で、どこかのお笑い芸人さんみたいに「なんて日だ!」と叫び出したいところだ。
私、松原葉月はただいま、絶賛(?)、すこぶる(?)、体調がよろしくない。半年前に慢性偏頭痛と診断され、一時的に不登校になるばかりか、2ヶ月前には心療内科で双極性障害、つまりうつ病と診断されたのだ。なぜこんな風になってしまったのかについては、家族間の関係が悪いことが原因である可能性が高いらしく、家族で話し合いをするのはもちろん、薬の服用での治療や一定期間の療養といったもので症状の改善が見られるそうだ。ただ、現実問題、学生である私が一定期間学校を休めば単位はもらえない。勉強にもついていけなくなってしまう。無計画な療養は、本人にとって、かえって精神的ストレスを増やしかねないのだ。
さっきの両親の喧嘩の内容が分かってきた。どうやら夏休みに家族旅行をしようとしてるらしく、その行き先か何かで揉めているらしい。「いや、私、家族旅行の話なんか、一度も聞いてないんだけど。」と言いかけたが、水を差すようなことをわざわざ言って、父を不機嫌にはしたくなかったから口をつぐむことにした。
「ねぇ、葉月もそう思わない?」
母が急に尋ねてきた。
「あーごめん。何が?話聞いてなかった。」
「だから、泊まるのはホテルの方がいいよね?って話。民宿は泊まったことないし、なんか…不安じゃん?でもパパはゆっくり療養するために行くんだから民宿の方がいいだろって言うんだけど」
「うーん。というか私、そもそも家族旅行の話、今初めて聞いたんだけど?」
「あっそうだったっけ?ごめんね。」
「この前、病院行っただろ?その時に短期間でもいいから療養はした方がいいって医者が言ってたって。それで2人で考えてたんだよ。なのにコイツは人が多くてガヤガヤしてるホテルがいいって。おかしくねぇか?」
なんで父が、母のことをコイツとか言うのか、私には理解できない。自分の奥さんなのに。ほんと腹立つ、でも注意したら怒鳴られるからやめとこ。
「いや、違う私は別にそう言う意味で言ったんじゃないよ?」
母が父が言ったことに対して訂正をしようとしてる、あ〜また言い合いになりそう。
「うん、分かった。分かったから。そう言うことね。私はパパの意見に賛成かな?あと普通に民宿には泊まってみたいし、ホテルもいいけど篭りきっちゃたら、家にいるのと変わらなくなちゃうし。」
「まぁ葉月がいいならいいんだけど…。」
「じゃあ、それで決まりでいいな?」
「いいよー」
なんでこう、うちの家はどうでもいいことで言い合いや喧嘩になるのだろうか?私のせい?私がいい子じゃないから?まぁ多分それもあるんだとは思う…。
「じゃあ、もう予約明日から2泊3日で予約取れたからもう荷物の準備して」
「えっ」
母と声が被った。
「明日から〜!?」
「到着は明日の夕方だからこっちを出るのは昼ぐらいだよ。」
父の自己中っぷりには、ほんとに呆れる。その後急いでみんなでパッキングをした。
「荷物準備できたけどどこ置けばいいー?」
「玄関」
「おけ〜」
その夜、久しぶりに夢を見た。頭痛がひどくて寝付けないこともあったのに、今日はすんなり寝付けた。でも、夢は最悪な夢だった。小さい頃、寝室で1人で泣いている夢。たぶんあれは幼稚園生だったと思う。その時から父と母は不仲だった。父と母が手を繋がないのも、夜になると喧嘩をするのも、私にとっては当たり前だった。喧嘩が始まると、両親は私に寝室に行ってなさいと言う。当時の私はいい子だったから、素直にその言葉に従っていた。寝室なら喧嘩の声が聞こえないとでも思っていたんだろうか、でも実際は喧嘩の声はもちろん、喧嘩の内容までよく聞こえた。どちらが何を言って、どちらに非があるのかまでしっかりと聞こえた。怒鳴り声や罵声、父が物に当たる大きな音も、母がヒステリックになって父親に泣き叫ぶ声も。しかし、幼い私にはどうすることもできなかった。ただ掛け布団にくるまり、たくさんのぬいぐるみを抱き寄せて震え泣き、「怖いよね、大丈夫だよ。」と自分自身に言い続けることしかできなかった。喧嘩が終わると父が私にハグをしにきた。泣きすぎてボロボロになった私に「ごめんね」と言ってハグをする。この「ごめんね」には何の意味もない。喧嘩はまた起こるし、私は泣かされる。頭では分かっていても、このハグは温かく感じた。馬鹿だ、私は。
父と母によるリサーチで決まったこの登生町は、車で4時間ほどの場所だった。私は知らなかったが、子宝祈願で各地から人が集まるほどの子宝に関しては有名らしい。だからこの町には至る所には神社や祠がある。なんでそんなに有名なのか、理由は来る前に父が言っていたような気もするけど…しっかり聞いていなかったから覚えてないや。まぁ私は高校生だし、まだお世話になる事は無いだろうと車で目の前を通り過ぎた。でもそれ以外は本当に何もないところだった。都心にあるような若者が集う感じの商業施設やカフェも無ければ、コンビニも、歩く距離で行けるのかこれ?ってくらいの数しか無い。ただ、あるのは小さな登生商店街とやけに数が多い気もするピンクなお店…。
「ねぇパパ、後どれぐらいで着くの?」
「後、10分ぐらいかな?」
父が答えた。
「おけ」
「葉月、民宿着いたら遊んだりしないで荷物運ぶの手伝ってね。」
母が言った。そんなこと分かってるっての…。
「はいはい。そうだ、民宿から海って行けんの?」
「行ってもいいけど、夜はやめてね。後、行く時は連絡して…ゴーグルは持ってきた?日焼け止めも塗ってね?」
「ママ、言い過ぎだだよ。それぐらい葉月だって分かってるよ。」
心配性すぎる母を最近は父がこんなふうに止めてくれる。母が心配してくれてる気持ちが分かってるから、余計にそれを止めるのは心苦しい。でも、頭痛外来のお医者さんに「お母さん、あなたは娘さんに干渉しすぎているんです。娘さんだってもう色々考えられる年なんですから、お母さんもだんだんでもいいですから控えてあげてください。それが葉月さんの症状を改善させるためなんです。」とはっきり言われてしまったのだ。だから父は母を止めるし、母もある程度は控えなければならなくなっている。
「ママ、安心して。勝手に出て行ったりしないから。後、夜も行かないから。」
「うん。ごめんね。つい心配になっちゃって。」
そうこうしている間に民宿に着いた。民宿って言うから古い感じをイメージしていたのだが、2階建ての比較的新しい建物で、ウッドデッキに屋根が取り付けられていて、テラスのようになっていた。そのスペースにハンモックもあって、おしゃれなカフェみたいだ。
車から降りると、男の人と綺麗な女の人と私と同じぐらいの男の子が出迎えてくれた。家族でこの民宿を切り盛りしてるらしく、男の人がお父さんで…(あれ?名前なんだっけ?)、綺麗な女の人がお母さんで里美さん、私と同い年の男の子が湊くんというそうだ。湊くんは、身長が私よりもうんと高くて、多分180cmぐらいはあるのかな?海の近くに住んでるからか、肌は日焼けしていてスポーツ少年ってイメージ。
「昨日の今日の予約だったのにありがとうございます。」
「いえいえ、うちはいつも暇してますし、全然ウェルカムなんで!」
「にしても素敵なお家ですね。」
「ありがとうございます。外も何なんで、どうぞ中へ。」
同い年の子供がいるって事で親同士は仲良くなってるけど、子供そっちのけで話されるのは、気まずい。
「あっ、あの、湊くんっていい名前だね!よろしく!」
「どうも。ありがと。初めて言われたかも(笑)」
「名前」
「え?」
「君の名前、聞いてなかったから。教えて。」
「あっ、そうだった!ごめんごめん。」
「松原葉月!葉月って呼んで!」
「うぃ、じゃあ俺のことは湊って呼んで。」
「おっけー」
やっぱり同い年の子と喋るとなると緊張してしまう。ふと、湊がもし女の子だったら喋れなかったかもなと思った。理由は簡単だ。私は小学校の頃にいじめを受けた。と言っても日常的にではなく、1回きり。仲の良かった女友達7人からやられた。でも、その騒動以来彼女達とは一切連絡を取っていないし、私は、彼女らのうち1人と出会すだけでも過呼吸を起こすようになってしまった。その日は、体育の授業の後で、友人たちと着替えをしていた。何もおかしいことはなかったはずだった。それなのに急にその場にいた1人が、私のデニムのズボンを奪った。すると、あれよあれよと、他の6人の女子にキャッチボールのように回され、次に体操服のズボンも奪われた。私は下半身が下着の状態になってしまった。その状態で1人が勢いよく扉をあけこう言った。「返して欲しかったらここまできな〜」と。仕方がなかったから空いている扉の近くまで行くと、今度はそいつが大きな声で「ここに葉月ちゃんがいるよ〜!」と廊下に向かって叫んだ。外にはトイレがあった。人はいないと思っていたが、ちょうど出てくるところだった男子が、先程の叫び声を聞いて「は?」という顔でこっちを見た。目があった。私はその瞬間すぐ元いた場所に戻ってしゃがみ込んだ。7人はみんな、私の姿を見て大笑いしていた。私には何がそんなに面白いのか理解できなかった。その時はただ、友達という仮面を被った化け物に怯えていた。キッチンの方から湊を呼ぶ声が聞こえてきた。
「湊〜私は夕飯の準備するから、あなたは松原さんのお荷物、2階に運ぶの手伝ってあげて」
「はーい」
「ごめんね、手伝わせちゃって」
「大丈夫だよ、俺慣れてるから。あと、こう見えても力持ちなんだよ?」
私だったら日常的にこんな荷物運ばされるのはやだな〜とか思いながら、彼の慣れた手つきを見ていると、後ろから
「葉月〜自分の荷物ぐらいは湊くんにじゃなくて自分でやりなさいよ?」
と母に言われた。
「わかってますよ〜っ!!」
はいはいと言ってから母が背を向けた瞬間に、あっかんべーをしてやった。その後よっこらしょって言いながら荷物を運んでいたら、隣で湊が爆笑してた。
「何で笑うのよ〜」
「だってさ葉月って思ってることすぐに顔に出すんだもん。ほら今も。さっきは口がへの字になってたしw」
何だか彼といると楽しい。なぜだろう。理由は分からなかった。荷物が運び終わると、里美さんと母が作った夕飯を振舞ってくれた。それまでの間、父親が何をしてたのかと聞いたら、湊のお父さんと近くの川まで散歩に行っていたらしい。この短期間でそこまで仲良くなるコミュ力が我が父にあったのかと驚いた。夕食の後、彼と話をしていると、私が抱いていた彼へのスポーツ少年っていうイメージは合ってたらしい。
「何かスポーツやってたの?」
「えっ何で分かるの?もしかしてエスパー?」
「何となくだけど、女の勘ってやつ?」
「何だそれ(笑)」
「かっこつけてみたw」
何をやってたのか聞いくとサッカーをやっていたらしい。小学校と中学の途中までやってたらしいけど、やめちゃったらしい。
「何で辞めちゃったの?」
「…姉ちゃんが道路に飛び出した俺を助けようとして、死んじゃって。それどころじゃなくなっちゃって…。」
「そうだったんだ…ごめん。」
「しょうがないよ、知らなかったんだから。気にしないで。」
気にしないでとは言ってくれたものの。聞いてはいけないことを聞いてしまったと思った。聞いたことを後悔した。
お風呂から出てから、眠気はあったのに今日はなかなか寝付けなかった。頭痛があったわけではない。ただ…父と!母の!いびきがうるさかったのだ!ちょうど眠れそうな時に「ぐごぉぉぉぉおおお!!!!」といういびきが両隣から聞こえる。眠れん!!そして喉も乾いてきた…。「よし、1階のキッチンに行って、水をいっぱい飲んでこよう。まずはそれからだ。」起き上がってから、2人を起こさないように部屋から出た。まぁ、起こしてもいいんだけど(笑)すると1階からものすごい物音と叫び声が聞こえてきた。戻ろうと思った。でも次の言葉を聞いた瞬間、動けなくなった。
「湊!あんたが夢乃の代わりに死ねば良かったのよ!」
「おい!里美!いい加減にしろ!」
「ひどい。」階段の隅にしゃがみ込んでいた私は、震えながらそう呟いていた。何がどうとかよく分かんないけど、私にはわかる。この親はヤバい。何があろうと子供に死ねとは言うべきじゃない。絶対おかしい。
「何で夢乃が死ななきゃいけなかったのよ!おかしいでしょ!ねぇあなたも思ってるんでしょ?あの子はこの子のせいで死んだの!」
「分かったよ。母さん。俺が死ねばいいんだろ?そしたら母さんは救われるんだろ?」
「そうよ!あんたのせいで夢乃が死んだんだからね!私にとって夢乃は全てだった!今日の葉月ちゃん見たでしょ?一緒に喋ってたよね?どんな気持ちだった?お姉ちゃんが生きてればこんな感じかなとか考えなかった?ねぇ!答えなさいよ!」
「んなこと、いつも思ってるよ!姉ちゃんが死んだあの日から、ずっと。でも、そうだとしても!母さんは俺のこと息子だと思ってないの?何で死ねとか普通に言えるの?」
湊は下を向いて、顔を歪めながら泣いていた。
「もう思ってないわ。残念だけど。」
「分かった。じゃあもういい。俺、死ぬから。」
湊が玄関の方に向かおうとした。
「おい、湊!止まれ!」
玄関の前で湊がお父さんに捕まった。
お父さんが右手を勢いよく上にあげた。
ヤバい、湊が叩かれる。
階段から玄関は遠くない。
この距離なら、行ける。
頭ではなく心に従って体が動いていた。
パンッ!
私が湊の前に立って、代わりに叩かれた。
「えっ」
「何で」
「葉月ちゃん?どうして…」
「里美さん。赤の他人である私が言うのも失礼だとは思いますが、先程の言葉はどんな事があろうと子供には決して言ってはいけない言葉だと思います。そして湊のお父さん、暴力は暴力しか生みません。その二つが分かっていない時点でお二人とも親失格だと思います。」
「何でそんなこと言われなきゃいけないのよ。この子のせいで、現に夢乃は死んだのよ?」
「子供に対して、あなたのせいで誰かが死んだって言ってる時点でアンタはおかしいんだよ!気づけよ!目の前にいる我が子が苦しんでるのがどうして分かんないんだよ!」
「葉月…」
「湊、行くよ。扉開ける準備はいい?」
「何で?」
「逃げるんだよ。じゃないと湊は壊れちゃう。」
「わかった。ごめん」
「ごめんじゃなくて、ありがとうって言って」
「うん、ありがとう」
湊は泣いていた。
「何喋ってんだ?いいから戻りなさい!葉月ちゃんも。」
「行くよ3、2、1、開けて」
「おい待て!」
「走って!」
自分たちを待っている、美しい朝陽を目指して二人は走り出した。
「湊!笑って!一緒にいれば怖くないよ。大丈夫!」
「葉月、俺ずっと辛かったんだ。姉ちゃんの事、もう1度、向き合ってみるよ。本当にありがとう。」
私も湊も、まだ暗がりの中にいる。暗がりはひとりぼっちで、孤独で怖い。でも、暗がりが明ければ、きっとその先には綺麗な朝陽が待っている。今は手を取り合って、その朝陽を一緒に見れるように、自分の中にある暗がりと立ち向かうしかない。ゆっくりでもいい。朝陽を見るスピードなんか、競う必要なんてない。
朝陽へ向かって 向日葵 海 @himawari_kai1203
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